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2019年9月 8日 / 旅の紹介 第99回 多摩丘陵へ 高畑勲から振り返る「里」の景色旅

2018年4月に亡くなった映画監督・高畑勲さんのアニメーションの仕事を回顧する展覧会が東京国立近代美術館で10月6日まで開催中です。日美旅では高畑監督の代表作のひとつ、「平成狸合戦ぽんぽこ」の舞台となった多摩丘陵を旅します。

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町田市西成瀬・かしの木山自然公園に隣接した道路の脇に立てられた「横断者に注意」の立て看板。「横断者の」文字の横に「たぬき」と書かれている。

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高畑さんはスタジオジブリ設立に参画する前、ズイヨー映像、そして日本アニメーション株式会社に在籍し「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「赤毛のアン」などのテレビアニメ作品を世に送り出してきました。会社があった場所はいずれも多摩市です。ズイヨー映像が多摩市に越してきたのが1973年、多摩ニュータウンの第一次入居が始まったのが1971年のことです。まさにアニメ制作のすぐそばで多摩ニュータウンの開発が活発に行われていたことになります。

実際、高畑さんは映画「平成狸合戦ぽんぽこ」が生まれた背景として、日本アニメーション在籍時代に多摩ニュータウン開発の様子を目撃していたことが関係していたると、インタビューの中で述べています。

タヌキトンネル/かしの木山自然公園

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1994年に設置されたタヌキトンネル。ここから道路の下、さらに反対側の森へとつながっており、野生動物は車道を横断しなくても通過できる。 

「平成狸合戦ぽんぽこ」の制作を開始する前、高畑さんたちは、町田市の市民グループ「多摩丘陵野外博物館 たぬき実行委員会」に取材を行ったと語っています。「多摩丘陵野外博物館 たぬき実行委員会」は、交通事故死したタヌキを見つけたことからタヌキの生息調査へと発展。そして会の提案がきっかけとなって、町田市西成瀬にある「かしの木山自然公園」と接する市道の脇に、野生動物のための専用トンネル「タヌキトンネル」がつくられるに至りました。1994年3月、平成狸合戦ぽんぽこが封切られたのと同じ年のことです。(映画が公開されたのは1994年7月)

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タヌキトンネルのすぐ上の土の斜面にはうっすらと筋が見えた。獣が通った跡かもしれない。

実際にその場所に行ってみました。設置から25年が経過し、トンネルは周りを草に覆われていましたが、今もありました。また、そのすぐ横には「横断者(たぬき)に注意」という、タヌキのイラストが描かれた看板も。トンネルは、隣接する車道の下を通って反対側の森に出るように設計されています。

トンネルの前の車道は、車がかなりのスピードでひっきりなしに行き来しており、タヌキの目線に立ってみると、道路はとてもではないですが怖くて渡れない、という印象でした。

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町田市西成瀬・かしの木山自然公園。1988年開園。

タヌキトンネルの入り口が設置されているかしの木山自然公園のスタッフの方にお話を聞きましたが、最近はトンネルが使われているか、はっきりとわからないとのことです。ただ昨年には、かしの木山自然公園内でも2匹のタヌキが生息していることが確認できたとか。園内にある池の下あたりにタヌキの巣穴があり、その特徴である「ためフン※」も見つかり、水を飲みに出てきたところも目撃したそうです。
※タヌキは同じところで繰り返しフンをする習性があり、この習性を「ためフン」という。

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かしの木山自然公園園内マップ。

もっとも、餌になるものがなかなかないので、タヌキがこの辺りで暮らし続けるのは難しいのではないかとのこと。またタヌキトンネルがあっても、タヌキは道路で車にはねられて死んでおり、ここ数年で2度ほど見つけたとおっしゃっていました。

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園内にある森の家で展示されているタヌキの剥製。以前、多摩地区の道路脇で死んでいるところを見つかった。交通事故の犠牲になったものと考えられる。

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園内にあるトンボ池。このすぐ近くに巣穴があり、2匹のタヌキが住んでいたという。

公園を散歩中の地域住民の方にも話を聞きました。「昔はこの辺りは緑に囲まれていたが、今ではほぼ住宅地になってしまった。この公園の脇の市道を降りていった先の、三ツ又という地名の辺りにはタヌキヤマと呼ばれた森があったけれども、そこも全部宅地になってしまったね」 

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公園から外を眺めると一面住宅地。

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かしの木山自然公園から近い三ツ又の辺りにはかつてタヌキ山と呼ばれた森があったという。現在はこのような風景。

堀之内寺沢里山公園

次に向かったのは多摩ニュータウン19住区(堀之内地区)にある堀之内寺沢里山公園。この辺りは、多摩ニュータウンの中でも後期にあたる1980年代後半から90年代にかけて開発された地域です。地域住民との話し合いの中、開発区域の隣接地に里山を残すということで、雑木林や畑や田んぼを包含したこの里山公園ができたそうです。

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京王堀之内駅から徒歩15分、堀之内寺沢里山公園。

「地元の人たちがボランティアとして参加しながら、主体的に管理したり、炭焼きをしたりしています。畑で野菜を育てる活動もあるんですよ。収穫した野菜は、ボランティア活動の後に、調理して食べたりもします」。この公園の活動に参加している近隣の方から、すれ違ったときに教えてもらいました。

雑木林は、開発以前からそこにあったものだと聞きました。「タヌキは最近見かけますか?」
「いますよ。夜行性なのでなかなか見ませんが、たとえば公園で近隣の方々とバーベキューをしているときに、食べ物の匂いにつられて現れたりします」

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雑木林など、自然豊かで、昔の里山風景を残した公園である。

