2009年4月12日放送

妙心寺
不屈の禅が生んだ美

出演

立松和平さん(作家)

海北友松 『花卉図屏風』
妙心寺蔵


京都の禅寺・妙心寺は、臨済宗で最大規模を誇る妙心寺派の大本山。14世紀に開かれて以来、数々の新しい美を生む舞台となってきた。日本美術史上、もっとも恐ろしい虎がいるといわれる屏風(びょうぶ)、ぎょろりと大きな目をむく強烈な達磨の半身像。なぜ、妙心寺は、斬新な美の宝庫となったのか?
室町時代、妙心寺は反幕府とみなされ、一度廃絶させられている。復興後、権力とは一線を画し我が道を歩む、いわば在野の禅寺として発展した。そんな中、桃山時代に活躍したのが、一族を織田信長に殺され、武士をあきらめて絵師になった海北友松(かいほうゆうしょう)。武士の気迫を思わせる、切り裂くような激しい梅の木を『花卉図屏風』で描いた。江戸時代初期、豊臣家に仕えていたために、不遇な立場に追いやられた絵師・狩野山雪(かのうさんせつ)は、『老梅図襖』で、梅の木をありえないほどねじ曲げ、龍がのたうちまわるような姿に表した。敗れた者・不遇な者を受け入れた妙心寺だからこそ生まれた傑作だった。 江戸時代中期には、禅僧・白隠慧鶴(はくいんえかく)が登場。大胆な単純化がど肝を抜く『達磨像』や、ユーモアたっぷりの『すたすた坊主像』を描き、「禅画」のさきがけとなった。作品には、禅の道を絵に表し広めて、世のあやまちを正そうとする闘志が込められていた。
時の権力者におもねることなく不屈の姿勢を貫いた妙心寺の気風が、いかに次々と新たな美を誕生させたのかを見つめる。

関連展覧会

「妙心寺」

会場 会期
京都国立博物館 5月10日まで

白隠慧鶴 『達磨像』
大分・万寿寺蔵