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2016年6月26日(日)

“BONSAI”で人気復活に挑む

近田
「今、大きな曲がり角を迎えている、日本のある伝統文化についてです。」

1つの鉢の中に自然の風景を再現するという「盆栽」。
「生きた芸術」と呼ばれてきました。

その歴史は古く、平安時代にまでさかのぼります。
中国から伝わったとされ、貴族や武士の間で広まりました。



 

戦後は、中高年の趣味として定着しましたが、その後、時代とともに愛好者の数は大幅に減ってきています。



 

その一方、海外では1900年のパリ万博で紹介されるなど、東洋的な神秘さと、その芸術性は高い評価を受けて来ました。



 

今や「BONSAI」は、世界の共通語。
ヨーロッパを中心に、世界各地で盆栽のイベントや講習会が頻繁に開かれ、盆栽に親しむ人は増え続けています。
そんな中、芸術性の高い盆栽を生み出すことで、海外から注目を集める若き日本人盆栽作家がいます。
 

漆畑大雅(うるしばた・たいが)さん、36歳です。

小郷
「盆栽を世界に広めることで、日本の盆栽人気の復活に挑む、漆畑さんの取り組みを追いました。」

“BONSAI”で 人気復活に挑む

リポート:蓮見那木子(NHK静岡)

今年(2016年)1月、ベルギーで開かれた盆栽イベントです。




 

日本代表として招待された、漆畑さん。
枝が伸びきった松と向き合いました。



 

取り出したのは、電動のこぎり。
大胆な手法で、木の姿を大きく変えていきます。
芸術的な盆栽に生まれ変わらせました。


 

「いかがでしょう?」

「すばらしい!」



 

漆畑さんは、創業37年の盆栽園の2代目です。
日本の盆栽の伝統を受け継ぎつつも、芸術性の高い、斬新な盆栽で世界に認められてきました。


 

この日、向き合ったのは、千葉県の愛好家から預かった一本の木。
素材はいいものの、4年間手入れされていないままでした。
漆畑さんが目を付けたのは、白く風化した幹の部分です。


 

漆畑大雅さん
「この絡み具合がね。
厳しい環境で育ってきて、なんとか必死に生き長らえようと。
今、私が手を入れさせてもらっている。 ありがたいことですよ。」

 

あえて幹がよく見えるよう、枝を大胆にカット。




 

そして、どこから見ても見栄えがするように、幹の形まで変えていきます。

漆畑大雅さん
「前に突き出すぎている。
後ろに幹を引っ張り込んで、前から後ろから横から、全部きれいに見えるように。」

完成した盆栽を、愛好家の元に届けます。

愛好家
「全然変わったね、木が。
こんなに変わっちゃったんだ。」


 

手を入れる前、枝葉に覆い隠されていた幹。




 

独特な存在感を放つようになりました。
漆畑さんは、白い幹のうねりで空をかけるのぼり龍を表現したのです。

漆畑大雅さん
「自然界以上に美しくあり、飾られ人に感動を与えるもの、そういうものが出来ていければと。
常に新しいことを求めている。
毎日、何か考えている。
頭パンクしそう。」

漆畑さんが盆栽を学んだのは、20歳の時。




 

弟子入りしたのは、盆栽に革命を起こしたと言われる作家、木村正彦さんのもとでした。
美しい盆栽のためには、幹までをも折る。
常に新しい手法を生み出し続けてきました。
漆畑さんは、木村さんのもと住み込みで6年間、厳しい修行に耐えました。
ところが、親の後を継ごうと実家の盆栽園へ戻ると、深刻な事態が待っていました。
顧客の愛好家は高齢化し、国内での売り上げはピーク時の3割以上も減っていたのです。

漆畑大雅さん
「愛好家さんも亡くなったり、続けられない人も出てきたり、盆栽ブームの頃に比べれば、天と地の差。」


 

