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2016年5月19日(木)

広がる “人生の終わり”支援

和久田
「こちらは、がんで余命を宣告された人たちが、家族に書いた手紙です。」


 

“本当に君に出逢えてよかった。
奇跡だと思う、ありがとう。”

“どんなことがあろうとも仲良く暮らしてください。”


 

和久田
「手紙を残した人たちは、自分の死を受け入れ、穏やかな最期を迎えました。」

阿部
「日本で、がんで亡くなる人は、およそ37万人。
患者の中には、生きる意味を見いだせなくなり、うつ病など、精神疾患を患う人もいます。
今、人生の終わりを告げられた人たちを支えようとする取り組みが行われています。」

最後の手紙通じ 自分らしさ取り戻す

リポート:池田誠一(特別報道チーム)

桑原誠次さん
「鳥がたくさんいるんですよ。」

桑原誠次(くわはら・せいじ)さんです。
今年(2016年)1月、余命わずかとなり、先月(4月)亡くなりました。


 

郵便局の職員として働いてきた桑原さん。
40年あまり前に結婚し、2人の子どもを育てました。
定年後、妻と海外旅行に行こうと話していた3年前、食道にがんが見つかりました。

 

桑原誠次さん
「退職して、60歳すぎて、これからという時に、こんなになっちゃって。」


 

桑原さんの主治医、小澤竹俊(おざわ・たけとし)さんです。
在宅での緩和ケアを行っています。
小澤さんは、20年で2,000人以上をみとってきました。
多くの患者は、できることが減ったり、社会との関係が絶たれたりすることで、深い喪失感に苦しみます。
小澤さんは、その苦しみを和らげようとしてきました。

小澤竹俊医師
「ただ痛みをとるだけでなく、その人が尊厳をどのように取り戻すか、一人の人間として生きてきてよかったと思えるか、そこにこだわりながら関わってきた。」

 

小澤さんが取り入れているのが、11年前、カナダで考案された精神療法、「ディグニティセラピー」です。
そのセラピーを桑原さんにもすすめました。


 

看護師
「あなたが人生でいちばん生き生きしていたのはいつのことですか?」



 

人生の中で最も輝いていた時のことなど、9つの質問をします。

桑原誠次さん
「いちばんの思い出は、自分が親になったとき。」

これまでで最も印象深い出来事などを聞き出して、人生で誇りとするものや大事にしてきたものに再び気づいてもらうのが狙いです。

桑原誠次さん
「改めて、俺って何だったんだろうと思い起こさせてもらえた気がして。
ありがとうございました。」


 

妻と2人の子どもにあてた、桑原さんの手紙です。
聞き取った内容を、看護師が手紙の形にまとめました。
2週間後。


 

桑原誠次さん
「おいで。」

桑原さんは、離れて暮らす子どもたちを呼びました。

桑原誠次さん
「最初で最後の手紙、読んでください。」
 

桑原誠次さんの手紙
“お母さん、2人で恥ずかしくない家庭を何とか作ることができましたね。
政弘、真紀、生まれてきたのを見た時は感動しました。
今は良きパパとママで、もう安心です。
人生に悔いはありません。
ありがとう。”

娘 真紀さん
「生まれてからきょうまでの思いが伝わってきた。」



 

桑原誠次さん
「言葉ではなかなか言わなかった(から)、ほっとした。」

ひと月後、桑原さんは家族に見守られて、穏やかに息を引き取りました。

妻 チヨエさん
「さみしいなと思って、これ(手紙)を読んだら元気が出るかな。
お守りです。」

最後の日々記録して よみがえる誇り

“最後の時”を映像に記録することで、穏やかに過ごしてもらおうという取り組みも始まっています。

緩和ケアを行うクリニックの大石春美(おおいし・はるみ)さんです。
大石さんは、クリニックの患者、およそ100人の映像や画像を記録してきました。


 

この映像は、患者の女性の願いが実現した時のものです。
亡くなる前に、娘の花嫁姿を見ることを希望していました。



 

大石春美さん
「病と堂々と闘っていく姿を目撃したことを、きちんと語ってあげれたらと思っている。
映像の記録として、丁寧に意味深いものにしていきたい。」

 

大石さんがこの日訪ねたのは、農家の小高健一(おだか・けんいち)さんです。
米づくり一筋の人生を歩んできた小高さんですが、がんが全身に転移。
去年(2015年)12月、余命わずかと診断されました。
はじめは、現実を受け入れられなかったと言います。
 

小高健一さん
「しゃべんのも嫌、座ってるのも嫌、俺、人生もういいんだ。
こんな苦しい思いをして、何のために生きなければいけないんだ。」


 

生きる意味を見失っていた小高さんに、大石さんは、続けてきた米づくりを撮影しようと提案しました。
提案を受けてから、小高さんの表情に変化が出始めました。

大石さんがまず行ったのは、餅つき大会。
小高さんの米でついた餅を、地域の人たちにふるまいます。
米のおいしさを知ってもらうことで、小高さんに誇りを取り戻し、元気になってもらおうとしたのです。

小高健一さん
「皆おいしそうに食べてる。」

撮影に行くたびに、小高さんの体調は少しずつ回復していきました。

小高健一さん
「堆肥の入った土は、ふわっとしている。
(米は)誰が作ってもいいものが出来上がる。
土作りさえよくすれば。」

小高さん自慢の米は無農薬。
土作りに人一倍こだわってきました。
これまでは自分が中心になってやっていた田植えも、今年は息子に託しました。

小高健一さん
「(米づくりは)天職だと捉えている。
神が与えてくれた仕事。
ごめん、ちょっと格好いいな今の。
でも、本当にそう思う。
そして、いつか終わる時が来る。」

大石さんが撮影を始めて8か月。
先週の映像です。
小高さんは、玄関先まで出てきて、大石さんを見送りました。
その翌日、小高さんは人生に幕を下ろしました。
大石さんは、これまで記録した映像をまとめて上映会を開き、地域の人たちに小高さんの生きざまを伝えていきたいと考えています。

大石春美さん
「映像は温かいものが残る。
もう1回思い起こされて、その人の息づかいまで聞こえて来るような。
亡くなっていく人たちにとっては安心感、自分が死ぬことによる価値を置いていける。
宝物を残していける意味では、大事な事だと思う。」

 

阿部
「その人が大切にしてきたもの、そして、人生への誇りを取り戻すことで、最後までの時間を穏やかに過ごしていらっしゃいましたね。」

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