昭和最後の大物 ~中曽根康弘さん~
2011年10月07日 (金)
戦前、戦中、戦後にわたって日本の中枢を知る立場にあり、今も健在であるという意味で、中曽根康弘元首相は、最後の大物と言えるだろう。93歳という年齢ながら、1時間にわたるインタビューでは常に姿勢を正し、昭和の気骨を身をもって示してくれた。日本列島を不沈空母に例え、タカ派と言われた中曽根氏だが、堅持すべき国家目標は「平和国家」であると言いきった。
(以下インタビュー全文)
大越)
きょうはよろしくお願いいたします。軽井沢でご静養されていたということで。
中曽根)
お手柔らかに。
大越)
まず中曽根さんが、1年余りにわたった菅政権をどう総括して、これからの野田政権に対してどのような期待をかけておられるか、そこから教えていただけますでしょうか。
中曽根)
菅政権は市民主義という標榜で出てまいりましたが、市民主義というのは過去と未来がないので、現在があるだけなんですね。現在生きている市民社会。そういう面からみると、日本の歴史や伝統というものは全然背景にない。現在どういう風にやっているかという事しか考えていない。そういう意味においては政治の本質から外れている。政治には日本の過去を背負って現在が来ている。現在から未来へ転換していく。それが、市民主義というのは現在の市民のことしか考えないで、国の歴史とか、あるいは国の未来とか、そういうような問題に無関心なんですね。だから私は、政治原理としては非常に不十分なものだと思います。
大越)
刹那的な政治では決してこの国は運営できないという。
中曽根)
そうです。
大越)
今度新しく誕生した総理大臣は、まず足元の融和、挙党一致であるとか、官僚の世界ともまず融和を図ろうという姿勢が見えるようですが、この出だしの数日間を見てどんなふうに印象を持ちますか。
中曽根)
なかなか文学的才能のある美文家だろうと思います。自分はドジョウだと言ったり、あるいはまた自分を非常に卑下して国民の皆さん方に、同情あるいは皆で応援してくれと、そういうような意味を誘っていると、そういう意味においては政治家ですよね。
大越)
最近の日本の動きを見てみると、3月に大変大きな震災が起きました。日本はある種大きく傷つきましたけど、これによって覚醒しなければならない部分もあるかと思うんです。どういった教訓を我々はそこから学ぶべきでしょうか。
中曽根)
現代日本の欠陥が、自然災害にいかに弱いかという事を示している。これは今その被害を受けた場所だけではなくて、日本全土がそういう状況にある。そういう事を教えてくれていると思うんですね。そういう意味において日本の長期計画を作っていく上において、非常に大事な、参考になるケースだろうと思います。
大越)
一時、想定外という言葉が流行りましたけど、この災害国家に住む人間として、何を心がけるべきだと思いますか。
中曽根)
想定外という言葉自体が間違った考え方ですね。日本はこれだけの太平洋に面している国で、アジア大陸の東にあるそういう場所からみても、想定外という考えは浮かばないと。今まで日本の歴史をみれば500年に1度とか、1000年に2度とか、そういうようなケースはずいぶん起きているのであって。よく常在戦場という言葉がありますけど、いつも災害がくるという前提のもとに政治も生活も行われていないと、この日本列島には住めないと、そういう事を教えられました。
大越)
このたび政府の復興会議の座長をやられた政治学者の五百旗頭さんが、その報告の中で減災という言葉を使われました。この考え方については賛成ですか。
中曽根)
それは妥当な考え方ですね。災害がないという前提のもとにいろんな事は出来ない。また、災害を絶滅できると思ってやることも間違いだと。日本列島というこの中に住んでいる以上は、あらゆる災害が襲ってくるということを前提にして、やらなくてはいけない。今まで過去にないことも十分起きうると、そういう構えでいかないと間違うと思います。
大越)
これだけの被害が出て、多くの方が亡くなり生活を失っている中で、広く国民で支え合おうという意識には少しずつ出てきているんじゃないかと思います。ひとつは税による負担であるとか、あるいはボランティアであるとか、それを結集してしっかりと形にするのが、大事な政治の役割ではないかと思うのですが。
