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2019年6月23日 / 旅の紹介 第93回 京都へ 知らない村山槐多を見つける旅

夭折(ようせつ)の画家、村山槐多の没後100年展が愛知県岡崎市のおかざき世界子ども美術博物館で開催されています。130点近くもの新発見の作品が含まれていますが、その多くは村山槐多が本格的に絵に取り組み始めた京都時代の作品です。

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村山槐多が16歳頃に描いた作品「龍安寺石庭」。

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現在開催中の展覧会

没後100年と言いながら、近年になってから新たにわかってきたことも多い村山槐多の人生。愛知県岡崎市の出生であることが判明したのもここ数年の出来事です。

村山槐多は1920(大正9)年に22歳でこの世を去っていますが、4歳から18歳までを京都で暮らしています。今回見つかった作品も、村山槐多が通っていた中学校の教師や同級生のお宅などからだということです。これら新発見の作品は、今回の企画展が終わると次いつ観られるかはわかりませんので、大変貴重な鑑賞の機会と言えます。

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京都・桂春院の庭を描いた絵。16歳頃の作。

本展で出品されている新発見作品のうち、最も古い制作年が1910年頃。村山槐多14歳頃の絵です。1913年までの作品が京都時代のもので、自然や寺などが描かれていますが、驚くのは対象把握の正確性、色の調子の繊細さ、狂いのない遠近感など、どれも10代の少年が描いたとは到底思えない高い完成度を持っていることです。

村山槐多というと、奔放な線と大胆な色彩を思い浮かべる人が多いのではないかと思いますが、そうした先入観もくつがえされます。

槐多は人物画の印象が強かったのですが、風景画の点数が大きかったことも意外でした。長年村山槐多研究を続けてこられ、本展も手がけた美術史家の村松和明さんによると、「実は村山槐多は風景画の作品もとても多く、また静物画などでも優れた作品を残しているんです」ということでした。 

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村山槐多、18歳のときの自画像。 

知らない村山槐多と出会える。今回のおかざき世界子ども美術博物館の村山槐多展は、そんな言葉がぴったりです。
展覧会を観た後は、さらに知りたい気持ちに駆られます。
そこで今回は実際に、村山槐多が描いた場所を京都に訪ねることにしました。

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おかざき世界子ども美術博物館・村山槐多展展示風景。 

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「龍安寺の石」1912年頃の作品。美術史家の村松さんは村山槐多が描いた場所の多くを訪ねています。

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「妙心寺の回廊」1912年頃。

龍安寺

というわけで一路京都へ。村山槐多は京都時代、龍安寺、仁和寺、妙心寺、桂春院など、右京区の寺院が集まっている一帯や、もう少し西にある嵯峨野の辺りに、デッサンに出かけていました。中でも龍安寺には2年くらい、季節ごとに何度となく通っていたようです。 

龍安寺の庭には25メートルプール大の庭の中に15の石が配されていますが、さまざまな角度から眺める楽しさがあります。何点も描かれた槐多の龍安寺の絵を見ると、いかに構図の勉強に向いていたかがわかります。

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龍安寺石庭。村山槐多の描いた実際の絵とまったく同じアングルから写真を撮ってみた。その1。

試しに槐多の絵とまったく同じ構図で写真を撮ってみました。写真で撮ってみるとモチーフの配置のバランスが絶妙で、いかに構図を吟味してデッサンしていたかが伝わってきます。

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村山槐多の絵と同じアングルで撮影、その2。 ※当コラムの1枚目の画像と見比べてください。

また、龍安寺石庭の特徴のひとつに、庭を取り囲む油土塀(あぶらどべい)があります。枯山水の石庭は漆喰(しっくい)壁で囲まれている場合が多く、龍安寺のように土に菜種油を染み込ませた壁は珍しいでしょう。
「枯山水の庭は白砂がかなり光を反射しますから、回りも白だと日差しの強いときは長く見ていられないでしょう。しかしここでは塀の色が和らげてくれています。またかたちも色もシンプルな庭に対して、塀が引き立てる役割にもなっています」(龍安寺学芸員 大平敏之さん)

