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「日曜美術館」ブログ|NHK日曜美術館

出かけよう、日美旅

第7回 神戸へ 大原治雄"ブラジル移民"を感じる旅

2016年5月22日

高知県に生まれ移民としてブラジルに渡り、農業を営みながら家族やブラジルの風景をモチーフとした写真を撮り続けた大原治雄。

今回は、大原治雄作品の背景にある「ブラジル移民」という点に焦点を当て、神戸の旅にご案内します。

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海から神戸の街と六甲山を眺める。移住者たちが日本を離れるときにもこのように風景を眺めたのでしょうか。

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なぜ、神戸? とお思いかもしれません。実は、神戸には日本で唯一、実際に使われていたブラジル移住者のための施設が現存しているのです。その建物は、現在も役割を変えながら使われています。

ブラジル移住者25万人のうち、ここからはかつて、約19万人もの人々が新天地を目指して南米に旅立っていきました。1958年からは横浜にも海外移住センターが開設されましたが(現存せず)、それ以前は神戸からの出航に限られていたため、大原治雄もまた神戸から出発したに違いありません。

ただ、正確に言うと、大原治雄は、神戸の移住者施設が完成する前年の1927年9月22日、ハワイ丸で家族とともにサンパウロ州のコチア市に移住していることがわかっています。おそらく神戸の海岸通近辺にあった「移民宿」に滞在し、神戸港に向かったのではないかと思われます。

海外移住と文化の交流センター(旧・神戸移住センター)

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(左)震災も乗り越えて現在、築88年目。かつての移住センター。(右)「ブラジル移民発祥の地」の石碑。

元町駅から坂を上ること15分。山の麓に「海外移住と文化の交流センター」はあります。

ここは1928年に国立移民収容所として開設され、その後名称を数回変えながら、1971年に最後のブラジル移民船を見送るまで、南米移住のための施設として使われました。現在では用途は変わりましたが、建造物としてはその当時と変わらぬ姿を留めています。(正確に言うと、もともとは2棟からなる施設でしたが、傷みがひどくなった山側の棟は壊され、現在は一棟だけが使用されています)。

かつて、移住希望者たちは日本全国からこの建物に集まり、研修や予防接種など渡航前の準備をしながら1週間〜10日を過ごし、それから坂を下って神戸港からサンパウロ州のサントス港へ向かう船に乗ったとされています。

1-2階 移住ミュージアム

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(左)移住ミュージアム内部の様子。(右)移住者が歩いた道や立ち寄った場所がわかる地図。

「海外移住と文化の交流センター」の1-2階にはブラジル移民の歴史について知ることができるミュージアムがあります。

当時の資料が充実しており、ここに集められた人々が日本での最後の1週間をどこでどのように過ごしたのか、ブラジルに渡った直後の生活がどんなものだったのかを知ることができます。

また新天地に降り立った人々の多くが土地を開墾して農業を営んだということで、農耕具の展示などもあります。

大原治雄もコーヒー農園を家族で営みながら、その暮らしの様子を写真に収めていきました。このミュージアムの資料展示を観ながら、鍬(くわ)を持って大平原にたたずむ男性を撮った大原治雄の写真作品が思わず脳裏に浮かびました。 

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(左)移民船の再現模型。(右)ドラム缶や行李に渡航用の荷物を詰め込んで船に乗せた。

またこの施設で働いている方に聞いたところでは、今もこの建物の近所には、移住センターだった時代のことを知っている生き証人が居り、当時の様子などを教えてくれたりするそうです。

たとえば、移住者たちにとっての渡航前の大事な準備のひとつは日用品の買い物。 移住者向け百貨店なども近隣にあったり、また施設内に売店が設けられるなどもして、そこで買い込んだ品をドラム缶に詰め込んで船に乗せたとか。 何でもブラジルに渡った後ドラム缶はお風呂として活躍したそうです。

3-4階 C.A.P. (NPO法人 芸術と計画会議)

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(左)この建物を大掃除して、新たな息吹を吹き込んだC.A.P.。(右)現代美術作家のアトリエ。

南米移住のための施設でありつつ、戦時中は軍の施設だったり、また戦後すぐの頃は引揚者のための一時収容所になった時期もありました。1971年に移住センターが閉鎖された後には、看護学校だった時期もあります。また阪神淡路大震災の後は海洋気象台が仮庁舎として使われるなど、 時代時代でさまざまな顔を持ってきたこの施設。
そして1999年には「C.A.P.」というアートのNPOがこの建物の魅力を再び発見するきっかけをつくりました。

1998年までの数年間は部分的に使用されていたものの、大半は「開かずの間」状態になっていました。神戸市からの期間限定の使用許可を受け、まずアートイベントとしての「大掃除」を決行。その後、館全体を地域に開かれたコミュニティーアートセンターとして再生したのです。

現在は、1-2階が移住ミュージアム、3階の一部は関西ブラジル人コミュニティーのセンター、そして3-4階にC.A.P.が入っています。 かつて移住者たちが寝室として使っていた部屋のひとつひとつが、地元アーティストたちのアトリエになり市民が自由に訪れることのできるスペースとなっています。

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(左)C.A.P.のラウンジスペース、天井に接する梁の部分に移住者が残した書き置きが。(右)ドバイからのアーティストが滞在中。

