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2016年10月17日(月)

医療的ケア児が 未来を探る“家”

阿部
「重い病気の子どもと、その家族を支える取り組みです。」

今、医療技術の発達で、救える命が増えています。
その一方で、退院して自宅に戻っても、人工呼吸器やたんの吸引など、「医療的ケア」を必要とする子どもが増加。
全国で1万7,000人以上に上ると見られています。
家族は、四六時中対応に追われ、大きな負担がのしかかります。

今年(2016年)4月、こうした子どもを一時的に預かる、初めての公的な専門施設「もみじの家」がオープンしました。
看護師など、専門のスタッフが最長で1週間、子どもを預かります。
家族の負担を減らすとともに、子どもが楽しく過ごせるよう工夫をこらしています。

母親
「安心して、お任せできます。」

母親
「めちゃくちゃ笑っていたので、こっちまでうれしくなる。」

 

阿部
「この『もみじの家』の取り組みは以前、おはよう日本でも取り上げましたが、オープンから半年を迎え、今、変化が起きています。」

和久田
「『厳しい介護の負担を減らす』という目的だけでなく、『将来の自立に向けた一歩として利用したい』というケースも出てきました。
ある少年の『もみじの家』での挑戦を追いました。」

“難病でも自立したい” 13歳の決意

リポート:川﨑敬也(映像取材部)

都内にある特別支援学校。

川田晃夫さん(13)
「おはようございます。」


 

中学2年生の川田晃夫(かわた・あきお)さんです。

川田晃夫さん(13)
「さっき測りました。」

生まれつき筋肉の病気があり、自由に体が動かせません。
長時間、自分で呼吸が出来ないため、人工呼吸器をつけています。

授業の合間にも人工呼吸器の調整が必要なため、母親の美千代さんが常に付き添います。

「“where”はどういう、つづりかな?」


 

晃夫さんは指先でパソコンを操作して、一般の中学生と同じレベルの授業を受けています。



 

「高校に入るのは…。」

川田晃夫さん(13)
「あと1年。」


 

学校では進路指導も始まり、将来を意識するようになった晃夫さん。
「身体のハンデがあっても仕事について、いつか自立し、母親の負担を減らしたい」と考えるようになりました。

川田晃夫さん(13)
「家族がいると、どうしても甘える。
お母さんとか家族に頼らないで、ひとりで何でもできるようになりたい。」

 

この日、晃夫さんは「もみじの家」を訪れました。
スタッフの力を借りながら、自分でどこまでできるのか。
2泊3日の滞在に挑戦します。
これほど長く母親と離れるのは、生まれて初めてのことです。

医療的ケア児が探る未来 “もみじの家”での挑戦

晃夫さんをどうサポートすればいいのか。
もみじの家では、これまで130人以上の利用者を受け入れてきましたが、晃夫さんのように自立を目指す子どもは初めてです。
スタッフは手を出しすぎないようにして、本人の自主性を引き出すことに決めました。

もみじの家 看護師長 滝本悦子さん
「自立を促すというところで、まずは晃夫くんの気持ちを全部聞いてみて、やりたいことを尊重しようと。
(晃夫くんにとって)次につなげるステップの準備ができればいい。」
 

1日の過ごし方も、本人の意思を聞いて決めていきます。

「晃夫くんは、どう思う?」

川田晃夫さん(13)
「宿題、どうしようかな。」


 

学校の宿題をしっかりやりたいという希望を聞いて、スケジュールを組みました。
そして、必要なケアも晃夫さん自身に説明してもらうことにしていました。
しかし…。

川田晃夫さん(13)
「そのまま差し込めばいいよ。
どうした?」

普段は何も言わなくても母親がしてくれた人工呼吸器の調整。
うまく伝えられません。

川田晃夫さん(13)
「違う、違う、緑のこれ。」

「これね。
これ取っちゃだめなやつ?」

川田晃夫さん(13)
「取っちゃだめだよ。」

他人に伝えることの難しさを実感しました。

親元を離れて、初めての夜。
遅くまで寝付けませんでした。



 

2日目の朝。
晃夫さんは、ほかの利用者やスタッフと一緒に過ごしました。
楽しく遊んで、気持ちがほぐれてきたようです。

川田晃夫さん(13)
「あ、わかった。
今度こそは。
宮崎県。」

そして、自分で決めた宿題の時間。
普段は母親に代筆してもらう事が多い地理のプリントも、スタッフの手を借りながら、自分で書きあげようとしていました。

「続けられる?」

川田晃夫さん(13)
「はい。」

休むことなく書き続けて1時間以上。

「お疲れさまでした。
初めて自分で全部、書いたんじゃない?」



 

最後まで、やり遂げることができました。
自分の意思を伝え、周囲の人たちの力を借りて生活する。
少しずつ自立に向けた手応えをつかんできた晃夫さんは、これまで誰にも言えなかった思いをスタッフに打ち明けました。

「アッキー将来、何かやりたいことってある?」

川田晃夫さん(13)
「天気予報士。」

「すごい勉強しなきゃいけないよ。
いいね、天気のことすごい好きって言ってたもんね。」

ひそかに抱いてきた将来の夢。
自宅には、寝たきりの晃夫さんのために父親が作ってくれた大きな天窓があります。
そこから見える空を毎日眺めているうちに思いが募ってきたといいます。

「すごいね、(気象予報士は)試験が難しいんだって。
でも、それ頑張れたらいいね。」



 

川田晃夫さん(13)
「これからもいっぱい勉強して、頑張る。」

「聞いたよ。
頑張ってね、応援してるから。」

川田晃夫さん(13)
「僕ならできるよって、言ってました。
頑張ろうという気持ちになりました。」

2泊3日の滞在が無事に終わりました。

母 美千代さん
「寂しくなかった?」

川田晃夫さん(13)
「うん。」

 

母 美千代さん
「メソメソってしなかった?」

川田晃夫さん(13)
「しなかった。」

次は、もう少し長い時間を「もみじの家」で過ごしたいという晃夫さん。

「アッキー、またね。」

川田晃夫さん(13)
「さよなら、またね。」


 

自立という目標に向けて、一歩ずつ進もうとしています。
 

和久田
「自立に向けて踏み出した一歩を、さらに大きなものにするために必要なこと、まだまだありそうですよね。」

阿部
「そうですね。
『もみじの家』のような施設を増やしていくだけでなく、医療的ケアを受ける子どもたちへの理解、そして資金・制度面で、子どもたちの自立を支える仕組み作りが必要です。」