中曽根)
日本は伝統的な同胞愛国家であるから、だから災害が起こるということになれば日本全国のほうから救援の手が出てくると。何か助けに行かないとすまないような気持ちを皆国民は持っている。これは日本の良いところで、同胞愛国家といわれる所以だと思う。そういう国柄を今後も維持していくためには、災害を受けた地域や皆さんに対して、全国民が全面的に救援の手を差し伸べて、実績を上げると。そういう同胞愛国家であることを実証して見せると。最近の災害地の皆さんの礼儀の正しさという面からみて、外国が日本の礼儀の正しさというものを称賛していますが、それは非常にありがたい良いことであったと思うんですね。しかし全国民で助け合うのは今進行中ですが、我々が徹底的にそれを完成させていかなければいけない、そう思います。
大越)
臨時増税ということが言われています。いまこそやるべきだという意見と、今、国が傷んでいるときにやるべきではないという意見があります。
中曽根)
最近の世論調査を見ますと、災害復興のための増税はやむを得ないと、そういう国民の考え方が出てきていると思うんです。これはやはり、また我々のところにはいつ来るかわからない、そういう気持ちが全国民にあって、こういう時こそ同胞愛国家として助け合うべきだと、そういう自然の情愛国家といいますか、日本の全土に普遍化しているんですね。非常に良いことだと思うんです。
大越)
国の過去であり国の未来というものを背負うのが政治家たる、リーダーたる資質だというお話もありました。最も大事にしなければならないこの国の基本は何だと思いますか。
中曽根)
やはり国を愛する気持ち、その精神性を子々孫々にまた伝えていくと、そういう実績を残していくと、そういう実証性を国民に残していくことが、現在生きている我々の仕事だと。日本はこういう災害列島ともいうべきものですから、いつどこで起こるか分からないと。その時に全国民がいつも助け合って、涙を流しあうと、そういう国柄であるという伝統をずっと強く子孫にも伝えていかなくてはいけないだろう。今度のケースは、またそれを実証する大事なケースだと、そういうふうに思いますね。また現に全国民が立ち上がって救援の手を差し伸べているのを見ますと、実証されつつあると思います。
大越)
今度の大震災の場合地震、津波という大きな天災に加えて、残念ながら福島第一原発が事故を起こしてしまいました。それによって見えない放射能の懸念が、恐怖というもので、多くの人が今故郷を離れていらっしゃいます。日本のエネルギーのこれからのあり方なんですが、盛んに原発依存を減らしていこうという言い方をされていますけど、中曽根さんご自身の考えはいかがでしょうか。
中曽根)
私は当分原発に頼らざるをえないと。これを害のない方向にさらに改良して、前進させるべきであるとそう思っています。だから原発なくして、もう全部やめてしまって日本の経済が成り立つかといえば成り立たない。そういう意味でも原発をいかに改良して害のない方向にさらに前進させていくことは、国民や政治の大きな仕事だろうと思います。
大越)
それは電力の原発に対する依存の割合についても現状のままを維持するのが望ましいのではないかと。
中曽根)
大体そうですね。現状維持で行きたいと思います。
大越)
今総じて脱原発という方が多くいるが、そっちに急に走り出すのは望ましくないという考えですか。
中曽根)
望ましくないですね。脱と言って無くしてしまったら何が出てくるのかと。安全なそして安い代替燃料が出てくるかと。そういう見通しが全然できない、そういう状況のもとに、現在が嫌だというそれだけで、原発をやめようという考えは、国の発展を阻害しますね。良いところだけを活用するというのは、文明の性格でもあるんです。そういう意味において今度も原発の問題も国民全体で克服して、更によいものに前進していくというケースだろうと思います。
大越)
中曽根さんが政治家として原発を促進されてきたのも、一定のリスクというものは当然念頭にあったと思いますが。
中曽根)
