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2017年3月28日(火)

“学びたい”無戸籍だった35歳女性

阿部
「3月も残りわずか。
学校を卒業して、来月(4月)から新生活をスタートさせる方も多いのではないでしょうか。」
 

和久田
「一方で、さまざまな事情から義務教育を受けられなかった人たちがいます。
虐待や不登校などに加え、ここ数年、新たに明らかになったのが、戸籍がない、いわゆる“無戸籍”の人たちの存在です。
離婚や経済的な事情などから、親が出生届を出さなかったために、無戸籍になっている人は、把握されているだけでも全国でおよそ700人にのぼります。」

阿部
「無戸籍だった過去を乗り越え、この春、35歳で中学校を卒業したある女性を取材しました。」

35歳の中学生 無戸籍だった女性の思い

リポート:上田真理子(社会部)

関東地方の公立中学校に通うエミさん(仮名)、35歳です。
エミさんは子どもの頃、小学校にも中学校にも通っていません。
去年(2016年)9月に中学3年生に編入、初めて学校で授業を受けています。
授業は教師から1対1で教わります。
エミさんが義務教育を受けられなかった背景には、家庭の事情がありました。

6人目の子どもとして生まれた当時、建設現場で働く父親の収入が少なく、家計はひっ迫。
両親はエミさんの出産費用を払えず、戸籍に必要な出生証明書を病院から受け取ることができませんでした。
そのため、無戸籍のまま育ちました。
小学校入学の年齢になっても、出産費用の未払いを警察に通報されるのではないかと恐れた両親は、入学手続きが行えず、エミさんを学校に通わせませんでした。
近所の子や兄弟が学校に行っている間、エミさんは家にこもり、わずかな教材で勉強するしかありませんでした。

エミさん
「なんで自分だけ(学校に行けないのか)みたいな思いもあり悲しかったり悔しかったり。
近所の子は(学校に)行っているけど、私は行かないでいい子なんだって思うようにして。
その話をすると、母が悲しい顔をするから“言ってはいけないことなんだ”と思って、あまり言わないようにした。」

誰もが受けられるはずの義務教育。
そのことさえ知らされないまま大人になったエミさんは、将来の夢や目標を心の奥に封じ込めて生きてきました。
履歴書に書ける学歴がないため、仕事は倉庫の荷下ろしや居酒屋の食器洗いなどアルバイトに限られました。

エミさん
「事務とかOLに憧れたときもあった。
いつかいいことあるかなって、あきらめて。
今は生きるためだから、しかたないと割り切ってやっていた。」

28歳のときに出会った男性と結婚。
支援団体に相談し、裁判所の手続きを経て、エミさんは、ようやく戸籍を得ることができたのです。
新たな転機となったのは去年。
国が、エミさんのように特別な事情がある人は、小学校を卒業していなくても中学校に入学できる方針を初めて打ち出したのです。
当時、エミさんは子どもが生まれたばかりでした。
「この子のためにも学びたい」。
みずから中学校に通う決断をしました。

エミさん
「子どもが大きくなったときに宿題とか教えてあげられないと恥ずかしい。」

30歳を過ぎて中学生になったエミさん。
勉強で、特に苦労したのが算数です。
この日の授業は、割合を求める計算。
本来なら小学5年生で学ぶ内容です。 
当初は九九から学び始めました。
それでも、これまで知らなかった知識を一つ一つ身につけ、世界が広がっていくことを実感しています。

エミさん
「前までは(学校に通うことを)全然、想像もできなかった。
感動して感謝をかみしめながら毎回勉強している。
とにかく楽しい、毎日。」

教師
「当たり前に学べているかたよりも、学べる楽しさとか学べるありがたさは非常に強くお持ちではないかと思う。
やっと学べるようになったという喜びは感じられる。」

 

勉強を続けるうちに、エミさんには新たな思いが芽生えてきました。

エミさん
「憲法の授業のときにもらったプリント。」

社会科で受けた憲法の授業。
「教育を受ける権利」が憲法で保障されていることを初めて学びました。
そして、法律で人を助けられる司法書士になるという目標ができたのです。
中学校を卒業したら、専門学校に通うことを決めました。

エミさん
「つらい経験とか他の人ができないことをいろいろしてきたので、つらい思いをしている人を支えたり助けてあげられる人になれたらいいと思う。」

そして迎えた卒業の日。

「卒業証書。
中学校の過程を卒業したことを証する。
おめでとうございます。」

生まれて初めての卒業証書です。

エミさん
「わたしは無戸籍で小学校も中学校も通えなくて、いろいろなことをあきらめて生きてきたけど、いろんな人に助けられて、今回、中学校を卒業することができて、新しい目標もできてよかったと思う。
今後、目標に向かって精いっぱい頑張っていこうと思う。
ありがとうございました。」

学ぶことで、初めて抱いた夢。
この春、エミさんは人生の新たな一歩を踏み出します。

阿部
「私たちが当たり前のように通った学校に行けないという想像を超えるつらい思いをしてこられたんですね。
でも、エミさんの人生はこれからですよね。」

和久田
「エミさんはいつかは夢を叶えて、顔を隠さず、胸を張って自分の過去を語れるようになりたいと話しています。」