第95回 岡山県笠岡市へ 小野竹喬と瀬戸内の自然を感じる旅
7/21放送「にほん 美の地図 –岡山–」の冒頭で登場した岡山県笠岡市。近代日本画の巨匠・小野竹喬(1889-1979)は、ふるさと笠岡の風景をこよなく愛しました。小野竹喬の絵画を観て、瀬戸内の自然を感じる旅に出かけます。
岡山県笠岡市の神島(こうのしま)から眺める瀬戸内海。水面を眺めると、青みがかった部分と緑味がかった部分があるのがわかる。
笠岡市立竹喬美術館
笠岡市に生まれ育った小野竹喬は日本画家・竹内栖鳳に師事するために14歳で京都に移り住みました。以降、亡くなるまで京都を中心に活動しましたが、自然の風景をモチーフにし続けた竹喬にとって、笠岡の自然は常に原点として重要な位置を占めていました。
笠岡市立竹喬美術館では7/6から「生誕130年記念 小野竹喬のすべて展」が開催中。前期と後期の2部構成で、4か月以上の長期にわたり展覧会が行われる。
現在、笠岡市立竹喬美術館で展覧会「生誕130年記念 小野竹喬のすべて」が開催中です。1982年の開館で、これまでも10年ごとに大規模な小野竹喬展を開催してきましたが、今回の展示はひときわ充実した展示内容となっています。前期後期の2部に分かれ、活動の初期から最晩年までを丁寧に追い、合計で約200点の作品が並びます。小野竹喬の全貌を知ることのできる機会はそうありません。その中には笠岡の風景を描いた作品も含まれます。
「南国」。1911年発表。笠岡市にある神島の風景を描いている。
笠岡を描いた作品は青年期に特に多く、21歳のときに描いた「南国」もそのひとつです(上の写真)。笠岡市の神島(こうのしま)は昭和40年代に始まった大規模な干拓事業によって今では陸続きになりましたが、この絵が描かれた当時は文字通りの島でした。絵を見ると、丘の上に麦畑、海沿いには民家が立ち並び、海上には帆掛け舟が浮かんでいます。また、画面右上には小さな五重塔が立つ離れ小島が描かれているのが見えます。
「生誕130年記念小野竹喬展 第一章 竹喬 模索の時代 1889-1938」展示風景。
「島二作」。こちらも神島のスケッチをもとに描いた作品です。起伏に富んだ地形と、そこからのぞく海の様子が瀬戸内沿岸地方の雰囲気をよく表しています。
双幅「島二作」。1916年。右が「早春」、左は「冬の丘」。神島の風景が描かれている。第10回文展で特選を受賞した作品。
笠岡の風景がもとになっている作品は他にもありますが、共通するのは瀬戸内海特有の穏やかな海の表現です。
展覧会では、他の土地の海を描いた作品も登場するのですが、比較すると波の表し方が笠岡のそれとはだいぶ違っているのに気づきます。たとえば三重県志摩市の波切村(現在の三重県志摩市大王町波切の辺り)を題材にした作品がありますが、瀬戸内海の海を見て育った竹喬は、太平洋の海を初めて見たとき、荒々しく男性的な波の様子に衝撃を受けたと語っています。
三重県志摩市の海沿いの町を描いた「波切村」。波の表現が笠岡の場合と異なっている。
小野竹喬の絵画は、日本の風土の多様な美しさを気づかせてくれます。番組でも登場した晩年の作品「海」では、水面に境目があってエメラルドグリーンがかった色の部分と青い部分と白い部分に分かれています。この作品も笠岡が題材になっていると言われますが、海流がぶつかる場所で緑や青など複数の海の色が見えることや、海が凪いでいて波の立ち方が小さいことなど、瀬戸内海の特徴が凝縮されています。
番組でも取り上げた、晩年の作品「海」。水面の色が部分的に違っている。神島の海を撮った、当コラム1点目の写真と比較してみてください。
神島を巡る
展示を観た後は美術館を出て、小野竹喬が描いた自然のもとへ出かけてみましょう。神島へは美術館のある場所から車だと10分程度で行くことができます。神島大橋を渡って神島に入りますが、その辺りから小野竹喬はよくスケッチしたそうです。「南国」もそうしたスケッチから生まれた一枚です。
神島大橋を渡ってすぐのカフェからの眺め。小野竹喬の絵に出てきた小島の上に立つ五重塔が見え、そのすぐ横を定期連絡船が走っている。近くにはカブトガニ博物館も。
橋を渡ってすぐの、海を見下ろすカフェのテラスからは、「南国」に登場した小さな五重塔を今日も見ることができます。地元の人によれば100年以上前からあり、弁天様としてまつられてきたようです。最近、石の塔に変わりましたが、もとは大原焼という陶器でつくられた塔でした。
岡山は焼き物の窯元が充実しており、番組でも備前焼の里が紹介されていましたが、大原焼は備中の焼き物。笠岡市から程近い場所に窯元があります。
別の時間に撮影した五重塔。かなり潮が引いた状態。
また小野竹喬の絵では帆掛け舟が描かれていますが、現在は五重塔のすぐ脇を周囲の島との連絡船が走っています。カフェのオーナーによれば、朝焼け・夕焼けのときには、水面に金箔が浮いているようにキラキラとして美しく、その中を連絡船が行き過ぎる様子も風情があるそうです。「夜の月の風景がまた素晴らしいですが、特に十六夜の月の日が一番なんです。月がオレンジ色がかって、それが静かな水面に反射して格別です」
