これまでの放送

2017年3月2日(木)

解き明かせるか ベテランの知恵

和久田
「長年経験を積んできたベテラン。
そこで培ってきた『判断力』や『気づき』を若手にどう伝えるか。
新たな模索が始まっています。
沓掛記者とお伝えします。
沓掛さんはNHK入局12年目ということで、もうベテランの域でしょうか。」

沓掛愼也記者(科学文化部)
「いえ、まだまだですね。
若手とは言いにくいんですが、まだまだ経験豊富な先輩から学ぶ立場ですね。」

阿部
「でも、教える方も経験を通じて得た感覚のようなものを言葉にして伝えるのは難しいですよね。」

沓掛記者
「その難しいところが、もし目に見えるようになったと言われたら、どう思いますか?」

和久田
「『目に見える』って、どういうことですか?」

沓掛記者
「つまり、ベテランの知恵をデータという形で捉えるんです。
さまざまな分野で高齢化が進み、ベテランの判断力や気づきを目に見えるようにして、人材育成に活用しようという取り組みが始まっているんです。」

農業 視線をデータ化へ

リポート:沓掛愼也記者(科学文化部)

先月(2月)、静岡県のイチゴ農家で、ある実験が行われました。
実験を行ったのは、慶應義塾大学などでつくる研究チーム。
農家が作業中にどこを見ているか、特殊な眼鏡を使って調べます。
協力してもらったのは、若手の農家と栽培歴10年のベテラン。
実験を通じて経験による違いを探ります。

この日行われたのは、余分な葉を取り除く作業です。
大きくて甘い実を育てるのに欠かせません。
しかし、葉を取り過ぎれば、かえって収穫量や品質が落ちてしまいます。
経験の差が出やすい作業です。
どの葉を取り除くかは感覚的なもので、ベテランでもうまく説明できないといいます。
 

ベテラン農家 植松稔さん
「あともう1枚とろうとか、ちょっととりすぎとか、適正な葉枚数は難しい。」



 

研究チームのリーダー、慶應義塾大学の神成淳司(しんじょう・あつし)准教授です。
収録した視線の動きから、ベテランの知恵を読み取ろうと分析を続けています。




若手農家の映像です。
根元や葉先など、さまざまなところを見ています。
時には葉を裏返して変色などをチェックします。

これに対して、ベテランの視線の動きは違っていました。
細かい部分は見ずに、取り除く葉を瞬時に決めていたのです。

慶應義塾大学 環境情報学部 神成淳司准教授
「ぱっと見で決めていますね。
一瞬にして見極めているから、何らかの見た目で判断している。」

視線の動きを示した図で見ると、違いは一目瞭然です。
若手はさまざまな場所に視線が動くのに対し、ベテランは中心に集中しています。
研究チームでは、ベテランは1点を見ているようで、実は視野全体で苗の状態を見て、どの葉を取り除くのか判断していると考えています。

慶應義塾大学 環境情報学部 神成淳司准教授
「丁寧に見ているのは、むしろ若手生産者で、熟練者は、実は葉を1枚1枚見ているかと思ったらそうでないということは、けっこう驚きで、たぶんいわゆる周辺視野も含めて、葉も見ているけれども全体を捉えている。」

しかし、何を基準に取り除く葉を選んでいるのかは、まだ分かっていません。
研究チームでは、実験を積み重ねることで法則を突き止め、今後、ベテランの知恵をデータ化して担い手の育成に役立てたいと考えています。

慶應義塾大学 環境情報学部 神成淳司准教授
「従来データとして扱われなかった人間の気づきを、データとしていかに使うか。
早期に1人前になって稼げるようになれば、農業は十分に魅力的な産業分野として人が集まってくるのではないか。」

介護現場 育成にデータ活用

リポート:森田百合奈(おはよう日本)

