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2020年2月23日 / 旅の紹介 第109回 南仏/アルル、サン・レミへ ゴッホと自然の交わりを感じる旅

南仏にたどり着いたゴッホは、その自然を前に探し求めていたものに出会ったと言わんばかりに、制作に没頭しました。ゴッホをかきたてた自然の生命力を肌で感じたいと、冬のアルルとサン・レミ(※注)を旅しました。

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TGVに乗ってパリからアルルへ向かう車中から。一面の平野に緑が広がる。冬でも陽が出ると開放的な雰囲気。

※正式名称はサン・レミ・ド・プロヴァンス。本文中は通称名のサン・レミで記述。

さんさんと降り注ぐ陽光。抜けるような青空。黄金色に輝く畑。南仏と言えば温暖で開放的なバカンスシーズンの印象が圧倒的ですが、今回は冬のアルルとサン・レミを訪れました。

ゴッホはオランダ南部の街、ズンデルトの生まれですが、享年37歳という短い人生の中でロンドン、アントワープ、パリなど20か所以上もの土地に暮らしています。そして1888年、34歳のときに南仏に移ったゴッホはアルルとサン・レミにそれぞれ1年程度住み、精力的に絵を描きました。

アルルへ

ゴッホがパリを出てアルルに着いたのは1888年2月20日。浮世絵をとおして日本に憧れていたゴッホは、南仏が日本に通じる美しさを持った土地だと信じ込んでいました。事実、着いたときはアルルでも珍しい大雪でしたが、山に雪がかぶる景色を見て「日本のようだ」と喜び手紙につづっています。

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黄色い家

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「黄色い絵」の中に描かれている四角い建物が今も残るラマルティーヌ広場。建物の1階にはブラッセリーが入る。

現在ならTGVを使って、パリから直行で4時間程度で行けるアルル。バカンスシーズンになると数えきれないくらいの人たちが訪れますが、さすがにシーズンオフ、人もまばらでした。

アルル駅を降りるとすぐ、ゴッホが「黄色い家」を描いた場所であるラマルティーヌ広場があります。広場があるのはアルルの街の玄関口にあたるカヴァルリ門の外で、街なかというよりその少し外れという位置です。

ローマ古代遺跡がベースの街

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ラマルティーヌ広場を抜け、カヴァルリ門からアルルの中心市街に入っていく。

アルルは紀元前にローマ人の拠点のひとつとなった城塞都市。歩いていると、今なお街のベースはローマ時代の古代遺跡であると実感させられます。

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ゴッホの星月夜に出てくるような尖塔の教会。その横にはローマ時代からの円形闘技場が。

冬でなければ、南仏を代表する植物のひとつであるプラタナスが黄緑色のモサモサした葉をいっぱいにつけて石造りの建物を彩るのでしょうが、今は枝だけになってしまっていました。ただ、アルルは基本的に都市のたたずまいが強く感じられ、街なかは自然がことさら多いという雰囲気ではありませんでした。

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石造りの遺跡に混じって緑が広がっている。

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古代遺跡と糸杉。

また古代遺跡が発する空気感からか、どこか時が止まっているような感覚を覚えました。日中は現代の生活の時間が流れているけれど、夜になって人々の気配が消えると、はるかいにしえにトリップしてしまう、そんな不思議さがありました。

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街の中心にあるフォーラム広場。ゴッホが「夜のカフェテラス」で描いたカフェが今もある。(写真左手の黄色い壁の建物)

夜のアルルを描いたゴッホの絵を見ると、澄んだ空気の中で街が美しく輝いているけれど、同時にどこか浮世離れしているような感覚を抱かせます。実際の夜の街を歩いて、その理由がわかった気がしました。

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ゴッホの「夜のカフェテラス」で登場するような、澄んで濃い青をした夜空。

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市庁舎と教会に挟まれたレピュブリック広場にオベリスクが立つ。美しいが、どこか死の印象もつきまとう。

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夜のローヌ河沿いを歩く。ゴッホはアルルの水辺についてこう語っている。「水が美しいエメラルドと豊かな青の色の広がりを生み出し、まるで日本版画に見る風景のようだ」 

跳ね橋

ゴッホはアルルの市街地を抜けて周りの田園や平野へたびたびスケッチに出かけました。今でもパリからアルルに向かう鉄道の窓からは、そうした風景が見えます。しかし現在アルルはプロヴァンスの中でも比較的大きな街なので、そうした大自然に中心市街地からすぐ出会える感じはありません。

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ゴッホが描いた跳ね橋が、アルルの郊外に復元されている。徒歩よりはタクシーで行く距離感だ。

ゴッホの描いた跳ね橋の復元を見にアルルの中心市街から南へ3キロほどの場所に出かけましたが(ゴッホが絵に描いた当時にあった場所とは違います)、そこまで行って緑がようやく増えてきた印象でした。

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跳ね橋の近くで見つけた糸杉の並木道。

サン・レミへ

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アルルからサン・レミに向かうバス車中からの眺め。バスだと50分程度で着く。