それは原子力災害補償法という法律も作りまして、原子力災害が起こった場合には国家がある程度負担もすると。単に電力会社だけではなく国家も責任を持ってやると。そういう体系にあの時、したわけです。これは国家的大事業であると、国家も責任を背負うと、そういう意味において原発の周辺の皆さん方にも安心していただくし、国家も責任を持つという、そういう考え方で安全をさらに高めていくと、そういう意味でやっているわけです。
大越)
その事故の補償にあたって、東京電力というその会社組織を前面に出すのか、それともこれは国策としてやってきたのだから、もっと国が前面に出てもよいのではないかとか、いろんな議論がありました。今の事故の後の事後処理のあり方について何かお考えはありますか。
中曽根)
この原子力災害の法律は私が作ったものですけど、その時にやはり電力会社が第一の責任だと。それで手に負えないときに国家がさらに手を差し伸べて被害者を救うと。そういうある意味においては二段構えになっている。第一の責任は電力会社です。電力会社だけでは手に負えないという時には国家が出ていくと。そういう体制。今度のケースも同じ、そういうケースだろうと思います。
電力会社だけの責任にするべきものではないんです。国が許可してやらせているわけですから。国もある程度は責任を持っているわけです。そういう意味において電力会社がまず主に立って、それを国が応援すると。電力会社の手の及ばないところは国が面倒を見てあげると。そういう形で前進すべきものだろうと思います。
大越)
被災地ではがれきは片付き始めていますけれども、なかなか復興の図面というはかけませんよね、原発で避難された方々は戻ることすらできないということで、いらだちも募ってらっしゃる、そういう方々に、中曽根さんはどのようにお声かけをなさいますか。
中曽根)
これはまあ国民全体としてね、本当にお気の毒でしたと、我々は出来ることの出来るだけの努力を差し上げますから頑張ってください、同胞愛国家というのはそういうところにあるんですよね。いつまた自分がそういう目に遭うかもしれん、この間は東北であったら、今度は関西で、今度は大水害が起こったと、そういう面で国民は目の前で見ておるわけです。いつまた、自分のところであるかもしれん、そういうような気持ちからみても、この際みんなで助け合おうと。自分もやられたときには助けてもらおうと、そういう同胞愛国家的な、歴史と伝統が日本には根付いておるんで、この国はありがたい、いい国だろうと思いますよ。
大越)
話をもう少し長い軸でお聞きしたいんですけど、中曽根さんが総理をやられた昭和50年代といまを比較しますと、あのころは日本がある種、活力をもって、産業の面でも、右肩上がりで成長していたときではなかったかと思います。一方バブルが崩壊してからの20年というのは、日本がどの方向に向かっていったらいいか、皆が分からないでいる。中曽根さんが総理をやられていた頃にですね、たとえば2011年の日本はこうなっているというようなお考えがありましたでしょうか。
中曽根)
こんなにくたびれていない、日本が、やはり発展していると思っていましたけれどもね、やっぱり歴史の流れというものは、そういうものだけではなくって、いいときもあれば、悪いときもある、それが歴史だと。そういうふうに悟りを、悟らされましたね。
大越)
中曽根さんをして、まだ、悟らされる部分があるということですか。
中曽根)
そうです。要するにいつも備えてなければいかんと、いい状態がいつまでも続くということではないと、不幸が来ると。その不幸に対する心構えなり、物質的対応力ってものをいつも作っておかなくちゃならない、政治の大きな責任だと、そういうふうに思います。
大越)
経済的にもこれだけの大きな不況が長引くということについても、もっと考えておくべきことがあったのではないかと。
中曽根)
不況の問題はね、世界経済との関係もありましてね、一概には言えないだろうと思います。しかし不況克服というのは、国策の最重点項目のひとつですから、それにあらゆる知恵もしぼって、また国民が協力し合って、出すべきものは出すと、努力すべきものは努力すると、そういうかたちで克服しなければならんと思います。おそらく日本列島においては、景気がいいときも悪いときも、次々にまた循環的に起きると思います。そういう過去においてもそういうことがありましたからね、我々は現代において、最善を尽くしてこれを克服して、いいやり方を将来の国民に残してみせると、そういう責任があるという気持ちがしておりますね。
