これまでの放送

2016年6月5日(日)

プレーの場を守る! 新チームの秘密は…

向井一弘アナウンサー(おはよう日本)
「リオデジャネイロオリンピックの開幕が、現地の8月の5日。
あと2ヶ月となりました。
夏の大会、開催種目は全部で28競技あります。
こちらです。
どの競技の選手にも頑張ってほしいんですけれども、実は、日本は今、さまざまなスポーツが危機に立たされているんです。
ちょっと見ていただきましょうか。

こちら、各スポーツの実業団チームの数です。
大幅に減っているんですね。
一番左、バレーボール。
40年ほど前は、2,000を超えていたチーム数が、356。
今は、2割以下になっています。
そして、バドミントン、卓球も。

今日(5日)私が注目するのが、こちら、ハンドボールです。
平成9年には62、チームがあったんですけれども、現在は26チームに減っているんです。
実は私、中学校から大学の途中まで、ハンドボール部でゴールキーパーだったんです。」

近田
「強かったんですか?」

向井
「強かったですよ、そこそこ。
とてもエキサイティングなスポーツで、ずっと応援してきたんですけれども、かつては強かったんですよ。
オリンピックには、男子は4回出場があります。
5位に入賞したこともあるんですね。
しかし、今見ている、88年のソウル大会以降オリンピック出場がなくて、人気も低迷していきました。
そこに、さらに不景気が追い打ちをかけて、企業が次々にチームを手放していきました。
チームが減るということは、競技人口が減るということですよね。
そうすると、オリンピックでメダルを狙えるような選手が育たなくなってしまうのではないかという心配が出てきます。
選手がプレーを続けられる環境をどう維持していくのか。
福岡でこの春、ちょっと変わったハンドボールチームが誕生しました。」

プレーの場を守る! 新チームの秘密は

リポート:水野景太(NHK福岡)

今年(2016年)3月。
結成されたばかりのハンドボールチーム「フレッサ福岡」が、初の公式戦に臨みました。
チームのメンバーは、大学リーグの得点王やトップリーグでプレーしていた選手など、全国から集まった10人。
実績を上げ、2年後のトップリーグ入りを目指します。

ここ数年、実業団チームに代わって増えているのが「クラブチーム」です。
地元の企業や支援者など、複数のスポンサーが出資し、チームの運営を支えます。
ただ、スポンサー集めは容易ではないため、経営が安定しないチームも少なくありません。
その課題を、どうすれば克服できるのか。
フレッサ福岡は、ある方法を取り入れました。

選手たちがやってきたのは、福岡県糸島市にある、イチゴを栽培する農業用ハウスです。



 

「あれがよその国のハチ。
あれが頻繁に運んで受粉させる。」



 

実はチーム名の「フレッサ」は、スペイン語で「イチゴ」という意味。
昼はイチゴ農家として生活費を稼ぎ、夜はハンドボールの練習をする。
農業で自立する、スポーツチームです。

ハンドボール×農業!? チーム運営の新モデル

フレッサの選手
「(ハンドボールと農業は)常に、努力が結果に出る。
こつこつすることが、同じ共通点だと思います。」

フレッサの選手
「どんなもの作れるようになっていくのか、すごく自分の中で楽しみ。」

選手は、市内の農家で研修を受けることで、新しく農業を始める人を対象にした国の給付金を年間150万円受け取ります。
さらに、経営のノウハウを学ぶために農業法人でも働くことで、150万円の給与を受け取ります。
こうして、1年に300万円の生活費を得ることができる仕組みです。
給付金を受け取ることができる数年の間に農業の技術を身につけ、ゆくゆくは選手たちで大きな農園を作り、ハンドボールを続けることが目標です。

フレッサ福岡を立ち上げた代表、前川健太さんです。
生活の安定と競技に打ち込める環境を両立できるチームが必要だと考えました。


 

フレッサ福岡 代表 前川健太さん
「しっかり自分たちで生計を立てていきながら、チームを運営していく。
ほかのスポーツ・地域で、これがモデルになることが将来的な目標としてはあります。」

 

フレッサ福岡のエース、瀬戸謙吾選手です。
自立した生活ができ、なおかつハンドボールができる環境を求めてチームに加わりました。


 