9月1日・15日の前後は大潮(注:満月と新月の頃、潮の満ち引きがもっとも大きくなるとき)となり、弁天島まで歩いて渡れるとのことです。
五重塔から程近い浜は天然記念物であるカブトガニ繁殖地であり保護区域。
もう少し車で南下すると笠岡湾の外浦になり、海の波の感じも少し変わります。外浦に面した丘の上に日光寺というお寺がありますが、そこからは海と笠岡諸島がよく見えます。小野竹喬も、この場所によく上ったようで、日光寺が題名に入った絵も描いています。
日光寺のすぐ横から笠岡湾を望む。向こうには高島、白石島など笠岡諸島の島々が見える。
日光寺。竹喬の絵にも登場する場所。
竹喬美術館の展覧会に出展されている「神島日光寺夏景」。
神島で最も高い栂丸山(つがのまるやま)に登るための登山道入り口。
また、最も高い地点から海を一望したいのなら、神島の中心である栂丸山(つがのまるやま)に登山して山頂まで行くこともできます。昔は山頂から海と笠岡の町が360度遮るものがなく見渡せた絶景スポットだったそうです。今は木などに遮られてそこまでは望めませんが、起伏のある地形と笠岡諸島を一望するには絶好の場所です。ただ、結構な細道なので車では気をつけて。徒歩だと麓から2時間程度はかかります。
栂丸山。山頂近くからの眺め。
神島には、今も島遍路の道が残っていますから、そうした道をウォーキングしながら自分のお気に入りの自然の景色を見つけるのも楽しみ方のひとつでしょう。少し涼しい時期になってからがおすすめです。
神島には、八十八ヶ所霊場がある。遍路道を行きながらいろんな景色と出会うのも良い。
古城山公園と古い町並
瀬戸内海と言えば海の幸。海を見た後で入った定食屋で「げた」の煮魚をいただきました。げたというのは、岡山の方言で舌平目のこと。他にもめばる、あなごなどの名前をよく目にしました。せっかくの瀬戸内海、豊かな海の恵みもぜひ。
「げた」の煮魚定食。げたは岡山方言で、標準和名では舌平目。
神島から戻ったら笠岡駅周辺の街を散策しましょう。市街地の真ん中にそびえる森は江戸まで笠岡城があった城跡で、ここから海を眺めたスケッチをもとにした小野竹喬の絵もあります。古城山公園は緑が生い茂り視界が開けないので、眺望という点では城山の東側にある稲富稲荷神社に上り、その境内から東の方向を向いた方が良いかもしれません。
市街地の中にそびえる城跡。古城山公園や神社がある。
稲富稲荷神社から神島方面への眺め。
稲富稲荷神社の向かいにある笠神社の境内も高台にあって眺めが良いです。また現在展覧会に出展されている「はぐくまるる朝」という板絵は笠神社の所蔵作品。小野竹喬が1922年に奉納したとのことです。展覧会(第一期 〜9/1)が終了したら、普段どおりこちらの社殿に絵馬などと一緒に掛けられます。
稲富稲荷神社の向かいにある笠神社。小野竹喬が奉納した板絵が現在展覧会に出展されている。
笠神社は境内からの眺めも良い。また応神山への登山ルートの出発点にもなっている。
竹喬美術館の展覧会に出展されている笠神社所蔵の板絵。
その他、笠岡の市街地を歩いていると、古い商家の建物が残っているのを見つけることができます。小野竹喬の実家も商家だったので、このような風情だったのかもしれません。
今でも白壁やなまこ壁の商家が町なかに残る。
小野竹喬が描いた頃の笠岡の風景とはだいぶん変わっていますが、それでも瀬戸内海特有の水の表情、起伏のある地形から生まれる多様な構図など、スケッチしたくなる美にはたくさん出会えます。日本の美しい風景を再発見させてくれる小野竹喬の絵画を見た上で、瀬戸内の自然に耽溺する旅、いかがでしょうか。
小野竹喬の生家があった場所の近くの道。
展覧会情報
現在、笠岡市立竹喬美術館では「《特別展》生誕130年記念 小野竹喬のすべて」が開催中です。
第一章 竹喬 模索の時代 1889-1938
2019年7月6日~9月1日 ※一部展示替え有り
第二章 竹喬 至純の時代 1939-1979
2019年9月7日~11月24日 ※一部展示替え有り
◎笠岡市立竹喬美術館
岡山県笠岡市六番町1-17
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)、国民の祝日の翌日、年末年始にあたる12月29日~1月3日 、展示替期間中
アクセス
(鉄道の場合)山陽新幹線 岡山駅もしくは新倉敷駅から山陽本線(下り)に乗り換え、笠岡駅/山陽新幹線 福山駅から山陽本線(上り)に乗り換え、JR笠岡駅へ。JR笠岡駅よりタクシー約5分。バスで約5分。
(自動車の場合)山陽自動車道 笠岡ICより一般道で約15分。
7月21日放送で登場したその他の岡山県のアートスポット
◎奈義町現代美術館
岡山県勝田郡奈義町豊沢441
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
JR津山駅からバスで50分
◎備前焼の里・伊部
JR赤穂線・伊部駅で降車