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2016年4月10日(日)

口永良部島 “島の暮らしが大好き”

牛田
「すごいすごい、重いです。
おいしい。」

近田
「旬体感、今月(4月)からは、牛田茉友アナウンサーが担当します。」

牛田
「よろしくお願いします。」

小郷
「最初に出てきた、あのエビ!
すごく立派で、大きかったですね。」

牛田
「見たこともないような大きさでしたけれども、どこで取れたかというと、こちらです。
  鹿児島県の口永良部島です。
去年(2015年)の5月、この島の新岳が噴火して、すべての住民が島を離れて避難したんですけれども、去年12月に、一部の地域を除いて、避難指示が解除されました。
行ってみますと、島の人たちが一日も早く帰りたかったという理由が、本当によくわかりました。
本当に、いいところでした。」

口永良部島 海の幸がいっぱい

牛田
「見えてきましたよ。」

口永良部島へは、屋久島から1時間40分。
1日1便のフェリーで向かいます。
住民が島に戻って、3か月。
島の暮らしを支える漁業は、今がかき入れ時です。

牛田
「おはようございます。」

畠喜人(はたけ・よしと)さん
「ヨットマンです。」



 

ヨットマンこと、漁師の畠喜人さんです。
「よしとさん」だから、ヨットマンと呼ばれているそうです。
この時期は、エビ漁が真っ盛りです。
さっそく連れて行ってもらいました。

海の中に仕掛けた網を、潜って取りに行きます。
こうした方が、エビが痛まないそうですよ。
待つこと30分。


 

私も見たことがない、色と大きさ。
これは、イセエビの仲間の「ゴシキエビ」という名前です。
イセエビよりも大きくて、めずらしいエビだそうです。


 

そしてこちらは、イセエビよりも高く取り引きされるという「セミエビ」です。
畠さん、再び海に潜りました。


 
 

手にしているのは、大きな貝「ヤコウガイ」です。




 

大きさも見事ですが、味も格別なんです。
さっそく、獲れたてをいただきました。
きれいに盛りつけていただきました。


 

牛田
「いただきます。
おいしい。
かみ応えと甘みと、噛めば噛むほど甘みが出てくる感じ。
とろっとして噛んでるうちに。
おいしい。
幸せですね。」

畠喜人さん
「エビが取れてよかった。」

そして、ヤコウガイのお刺身もいただきました。

牛田
「柔らかくて、でも歯ごたえはあって。」

アワビやサザエよりも柔らかくて、甘みもとても強かったです。
島の人たちから、エビ漁の名人と呼ばれている畠さん。
再び漁に出られることを誰よりも喜んでいます。

牛田
「口永良部から漁に行くっていうのは、やっぱりいいですか?」

畠喜人さん
「安心してできる。
いくらでも漁ができる。
仕事ができるのは、最高の幸せ。」

口永良部島 島の暮らしを訪ねて

噴火前は、130人あまりが暮らしていた口永良部島。
今は、100人ほどが戻ってきました。

民宿を経営する渡邉森保(わたなべ・もりやす)さんに、島を案内してもらいました。

渡邉森保さん
「ここが島の中心の集落。
ここで綱引きを小さいころやった。
昭和30年代は、島に2,500人いた。」

案内してもらったのは、こちら。
毎日の生活に必要なものが、何でも揃うお店です。

牛田
「お知り合い?」

渡邉森保さん
「もちろん。
口永良部島の人ばかりだから。」

雑貨から食料品まで。
足りないもの、ほしいものは、頼んでおくと取り寄せてくれるんだそうです。

そして、隣にはもう一軒、島の暮らしに欠かせないお店が…。
酒屋さんです。



 

店主は、渡邉百一(わたなべ・ももかず)さん。
この島で生まれ育ちました。
島の人たちを元気づけようと、去年、島にかえって真っ先に店を再開しました。
お店にあるのは、お酒のほかにも、こんなものがありました。
 

こちら、さっき食べたヤコウガイの貝殻で作ったアクセサリーです。
百一さんが手作りしたということです。



 

渡邉百一さん
「島に足を運んでほしい。
観光客に、お土産のひとつでも買ってもらえればいい。」

口永良部島 元気な子どもたち

さらに、島のとっておきの魅力を知っている人がいました。
それは、子どもたちです。
島には小学生と中学生、合わせて11人が暮らしています。
みなさん、一緒に遊んでいました。

牛田
「今、何やっているんですか?」

「エビ取り。」

牛田
「エビがいるんですか?」

「いますね。」

どんなエビがとれるのかといいますと…。
こうやって、取るんですよ。



 

牛田
「これ何?」

「テナガエビ。」

「逃がしてあげて、かわいそう。」
 

これも、揚げて食べるとおいしいんですけれども、かわいそうだからということで、逃がしました。

さらに森の奥へと進んでいきます。
道が無いような所に入っていきました。

「文句言わないでね。」

牛田
「こんなロケ、初めて。」

やってきたのは、ガジュマルの木です。

牛田
「長靴で登れるの?」

「登れるけど、すべる。」


 

このガジュマルの木の上に、何やらステキなものがあるそうです。
取っていたのは…。

キクラゲなんです。

口永良部島 島の暮らしが大好き

子どもたちのおうちにも、連れていってもらいました。

こちら、貴舩(きぶね)さんのご家族です。
まだ避難指示が解除されていない地区に自宅があるために、町営住宅を借りています。
貴舩さんは噴火前、民宿を経営するかたわら、島の観光ガイドをしていました。
 

噴火前、貴船さん夫婦が必ず観光客を案内していたのが、ツツジが咲く火口付近でした。
でも、このツツジ、噴火で火砕流に覆われて、見られなくなってしまったんです。

 

貴船森さん
「これがまた再生されるのに、30年以上かかる。
ツツジが満開で、山がピンク色に染まる景色は30年後なんです。
がんばって、生きないと。」

 

貴船恭子さん
「私たちの大好きな風景。
口永良部島は、生きていることを日々実感する島。
自然の中で生きていることを日々感じるし。
釣りに行って魚を釣ってきた。
その魚を誰が取ってきたのか、わかって、いただきます、ありがとう、という気持ちでいただくということは、子どもたちに教えなくても、感謝の気持ちが持てる。
不便だからこそ、大切なことが、この島には残っている。」

旅の最後に子どもたちが案内してくれた、お気に入りの景色が見える場所。
子どもも、大人も大好きな、島の暮らしを満喫してきました。



 

小郷
「本当に素敵ですね。
私たち、なかなか普段だと味わえない魚介ですとか、また、この自然の恵みもたっぷりで、本当に30年後、ツツジ、きれいなのが見たいなと思いましたね。」

牛田
「子どもたちも、本当に遊び方をよく知っているんですよね。」

近田
「なんでも知っていましたよね。」

牛田
「いろいろ教えてもらいました。」

近田
「そして気になったのが、大きなエビ。
本当に大きかったですね。」

牛田
「食べごたえ、歯ごたえがしっかりしていて、本当においしかったです。
是非、行って食べてみてください。
大きなエビなんですけれど、東京や大阪に出荷されるものも、もちろんあるんですけれども、半分ぐらいは、島の人たちや島の外のお世話になった人たちにあげてしまうんだそうです。
魚でも野菜でも、取れたものをみんなでお裾分けをし合って、大きな家族みたいに暮らしているというところも、島の魅力だというふうに、みなさん話していらっしゃいました。」

近田
「子どもたちが、牛田さんを家族の一員として迎え入れてくれたような感じがしましたね。」

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