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園内には畑もあり、ボランティア団体が野菜を育てている。

この公園は民間事業者が管理に関わっているのですが、その事業者を構成する団体のひとつ「NPOフュージョン長池」は、実は「平成狸合戦ぽんぽこ」から影響を受けて1999年に始まったNPOということです。自然環境保全活動や里山活動に力を入れており、この堀之内寺沢里山公園も、地域で守り育てる自然保全型公園となっています。

龍生寺阿弥陀堂

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公園のお隣りにある龍生寺阿弥陀堂。こちらのお寺は民有地にあるので、立ち入りはせず、外からご覧ください。

里山公園のお隣りに龍生寺というお寺の阿弥陀堂があります。こちらはジブリ作品の背景画を多く手がける男鹿和雄さんが、「平成狸合戦ぽんぽこ」に出てくる、タヌキたちの拠点のお堂を描くときに参考にしたと言われています。見ていると背後の山から降りてきたタヌキたちがこのお堂で会議を開きそうな、そんなイメージが湧いてきます。

パルテノン多摩歴史ミュージアム

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多摩センター駅にあるパルテノン多摩。館内に歴史ミュージアムがある。

京王堀之内駅から京王相模原線で新宿方面に2駅目の多摩センター駅にある複合文化施設、パルテノン多摩。この中に、多摩丘陵開発の歩みについての展示を行うパルテノン多摩歴史ミュージアムがあります。  

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多摩丘陵とニュータウン開発の歩みについて学ぶことのできる貴重なミュージアム。観覧無料。

多摩ニュータウンの計画が正式に決まったのは1965(昭和40)年。経済成長と都心人口の増加に伴う住宅難を解消することを主なねらいとして構想されました。多摩町・八王子市・稲城市・町田市にまたがる約3000haもの広大な多摩丘陵の土地を切り開き造成するという、いまだかつてない大規模ニュータウン計画でした。 

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1962年時点の多摩丘陵の模型。

入り口を入ってすぐ、2つの多摩丘陵模型に出合います。ひとつは1962(昭和37)年、多摩ニュータウンの開発が始まる少し前の時期のもの。もうひとつは1999(平成11)年のもの。1999年には、山林の緑と宅地を表す白の割合が見事に逆転していることに驚きます。1962年の多摩市の人口が約1万人。1999年の方は約14万人とありました。

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1999年時点の多摩丘陵の地形模型。1962年と比べると緑の激減が一目瞭然。

多摩ニュータウン開発の意義について語ると同時に、その是非・課題などについても客観的な分析がされていて、開発について後から振り返って考えるうえで大変役に立つ展示です。

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多摩丘陵がもともと持っていた優れた里山としての資源について分析したコーナーも。

もうひとつの見どころは、ニュータウン開発以前から多摩地区に住んでいた住民の方を中心に、かつての多摩の姿を記録して残そうとしている文献に巡り会えることです。失われた風景を、イラストと文で書き記した自費出版本。ふるさとの面影を写真集としてまとめた本など、「見えなくなってしまったものを見えるようにする」人々の思いが詰まっていました。 

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ニュータウン開発前の風景をまとめた写真集。

さらに、過去に当館で行われた特別企画展の図録も内容が充実しています。たとえば『多摩のどうぶつ物語 ほ乳類が見た地域の歴史』。ほ乳類の生息状況が里山時代とニュータウン開発後でどう変わってきたか、詳細な記録が載っています。『アニメーションと多摩』という図録もありました。名作アニメーションを送り出したスタジオが多摩にあったということから地域の再評価につなげ、またアニメに描かれた多摩の風景から地域の魅力を再確認しようとした企画。高畑勲さんと多摩のつながりに関する情報もたくさん載っており、今回のこのコラムを書く上でも大変参考になった資料です。

多摩丘陵パノラマの丘

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多摩丘陵パノラマの丘にて。別名「防人 見返りの峠」。

最後に、多摩丘陵の長大な尾根の上にある「多摩丘陵パノラマの丘」に登り、夕日に染まる多摩ニュータウンの街を眺めました。多摩地区有数の眺望スポットとして知られ、多摩ニュータウンで最初に開発された永山地区の市街を一望することができます。 

『アニメーションと多摩』に収録されている、2015年に高畑勲さんに行ったインタビューの一部を引用します。「好きなのは『里』ですね。今、里山という言葉がはやっていますが、人と自然が一緒くたに居るって言うか、うまく共存して、お互い生かし合っている感じが好きなんです。馴染みのある、人なつっこい風景がいい」。

多摩丘陵を見下ろす尾根から、人と自然が共生する地域の姿について思いをはせました。多摩丘陵の自然と開発を感じ、「里」のありようについて再考する旅、いかがですか。

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丘からの多摩ニュータウン永山地区の眺め。物思いにふけるには絶好の場所。

展覧会情報

東京国立近代美術館(東京)では「高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの」が開催中。10月6日まで。

インフォメーション

◎かしの木山自然公園
東京都町田市西成瀬3-9
開園時間 午前8時30分〜午後4時30分(6月、7月、8月は午後5時30分まで)
アクセス 神奈中バス「大谷原」または「三ツ又」下車徒歩3分

◎堀之内寺沢里山公園
東京都八王子市堀之内700-3
アクセス 京王相模原線「京王堀之内」駅下車徒歩15分

◎パルテノン多摩歴史ミュージアム
東京都多摩市落合2-35
開館時間 午前10時〜午後6時
休館日 不定(毎月2~3日間)、年末年始
アクセス 京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレール「多摩センター」駅下車徒歩5分

◎多摩丘陵パノラマの丘
東京都多摩市永山7-12
アクセス 小田急多摩線「はるひ野」駅下車徒歩約20分