村山槐多は京都時代、着色にはパステルを多用していますが、油が徐々に酸化し茶色の中に黒色が自然とにじみ出てきた風合いと、村山槐多のパステルを使った色の調子がよくマッチしている気がしました。

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村山槐多の絵と同じアングルで撮影、その3。

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その4。※当コラムの5枚目の画像と見比べてください。

龍安寺は修学旅行の中高生たちでにぎわっていましたが、まだあどけなささえ残る学生たちの話し声を聞きながら、村山槐多が京都で優れた作品を描いたのが彼らと同じ年頃であったことに改めて驚かされました。

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その5。村山槐多の絵を通じて、龍安寺の庭を鑑賞する絶妙なアングルを発見した気になった。

桂春院

龍安寺から歩いて20分強、桂春院にたどり着きました。龍安寺も桂春院も、禅宗寺院妙心寺の塔頭(たっちゅう)※の中のひとつです。
(※塔頭……大寺の寺域にあって本寺を補佐する子院。)

桂春院には4つの庭があり、建物の入口に近い方から順番に「清浄の庭」「侘(わび)の庭」「思惟(しい)の庭」「真如(しんにょ)の庭」となっています。

それぞれに見立てと意味があります。まず川の流れに見立てた「清浄の庭」で心を清め、書院のある「侘の庭」ではお茶を一服、気持ちを休める。その上で「思惟の庭」でめい想。最後に、悟りを意味する真如の名を冠した「真如の庭」で悟りを開く。真如の庭に点在する石の数は合計で15。十五夜の言葉が満月を表すように、禅宗において十五は真円、完全な形の意。禅宗で言うところの悟りの境地を表しています。

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桂春院・思惟の庭。村山槐多が描いたとされる場所を同じアングルで撮影。※当コラムの2枚目の画像と見比べてください

そして村山槐多が描いたと思われる場所が思惟の庭の、こけと樹木と飛び石によって構成された部分です。実際にその場所に行きカメラのシャッターを切ると、広い庭の中、あえてここを切り取ろうとした槐多の着眼点に感心してしまいます。

思惟の庭は真ん中がくぼみ(ちょうど村山槐多が描いた辺りがそうです)、その両脇が盛り上がっていて山に見立てられています。こけは山の緑を表します。小山の上には寺院に見立てた石塔が、またその回りにはお釈迦様の高弟である羅漢に見立てた石が配されています。それから村山槐多の絵にも描かれている平たい石がありますが、それは座禅石としての見立てです。下山してきた修行僧がめい想を行う場所の意味。このお庭を見る人は、自分をその世界観に没入させて思いにふけることができるのです。

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思惟の庭。仏教におけるめい想の世界観が表されている。

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桂春院には狩野山雪のふすま絵もある。京狩野の美を堪能。(※特別に許可を頂き撮影をしています)

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書院に面した「侘の庭」。正面は紅葉の木、秋になると見事に赤く色づく。

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書院でお抹茶をいただくことができる。この書院と、その横にある茶室(非公開)は、秀吉の拠点であった滋賀の長浜城から移築したもの。  

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書院でいただいたお抹茶とお菓子。美しいお庭を眺めながらお抹茶と、地元の名菓子舗の菓子をいただくのも京都旅行の楽しみのひとつ。

妙心寺

龍安寺も桂春院も臨済宗大本山妙心寺の塔頭であることは前述の通り。妙心寺は日本最大の禅寺として知られ、合計で46もの塔頭寺院があります。敷地は塔頭含めて10万坪にも及びます。
槐多は妙心寺も描いていますが、この広大な境内で選んだ場所は……、次の写真をご覧ください。

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妙心寺。法堂と仏殿を結ぶ回廊。村山槐多が描いた場所 ※このコラムの6枚目と見比べてみてください

