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「日曜美術館」ブログ|NHK日曜美術館

出かけよう、日美旅

第27回 横浜へ 速水御舟を探す旅

2016年11月 6日

日本画の伝統を受け継ぎながら、一つのスタイルにとどまらず、新たな表現に挑み続けた速水御舟。そんな御舟を支援した一人に実業家でコレクターの原三溪がいます。
今回は、原三溪が創設した三溪園を軸に、御舟ゆかりの横浜を旅します。

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御舟も訪れた三溪園。横浜の実業家でコレクター・原三溪が創設した。庭園の一角にある三溪の住まい「鶴翔閣」には、横山大観、前田青邨ら多くの画家たちが訪れた。

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速水御舟(本名:蒔田栄一)は、1894年、東京・浅草茅町(現在の台東区柳橋)で生まれました。1935年、40歳で急逝するまで、さまざまな技法を習得しながら次々とスタイルを変え、新しい日本画を創造しました。

そんな御舟を、画壇で認められる以前からパトロンとして支えたのが原三溪でした。
親子ほど年の離れたふたりは、どのようなつきあいをしていたのでしょうか。

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11月中旬から12月には紅葉が美しい三溪園。 写真提供/三溪

三溪園

根岸駅からバス10分、本牧の三溪園から横浜の旅を始めます。1868年生まれの原三溪(本名 富太郎)が、製糸・生糸貿易で築いた財で、明治末から大正時代にかけて造園した約5万坪の庭園。東京湾に面した「三之谷」と呼ばれる谷あいに位置します。

1906年に一般に開放した外苑と、三溪が私庭としていた内苑からなり、京都や鎌倉から保存のために移築したものなど17の歴史的建造物が点在しています。

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江戸時代初期の建築を移築した重文「臨春閣」。

三溪記念館では、三溪自らの書画作品、三溪が支援した明治・大正期の作家の作品、移築建築の障壁画などを紹介。季節や内容に応じて、約1か月ごとに展示替えされています。

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三溪記念館展示室。取材時は横山大観の作品などを展示していました(※10月31日に終了しています)。

三溪が支援した青年芸術家のパネル展示に、御舟の顔写真がありました。兄のような存在だった14歳上の今村紫紅(いまむら・しこう)の顔も。また、御舟と友人でライバルであった3、4歳上の小茂田青樹(おもだ・せいじゅ)や牛田雞村(うしだ・けいそん)も、三溪の支援を受けていました。

御舟は14歳で、歴史画家・松本楓湖(まつもと・ふうこ)が主宰する浅草橋の「安雅堂画塾」に入門。そこで彼らと出会い、生涯交流を続けました。画塾の自由な気風を受け継ぎ、1914年には、紫紅を中心に研究会「赤曜会」を目黒で結成するなど、新しい日本画制作にともに励みました。

御舟を三溪に紹介したのは、三溪の長男・善一郎と小学校で同窓だった雞村だったようです。「日本美術院」に所属する若手作家だった紫紅、御舟、青樹、雞村らに、三溪は研究費などを支給し、作品も買い上げました。

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三溪の画家支援を説明した、三溪記念館の展示パネル。下村観山、安田靫彦などそうそうたる顔ぶれのなかに御舟、そして紫紅と青樹がいる。

三溪が所蔵した御舟作品は20点。そのうち、広尾の山種美術館で現在開催中の「速水御舟の全貌」展(12月4日まで)には、三溪旧蔵の6点が出品されています。現在は東京国立博物館所蔵の「萌芽」「紙すき場(近村)」「京の舞妓」、山種美術館所蔵「錦木」、霊友会妙一コレクション「焚火(秋の朝)」、滋賀県立美術館所蔵「洛北修学院村」と、重要作ばかりです。

例えば「萌芽」は、第6回文展の落選作でしたが、御舟が修正を加え、三溪が買い上げました。後に自邸の床の間にかけて、文展の審査員を招き、口々にほめる彼らにこれが落選作であることを明かし、審査員をチクリと責めたそうです。

また、「洛北修学院村」と同時期に描かれた新緑の色鮮やかな作品「寺の径」は、三溪園に所蔵されています。次の展示の機会が楽しみです。

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左/山種美術館で開催中の「速水御舟の全貌展」より。「錦木」1913年(山種美術館所蔵) 写真提供/山種美術館
右/三溪園所蔵作品「寺の径」1918年 最近では2016年4月18日〜5月29日に展示された。写真提供/三溪園

三溪は、後に「三溪園ゼミナール」と呼ばれる美術研究会も開きました。宋・元時代の中国の名品や日本の古美術などのコレクションを披露し、それについて明け方まで歓談が続く。画家たちの教養も深めることを目的とした会は、安田靫彦が“楽園的会合”と呼ぶほどの充実ぶりで、御舟は4度参加しています。

1933(昭和8)年1月には茶会を開き、支援した画家たちを招いたという記録もあります。

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左/昭和8年の茶会の記録「一槌庵茶会記」に御舟の名前が。  右/その茶会が催された蓮華院。

三溪は、御舟の画業のみならず、人生の大切な場面にも関与しています。

御舟が結婚するときには、媒酌人を務めました。
そんな三溪を慕い、御舟は亡くなる年まで、毎年年賀の挨拶に出向いていたそうです。

多くの画家たちが感服するほどの審美眼と本質を見抜く力を持っていた三溪。早くからその才を認めてくれた三溪のことを、御舟は画業においても人生においても師のひとりとしていたのではないでしょうか。
そんなことを思いながら、三溪記念館でお茶をいただきました。