C.A.P.では「アート・イン・レジデンス(滞在しながらの制作)」を活動内容のひとつとして掲げているため、定期的に海外の作家も滞在しています。 取材時は、ドバイとドイツからのアーティストに出会いました。

3階 CBK(関西ブラジル人コミュニティー)

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(左)CBKスタッフ・ネルソン松原さん。日本にフットサルを広めた人物のひとりでもある。(右)「私の移民史」のコーナー。

3階にはもうひとつ、CBKという団体も入っています。

関西にいるブラジル人の、特に子どもを対象としたポルトガル語と日本語のスクールや、ブラジルの文化を紹介するさまざまな催しを行っています。 ほとんどのスタッフが日系ブラジル人です。

スタッフのネルソン松原さんは言います。

「日系ブラジル人でも、自分たちのルーツとも言える、こういう場所が日本に残っていることを知らない人の方が多い。もっと認知されてほしい」

CBKではまた、毎年4月に「移民祭」を開催しています。かつてのブラジル移民やその子孫が参加していますが、もっとその輪を広げたいということです。

なお、ネルソンさんはパラナ州ロンドリーナ生まれ。大原治雄が住み、写真の舞台となった町です。大原さんの写真に見るロンドリーナは見渡す限りの農地ですが、松原さんいわく、「今はビルの立ち並ぶ都会ですよ」とのこと。

鯉川筋(移住坂)

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(左)移住者たちはこの道を通って港に行った。(右)JR元町駅にある石碑。

さて、ここからは「移住者が歩いた道」を辿ります。

海外移住と文化の交流センターの目の前から始まっている坂道「鯉川筋」。この道はかつて「移住坂」とも呼ばれていました。

この道をまっすぐ行くと、JR元町駅にぶつかり、さらに突っ切ってまっすぐ行くとメリケン波止場に出ます。最初の移民船「笠戸丸」はここから出発しました。

昔は、高い建物もなかったので、鯉川筋から一直線に神戸港まで道が続き、坂の上からでも海が見えたのだとか。 ちなみに、その中間地点にあたるJR元町駅の南口には海外移住の石碑があり、そこには「FROM KOBE TO THE WORLD」という言葉が刻まれています。

海から六甲山を眺める

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(左)神戸港・中突堤中央ターミナルから出発している遊覧船。(右)メリケンパーク。

本日のクライマックス、メリケンパークに隣接する中突堤中央ターミナルから神戸港を周遊する遊覧船に乗り込みます。

神戸空港の連絡橋の橋桁をくぐって戻ってくる45分の周回ルート。 なぜ旅の最後にこれを選んだかと言うと、神戸移住と文化の交流センター内で見た、ブラジル移民へのインタビュー映像でこう語られていたからです。

「最後に過ごした日本の土地は、神戸なんです。そして、目に焼き付けた一番最後のふるさとの映像は、離れ行く船の上から眺めた『六甲山』です」

大原治雄も同じだったのではないでしょうか。彼は、奥さんが生きている頃はよく「もう一度、夫婦で日本を訪れたい」と口にしていたそうです。結局、日本の地を踏むことは二度とありませんでした。
大原が生涯最後に見たであろう日本の景色をこの目で見たい。そんな思いに駆られて船に乗り込みました。

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あっという間に陸地が遠くなっていく。

いざ出航。どんどん陸から離れていく船の上、そのときの気持ちを想像してみました。これから行く未知の土地への不安。奮い立たせる勇気。もう二度と日本を見ることがないかもしれないという寂しさ、そして覚悟。
そういう、いくつも混ざり合った感情の中でこの風景を眺めたのではないでしょうか……。


今回の旅は以上です。
陽気の良いこの季節、六甲山から吹き下ろす風を肌で感じながら、あなたも、大原治雄、そしてブラジル移民の歩んだ道を体験しに神戸を、訪れてみませんか。


追記/
・実際に最初のブラジル移民船の第1号「笠戸丸」は1908年に沖待ちでメリケン波止場からはしけなどで乗船し出航していますが、その後神戸港の港湾整備が進み、大原治雄の頃にはより三宮寄りの第3・第4突堤の辺りから乗船したと考えられます。

・CBKが主催する移民祭でも、ブラジル移民の歴史を経験と共に語り継ぐ目的で、移住者の歩いた道を一緒に歩く、その後中突堤から遊覧船に乗るツアーが行われています。

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「海外移住と文化の交流センター」脇の坂道はハイキングロードでもあり、15分ほどで展望台「金星台」に出られる。ここも移住者たちが立ち寄った場所のひとつとされている。

住所/交通

●海外移住と文化の交流センター 神戸市中央区山本通3-19-8/JR元町駅東口から鯉川筋を北上し、徒歩約15分もしくはJR・阪神・阪急 三宮から市バス7系統「山本通3丁目」下車 徒歩約2分

●中突堤中央ターミナル かもめりあ 兵庫県神戸市中央区波止場町7-1/神戸市営地下鉄海岸線「みなと元町」駅から徒歩6分 

展覧会情報

「大原治雄写真展―ブラジルの光、家族の風景」
2016年4月9日(土)~6月12日(日)
高知県立美術館 会期中無休
巡回
【兵庫会場】伊丹市立美術館 2016 年 6 月 18 日(土)~7 月 18 日(月・祝)
【山梨会場】清里フォトアートミュージアム 2016 年 10 月 22 日(土)~12 月 4 日(日)


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