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2016年9月27日(火)

噴火から2年 御嶽山はいま

阿部
「死者・行方不明者63人。
戦後最悪の火山災害になった御嶽山の噴火から、今日(27日)で2年になります。」

 

2年前、突然噴火した御嶽山。




 

「やばい。」

「間に合わない。」

「口隠せ。」

紅葉シーズンの週末。
訪れていた大勢の登山者が噴石に襲われました。
58人が死亡、5人の行方がわからないままです。



今も変わらぬ、家族への思い。




 

遺族
「悲しいのは変わらない。
1年たとうが2年たとうが、変わらない。」


 

今日は、ふもとの長野県木曽町で追悼式が行われ、噴火した時刻と同じ午前11時52分に黙とうをささげます。




 

阿部
「地元をはじめ、登山者にとっても気軽に登れる山として親しまれていた御嶽山。
その突然の噴火で、山頂ばかりではなく、ふもとの町にも火山灰が降るなど、影響が広がりました。」

和久田
「こちらをご覧ください。
長野県と岐阜県にまたがる御嶽山。
噴火直後は、山頂の火口からおよそ4キロが警戒範囲とされ、入山も大幅に規制されました。

この2年間、火山活動の低下にともなって、その範囲は徐々に縮小。
今では火口からおよそ1キロ程度となっています。
その間、地元では、再噴火に備え避難小屋を補強したり、山小屋の建て替え工事を始めたりと、安全対策を進めてきました。」

阿部
「噴火から2年。
御嶽山の火山活動は今どうなっているのか。
そして残された家族はどんな思いでいるのか、取材しました。」

噴火から2年 御嶽山の火山活動は

先月(8月)下旬。
名古屋大学などの調査チームが御嶽山に入りました。
目的は、火山活動の現状を詳細に観測することです。
今回は初めて、山頂付近での観測にも臨みます。
登山を開始して2時間半。
山頂に近づくにつれ、噴火の爪痕が色濃く現れ始めました。

山頂近く、エメラルドグリーンの水をたたえていた二ノ池。

今は半分が火山灰で埋まり、水は輝きを失っていました。
元の姿に戻るには、20年かかるともいわれています。

今も立ち入りが禁止されている山頂はどうなっているのか。
特別な許可を得て調査に入る研究者にカメラを託し、記録してもらいました。
山頂にある山小屋です。
噴石などによる被害に加え、2年の間、風雨にさらされ、傷みが激しくなっていました。
そしてカメラが捉えたのは、2年前の噴火でできた新たな火口です。
間近でその様子を記録したのは、今回が初めてです。
ガスや水蒸気が吹き出す音が、今も一帯に響いていました。

名古屋大学 地震火山研究センター 伊藤武男さん
「噴火後、我々も初めてあそこまで行って観測できたので、火山のエネルギーの強さ、そういうものを実感した。」



 

今回の調査を行った名古屋大学の伊藤武男(いとう・たけお)さんは、噴火前から御嶽山の観測を続けてきました。

名古屋大学 地震火山研究センター 伊藤武男さん
「シミュレーションの結果、全体的に収縮しているのが分かる。」

これまで集めたデータを分析した結果、火山のエネルギーが今も放出され続けていることが裏付けられたといいます。

御嶽山の地中には、地下水とマグマが貯まっています。
マグマから出た火山ガスなどによって温められた水は水蒸気となり、体積が増加。

それによって山が膨張し、耐えきれなくなった時、噴火します。

今の御嶽山は、地中の火山ガスや水蒸気を放出し続けているため、膨張する傾向はみられず、火山活動は低下していると伊藤さんは考えています。

名古屋大学 地震火山研究センター 伊藤武男さん
「次の噴火への準備というより、前の噴火の後片付けをしている。
そういう状態と考えられると思います。
すぐにその収縮傾向が止まるような兆候もないということ。
ぐんぐん収縮しておりまして、噴火の危険性という意味では、今後すぐに危険になるような兆候はないと言えるのではないか。」

噴火から2年 残された家族は

リポート:生田隆之介(長野局)

噴火から2年。
火山活動が続く中、警察などによる捜索活動は去年(2015年)打ち切られ、今も5人が行方不明のままです。

そうした中、今年7月に行われた慰霊登山。
全国から、犠牲者の家族25人が参加しました。




この慰霊登山に、特別な思いを抱えて参加した男性がいました。
野村正則(のむら・まさのり)さんです。




噴火した日、一緒に登っていた大学生のおい、亮太(りょうた)さんの行方が今もわかっていません。
山にはまだ行方不明者が残されていることを忘れてほしくないと、噴火から2年を前に、初めてテレビの取材に応じました。