一方、介護の現場では、若手の足りない部分をデータで明らかにすることで、ベテランの感覚を早く習得させる取り組みも行われています。
沖縄県宮古島市の特別養護老人ホームです。
ベテランから若手まで、25人の介護士が、およそ70人のお年寄りを24時間ケアしています。
中には認知症などを患い、自分の気持ちをうまく伝えられない人もいます。

お年寄りのわずかな変化。
ベテランは気づいても、若手は見落としてしまうことが少なくありません。
指導にあまり時間が割けない中、ベテランの気づきをどう身につけさせるかが課題となっています。

宮古厚生園 生活支援課長 川根直美さん
「(介護現場は)分単位でずっと業務が流れている。
心の寄り添い方まで(若手に)教えられる環境がない。」


 

そこで、この施設が慶応大学などと1年前から取り組んでいるのが、ベテランと若手の「気づきの差」をデータ化することです。
介護士2年目の、宮城鈴菜(みやぎ・すずな)さんです。
担当しているのは、90歳の下地ユキさん。
いつも食事が進まないのが悩みです。

宮城さんは毎日、下地さんの表情や仕草などを「とても良い」から「とても悪い」まで5段階で評価し、スマートフォンで入力しています。

宮城さんが入力した評価の内訳を示したデータです。
「普通」と「悪い」ばかりでした。
一方、同じ下地さんに対するベテランの評価には、「とても良い」と「良い」も入っていました。

さらに項目別に見ると、ベテランは、宮城さんが気づいていなかった、どのようなときに楽しいと感じるかなどにも目を向けていました。
どうやって、下地さんの良い点に気づくことができたのか。

ベテラン介護士 中林利恵子さん
「(下地さんの)家族が面会しにきたときがあった。
その時、孫・ひ孫も連れてきていて、遠目に見て、ふつう私たちだけだったら、きつい表情だけ、うなり声だけが多いのに、(下地さんが)穏やかな表情というか安心している感じを察した。」

 

ベテランは、下地さんの家族が訪ねてきたときの様子をしっかり見ていました。
その観察力の差がデータに表れていたのです。

介護士 宮城鈴菜さん
「目が行ってない部分があったと反省した。」

次の日。
下地さんの食事のケアを行った宮城さん。

介護士 宮城鈴菜さん
「(孫の)かおりさんが作ったよ。」

下地さんの孫の名前を、声かけにとりいれてみました。
すると、いつもは食が進まない下地さんが、この日はたくさん食べることができました。

 

介護士 宮城鈴菜さん
「単純な作業ですけど、こんなに変わるんだと思って。
データを見て、気づいていないところを重点的に介助しながら、今後は視野を広くして行動していきたい。」

広まる活用の現場

和久田
「データで捉え直すことで、ベテランとの違いに気づくことができれば、若手を育てる上で大きな力になりそうですね。」

沓掛記者
「介護現場で見た、若手の気づきを助ける取り組みは、保育の場でも始まっています。
また、ベテラン農家の知恵を分析する試みは、イチゴだけでなく、マンゴーやブドウなど全国10か所以上の産地で今年(2017年)から新しく始まるということなんです。
取材したイチゴの産地では、ベテランと若手の農家で収穫量に30%以上差が出る場合もあるということで、全国各地の産地がこうした差をどうにか縮められないかという思いで、この取り組みが広がっているということなんです。」

急がれる 人材育成

阿部
「でも、長年かけて自分で経験してはじめて身につくものってありますよね。」

沓掛記者
「確かに、経験によって得るものはとても大きいと思うんですが、ただ一方で、例えば農業で言うと、国内の農家の平均年齢はすでに65歳を超えていますし、また、介護の現場でも、今後、高齢化が急速に進むと、人手不足に拍車がかかると予想されています。
こうした状況の中でいかに短期間に人材を育成するのかという問題、今回のように熟練の知恵をデータ化・見える化するという取り組みが解決に向けた1つの道筋になっていくのかどうか、今後も注目していきたいと思います。」

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