大越)
中曽根さんといいますと、当時アメリカのレーガン大統領と非常に個人的な関係を築かれ、それを内外にアピールなさいましたよね、日米同盟という言葉はいまも生きているし、当然のように語られますが、同盟の中身が少し弱くなっているのではないかという心配があります。
中曽根)
これは日本の政治家の努力不足もあるが、アメリカ側の政治家の努力不足もある。あのころはソ連に対抗するために、日本とアメリカは提携しなければならんという客観情勢があった。いまはそういう対抗すべき相手がみえないですね。だから昔ほど、日米同盟っていうものは、ありがたみが少なくなっているわけです、が、しかし、世界の安定の基礎になっているのは間違いない。だからこれをやめたら、世界中がまたがたつく元になる、そういう条件もあるわけですから、そういう意味では日米関係というものを、雨が降ろうが風が吹こうが、一貫して堅持して、それが太平洋の平和を維持し、日本とアメリカの国民が幸せになっていくことだと、そういう基礎観念をね、政治家がまず堅持する、また国民の皆さんにもそれを知っていただくと、そして日米関係というものを常にしっかりしたものにしていくということが大事ですね。アジア大陸の情勢はいろいろ変化しております。そのいかなる変化があっても、日米同盟がしっかりさえすれば日本は安泰だと、そういうような形に築いていかなければならないと思っています。
大越)
中国が非常な勢いで台頭してくる、あるいは北朝鮮の問題もあります。米ソの冷戦構造、冷戦構造の対立は消えてなくなりましたけれども、いろんな不安定要因があるなかで、基軸になる日米同盟をメンテナンスしていく努力は、現状では足りないとお考えですか。
中曽根)
これは足りないというよりも、さらに持続的に強化していくべきものだろうと。
現状に甘んじてはいけない、いかなる変化が起こるかもしれない、そういう大きな変化がおきた場合には、即応できるような態勢に日米関係を結んでおくと、それが政治家の大きな仕事だろうと思います。
大越)
アメリカも超大国の威厳というものが最近は影をさしてきたのかなというふうに思います。日本もどうも元気がないということで、ともに内向きな国になりつつあるのではないか、いま中曽根さんがおっしゃる、持続的に強化するんだという、その必要性とは、両国ともに違う方向にいっているんではないかという懸念があるんですけど。
中曽根)
これはもう、1990年ぐらいから始まっているんです。これはいわゆる冷戦構造が終わった、ソ連とアメリカの対立がなくなったと、そういうのは1990年代から始まっている。その頃から日米関係の結びつきというのが多少変化してきている。それが2000年に入って、同じように継続しておると。が、しかし、2000年に入りますとね、アメリカの国民、日本の国民、10年、20年の経験をみて、やっぱり日本とアメリカは太平洋のむこうとこっちで、しっかり結ばないと、平和は続かないと、そういう観念がさらに強固になったと思うんです。これをますます固めていくということが、我々の責任ですね。
大越)
そのためには、ちょっと各論に入りますけれども、この数年間、基地の負担を軽減するために、また新たなところに別の基地を作るという、そのことについて国が沖縄という地元を説得しきれない局面がずっと続いています、どこかに出口がある問題なんでしょうか。
中曽根)
出来るだけ改善する努力を継続していくべきもんですね。沖縄の皆さんが非常な負担をしょって、苦労なさっていることは事実でありますし、我々としても、出来るだけその負担を軽くしてあげるというのは、我々の共同責任だろうと思っています。ですからあらゆる努力をして、政府は第一の仕事として沖縄問題を解決していくと、そういう選択にしていかなければいけないと思います。
大越)
特にこのところ、日本が頭を悩ましているのが、周辺諸国との関係ですね。特に中国、韓国、ロシア、国境を接している国との関係が、いよいよ難しくなっている感じがいたします。日本の政治の指導力は国境線の問題について、いまどう立ち向かうべきなのでしょうか。
中曽根)
これは失われた領土の問題をどうとりかえすか、そういう問題ですね。