瀬戸さんは、トップリーグの北陸電力に所属していました。
しかし、入社3年目を迎えたころから出場機会が激減。
事実上、戦力外となっていました。
会社に残っても、ハンドボールができない。
違うチームに移るために会社をやめれば、生活が成り立たない。
そんな時に、農業をしながらハンドボールに打ち込めるフレッサ福岡のことを知りました。

瀬戸謙吾さん
「最初は、夢を持って北陸電力に入って、ハンドボールをしていたんですけど、このままでいいのかな、もっと新しいことにチャレンジしてもいいんじゃないかなと。」

 

瀬戸さんは、福岡への移住を決意。
農業の経験はありませんが、初めてイチゴの栽培を始めました。
11月に収穫を迎えるイチゴは、5月から苗づくりを始めます。
水やりのタイミングなど、研修先の農家に基礎から教わっています。

瀬戸謙吾さん
「天気によっては2回(水を)かけることも、暑かったりするとあります。
毎日の日課です。」


 

フレッサ福岡の活動は、選手を受け入れる地元の農家にも大きなメリットがあります。

こちらの農家は、高値で取り引きされるイチゴの栽培を増やしたいと考えていました。
しかし、これまでは人手が足りませんでした。
この農業用ハウスも、長い間、物置として放置されていました。
瀬戸さんが来たことで、ようやく経営の拡大が実現しました。
 

農家 重富輝昭さん
「農業は高齢化が進んでいるし、跡取りがなかなかやらない。
農業をやってくれる人が、最近はほとんど、いなくなりつつあるので、すごく期待はしています。」

 

さらにフレッサ福岡は、ハンドボールを街の活性化にもつなげたいと考えています。
地元の大学や高校に出向き、学生たちと一緒に汗を流します。


 

フレッサの選手
「真ん中は大体、大きくて力のあるプレーヤーがそろっているから、ブロックをかけにくいというか、リスクが高くなる。」

 

地元の学生に、レベルの高いプレーを体感してもらい、フレッサ福岡を目指してもらいたい。
そして、糸島をハンドボール選手の憧れの町にしたい。
チームのもう1つの目標です。

瀬戸謙吾さん
「フレッサ福岡は(地域の)皆さんに、一番バックアップしてもらっているので、責任感はでかいですけど、やりがいはあるかなと思います。」

チーム結成から2ヶ月が経った、先月(4月)8日。
フレッサ福岡は、クラブチーム日本一を目指し、九州大会に臨みました。
対戦相手は、6連覇中の強豪です。


 

前半。
瀬戸さんが個人技で得点を決めます。



 

しかし、その直後。
フレッサの攻撃に連携ミス。
パスがうまくつながりません。
まだ結成間もないチーム。
練習不足からミスが相次ぎます。
 

フレッサ福岡、最初の挑戦が終わりました。




 

初めての大会を終えた選手たち。
本格的な夏を前に、イチゴの苗作りに精を出していました。
農業で生計を立てながら、ハンドボールを続けるフレッサ福岡。
2つの果実が実るまで、挑戦は続きます。

 

瀬戸謙吾さん
「僕らのできることは、まだまだ小規模なものだけど、これから大規模なものに発展させてって、糸島に恩返しできるようにという気持ちは常々あります。
全国に、フレッサの名前を使って、糸島の作物をアピールできるまでにフレッサを成長させることが、第一の目標。」
 

近田
「初戦は残念でしたけれども、これ、他の競技にも参考にできる点があるんじゃないですか?」

向井
「そうですね。
企業スポーツに詳しい専門家、北海学園大学の澤野雅彦教授は、このように話しています。

『日本のスポーツは企業が支えてきた時代から、選手が自立していく時代に変わってきたんだ』と。」

近田
「自立していく時代?」

向井
「今回の取り組みについて、『“農業をしながらのスポーツ”、これは大きな可能性である』と、『注目したい』と話していますね。
ハンドボールの日本代表ですが、リオデジャネイロオリンピックでは活躍を見られないんですけれども、プレーをする場を自ら作って、上を目指す人たちの中から、4年後の東京オリンピックで活躍する選手も出てきてほしいなと思いますね。
そして、フレッサ福岡の次の試合ですけれども、7月に行われる日本選手権の予選です。
農業もハンドボールも、ぜひ頑張ってほしいと思います。」

Page Top