2021年5月23日
5/23放送「フランシス・ベーコンの秘密 バリー・ジュール・コレクション」いかがでしたか。日美ブログでは、フランシス・ベーコン最晩年の友人であり多くの時間を共に過ごしたバリー・ジュール氏が記したベーコンとの思い出についての文章をもとに、ベーコンの実像に迫ります。番組とあわせてどうぞ。
※記事中の写真は2021年1月9日から4月11日の会期で神奈川県立近代美術館 葉山にて開催された「フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる」展の展示の様子です。【現在は神奈川県立近代美術館 葉山での展覧会は終了しています】
神奈川県立近代美術館 葉山での「フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる」展示風景より。ベーコンが1930年代頃に描いた自画像。 ©The Barry Joule Collection
〜以下の文章は、2018年にイタリア・カンパニア州のファウンデーション・ミュージアム・ソレントでバリー・ジュール・コレクションを紹介する展覧会が行われた際に制作された図録に掲載されたジュール氏の文章「Francis Bacon. A brief memoir 1978-1992」から抜粋し、日本語に翻訳したものです。著者からの許諾を得て掲載しています。〜
バリー・ジュール氏は1978年6月にフランシス・ベーコンと知り合いになり、以後さまざまな身の回りの仕事を頼まれる間柄でした。1992年4月にベーコンがなくなる直前まで近くにいてよく知っていました。 「アーティストは、しばしばシンプルな白黒写真から絵を描きました。(中略)決してカラー写真から作業をすることはありませんでした。『シンプルな白黒写真のほうがいいんだ。カラー写真を使うと、描く時に心に影響が生じてしまうし、私はすべてから自由な状態でいたいんだ』」
バリー・ジュール氏が撮影した、アトリエで制作するフランシス・ベーコン(1982年6月 全体の中の一部)
「ピカソの有名な伝記作家であるジョン・リチャードソンはフランシスが自画像を制作するにあたり、普通ではないがユニークな方法で準備しているのを見たことがあります。(中略)『彼は絵筆の動かし方をリハーサルするために、3日間無精髭を伸ばしっぱなしにしていました。ベーコンは頬にマックスファクターのファンデーションを塗り重ねた上で髭に手をあてて、キャンバス上での筆の動きを擬似的に確認しようとしていた』」
「仕事の面でベーコンはとても実践的でした。肖像画をすぐに描き始められるように、頭部の形に切り抜かれた段ボールを使ってキャンバスの上に輪郭を描けるようにしていました。あるいは、身近なゴミ箱の蓋で円を描いたりもしました。それから忘れられなかったのは、彼がこれから描こうとしている肖像に関して、フレッシュかつ創造的な興奮がそうさせたのか、赤ワインのグラスに指をつっこみ、それでおおまかに形を描きました。それは大好きな飲み物でいつも彼のそばにありました。赤く湿った指についたクリムゾン色の液体が何枚ものスクラップ紙の上を行き来しました。そしてフランス人がいうところの“エボーシュ(フランス語で油絵を描くための下絵・下塗りのこと)”が出来上がりました。」
スノードン卿撮影(1963年)、マールボロ・ファインアート画廊主ハリー・ロバート・フィッシャーの写真上のドローイング 1970年代〜1980年代頃 © The Barry Joule Collection
「『ああ、私はよくあらゆる種類の偶然を起こしてきた』。ベーコンは当時を興味深げな様子で思い返しながら微笑みました。『まだ乾いていない油絵のキャンバスの上に、(スタジオの)床に転がっている潰れたものとか、いろんなものを置いたりもした。その様子はどこかありあわせのパイみたいでもあったね。1940年代から50年代には、指一本分のホコリをすくい上げてそれを(キャンバスに)重ねることもあった』。事実、私は知り合った始めの頃、画家がスタジオにうず高く積もったホコリを掻き取っているのを見たことがあります。彼は掻き取ったそれを時間をかけて眺めていましたが、扱いが大変難しいものではあるものの、パステルのように操作でき得ることに気づいたのでした」
「Xアルバム7裏——ファン・ゴッホ・シリーズ」 1956〜57年にかけてフランシス・ベーコンが制作した油彩による6点の連作「ファン・ゴッホの肖像のための習作」に関連すると思われるファン・ゴッホのイメージ。 ©The Barry Joule Collection
「彼は、既存の写真の上に、折り目をつけたり、ドローイングをしたり、ペイントしたり、ひどく扱ったり、ひっかいたり、破いたり、汚したりするなど、明確に実験を行っていました。興味のある本や古い写真の上を焦がしてダメージを与えたりもしていました。実際、彼は歪んだ絵に関して、モチーフを“傷つけている”と非難されることもよくありました。彼は強固に否定していました」
「『絵画というものはそれ自身が言語なんだ。それについて語ろうとすると、劣った翻訳にならざるを得ない』。もっとも、「終了」をどう捉えるかについては、重々しく陰鬱な様子で、よく頭を掻いていました。かつて顔をしかめながら言ったことがあります。『それは“いつかもしれない”という話ではない。それは“いつであるか”という問題なんだ。ジュール、生が君を魅惑するのならば、また死も魅惑的な存在でなければならない』」
「フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる ―リース・ミューズ7番地、アトリエからのドローイング、ドキュメント―」
4/20-6/13 渋谷区立松濤美術館 *4/27-5/31臨時休館