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2017年8月9日(水)

核なき世界へ “ことば”を探して

三條
「広島、長崎に原爆が落とされてから72年の今年(2017年)、国連では、史上初めて核兵器を国際法で禁止しようという『核兵器禁止条約』が採択されました。」


和久田
「その実現に大きく貢献した1人が、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さんです。
サーローさんは60年以上にわたって世界各地で被爆体験を語り、ノーベル平和賞の候補に推薦されたこともあります。
国や立場を超えて、人々に届く言葉を探し続けるサーローさんの姿を追いました。」

核なき世界へ 世界に届く“ことば”を

リポート:籔内潤也(アメリカ総局)

カナダ最大の都市・トロント。
ここで、原爆の犠牲者を追悼する平和の式典が行われました。
42年前から毎年行われているこの式典。
呼びかけたのは、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さん。
85歳です。

サーロー節子さん
「核兵器は、世界を地獄に変えてしまいます。
被害を受ける側だけでなく、使用する側をもです。」

広島に生まれ、13歳の時に被爆したサーローさん。
がれきの下敷きになりましたが、何とか一命を取り留めました。
しかし、大好きだった姉と4歳のおいを亡くしました。

サーロー節子さん
「ふたりとも(肌が)ずるむけになってしまって、やけどで。
介抱しようにも、何もしてあげることもできずに亡くなった。
“もう一発どこかで落とせば怖さが分かるよ”というけれど、その1発を止めないといけない。」

サーローさんは85歳になった今も、自分と同じ苦しみを繰り返してほしくないと、各地で講演活動を行っています。

サーロー節子さん
「今も友人、一人一人の顔を覚えています。
あの日、彼女たちは笑っていました。
しかし彼女たちの命は一瞬にして、一発の原爆によって奪われてしまいました。」

大切にしているのは、相手の意見に耳を傾けることです。
ニューヨークで高校生に向けて行われた講演で、アジア系の生徒が質問を投げかけました。

生徒
「日本によって殺されたのは、ほとんどが罪のないアジアの人々です。
原爆による被害と、ひどいのはどちらなのでしょうか。」

サーロー節子さん
「広島・長崎を語るとき大切にしているのは、日本は被害者であり加害者であるという意識です。
しかし大切なのは、どちらが悪いかではありません。
殺りくそのものが悪なのです。」

サーロー節子さん
「質問ありがとう。
あなたの悲しみはよくわかりますよ。
動揺させてしまいましたか。」

生徒
「いいえ、あなたは私の質問に答えてくれました。」

国や歴史の違いを乗り越えて、命の大切さを伝えようとするサーローさん。
その姿勢を大事にするようになったのは、アメリカで初めて被爆者の立場で語った時の経験がきっかけでした。
22歳の時、人を助ける仕事がしたいと、社会福祉を学ぶためアメリカにやって来たサーローさん。

この年、アメリカは太平洋のビキニ環礁で大規模な水爆実験を行いました。
現地の新聞からコメントを求められたサーローさん。
「広島・長崎の人々の苦しみをアメリカの人たちは理解していない」と、被害者の立場から語りました。
しかし、返ってきたのは思いがけない反応でした。

サーロー節子さん
「『日本に帰れ』『真珠湾を始めたのはお前たち』と、ひどい手紙が舞い込むようになったんです。
同じ歴史を見るにしても、その歴史を見る人の背景によって見方が違う。
『苦しかった、悲しかった』だけで終わってしまうなら、不十分だと思ったんですね。」

世界中の人々に届く言葉を探し続けて60年余り。
地道な努力は実を結び、今では国際会議の場にも招かれるようになりました。
今年3月。
サーローさんは、重要な役割を担うことになりました。

史上初めて、核兵器そのものを国際法で禁止しようという「核兵器禁止条約」。
その会議の冒頭、被爆者の1人として、条約の重要性を訴えることになったのです。

サーロー節子さん
「亡くなったおいの姿が、現在も核兵器の脅威にさらされている世界中の罪のない子どもたちの姿に重なって見えてなりません。」

しかし、条約の実効性を高めるために欠かせない核保有国とその同盟国などが、会議への不参加を表明していました。
唯一の被爆国である日本も、安全保障上の理由から交渉に参加しませんでした。
サーローさんは、現実の厳しさを突き付けられました。

核なき世界を実現するために、自分に何ができるのか。
交渉が再開される直前まで、サーローさんは条約の重要性を訴え続けていました。
日本と同じように交渉に参加していないカナダ政府で安全保障を担当する、外務政務官と会う機会を得ることが出来ました。
きっかけは、国連でのスピーチでした。

カナダ 外務政務官
「(核兵器は)悲惨な武器ではありますが、軍事バランスの維持には必要だと考えます。」

サーロー節子さん
「私たちと同じ人間が溶けて死んでいくなど、考えたくありません。
あなたに想像できますか?
核兵器はそれを引き起こすのです。」

面会時間はわずか20分。
“たとえ難しくても伝え続けなければ何も変わらない”。
サーローさんは臆することなく訴えました。
そして、採決が行われる日を迎えました。

条約は、120を超える国や地域の賛成で採択されました。
議場には核保有国をはじめとする国々の姿はありません。
それでもサーローさんは、姿のないそうした国々に届くことを信じて語り始めました。

サーロー節子さん
「未来を生きる命を危険にさらし続けてはなりません。
世界中の指導者のみなさんにお願いします。
あなたがこの“地球”を愛しているならば、この条約に署名することを考えてみてください。
一緒に世界を変えていきましょう。」

サーローさんが選んだ“地球”という言葉。
“立場を超え、私たちが生きる地球のあり方を共に考えよう”という思いからでした。

サーロー節子さん
「これはまず第一歩なのであって、まだ最終の目的のところまでには、いろいろと問題が待っている。
それを一歩一歩克服していかなければいけない。
お互いに敬愛の念を持って共生する、共に生きるという社会の設立。
それが多くの人たちの夢だと思います。」


三條
「海外カメラマンの涙や会場の拍手、世界の人たちがサーローさんのことばに注目を寄せている、その関心の高さがうかがえましたね。」

和久田
「サーローさんは条約が採択されたあとも、カナダの新聞に政府の条約参加を求める意見を投稿するなど、早くも活動を始めています。」

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