ですから、北方領土の問題にしましても、あるいは沖縄列島における、日本の権益を確保していると、こういう問題にしましても、国民の皆さまによく知っていただいて、政府に協力していただくと、政府がまた誠意を持って一生懸命に努力をしていると、そういう姿を国民の前にみせることも責任だろうと思うんです。領土の問題というのは、現代の日本だけの問題ではない、子孫に対しても責任がある、また先祖に対しても我が領土を回復するという責任をもっておると、そういう意味においてね、領土の問題は、国家主権の問題に関係する問題ですから、政治が第一に重大問題としてかかげて、それについては毅然とした態度をとらなければいかんと、これについて、軟弱な態度をとったら、がたがたとやられてしまう。そういう意味において、毅然たる態度を終始、徹底してもたなければならん、そういうものだろうと心得ております。
大越)
過去と将来にわたって責任を持つ政治は、そこはしっかり主張していかなければならないし、その姿勢がこのところ足りないというお考えなんでしょうか。
中曽根)
それは市民主義というのは、現在だけが問題で、しかも自分の身の周りだけが問題で、国家とかあるいは過去の日本、未来の日本、そういう子孫に対する配慮まではない。だから私は、市民主義というのは、町会議員とか市会議員とか都会議員クラスの発想だろうと思うのです。国会議員の発想ではない。
大越)
中曽根さんご自身の総理時代の業績にも触れさせていただきますけど、ご自分がこの国の宰相として、いろいろな仕事を成し遂げられた中で、現在に至るまで脈々と続いたもの、そして残念ながら今せっかく成し遂げた仕事が、跡形が消えてしまうんじゃないかとお考えのもの、いくつかお考えがありましたら教えてください。
中曽根)
行政改革というものを心がけまして、ある程度実行しました。予算の削減とかあるいは人員の削減とか、そういうようなある程度やりましたけど、もっと徹底してやりたかったと、十分ではなかったと。それから教育改革ですね、臨教審というそういう組織を作って、教育改革を心がけましたけど、これも徹底的に行う事、十分に行う事が出来なかった。その後教科書問題その他でまだガタガタしていると。そういう情勢を見ますとこれも不十分であったと。そういう点で自分のやった時代を見ますと、お恥ずかしいものだろうと思います。
大越)
臨時教育審議会については達成できなかったこと、例えばどんなところがありますか。
中曽根)
それは教育のいろんな内容ですね。臨教審というものを作って、そして教育の内容について答申を作って、それを徹底して改革に持っていこうと、そう思ったわけですけど、必ずしも自分の考え通りのものに持っていくという事は出来なかったと思う。それから行財政改革にしましても、国鉄その他の改革、団体交渉の改革等はやりましたけど、しかし公務員問題については、十分手が入らなかったと。今でも公務員問題というのは続けていますね。そういう意味において自分のやっていること、まだ反省すべき点がかなりあったと思います。
大越)
公務員の合理化というとちょっと言葉が乱暴なんでしょうが、そういった点ですね。
中曽根)
そうです。5%削減するとか、給与を民間並みに引き下げるとか、そういういろんなのがあったわけです。
大越)
一方安全保障の問題ではどうでしょうか。日本の置かれた地理的条件の中で、日本は安全保障のためにどういう役割、日本自身としてやるべきことは何なのかという意識が徹底されたとお考えでしょうか。
中曽根)
レーガンと会った時に、日本列島を不沈空母にするんだとそういう事を言って、世界中の新聞その他騒がせましたけど、不沈空母という言葉が非常に軍事的な名前を出すので刺激が多かったと思うのですが、しかし日本人が日本を守っていくと、そういう事の考え方は間違っていないと思うんですね。表現が必ずしもうまくなかったと思いますね。しかしやはり防衛問題について私の政策の非常に重要な部分として、いといろな改革をその他にもやりました。これはある程度実績も残したと思うんですね。
大越)
日本には自主憲法制定という、自民党が公約に掲げる問題があります。この憲法の在り方については、今思うところはなんでしょうか。
中曽根)
