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2016年4月23日(土)

“チャップリン博物館”オープン

近田
「20世紀の喜劇王と呼ばれた、映画俳優チャーリー・チャップリンです。
1人で監督や脚本家もこなし、数多くの名作を世に残しました。」

 

小郷
「労働者の権利をないがしろにしているとして、資本主義や機械文明を批判した、映画『モダン・タイムス』や、ナチスドイツのヒトラーを風刺した『独裁者』などが有名ですよね。」

近田
「アメリカのハリウッドで活躍したチャップリンですが、実は晩年を過ごしたのはスイスなんです。
喜劇王が暮らした町に、没後40年近くを経て、チャップリンの世界を体験できる博物館が、今週オープンしました。」

チャップリン博物館 喜劇王の素顔

リポート:掘征巳(ヨーロッパ総局)

スイス西部に広がる、レマン湖。
チャップリンが暮らしていたのは、湖畔にあるブベイという小さな町です。
町は、チャップリンにちなんだものでいっぱいです。


 

公営住宅の外壁にまで、映画のシーンが描かれています。




 

チャップリンが住んでいた自宅の敷地に、今週オープンしたのが、世界初のチャップリン博物館です。



 

博物館を訪れると、まず、映画館が人々を出迎えます。
チャップリンの作品を見終わると…。



 

突然、スクリーンがせり上がり、奥から、今見ていた映画と同じ場面のセットが現れました。
映画の世界を体験できるようになっています。
さらに…。

 

掘征巳(ヨーロッパ総局)
「チャップリンの代表作の1つ、『モダン・タイムス』に登場する巨大な歯車も、こちらに展示されています。」


 

映画の舞台を再現したオブジェや、実際に使われた衣装など、およそ600点が展示され、チャップリンの世界に浸ることができます。


 

「チャップリンの作品は楽しくて、ためになります。
私も子どもも大ファンですよ。」



 

ハリウッドで大成功を収めたチャップリン。
世界的に人気を博した理由は、笑いだけでなく、社会への風刺でした。
しかし、代表作「モダン・タイムス」などで、労働者の権利を主張し、資本主義に批判的な作品を手がけたとして、冷戦のさなか、「共産主義者」というレッテルをはられました。
いわゆる「赤狩り」によって、アメリカを追われてしまうのです。
そんな彼を受け入れたのが、どちらの陣営にも属していなかった永世中立国のスイスでした。

チャップリンは、88歳で亡くなるまでの25年間、この家で暮らしました。
博物館に展示されている「放浪者」や「労働者」。
そして「迫害されたユダヤ人」の人形。
チャップリンは、社会的弱者を数多く演じてきました。

 

その背景にあったのは、幼少の頃の辛い経験でした。
チャップリンがわずか1歳の時、両親は離婚。
その後、母親が病で倒れ、経済的に苦しい生活を強いられました。
その事実は、あまり知られていないといいます。

 

博物館プロジェクト責任者 イブ・デュランさん
「チャップリンが貧しい幼少期を送ったことは、彼の人生と作品を理解する上で、とても重要。
貧困を経験したからこそ、いつも、貧しい人や弱い人の立場に立ち、金持ちや上流階級に対抗する役を演じたのです。」
 

博物館を造るにあたり、チャップリンの遺族も全面的に協力しました。

チャップリンの息子、ユージーンさんです。
今回、博物館として、初めて一般に公開されたかつての自宅。
ユージーンさんに、案内してもらいました。


 

チャップリンの息子 ユージーンさん
「ここが書斎です。」

63歳でスイスに渡ったチャップリン。
自伝の執筆に加え、新作の脚本などの構想を練りました。
年齢を重ねても、仕事に妥協を許さない姿勢は変わらなかったといいます。
 

チャップリンの息子 ユージーンさん
「仕事に関しては完璧主義者でした。
日中は、すべてのドアに鍵をかけて、この部屋にこもり、何時間も仕事をしていました。」

 

一方で、忙しい中でも、8人の子どもたちにたっぷり愛情を注いだと言います。
特に大切にしていたのが、家族全員が集まる食事の時間でした。

チャップリンの息子 ユージーンさん
「食事中は会話を楽しみました。
父は、学校はどうだとか、何か問題はないかとか、聞いたものです。」
 

博物館では、その団らんの様子を写した貴重なプライベートフィルムも公開されています。
権力に対じし続けた映画俳優であり、子どもへの愛情を注ぐ1人の父親でもあったチャップリン。
この博物館では、知られざる喜劇王の素顔に会えるかも知れません。


 

近田
「実はチャップリンは、日本との関わりが深いことでも知られていて、合わせて4回、日本を訪れているんです。
こちらは、戦前の1936年に撮られた写真です。
一緒に写っているのは、七代目・松本幸四郎。
チャップリンは、日本の伝統芸能が好きだったそうです。」
 

小郷
「そして、こちら。
食べているのは、天ぷらです。
こうした、日本での映像や写真も残っているんです。」

近田
「博物館では今後、こうした日本とのつながりを示す、数多くの写真の公開も検討していまして、年間30万人の来館者を見込んでいるということです。」

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