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2016年4月30日(土)

スキーバス転落事故 いまも癒えぬ“傷”

近田
「こちらは、昨日(29日)の東京・浅草の様子です。
大型連休が始まり、多くの観光客を乗せた観光バスが頻繁に出入りしています。」

 

小郷
「一方、こうしたバスの安全を揺るがす事故が相次いでいます。
今年(2016年)1月には、長野県軽井沢町で、大学生など若者ばかりが乗ったスキーツアーのバスが道路脇に転落。
乗客乗員15人が死亡し、26人が重軽傷を負いました。」

近田
「事故から3か月あまり。
当時、バスに乗っていて、一命を取りとめた大学生のグループが、匿名を条件に、初めて取材に応じ、現在の心境と、事故で夢を断たれた仲間への思いを語りました。」

スキーバス転落事故 いまも癒えぬ“傷”

あの日、バスに乗っていた学生たちです。
大学の同じクラスの仲間で、スキーツアーに参加していました。
最後尾に並んで座っていた学生たち、全員が大けがを負いました。


 

学生
「骨が折れて、ボルトが入って、固定している。」



 

この学生は、腕や腰、背骨を骨折。
今月(4月)上旬まで入院していました。



 

1月14日、夜。
学生たちはバスに乗り、東京の原宿を出発しました。
翌朝、長野県の斑尾高原のスキー場に到着する予定でした。

学生
「リフトに乗れるとか、そんな話もしながら、みんなでワクワクしていた。」

異変が起きたのは深夜、午前2時前。
長野県軽井沢町の峠を越えたバスは、下り坂を一気に加速。
100キロ近い、猛スピードでカーブに突っ込んでいきます。


 

学生
「思いっきりこすれる音がして、周りから『やばい』って声が聞こえてきて、自分も変だなと思っていたら、急に体が、ジェットコースターの時みたいに浮いて、『えっ』と思った瞬間に、思いっきりガシャーンと衝撃が来て。」
 

NHKが入手した、事故直後の救助活動の写真です。
大きくつぶれた車内では、多くの乗客が重なり合うような状態で倒れていたといいます。


 

学生
「目を開けたら、天井がえぐれているというか、つぶれていて、目の前に、いすが斜めになっている。
奥のほうから『助けて』とか『痛い』とか、悲鳴みたいなのが聞こえて、あとはもう痛みが左手と背中がすごい痛かった。」
 

混乱する現場で救出され、安否を確認し合った学生たち。
しかし、隣の座席にいたはずの田原寛さんの姿が見あたりません。

大学で福祉を学んでいた田原さん。
人の役に立ちたいと社会福祉士を目指していました。

学生
「事故現場の崖から(田原さんが)担架で運ばれているのを見て、最初それを見て、見つかった、助かったと思って。」
 

しかし、その後、田原さんの死亡が確認されたのです。

学生
「隣に座って、さっきまでしゃべっていた人が亡くなるというのが全然よくわからない。
意味がわからない状態。
受け止められないというか、本当に理解できない気持ち。」

事故から3か月あまり。
4人は、田原さんがいない日常を、まだ受け止めきれずにいます。

学生たちの携帯電話には、あの日、バスの車内で田原さんと一緒に写した最後の写真が残されています。

学生
「頑張って夢を持って、夢を追っている人が、なんで死んじゃうんだろう。」
 

学生
「なんで僕が生きてて、あいつが死んだんだろうって、なんであいつが死んじゃったんだろう。」


 

心と体に深い傷を負った学生たち。
田原さんの父親からかけられた言葉が、今、大きな支えになっているといいます。

学生
「“寛のことを思ってくれるのは、すごいうれしいんだけど、みんなには、それぞれの人生があるから、少しでも前に進んでもらいたい”。
僕らで(田原さんのことを)思えることはいっぱい思って、頑張れることは頑張っていきたい。」

 

小郷
「このバス事故の原因は、まだ明らかになっていませんが、警察は、なぜバスが猛スピードで暴走したのか、運転手や車両などについて捜査を進めています。
国は、この事故を受けて、バス会社に法令違反がないか調べる、監査を強化する方針です。
さらに、違反したバス会社への処分の強化の方針なども打ち出しています。」

近田
「事故の遺族たちが『遺族会』を結成したのに続いて、けがをした人の中にも、今後『被害者の会』を作る動きがあるということです。」

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