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2016年6月22日(水)

日本の“難民” 写真に込めた思い

東京の表参道駅。
展示されているのは、外国人の写真です。

「ファッション(関係者)かな。
みんなかっこいいよね。」

「経営者っぽい。」

「芸術家のように見えますけど。」

モデルは、日本に暮らす“難民”。
6月20日の世界難民の日に合わせて、NPOが企画しました。
1枚1枚の写真に込められた思いとは。
 

阿部
「毎日のように、ヨーロッパの難民問題についてお伝えしていますが、これは海外に限った問題ではありません。」

和久田
「日本で、去年(2015年)難民認定を申請をした人は、過去最多の7,586人。
難民として認定されると、働けることに加え、健康保険にも入れるなど、日本で暮らしていく基盤ができます。
しかし、これまでに難民として認定された割合は、申請者の1%未満です。
欧米各国に比べると極めて低い数字です。」

阿部
「日本で難民がどのような思いで暮らしているのか。
その存在を知ってもらおうと開かれた今回の写真展。
モデルとなった方々は、それぞれの思いを胸にカメラと向き合いました。

日本の“難民” 写真に込めた思い

難民の1人、ミャンマー出身のゾーミントゥさんです。
日本に暮らす仲間が厳しい現状にあることを知ってほしいと、モデルを引き受けました。


 

ゾーミントゥさん
「写真を見て日本の若者たちも、難民のことを分かってくれると思って。」



 

18年前に来日した、ゾーミントゥさん。
埼玉県で、妻と3人の子どもと暮らしています。



 

ゾーミントゥさん
「明日は何やる?」

「プール。」


 

ゾーミントゥさんは、ミャンマーの少数民族ロヒンギャの出身です。
軍事政権下で迫害を受けたことから反政府運動に参加。
身に危険を感じ、日本にやってきました。
しかし待っていたのは、思いも寄らない事態でした。

 

ゾーミントゥさん
「ここが私が寝ていたところです。」



 

不法入国者として1年近く、犯罪を起こした外国人などを収容する施設に入れられたのです。

ゾーミントゥさん
「何の罪があって、ここに入れられたのか考えました。」

難民に認定されたのは、来日から4年後。
しかし、今も気がかりなのが、仲間たちの境遇です。
宗教の違いなどから、抑圧されてきたロヒンギャの人たち。
母国を逃れ、日本にはおよそ250人が暮らしていますが、難民に認定されたのは、これまで19人だといいます。
 

現在、ゾーミントゥさんは、リサイクル会社で生計を立てながら、仲間を助けるための活動をしています。
電話の相手は、日本に暮らすロヒンギャの仲間です。
10年前から難民申請を出していますが、認められません。

 

「働くことが許されていません。
何もできません。
どうやって食べていけばいいんですか。」


 

仲間を救えない自分に、悔しさがこみ上げます。
自分たちの思いを1人でも多くの人に知ってもらいたい。

ゾーミントゥさんは、これまでの経験を伝え続けています。

ゾーミントゥさん
「世界で誰も難民になりたくない。
今もシリアから逃げてる人、ミャンマーから逃げているロヒンギャの人、自分の安全のため逃げるしかない。」
 

ゾーミントゥさん
「本当の難民たちを早めに調べて、結果出して、認定してほしい。
死ぬまで(難民申請中の人を)助けたいです。」

“見えない壁”と向き合う ネパール難民の決意

モデルとなった難民の中には、日本の社会に溶け込みたいと、強い意志を持つ人もいます。
ネパール出身のケーシー・ディパックさん。
政治的な争いに巻き込まれ、10年前日本に逃れてきました。

ケーシーさんが暮らすのは、愛知県豊川市。




 

およそ100人のネパール出身者が暮らすこの町で、母国の食材を扱う店を開いています。
去年、念願の難民認定を受けました。


 

ケーシー・ディパックさん
「この場所は私の神様なので、この場所のために何かやらないと、がんばろうかと思っています。」


 

しかし、難民認定を受けた今、見えない壁を感じています。
言葉や習慣の違いから向けられる、冷ややかなまなざし。
挨拶をしても返してもらえないなど、疎外感に悩むようになったのです。

ケーシー・ディパックさん
「私が近づくと逃げられた。
なぜ同じ人間なのに、人間を恐れるのか、とてもショックで悲しかった。」

ケーシーさんは、住民との距離を少しでも縮めようと活動を始めています。
この日集まったのは、難民申請をしている人など、およそ40人のネパール人。


 

ケーシー・ディパックさん
「マナーを守り日本の人たちに親しみを持って、あいさつをして、彼らの心を勝ち取りましょう。」


 

ケーシーさんの呼びかけで、ゴミ拾いを行いました。
互いに顔を合わせるきっかけを増やすことが、分かり合う第一歩になると考えています。


 

「外国の方ですよね?」

「こういうことをやってるときだったら、声をかけやすいですよね。
町なかで会っても声かけにくい。」


 

難民として、そして日本に暮らす1人として、ここで根を張って生きていく。
それが、ケーシーさんの決意です。

ケーシー・ディパックさん
「私たちはこの場所に住まわせてもらっています。
これからもできることをして、私たちのことを理解してもらいたい。」



 

阿部
「多くの人たちが難民認定を待ち続けている一方で、認定を受けた人でも、日本で暮らしていく上でさまざまな壁があるんですね。」

和久田
「難民の状況を知ってほしいと活動しているお2人ですが、シリア人などの難民問題が関心を集めている今だからこそ、日本の難民についてもより深く理解してほしいということです。
写真は26日まで展示される予定です。」