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2016年8月3日(水)

サイバスロン 最新技術で挑む

望月
「オリンピックの開幕が迫ってきましたが、その2か月後、スイスで、ある新たなスポーツの世界大会が開かれます。」

和久田
「それがこちら、『サイバスロン』。
人間の力を補助するパワードスーツで課題をクリアしていく競技です。
電動車いすやロボット技術を用いた義手や義足など、全部で6種目行われます。
出場する障害のある人たちの力だけでなく、身に着ける『補装具』の技術も勝敗を大きく左右する大会です。」

望月
「研究者たちが競技を通して競い合うことで、障害のある人たちのために、より高度な技術を生み出していこうというのが目的の1つになっています。」

和久田
「第1回大会には25か国・74チームがエントリーしています。
日本から出場する、1人の技術者の挑戦を追いました。」

サイバスロン 最新技術で世界へ

義手でドアノブを回す。





消しゴムをつかむ。





サイバスロンに挑戦する、粕谷昌宏(かすや・まさひろ)さんです。
粕谷さんが開発しているのは、「筋電義手」。
脳から腕の筋肉に伝わった信号をコンピューターが読み取り、義手の指先を動かす仕組みです。


自分の意のままに動かすことにこだわり、世界でも類をみない20か所以上の関節を作りました。


「義手」部門の競技では、障害者が日常生活で難しいと感じている課題が並んでいます。
さまざまな形や大きさの取っ手を持ちあげる。
食器をトレイにのせて運ぶ。
電球をつける。
洗濯ばさみで衣服を干す。
8分以内にクリアした課題の数、難易度に応じた合計点で順位が決まります。
粕谷さんがサイバスロンへの出場を思い立ったのは、自分が積み重ねてきた技術を世に広めたいという思いからでした。

小学生の時に医療用ロボットのことを知った粕谷さん。





大学では一貫して、脳の信号を動作に変える研究を続けてきました。
卒業後もベンチャー企業で開発をしてきましたが、十分な資金・企業からの協力が得られず、実用化に至っていません。
サイバスロンで勝利し、注目されるようになれば、道が開けるのではないかと思っています。


粕谷昌宏さん
「テクノロジーが確実に役に立つことは、競技でいい成績をとることで示せるだろうし、コラボレーションのオファーなどがあったりして、社会に使える義手として販売していくことにつなげられれば。」



しかし大会まで3か月をきったこの日、粕谷さんに厳しい現実が突きつけられました。
インターネットで見つけたカナダチームの映像です。

細かい取っ手も難なくクリア。





微妙な握力を使う洗濯ばさみもこなしています。
競技に合わせて、義手の動きを絞り込むことで実現しているようでした。




これに対し粕谷さんの義手は、まだ納得できる領域に届いていません。

食器をつかむ課題。





電球をつける課題。
手に付きません。




細かい動作を追究する粕谷さんの義手。
脳から送られる信号を正確に読み取らなければなりませんが、それができないのです。
「意のままに動かしたい」。
理想が、あだとなっていました。

粕谷昌宏さん
「厳しい戦いになると思います。」

自信が揺らぎ始めた粕谷さん。
大会を目指す意味を思い出させてくれたのが、1人の障害者との出会いでした。

もう1つの競技、「FESバイク」に一緒に挑戦することになった猪飼嘉司(いかい・よしつぐ)さんです。





FESバイクは、まひした両足に電極をつけ、スイッチで電流を流して筋肉を動かします。

猪飼さん、電流を流してみますが…動きません。
20年の歳月が、ペダルを動かす筋力を奪っていました。
しかし、猪飼さんは自分の意で足を動かすことを諦めようとはしません。



猪飼さんは27歳の時、交通事故で下半身がまひして以来、両腕を鍛え、アスリートとして活躍してきました。
FESバイクの誘いを受けたとき、自分が機械の一部になってしまうのではないかと戸惑ったといいます。
それでも、自分が活躍することで障害者の未来が変わるのではと思い、引き受けることにしました。

猪飼嘉司さん
「僕の足なんだから、何かに挑戦することに別に卑屈になることはない。
今まで取り組んできた障害者スポーツとは違う達成感や、工夫や学びもあるんじゃないかということで、今回やらせてもらうことにした。」



動かそうとするたび、もがくように震える両足。

粕谷昌宏さん
「電流もうちょっと入れなきゃだめか。」



その様子を見た粕谷さん。
電流を伝えるタイミング、筋力が残っている位置を探り続けます。
そして、3時間後…。



猪飼嘉司さん
「足に力が入らないのに、力が入るような(気がする)。」

粕谷さんが積み重ねた技術が動かした、1回転半でした。

粕谷昌宏さん
「一層頑張ろうという気になりました。
一緒に頑張れるという、僕としても勇気をというか、元気をもらったことが大きいのかもしれない。」

東京に戻った粕谷さんは、再び開発のテーブルにつきました。
2か月後の大会を目指し、気持ちを新たにしています。




粕谷昌宏さん
「待っている人がいるからこそ期待に応えたい、期待を裏切りたくない。
勝ってこそ人は信じると思っているので、勝ちに行かなければいけない。」


和久田
「最新の技術を通して、研究者と障害者アスリートが同じ目標に挑むんですね。
この大会が盛り上がることで新しい技術が磨かれて、広がっていくといいですね。」

望月
「日本からは、粕谷さんを合わせて3チームが、10月8日から始まる大会に挑む予定です。」

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