これまでの放送

2016年12月7日(水)

世界遺産 幻の修行場を追い求めて

紀伊半島を南北に走る大峰山脈。
日本古来の山岳信仰「修験道(しゅげんどう)」発祥の地とされ、1300年前から厳しい修行が行われています。
滝や切り立った崖。
修験者たちは悟りを得ようと、75か所の修行の場をめぐります。
 

しかし、その中でただ1つ、所在がわからない修行場があります。
その名は「菊の窟(きくのいわや)」。
あまりに険しく、人を寄せつけないとされ、いつしか伝説の場所となりました。

大峯山護持院 櫻本坊 巽良仁住職
「大峯奥駈道の最大の秘所、あるいは魔所とも称されている。
一説によると、そこへ行った者は帰ってくることはできないと言われている。」

 

阿部
「2004年に、熊野古道とともに世界遺産に登録された『大峯奥駈道(おおみね・おくがけみち)』です。
古くは平安時代、藤原道長(ふじわらの・みちなが)や白河上皇(しらかわじょうこう)も修行した聖なる道です。」

和久田
「この大峯奥駈道には75か所の修行場がありますが、そのうち、49番目の『菊の窟』だけ、場所も姿も分かっていません。
少なくとも江戸時代の中頃には、その場所が分からなくなっていたと言われています。」

阿部
「『菊の窟』には、手つかずの貴重な仏像や経典が埋まっているとも言われ、場所が特定されると大発見につながる可能性があります。
古くから多くの人が探し求めてきたこの修行場を見つけようと、先月(11月)、相次いで調査が行われました。」

伝承から探す 幻の修行場

25年にわたり「菊の窟」を探し続けている和田謙一(わだ・けんいち)さんです。
これまでに30近い洞窟を候補地として見つけてきました。

和田謙一さん
「自分の目で見てみたい。
自分が発見したい。」


 

今、和田さんが注目している本があります。
80年ほど前に書かれた「大峯山脈とその渓谷」。
修験者の伝承をまとめた貴重な資料です。
ここに2つの記述を見つけました。

“菊の窟は舟の多和(たわ)という場所から見ると、岩肌に円形の菊の花の模様が見える”

“菊の窟は、人々の云う鬼の口である”

 

和田さんは、本に書かれていた伝承をもとに山に入りました。
まず目指したのは、記述にあった「舟の多和」。
今も75か所の修行場の1つとして残る場所です。

和田謙一さん
「あのあたりから肉眼で見えるかどうか。
今日みたいな天気の日はない、最高のチャンスです。」

果たして、「舟の多和」から記述にあった円形の菊の模様が見えるのか。
7時間かけて「舟の多和」に着きました。

和田謙一さん
「ちょうど日陰に入ってしまったけど見えていますね。
菊の花の模様には見えませんけど、円形、まん丸であるのは、はっきり見えます。」

岩肌の模様が円を描いているようにも見えます。
もし本のとおりであれば、この岩場のどこかに「菊の窟」があるはずです。

もう1つの記述「鬼の口」を求めて、菊の模様の岩場へ。
しかし、倒れた大木や崩れた山肌が行く手を阻みます。

目指す岩場に着いた和田さん。
「鬼の口」とは何を指すのか、くまなく探します。
30メートルほどの崖を降ります。
その先にあったのは…。

和田謙一さん
「ここが鬼の口、すなわち菊の窟。」

不思議な形をした洞窟。
鋭い岩が、まるで牙のように連なっていました。

和田謙一さん
「これを見たら誰でも鬼の口だと。
入った者、いまだ生きて帰るを知らず。
鬼の口に入ったら生きて帰れないのは当たり前。
それが結局わたしの中でピタッと結びついた。」

古来、人々が祈りを捧げてきた「菊の窟」。
和田さんは、場所の特定につながるのではと、手応えを感じました。

別の場所? 幻の修行場

一方、考古学の研究者は、別の場所にあると考えています。
奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所、所長の菅谷文則(すがや・ふみのり)さんです。


 

これまで奥駈道で、平安時代の金の仏像を見つけるなど、数々の発掘調査を手がけた第一人者です。
菅谷さんは、ほかの修行場の多くが道からよく見える山頂の岩場などにあることから、「菊の窟」も見晴らしのよい場所にあると考えています。

奈良県立橿原考古学研究所 菅谷文則所長
「尾根筋から見ても神秘的に見えるところ、近寄りがたいところ。」

菅谷さんが、手がかりとしたのは、行くのが難しかった「菊の窟」の代わりに人々が修行してきた「よう拝所」と呼ばれる場所です。
「菊の窟」は、その「よう拝所」から見える範囲の険しい岩場にあると考えました。

奈良県立橿原考古学研究所 菅谷文則所長
「この辺だと思う。
この辺で岩が見えないといけない。」

奈良県立橿原考古学研究所 大西貴夫さん
「ここの崖ではないか。」

奈良県立橿原考古学研究所 菅谷文則所長
「そこを探して。」

菅谷さんの方針をもとに、研究所のチームは「菊の窟」の「よう拝所」から調査を開始しました。
しかし、木が生い茂っていて、岩場は見えません。
目標と定めた場所へGPSを頼りに近づきます。
切り立った斜面を通り、目標地点にたどりつきました。
 

崖を回り込んだ時、2つに割れた大きな岩がありました。

奈良県立橿原考古学研究所 大西貴夫さん
「弁慶が割った岩みたい。」

古代より信仰の対象とされてきた2つに割れた岩。
奥行き60センチほどの小さなくぼみがありました。

奈良県立橿原考古学研究所 大西貴夫さん
「ちょっとした仏像を祭ってここで拝んだり、そういうことはありえるかもしれない。」

周辺に仏像などが見つかれば、「菊の窟」の可能性が高まります。

奈良県立橿原考古学研究所 大西貴夫さん
「ないですね。」

出土品は見つかりませんでした。

奈良県立橿原考古学研究所 大西貴夫さん
「今後も丹念に奥駈道を中心とした大峰の山岳に関わる遺跡を歩いて、調べていくことを続けていきたい。」



 

研究所ではくぼみの形などから、この場所に期待を寄せ、継続的に調査チームを派遣することを決めました。

和久田
「今回、行った調査では、どちらも『菊の窟』と断定するには至りませんでした。」

阿部
「今後は、両者とも本格的な調査を続けて、仏像や修験者が使っていた道具などを見つけ、場所を特定したいと考えています。」

Page Top