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2016年7月21日(木)

遺伝子治療 より身近に

阿部
「今、期待が高まっている、ある治療法についてです。」

難病のため、生まれてから12年間寝たきりだった女の子。
このまま「一生治らない」と言われていました。

 

それが、歩行器を使って、歩けるまでに回復しました。




 

母 松林瑠美子さん
「本当にもう全部楽しそう。
びっくり。
違う変化があって、すごくうれしかった。」

 

女の子に変化をもたらしたのは「遺伝子治療」。
体に特定の遺伝子を入れて、その働きを利用して病気を治します。




医師
「多くの今まで治療法のなかった疾患が治療できるようになってくる。
この遺伝子治療というのは極めて有望だ。」


 

遺伝子治療は何を可能にするのか。
その最前線です。

阿部
「パーキンソン病や、がん。
そして、アルツハイマー病。
こうした病気の新たな治療法になるのではと、今、期待されているのが、遺伝子治療です。」
 

和久田
「私たちの体は30兆を超える細胞でできています。
その1つ1つには、生命活動を支える遺伝子があります。
ところが、この遺伝子に異常があると、さまざまな病気を引き起こすことがあります。
 

『遺伝子治療』は、正常に働く遺伝子を体内に入れて、異常な遺伝子の働きを補うなどして病気を治す方法です。」

阿部
「初めて行われたのは、1990年。
その後、治療を受けた患者が白血病を発症するなど、重大な副作用が相次ぎ、安全性が課題となっていました。
ところが最近、技術革新が進み、より身近な治療として注目されています。」

寝たきりの子が歩いた 最新の遺伝子治療

リポート:中川真(科学文化部)

山形県南陽市に暮らす、松林佳汰(マツバヤシ・ケイタ)さん。




 

妹の亜美(アミ)さんです。
2人は生まれてから10年以上、ずっと寝たきりの生活を送ってきました。



 

幼い頃の映像です。
2人とも「AADC欠損症」という遺伝子の難病のため、自由に体を動かすことができません。
両親は2人を連れて、全国の病院を周りましたが、「治療法はない」と言われ続けたといいます。
 

母 松林瑠美子さん
「こういう病気だったら、こういう薬がいいとか、そういうのがみんな(他の病気は)ある。
それがない。
見ているしかないのが、いちばんつらい。
何もしてあげられないので。」

転機となったのが、自治医科大学で受けた治療でした。

佳汰さんと亜美さんを診察した、山形崇倫(やまがた・たかのり)教授です。
これまで治療法がなかった難病に、遺伝子治療で挑むことにしました。



 

人間が体を動かす時、脳の中の神経細胞が「ドーパミン」という物質を出して、手や足に指示を出します。



 

しかし、2人は遺伝子に異常があるため、この「ドーパミン」が十分に作られず、脳からの指示が体に伝わらないのです。



 

治療では、正常な遺伝子を体内に入れます。
すると、その遺伝子の働きでドーパミンが作られ、体を動かせるようになると考えたのです。
こうした治療を可能にしたのが、「ベクター」と呼ばれる遺伝子を運ぶ入れ物の開発です。

通常、ベクターには無害なウイルスなどを使いますが、技術開発により、副作用のおそれが少なくなり、適用できる病気の種類も一気に広がったのです。


 

自治医科大学小児科学 山形崇倫教授
「病気を抑えられる。
普通に成長できるようにする治療法。
遺伝子治療じゃないと無理。」

 

治療を受ける直前の佳汰さんの映像です。
声をかけても、明確な反応はありません。
亜美さんも手足は動かず、寝返りを打つことすらできませんでした。


 

手術は、ドーパミンが正常に出るように働きかける遺伝子を直接、脳の中に注射して入れます。
日本では前例がない治療でしたが、2人の手術は無事成功しました。


 