最近憲法問題が薄らいでいて、政治家もあまり言わなくなってきていると、非常に残念ですね。しかし憲法調査会の活動というものは、ずっと続けて政党内部においてはやっているわけです。これから憲法調査会をさらに活発に動かして、憲法問題としてさらに取り上げていくと、そういう方向にもっていきたいと思っています。私は現役を離れていますけれども、しかし憲法問題だけは死ぬまで一生懸命努力していきたいと、そう思っているんです。
大越)
最大のテーマは何でしょうか。
中曽根)
それは第9条の問題もありますし、前文の問題もありますね。その辺は前から懸案として取り上げられている問題ですが、やらなくちゃいけない。
大越)
今現行憲法の解釈の中で、例えばこの20年を見てみると、日本は武力行動はもちろんとらないけれども、自衛隊が海外に行って国際貢献の活動をしたりとか、徐々に安全保障分野でも日本の行動範囲は広がってきたという見方もありますけれども、それについての評価、十分なのか不十分なのか、これについてはいかがでしょうか。
中曽根)
日本の自衛隊の使い方については政府は非常に配慮をして、そして外国から誤解されないように、自衛隊本来の設立の趣旨に沿うそういう線を逸脱しないように、政府も非常に心がけていますし、自衛隊に皆さんもそういう考えに立って、いろいろな行動についても自粛をしている。昔の軍隊とは違う。そういう意味においては日本の自衛隊制度というのは成功していると思います。
大越)
倫理観も深く保たれていると。
中曽根)
そうです。昔の陸軍や海軍とは違うと、自衛隊や自衛官というものは新しい日本の防衛組織だと、そういう新しい観念が行き渡ってきています。ですから私は自衛隊制度というのは成功しているだろうと思います。
大越)
日本のこれからについてお聞きしたいのですが、日本はこれだけの先進国、大国になりました。これからどういう国家目標を持ち、どういう国を作る方向に向かったらよいのでしょうか。
中曽根)
これは前から言われているように、平和国家というこのスローガンと目標は堅持していかなければならないと。日本は過去の大戦において周囲の国々にずいぶん迷惑をかけている。平和国家という国策が、その心をずいぶん癒してくれている。国民、国家としても平和に徹するという事が、内政および外交の中心基軸でなければならない。その点は今厳重に守られている。これをさらに強化して継続していかなければならない、そういうふうに思います。第9条を抱えている日本が平和国家ということを叫ぶことは、世界的にも通用する話だろうと思っています。
大越)
その平和国家を実践するために、安全保障面で最低限やるべきことをしっかりとやるという、そういう国でなければならないと。
中曽根)
それは国家防衛のためには、自衛隊なり国民が協力して、組織を作るなりやると。ただし侵略的要素というものは全然持ってはならないと。あるいは国際平和のためには自衛隊も平和的に貢献していると。そういうような自衛隊の特徴・性格を日本は堅持していると。そういう事は日本の戦後の防衛組織の在り方として、堅持されていかないとならないと思います。
大越)
もうひとつ国家目標でいいますと、私たちはこれからどういう仕事をやっていく国なのか。例えば第三次産業、IT、色んな分野、新しい分野出ていますよね。「日本人は何を売り物にして」と言ったら言葉が安っぽいのですが。
中曽根)
情報国家でしょうね。情報とかあるいは人間や生活や文明の価値、価値というものを大事にして、それを獲得していくことを目標としていくと。勢力とか権力ではない、価値を獲得していくと。それは文化性を持ったことですね。だから平和国家としてのテーマとしては一番大事なことだろうと思います。
大越)
日本を見るとその世界にとって大事なことは何なのかが分かるような、そんな国が理想なんでしょうか。
中曽根)
そうですね。平和国家という言葉が通用するように、日本といえば平和国家と、そう言われるような国の在り方というものをこれからも徹底してやっていく必要があるだろうと思います。
大越)
日本の基礎的なエネルギー分野における、これからの進むべき道というのはどうお考えですか。
中曽根)