 

野村正則さん
「僕にとっては2年前の9月27日で時間が止まったまま。
なぜどうして見つからないのという、それをずっと2年、問うてきました。」

向かいの家に暮らす亮太さんを、実の息子のようにかわいがっていた正則さん。
よく2人で一緒に、旅行に出かけました。
あの日、御嶽山に登ろうと声をかけたのも正則さんでした。



噴火が起きたとき、2人は山頂付近にいました。
すぐに一緒に逃げ始めましたが、噴煙に巻き込まれ、正則さんは少し前を走っていた亮太さんの姿を見失ってしまいました。
その後、数時間、亮太さんの名を叫び続けましたが、見つけることはできませんでした。


 

野村正則さん
「自分がそういう(登山の)日にちを選択したという後悔とかもありますし、もっと早い時間から登ってれば、噴火にあったけど2人とも無事に助かって下山できたんじゃないか、もうちょっと登る時間を遅らせてれば助かったんじゃないか。
いろんな選択の中で決めたのは僕自身であって、亮太はただついてきただけですので、そういう思いの後悔はあります。
(亮太さんは)紺色のジャージを着てたんですけど、その背中、毎朝起きると、そのシーンは必ず思い出しますね。」

亮太さんが見つからない中、何も手につかなくなり、仕事を辞めてしまった正則さん。
期待をかけていた警察などの捜索も打ち切られ、失意の中にいました。

しかし、今月(9月)上旬。
御嶽山に向かう正則さんの姿がありました。
遺族などが、行方不明者の自主捜索を新たに始めたのです。



山頂付近は立ち入りが禁止されているため、ドローンを使って、発見につながる手がかりを探しました。
正則さんは、行方不明の5人が見つかり、家族の元に戻る日が来ることを願っています。

野村正則さん
「きょうの1日が第一歩ですので、希望が見えました、わずかですけど。
止まったままというのは、きょうから違うのかな。
わずかですけど進みました。
必ずおじさんが、なんとかして見つけて、連れて帰ってあげたい。」

噴火から2年 家族の思いは

阿部
「御嶽山の取材を続けている、長野放送局の上野記者とお伝えします。」

和久田
「2年がたった今も、残された家族はさまざまな思いを抱えているようですね。」

上野大和記者(長野局)
「私は、映像で紹介した野村さんとは別の行方不明者のご家族にお話を聞く機会がありました。
その方は、『人はこうも簡単にいなくなるのかと、今でも気持ちの整理がつかない』と話していました。


さらに、遺族らが行った自主捜索についても『参加したい気持ちはあるが、見つからなかった時のショックを考えると参加できない』と話していました。
2年たってもなかなか前に進めずにいる人も少なくありません。」

阿部
「御嶽山の噴火では、事前に噴火の兆候をつかんで警戒をよびかけることができず、大きな課題となりました。
噴火への備えはどう変わってきているんでしょうか?」

上野記者
「こちらは、気象庁が24時間体制で監視している活火山です。
日本には御嶽山をはじめ、地図のように47あります。
気象庁では、これらの火山などに、山の膨張や地震などを観測する機器を新たに設置してきました。
また、今年の4月からは、火山の監視などにあたる職員の数を1.5倍に増やすなど、監視態勢を大幅に強化しました。」

監視体制の課題は

和久田
「こうした態勢の強化で、万全と言えるのでしょうか?」

上野記者
「まだ課題もあります。
御嶽山で起きたのは『水蒸気噴火』という噴火で、兆候をつかみにくく予知が難しいとされています。
こうした観測や研究の強化は、まだ始まったばかりです。
噴火の兆候をつかむことも重要ですが、実際に噴火した場合にどう行動すべきなのか、どうすれば安全を確保できるのか、地元の自治体などの防災態勢を強化していくことも重要だと思います。」

御嶽山の噴火が突きつけたものは

阿部
「御嶽山の取材を続ける中で、2年前の噴火が私たちに突きつけたのは、何だったと感じていますか?」

上野記者
「地元でも親しまれ、多くの登山者にとって身近な山でも、噴火によって多くの被害が出るおそれがあるということを突きつけました。
われわれは噴火を人ごとと思わず、自分の住んでいる地域のまわりに火山があるかどうかや、火山に登る場合は火山活動がどのような状態にあるのかなど、しっかり把握することが重要だと思います。
私たち自身が、火山列島に暮らしているということを改めて認識する必要があると思います。」

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