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2019年11月24日 / 旅の紹介 第103回 兵庫県・上郡町&たつの市へ 秋野亥左牟を感じる旅

インド、ネパール、カナダ、沖縄・八重山諸島の小浜島(こはまじま)などを経て画家・秋野亥左牟(あきのいさむ 1935-2011)が最後にたどりついた地、兵庫県上郡町(かみごおりちょう)を訪ねました。

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兵庫県上郡町。蔵の2階を使ったアトリエにて。その一角に置かれた在りし日の秋野亥左牟の写真たち。 

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母で日本画家の秋野不矩(ふく)に誘われて、秋野亥左牟がインドを最初に訪れたのが1962年。そのままインドに4年、ネパールに2年ほど住み、ネパール滞在中に絵本『プンクマインチャ』(1968年)の原画を描きました。その仕事で1969年の世界絵本原画展金牌(きんぱい)を受賞しました。

その後、アメリカ・インディアンの民話にもとづく『とうもろこしおばあさん』(1982年)、宮古島の伝統的な暮らしをモチーフにした『サシバ舞う空』(2001年)、アンデス地域に生息するコンドルがテーマの『たいようまでのぼったコンドル』(2010年)、遺作となった『神々の母に捧げる詩 続アメリカ・インディアンの詩』(2012年)など、合計10冊の絵本を手がけました。共通するのは人間も自然の一部として生きているという世界観です。 

秋野亥左牟は2011年に76歳でこの世を去りましたが、その仕事や暮らしを肌で感じられればと、家とアトリエに伺わせてもらいました。

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広葉樹が多く、色づき始めた秋の山。柿の木。黄金色の穂を揺らす田んぼ。秋野邸周辺の風景。

秋野亥左牟のアトリエ

兵庫県南西部の上郡町。緑の山々に囲まれ、田んぼや畑が広がる静かな田舎です。鳥取との県境から始まる清流・千種川(ちくさがわ)はこの町を通って瀬戸内海に流れ込みます。古墳時代から千種川流域の中心でもあった上郡には、豊かな自然と静かな生活があります。春にはたけのこ、タラの芽などの山菜が芽吹き、夏には千種川で美味しいアユが取れます。

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秋野亥左牟は蔵を改造して、その2階を仕事場にしていた。

そんな上郡町に、秋野さん一家が越したのは2006年のこと。 
30年以上空き家だった蔵付きの古民家を直して住み始めました。できるところは自分たちで修繕し、できない部分は知り合いになった宮大工さんにお願いしました。 

仕事場にしたのは、築150年以上の元農家の蔵です。崩れていた土壁は塗り直し、小さな窓しかなかった2階は存分に日の光が入るように改修。 
「イサムはお気に入りの明るいアトリエでいつも音楽を聴きながら絵を描いていました」(妻・秋野和子さん)

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日が気持ちよくさすアトリエ。訪れたのは11月、紅葉した木の葉っぱが窓から見える。

アトリエの机を見ると、パレット代わりにしていたという貝殻が乗っていました。小浜島に住んでいた頃から使われていたそうです。

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海で取ってきた貝がパレットとして使われていた。

「小浜島にいたとき、イサムはタコや貝など取る漁師もしていましたが、たまに何も取らないで帰ってくることがあって、島のオバアたちから不思議がられていました。自分も海の一部となって、泳ぎながらタコやイカに見とれていたら一日が終わってしまったのでしょう」 

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アトリエの片隅にはたくさんの笛が。亥左牟は音楽も非常に好きだったという。

2011年に亥左牟が亡くなった後、アトリエだった蔵は家族が中心となって、2014年から年に1回、秋野亥左牟ギャラリーとして公開しています。「絵だけでなく、時が止まったようなここの静けさも皆さん気に入って、ゆっくり過ごして行かれます」

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アトリエの外壁には、目のモチーフが。秋野亥左牟はインドで制作を始めた当初から、目をよく描いていた。

秋野亥左牟の作品が常設されているカフェ

上郡町から車で東に40分程、兵庫県たつの市の、城下町の面影が残る龍野地区へ。ここには秋野亥左牟のお子さんのひとり、香貫花(かぬか)さんが営んでいるカフェ&ギャラリーがあります。「イサムの絵に興味を持ってくれた方に、いつでも作品を見てもらえる場所をつくりたいと思って始めました」。

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秋野香貫花さんがたつの市龍野地区で営むカフェ&ギャラリー。

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秋野香貫花さん。

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床は自分で張ったという香貫花さん。和間だったが手を入れてカフェに改装した。

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絵本『神々の母に捧げる詩』の原画。そこに描かれた鳥の目には特別な霊力が宿っているかのよう。

