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2017年4月4日(火)

“ゴミの島”からの再生 住民の闘い

和久田
「ある島を舞台にした、ふるさとを取り戻す闘いです。」

瀬戸内海にある香川県、豊島(てしま)。
1週間前の先月(3月)28日、岸壁に100人を超える住民が並びました。
島を苦しめてきた産業廃棄物の撤去を見届けるためです。
昭和50年代、島に不法に投棄された産業廃棄物。
美しい島は、「ゴミの島」と呼ばれるようになりました。
再生に向けた住民たちの闘い。
今、大きな節目を迎えています。

高瀬
「日本の経済成長に伴って、全国で相次いだ産業廃棄物の不法投棄や処分をめぐる問題。
大量生産、大量消費のしわ寄せが各地で噴出する中、とりわけ深刻な状況に置かれたのが瀬戸内海にある豊島。
周囲20km、人口800余りの島です。

昭和50年代から10年以上にわたり、民間の処理業者によって車のタイヤや壊れた部品、化学物質など大量の産業廃棄物が不法に投棄されました。
島の再生に向けて、42年にわたり活動を続けてきた住民たち。
1週間前、ようやくすべての廃棄物の撤去が終わりました。」

“ゴミの島”からの再生 産廃と闘った42年

リポート:中村源太記者(高松局)

安岐正三さん
「いま入ってきたな、あれが産廃専用の運搬船。」

豊島に暮らす住民の1人、安岐正三(あき・しょうぞう)さんです。
廃棄物が持ち込まれるまで、美しい風景が広がる自慢のふるさとだったと言います。

安岐正三さん
「春は花見、夏は海水浴、それから秋になると“いさり”といって魚を突きに来たり、そういうものがまさに破壊されてしまった。」

親の後を継ぎ、ハマチの養殖をしていた安岐さん。
廃棄物の問題が発覚してからハマチが一切売れなくなり、廃業せざるを得なくなりました。

安岐正三さん
「先祖伝来の家業、私の代で辞めざるを得ないのは誠に申し訳ないことですが、そうせざるを得ない。」



 

当時の上空からの映像です。

島の一角には地面がむき出しになった場所。
その下には大量の廃棄物が埋められています。
安岐さんたち住民を苦しめたのは、それだけではありません。
廃棄物を撤去してほしいと県に助けを求めたものの、「撤去する義務はない」と応じなかったのです。

ふるさとの再生をかけた闘いが始まりました。
150日間に及ぶ県庁前での抗議活動。
さらに東京などにも足を運び、都市部の消費者にも、無関係な問題ではないと訴えました。
活動を続けること25年。

 

香川県 真鍋武紀前知事
「豊島の住民の皆様に、長期に渡り不安と苦痛を与えたことを認め、心からおわびをいたします。」



 

世論の批判が高まる中、県はこれまでの対応を謝罪、廃棄物を撤去することを約束します。
撤去が始まって以来、安岐さんは工事現場で働くかたわら、毎日のように廃棄物の撤去作業を見守り続けて来ました。

現場には、埋められた廃棄物を掘り返した、無数の穴。
生々しい傷跡は、いまも残されたままです。
かつてここには、美しい砂浜が広がっていたといいます。

安岐正三さん
「原状回復することが、今を生きる世代にとっての責務だと思う。
42年というのは長いです。
ほぼ人生の大半をこれに費やしたという感じがする。」

島の闘いを語り継いでほしいと取り組みをはじめた人もいます。
活動の中心にいた、矢麦律子(やむぎ・りつこ)さんです。

この日、島の住民など20人を集め、産廃問題の勉強会を企画しました。
訪れたのは、住民たち手作りの資料館です。
壁に貼られているのは、かつて廃棄物を撤去するために立ち上がった、549人の名簿。
誰かが亡くなるたびに黒い喪章が添えられ、年々、その数は増え続けています。
島の歴史を知らない若い世代も少なくありません。

「自分のおじいさんやおばあさんが頑張ったことを知ってもらい、環境を大切に、こんなことが起きないようにしてほしい。
将来の子どもたちには。」

矢麦律子さん
「こういう島があってはいけないし、子どもたちにもやっぱり伝えていかないといけない。
忘れたらいけないということを伝えていきたいと思う。」


 

そして迎えた、先月28日。
残された廃棄物がすべて島から搬出される日です。

最後の船を見送ろうと、100人を超える住民が集まりました。

安岐正三さん
「(公害)調停申請人となった豊島住民549人のうち、320人が亡くなっている。
私たちはこのような経過の中でこの日を迎えることに、万感の思いを抱いている。」

「長年みんな苦しい思いした。
ちょっとほっとした感じ。」

「主人が生きていたらもっとよかった。
見届けずに逝ってしまった。
あとは若い人に頑張ってもらわないと。」

「ゴミの島」と呼ばれたふるさと。
再生への道を一歩一歩、歩んでいます。

産廃撤去 しかし…

高瀬
「取材にあたった高松放送局の中村記者です。
撤去完了まで実に42年、長くて重い時間だったなと感じますが、荒れてしまった島の姿はまだ残るわけで、これからもまだ時間はかかりそうですね。」

中村源太記者(高松局)
「問題の解決までにはまだ道半ばというのが実情です。
私も現場を何度も訪れましたが、廃棄物を掘り起こしたあとの穴が無数に残されていて、中には変色した水がたまっていました。
現場では汚染された地下水の浄化作業がまだ続けられていて、これが完了するまで、香川県はあと5年はかかると見ています。
島がかつての姿を取り戻すまでには、まだまだ長い道のりが続くと言えます。」

ふるさとを再び“豊かな島”へ

和久田
「今もまさに再生に向けて動いているということですが、これは豊島だけの問題ではないですよね。」

中村記者
「人々の無関心のもと、都市部で出たごみが地方の島に押しつけられたという理不尽さ、そして、その問題がいまだに続いていることの重みをしっかりと受け止めなければならないと思います。
私が今回、豊島を取材して感じたのは、『ゴミの島』という不名誉なイメージからなんとか脱却しようとする住民たちの強い思いです。
豊島は、去年(2016年)開かれた現代アートの祭典『瀬戸内国際芸術祭』の会場にも選ばれました。

豊島は『アートの島』として国内外から多くの人が訪れる観光地に生まれ変わりつつあります。
住民たちの努力のもと、豊島は再生の道を歩み始めています。
その一方で、島を訪れる人たちに、この問題を知らない人が多いことが私は少し気になりました。
これは豊島だけの問題ではありません。
私たち一人一人がこの問題に関心を持ち、豊島がどう変わっていくのか、きちんと見届ける必要があるのではないかと思いました。」

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