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三溪記念館ロビーには茶席が設けられている。

取材時は野菊やサザンカ、冬桜などが見頃でしたが、11月には紅葉が楽しめます。

日本画の様式である花鳥画をベースに、その奥にある息吹を描こうとした御舟も、園の自然に触発されたのではないでしょうか。

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11月23日まで三溪園では「菊花展」が開催中。

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大池には舟を浮かべている。渡り鳥の姿も見える。

元町百段公園  

三溪園からバスで根岸駅に戻り、JR京浜東北・根岸線で2駅目の石川町駅で下車。元町商店街をぶらぶら歩きながら、元町百段公園に立ち寄ります。代官坂通り右手の長い石段を上った、お花見や夜景スポットとしても知られるこの公園。御舟の作品「横浜」はここからの眺めだと地元研究者によって解明されているのです。

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住宅街の中の小さな公園「元町百段公園」。

この公園の場所は、横浜の開港時から大正期にかけては、元町の鎮守・厳島神社の末社の浅間神社でした。“浅間山の見晴台”と呼ばれ、小さな茶屋があり、外国人観光客もよく訪れていました。以前はここから港を出入りする船や関内地区が手に取るように見え、遠く神奈川宿のはたごや茶屋までが見渡せたそうです。

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浅間神社の参道「百段階段」があった頃の古写真を転写した碑が立つ。

石碑の写真にある、浅間神社へと向かう「百段階段」は、関東大震災で崩壊して今はありません。震災の記憶を忘れないために、跡地にこの公園がつくられました。広場の正面は急斜面になっており、現在は下に(「霧笛楼」付近に)駐車場があるのですが、そのあたりから、百一段の石段が延びていたそうです。

「横浜」は赤曜会時代の作品です。赤曜会では、写生をもとに画室でまとめるのではなく、印象派をまねて現地制作を推し進めていました。御舟がここに立ち、どこか郷愁を含んだ明るい港町を描いたのだと思うと、現在のみなとみらいの景色も違って見えます。

横浜美術館

元町から中華街を抜け、地下鉄みなとみらい線の「元町・中華街駅」から3駅目の「みなとみらい駅」へ。横浜美術館のコレクション展を鑑賞します。ここでは、横浜に関係が深い作品を収集。横浜生まれの今村柴紅や小茂田青樹など、御舟と同時代の日本画家の作品が見られます。残念ながら今は出品されていませんが、御舟作品も12点所蔵されています。

展示の4つのセクションのうち、まず横浜の街を描いた作品を紹介する「描かれた横浜」セクションを鑑賞します。ここには、山下公園通りを描いた小茂田青樹の作品が出品されています。赤曜会のメンバーと、横浜で行う作品展に向けて、横浜の街を写生した作品だそうです。

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横浜美術館コレクション展より。 左/小茂田青樹「横浜海岸通り」1915年 右/画家が描いた場所を地図にした横浜MAPも展示。

また、「風を聴く−自然の気配をうつす美術」というセクションでは、風景画やインスタレーションを展示。今村紫紅が赤曜会を結成した年に描いた風景画が2点展示されています。

紫紅は、やまと絵の伝統に、当時あまり顧みられることのなかった南画や印象派の要素を加え、独自の様式を追求しました。しかし、1916年に35歳で急逝してしまいます。生前は、因習的な日本画の世界を「私が壊すから君たちは建設してくれ給え」と後輩たちの背中を押しました。

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横浜美術館コレクション展より。手前2点の軸が今村紫紅作品。左から「湯の宿」、「月明り」。いずれも1914年頃の作品。

御舟は、ジャンルの隔てなく、自分が良いと思ったところは取り入れる紫紅の姿勢を受け継ぎます。そして、中国の書画、歴史画や琳派などの日本美術、キュビスムや印象派などの西洋美術、岸田劉生の洋画など、さまざまな要素を吸収していきました。そのうえで、伝統的な様式美と観察を通したリアリティーに、自身の表現を融合しようとしたのです。

そんな道半ばの1935年。腸チフスを患い、40歳で急逝してしまいます。当時の美術誌はこぞって追悼特集を組み、御舟を知る誰もがその才能と人柄をたたえ、早すぎる死を惜しんだといいます。

御舟が長生きしていたら、変わりゆく横浜をどんなふうに描いただろうか。そんな想像をしながら横浜の街を歩いてはいかがでしょうか。

住所/交通情報

・ 三溪園
横浜市中区本牧三之谷58−1
JR根岸線1番のりばから市バス(58・99・101系統)
10分、「本牧」下車、徒歩10分
JR横浜駅東口2番のりばから市バス(8・148系統)
35分、「三溪園入口」下車、徒歩5分
みなとみらい線 元町中華街駅4番出口、「山下町」から市バス(8・148系統)
15分、「本牧三溪園」下車、徒歩5分
土日・祝日は横浜駅から直通バス「ぶらり三渓園BUS」運行
開園時間/9:00〜17:00(入園は16:30まで)
三溪記念館の第1・2展示室は工事のため11月1日~16日休室。第3展示室は12月13日まで「フォトコンテスト入賞作品展」を開催。

・ 元町百段公園
横浜市中区山手町56-1 
JR京浜東北線石川町駅から徒歩15分

・横浜美術館
横浜市西区みなとみらい3-4-1
みなとみらい線みなとみらい駅から徒歩5分
開館時間/10:00〜18:00(入館は17:30)
「横浜美術館コレクション展2016年度第2期」は12月14日まで開催。

展覧会情報

山種美術館では「速水御舟の全貌—日本画の破壊と創造-」を開催中です。(10月8日〜12月4日)

山種美術館
東京都渋谷区広尾3-12-36
JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅 2番出口より徒歩約10分


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