ギャラリーには、絵本の原画など、作品がたくさん掛かっています。中には、秋野亥左牟が16年暮らした八重山諸島の小浜島を描いた作品もありました。

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小浜島を描いた作品も掛かっていた。 

「私も妹・弟も、小浜島の生まれです。とても幸せな子ども時代でしたよ。海に行けば魚や貝やタコを取って、家の裏の畑では野菜を育てていました。春は海にもずくを取りに行ったり、夏になれば庭でパパイアやグアバやバナナが実をつけていました。鶏も飼っていて卵を産んでくれていたし、産まなくなったら食べました」  

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「小浜島は、日本の本州より台湾の方が近いんです」。石垣島と西表島に挟まれて小浜島はある。

お店の近所も散歩してみました。龍野地区は伝統的建造物が充実しており、江戸時代から引き継がれたしっくい壁の古い町家やしょうゆ蔵がたくさんあります。また実は関西で長く重宝されている淡口(うすくち)しょうゆはたつのが発祥です。近くには揖保川が流れており、そうめん「揖保乃糸」が生まれた地域としても知られています。

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龍野地区を散策。しょうゆ会社の煙突がいくつも見える。

味わいのある路地には、300年近く続く和菓子舗や、こうじの専門店などの老舗もあれば、町家を借りて若い人が最近始めたパン屋や宿などもあり、新旧の店を楽しむことができます。年に一度開かれる秋のフェスティバルでは、古い街道沿いに店がずらっと並び、たくさんの人でにぎわうそうです。「町を楽しみながら、イサムの絵とも出会ってもらえたら」と香貫花さん。

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旧出雲街道沿いに古い町家が並ぶ。ここは秋のフェスティバルのメインストリートでもある。

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昔ながらの製法で、こうじを手作りしている店。

港町を歩く

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古来、室津港の守り神的存在であった賀茂神社の境内から播磨灘を望む。シーボルトもこの神社からの眺望が素晴らしかったと述懐している。 

さらに足を伸ばして、たつの市内の室津港にも寄ってみました。秋野亥左牟と直接ゆかりがある場所というわけではありませんが、「イサムは海が好き、漁港が好きでした」(香貫花さん談)という言葉を聞いたからです。室津の港は中世から近世まで大変栄えた漁港です。また明治に入り訪れたシーボルトが、室津の高台から眺めた海景は「日本に来てからみたもっとも美しい景色のひとつ」と語ったことでも知られています。

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漁港には今もたくさんの漁船が並んでいる。

カキの養殖が盛んなことでも知られています。播磨灘では、山の栄養分が千種川や揖保川によって海に運ばれるおかげで大きくて美味しいカキが育つのです。

人間と自然が近い暮らし

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夕暮れの千種川。

最後にもう一度、秋野さんのお宅に寄らせてもらいました。
「イサムは、亡くなる少し前まで自分で風呂を炊いて入っていたんですよ」。そう言いながら香貫花さんは家の外にある釜に薪をくべて風呂を沸かしていました。
そして、食卓には七輪で焼いた播磨灘のカキが並んでいました。庭から採ってきたゆずをしぼってかけていただきました。

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播磨灘の一年ガキはこれから旬を迎える。

家には畑があり、野菜も育てているそうです。「近所に野生のシカがいてよく食べられてしまいますが(笑)。イサムは生き物を近くに感じられる生活を好んでいました。いつも、『人間も動物の一部だ。人が格別偉いってことはないんだ』と言っていました」

「人間もかつては自然の一部として生きていた。その頃が人間の黄金期だった」と語った秋野亥左牟。
ご家族の暮らしの風景を見ていると、人間と自然とが近いところでつながっていることを肌で感じ、その風景に懐かしさも覚えました。 帰りの車中では、暗闇の中、目の前をシカが横切るのを見ることもできました。

上郡町のアトリエは年に1度、短い期間の公開ですが、機会があえばぜひお出かけになってください。

インフォメーション

◎「アキノイサム展」 
2020年2月2日~2月16日 御殿山生涯学習センター(大阪府枚方市)
『プンクマインチャ』原画のほか、世界各地を旅しながら描いた旅の絵巻、ろうけつ染め、版画作品が展示されます。

◎「秋野亥左牟 絵本原画 巡回展」(兵庫県)
・『おれは歌だ おれはここを歩く』2020年2月5日~2月16日 佐用町立図書館
・『プンクマインチャ』 3月1日~3月15日 たつの市揖保川図書館
・『たこなんかかないよ』3月1日~3月15日 たつの市立新宮公民館
・『石のししのものがたり』 3月1日~3月15日 上郡町立図書館 

*兵庫県赤穂郡上郡町にあるアキノイサムギャラリー(アトリエとして使われていた蔵)は年に1回一般公開され、展示された作品を見ることができます。時期や詳細については、Kanuka Cafeにお問い合わせください。Kanuka Cafeでは常時秋野亥左牟の作品を見ることができます。

◎Kanuka Cafe
兵庫県たつの市龍野町旭町26
JR姫新線「本竜野」駅より徒歩約20分