南仏滞在の魅力のひとつは、車があれば、気軽に街と街を行き来できることです。たとえばアルルで滞在していても水曜の朝にはサン・レミで開かれる朝市に、車で30分だから買い物に行こう。そんな気軽さです。温かいシーズンであれば南仏は1週間でも2週間でもいたくなります。今回はアルルからサン・レミまで、バスで移動しました。

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お洒落でかわいい印象のサン・レミ。

サン・レミもやはり古い建物が多いです。もっとも、アルルと比べると時が止まった遺跡というよりは、石造りの建物と細い路地の雰囲気がおしゃれに洗練されて、楽しげでかわいらしい雰囲気です。

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サン・レミはノストラダムスの生家跡があることでも知られる。(写真左に見える黄色い壁の家)

ゴッホがアルルからサン・レミに移った直接の理由はサン・レミの病院に転院することを決めたからでしたが、少し歩いただけでも、サン・レミはアルル以上に自然がすぐ近くにあると体感できます。

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サン・レミの中心からゴッホ通りを南へ進んでいくと、道沿いに豊かな自然に出会う。

街のサイズはアルルよりも小さく、15〜20分程度で端から端まで歩けてしまいます。サン・レミの中心市街からゴッホの入院していたサン・ポール・ド・モゾール修道院病院の建物まで南下するゴッホ通りという道があるのですが、その道沿いには雑木林やオリーブ畑が連続しています。木々のウネウネとした枝ぶりからは強じんでワイルドな生命力を感じました。

サン・レミの糸杉

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天に向かって伸びる糸杉

糸杉やオリーブは南仏の典型的な植物です。そして糸杉は常緑樹だからということもありますが、冬場に見ても強い存在感と生命力を感じます。
ただ一方で、他の植物と比べて緑の色が濃くて暗い。時に死の象徴と呼ばれたりするのもわかる気がしました。

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十字架と並んで立つ糸杉。どことなく墓碑のように見えなくもない。

サン・ポール・ド・モゾール修道院病院

ゴッホ通りを進んだ先にあるサン・ポール・ド・モゾール修道院病院は、1889年5月から1890年5月までゴッホが入院していた療養所ですが、今も建物の一部は精神疾患に悩む人をサポートするクリニックとして使われています。一方で、ゴッホがいた病室を再現した部屋や庭の見学をすることができるようになっています。訪れた日は休みでした。

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オープンしているときはこの入口から中に入ってゴッホの病室跡や庭などを見学することが可能。入り口そばに巨大な糸杉が見えた。

病院の周りがまた見事な自然に囲まれていました。南側にはオリーブの林が広がっており、そこからアルピーユ山脈の山容が眺められます。ゴッホのいた病室からもオリーブ畑と山が見えたと記録に残っています。

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病院から南へ向かった景色。霧がかかって見えにくいが向こうにはアルピーユ山脈が広がっている。

アルピーユ山脈

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アルピーユ山脈のふもとにある、グラヌム遺跡の入り口。遺跡のある丘からはサン・レミの街が一望できる。

ゴッホは調子の良いときには絵を描きに外出させてもらっていたそうです。病院の回りにはたくさんの植物があり、アーモンドの木なども植わっていました。春になればゴッホが1890年に描いた絵「アーモンドの花」のように、白い花を咲かせます。枝ぶりだけ見るとちょっと梅の木のようでもあり、ゴッホが模写した広重の浮世絵『名所江戸百景 亀戸梅屋敷』を思い出しました。

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アーモンドの木も南仏には多い。枝のうねりが印象的。

進んでいくとグラヌムというローマ時代の遺跡が残る丘があり、さらに歩くと山歩きのコースにつながり、ゴツゴツとして起伏のある岩肌をしたアルピーユ山脈に登っていけます。ゴッホも療養のあいだに出かけて、絵を描いていました。そしてそこにも、野生のローズマリーやタイムなどといった強い自然の生命力があふれていました。

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アルピーユ山脈のふもとで見つけた野生のローズマリー。

言うまでもなく南仏は多くの人が夏のバカンスで出かける場所であり、シーズンオフと言っても春先や秋の始めくらいまでなら、太陽のさん然たる輝きと楽園のような気持ち良さを満喫できるでしょう。

ただ、今回は冬のただ中、自然の生命力に目を投じる旅をしました。ゴッホはテオに送った手紙のなかで書いています。「まるで自分自身が花であるかのように自然の中に生きる。こんなに単純な日本人が教えてくれるものこそ、まずは真の宗教ではないだろうか」。ゴッホはアルルとサン・レミ時代を通じて、自然の生命力に自らを一体化させるようにして描いていったのではないでしょうか。ゴッホを思いながら南仏の自然を感じる旅、いかがですか。

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アルピーユ山脈のふもとを山歩き。ゴツゴツとした岩肌の感じは、ゴッホの絵「石切場の入り口」を思い出させる。

今回の「出かけよう、日美旅」は、フランス在住の庭園文化研究家・遠藤浩子さんにご協力いただきました。ありがとうございました。

展覧会情報

◎兵庫県立美術館(兵庫)では、「ゴッホ展」が開催中です。3月29日まで。