それは具体的には太陽エネルギーとかね、あるいは海の潮汐力とか、あるいは水の力。自然エネルギーをうまく使うと。それが日本のこれからの一つの生きる道ですね。しかしやはりいわゆる化石文明、石炭とかあるいは油とか、あるいは原子力とか、そういうものはメインですね。主エネルギー、それを補うものとして自然エネルギー、太陽とかあるいは風の力とか、そういうものを利用していくという事になるんだろうと思います。その自然エネルギーのパーセンテージを10%くらいまででありたいと。それは我々の目標だろうと思います。まだ10%にいっていないですから。
大越)
これから政治を担っていくリーダーたちに何が必要とされているのか、改めてになりますけどもう一度お考えをお聞かせください。
中曽根)
自分は政治家になって何をしようとしているのかと、何のために政治家になったのかと、そういう反省を日夜やっていく必要があると。実際は政治の渦中に入ってしまうというと、権謀術数とかあるいはいろんな社会関係をうまく始末していくとか、そういう問題で、政治家になった時の本来の趣旨をややもすれば忘れると。あるいは友達との付き合いとか、党内における出世競争とか、あるいは物質的な欲望が満たされないとか、そういう政治家としての権力欲、そのほかに迷わされることもあるんですよね。そういう中でやはり昔の先達の教え、あるいは今立派な宗教家や先生方の教えというものを、よく堅持して、自分自身のそういう生き方を考え、確立していくと。それが大事だろうと思います。自分自身の生き方を自分で考えなければ、生き方は生まれてこない。そういう意味において政治家になった以上は、そういう自分の生きざまというものを一日も早く確立して、実践していくと。生涯貫いていくと、そういう志を持たなければいけないだろうと思います。
大越)
国民の側はどうなんでしょうか。ケネディ大統領が大統領に就任した時に、国が何をしてくれるかではなくて、自分たちが国に何ができるか是非考えてほしいと言って、オバマ大統領が就任した時も、似たような趣旨で国民に語りかけました。国民の側にもおそらく求められることがあるのではないかと、あると思うのですが。
中曽根)
国民に求める前に自分自身を修養すると。やはり人生死ぬまでの修養だと。それが第一だと。国民に求めるという事は、末の末の仕事であって、まず第一に自分を修めると。日夜修養しても欲望が起きたりあるいは間違った方向に誘惑されたりしますから、それを自分の先生なり、あるいは色んな教学、学問なり、あるいは指導者なり、そういうものから指導を受けて、自分で自分を磨いていき、自分をしばっていくと。そういう事が政治家にとって一番大事なことです。政治家に対してあまり文句を言う人はいないんです。選挙民も家庭も。やはり政治家自体が自らを修めることを考えてやらないと間違いますね。自分以外に自分を修める力を持っている人はいない。だからやはり政治家の一番大事なことは自立主義で、自らが自分を修めていくと。そういう根性なり、不抜の心がけを持つことは基本だろうと思います。
(以上インタビュー全文)
タカ派のイメージと平和国家という言葉がそぐわないと感じるのは、いわば認識の誤びゅうであって、よくよく考えれば論理的にはおかしくない。イメージは、軍備増強を進めた政策によって与えられたものではないか。しかし今、平和を保とうとするなら一定の自衛戦力は必要だという氏の主張は説得力を持つ。しかもその自衛隊が、東日本大震災や紀伊半島豪雨の際に多くの命を救った事実を見ると、しっかりとした規律とモラルのもとに活動を続ける限り、国民にとって現実的に頼りになる存在であることは間違いない。中曽根さんは、色々な批判を浴び、警戒心を抱かれながらも、その基礎を固めた人なのかもしれない。
また、中曽根さんのインタビューで注目されたのは、自ら旗振り役となった原発政策について、どう発言するかだった。原発はこれからも必要だと強調していたが、総じて物言いは慎重だった。もう少し時間を経て、冷静に事故を省みることができるタイミングで、再びインタビューする機会がめぐってくることに期待したい。
最後に、このインタビューを放送したところ、中曽根さんが、政治家に厳しく自己修養を求めていたところに、とりわけ大きな共感の声が寄せられた。今の政治に対する世論の一致した要請が表れた形で、極めて興味深かった。
投稿者:大越健介 | 投稿時間:15:45