母親の瑠美子さんは、手術後の2人の様子を日記に記録してきました。

最初の変化が現れたのは、2か月後。
それまで全く動かなかった佳汰さんの左手が、少しずつ動きはじめたのです。

母 松林瑠美子さん
「ハイタッチみたいのをちょっとしたら、手を持ってきてくれて(ハイタッチ)できて。
すごく喜んで、喜んでるところみたら本人も泣いちゃって。
違う変化があって、すごくうれしかった。」

妹の亜美さんも、驚くような回復ぶりを見せました。

1か月で、生まれて初めての寝返り。




 

2か月で、座れるようになったのです。




 

治療を受けて、1年。
今、亜美さんは歩行器を使って、歩く訓練を始めています。
佳汰さんは、両親が声をかけると、自らの意志でしっかり手を伸ばし、呼びかけに応えてくれるようになりました。

父 松林勝之さん
「夢のようです。」



 

瑠美子さんは、2人が遺伝子治療を受けた日をこう記していました。

日記
“2人が生まれ変わった日。”

母 松林瑠美子さん
「たまに(2人が)歩いてる夢を見たりとか、ひとりで立ってる夢を見たりとか。
それが本当になったら、いちばんうれしい。」

身近な病気にも… 広がる遺伝子治療

今、遺伝子治療はより患者数が多い、私たちに身近な病気にも応用できると期待されています。

自治医科大学の村松慎一教授(むらまつ・しんいち)です。
ALSやアルツハイマー病、それにパーキンソン病への遺伝子治療の応用を目指しています。


 

こちらは、パーキンソン病患者の映像です。
症状から、手の震えが止まりません。
しかし、遺伝子治療後、手の震えはぴたりと止まりました。


 

治療前は、弱々しい歩き方でしたが、治療後は歩く速度や向きを変える動きも健康な人と同じようになりました。
私たちに身近ながんを、遺伝子治療で治そうという研究も始まっています。

 

こちらは、血液のがんになった4匹のマウス。
色がついた部分ががん細胞です。
時間の経過とともにがん細胞が増えていくのが分かります。
一方、この血液のがんのマウスに遺伝子治療を行うと、がんが確認できたのは1匹だけ。
残りの3匹は、がんの広がりが抑えられていました。

自治医科大学 村松慎一特命教授
「(遺伝子治療は)まさにこれからブレイクする直前。
多くの今まで治療法のなかった疾患が治療できるようになってくる。
この遺伝子治療というのは極めて有望だ。」

遺伝子治療の最新事情

和久田
「取材した科学文化部の中川記者です。」

阿部
「この遺伝子治療ですが、今、さまざまな病気で進み始めているんですね。」

中川真記者(科学文化部)
「遺伝子治療はここ数年、安全性が格段に向上したと言われています。
リポートにもありましたように、遺伝子治療では、体内に遺伝子を入れる際に「ベクター」と呼ばれる入れ物を使うんですけれども、技術開発によって、このベクターの安全性が高まって、副作用のリスクが減ったということなんです。
また、神経や筋肉などの細胞に遺伝子を入れられるようになってきたということで、パーキンソン病やアルツハイマー病など、私たちに身近な病気がこの治療のターゲットに入ってきたんです。」

和久田
「この遺伝子治療は、希望すれば誰でも受けられるんでしょうか?」

中川記者
「さきほどの遺伝子の難病も、それから、パーキンソン病もそうなんですけれども、治療はまだ大学が費用を負担して行う研究の段階で、誰でも受けられるというわけではないんです。
自治医科大学では、パーキンソン病について今後、多くの患者が受けられるように、臨床試験の準備を早く進めたいとしています。
また、アルツハイマー病などは、今は動物実験の段階で実用化までにはまだ時間がかかりそうです。
一方で、海外では、ここ4年の間に皮膚がんなど、3つの病気で遺伝子治療を薬にした新薬が承認されたんです。
アメリカの遺伝子治療の学会は、パーキンソン病や血友病なども数年以内に実用化が期待できるという見解を発表しています。
一度は、副作用が起きるなどして、停滞を余儀なくされた遺伝子治療なんですけれども、私たちがその恩恵を受ける時代が思った以上に早く来るのかも知れません。」