大きな不安を抱える中、漆畑さんに思いがけない光が差し込みます。
海外からの仕事のオファーでした。

漆畑さんの芸術性の高い盆栽は、海外の熱心な愛好家達の間で話題となりフランスやドイツ、アメリカなど、世界10カ国から実演の依頼が舞い込むようになりました。
その一方、日本では活躍の場がほとんどないことにむなしさを感じてきたといいます。

漆畑大雅さん
「みんな危機を感じていると思う。
どうする、この先。
僕と同じぐらいの世代の人は、ほぼ海外。
海外がなくなったら、終わる。
そんなくらい、危機感がある。」

今、世界の愛好家をターゲットにした日本発の新たな盆栽が次々と生まれています。

こちらは、Air Bonsai(エア・ボンサイ)。
磁石の力で宙に浮いています。
盆栽を地球に見立てて、その大切さに思いをはせる、エコロジーを意識した盆栽です。

 

そして、こちらは、Dry Bonsai(ドライ・ボンサイ)。
枯れて、朽ち果てた木を盆栽にするという逆転の発想で生まれました。
水やりなど面倒な手間は一切かからず、多くの人に親しんでもらえるとしています。

 

Dry Bonsaiを考案した 藤田茂男さん
「日本はさすが盆栽のカルチャーが進んでいると、枯れた盆栽をも、しっかりと楽しむ。
新たなアートの領域だと思っているし、海外に広がると思う。」

 

革新的な盆栽が生みだされる一方、漆畑さんは、日本の伝統的な盆栽を残そうと地道な取り組みをはじめています。

それが海外からの弟子の受け入れです。
世界で盆栽がさらに広まれば、日本の盆栽の再評価につながると考えているのです。


 

スペイン人のマニュエル・ダルマーデさん。
漆畑さんの高い技術を学びたいと、4年前にやってきました。
漆畑さんは、ダルマーデさんに掃除やお茶くみなどの雑用もやらせています。
技術だけでなく、日本伝統の盆栽に根付いた精神を伝えたいと考えているからです。
 

マニュエル・ダルマーデさん
「毎日やります、大変です。」



 

この日、漆畑さんは、枝をどう切ればいいのか、ダルマーデさんに考えさせました。

漆畑大雅さん
「ここに太い枝がある。
これを曲げようと思っているでしょ。
ここに持って行こうとした?」

マニュエル・ダルマーデさん
「ここに(枝が)少ない?」

漆畑大雅さん
「これを頭にしたら、これいる?
今はいいかもしれない。
将来どうする?」

厳しさの裏には、ダルマーデさんに本物の盆栽職人になってほしいという親心がありました。

マニュエル・ダルマーデさん
「親方が厳しいのは、私にヨーロッパ、スペインで1番になってほしいから。」

「1番になりたいですか?」

マニュエル・ダルマーデさん
「もっとよくなりたい。」



 

ダルマーデさんは、今月(6月)4年にわたる修行を終えて帰国。
マドリードで盆栽園を開くことになりました。

漆畑大雅さん
「スペインと言わず、ヨーロッパと言わず、とにかく、がんばって欲しい。
海外の方で評価をしてもらって、それを日本が再認識する時期がくればと、僕の生きている時代は下積み時代で終わるかもしれない。
“後世に残せるように”で、終わってしまうかもしれない。
そのとき評価されてもいいかな。」 

日本で育まれてきた盆栽をどう引き継いでいけるのか、漆畑さんの手探りの挑戦は続きます。
 

小郷
「海外だけではなくて、日本でも、もう一度人気を取り戻したい。 なかなか簡単にいくことではないんですね。」

近田
「盆栽も変化しないと生き残れない時代なんですね。
実は漆畑さんは、今日もオーストラリアに出向いて、盆栽の実演を披露されているということです。」

小郷
「また、来年(2017年)4月、さいたま市で開かれる『世界盆栽大会』でも、日本を代表してデモンストレーションを行うそうなんです。
頑張って欲しいですよね。」

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