法堂(はっとう)と仏殿という、妙心寺の中でも代表的な2つの建造物を結ぶ回廊の部分です。言われてみるとなるほど美しい、けれども気付かされないと、目を投じないまま行き過ごしてしまいかねない場所です。

もうひとつの驚きは、実際の村山槐多の作品図版を手元に置きながら同じ構図で撮ると、まったく同じになることです。この時代、16〜17歳の少年・槐多が写真をもとに描いているはずはありません。高いデッサン技術を持っていたことがわかります。

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法堂の扉や窓、階段などをクローズアップした絵も描いている。

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階段や柱一本まで丹念に観察して描いていた。

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モチーフとなった法堂と仏殿の間の回廊を引いてみるとこのような風景。回廊部分だけを取り出して描こうとした洞察力に脱帽。

広沢池

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広沢池と対岸の遍照寺山(またの名を嵯峨野富士)。この風景も槐多はたびたび描いた。

最後に訪れたのは妙心寺からバスで20分ほど西に向かったところにある広沢池です。降りたバス停は街の雰囲気だったのですが、そこから10分ほど歩くだけで、山・池・田畑で構成される風景が広がっているとは予想外でした。平安時代にこの池は遍照寺という巨大な寺の境内の一部であったのですが、時代とともに衰微し、現在、遍照寺は池から数分歩いたところに移動し、池だけが残っています。

しかしその後も、嵯峨野の風情が残る景色として、人々に愛されてきました。池の向こうに見える山は遍照寺山、別名を嵯峨野富士と言います。随筆家の白洲正子もこの風景を好み、京都に来るとしばしば訪れ、池のほとりの茶屋でお茶をしていたそうです。

村山槐多はこの広沢池も描いています。山、樹々、水面。今回の展覧会に出品されている槐多の風景画を鑑賞していると、実は素朴な自然の景色こそ丁寧に向き合って取り組んだようにも感じられます。

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池の対岸にはかやぶき屋根の民家の姿が見えた。槐多の作品にはこうした古民家を描いたものも何点もある。

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広沢池のすぐ横には広々と田んぼや畑が。街中からちょっと歩くだけで、今もこのような景色が広がることにびっくり。

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遍照寺は池から数分のところにある。十一面観音と赤不動明王坐像は平安中期の作で重要文化財。 

岡崎で開催中の展覧会に行くだけでも、知らない槐多にたくさん出会えます。さらに、描いた場所を見ると、もう一段、槐多の絵のすごさに気づけるかもしれません。知らない村山槐多と京都を見つける旅、ぜひお出かけください。 

展覧会情報

現在、おかざき世界子ども美術博物館では「没後100年 岡崎が生んだ天才 村山槐多展」が開催中です。7月15日まで。

◎おかざき世界子ども美術博物館
愛知県岡崎市岡町鳥居戸1-1
開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
名古屋鉄道名古屋本線「美合」駅よりタクシー約10分

その後、長野県上田市のサントミューゼ上田市立美術館に巡回します(7月27日~9月1日)。
サントミューゼ上田市立美術館の展示では第1期・第2期で作品が入れ替わります。(第1期 7月27日~8月12日/第2期 8月14日~9月1日)。展示作品についての詳細は美術館にお問い合わせください。

インフォメーション

◎龍安寺
京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13
拝観時間 3月〜11月=午前8時〜午後5時 12月〜2月=午前8時30分〜午後4時30分
市バス50、55系統「立命館大学前」下車徒歩7分
市バス59系統「龍安寺前」下車すぐ
京福電鉄「龍安寺」駅下車徒歩7分

◎桂春院
京都府京都市右京区花園寺ノ中町11
拝観時間 午前9時〜午後5時
市バス10、26系統「妙心寺北門前」下車徒歩約5分
市バス91、93系統、京都バス62、63、65、66、67系統「妙心寺前」下車徒歩約5分
JR「花園」駅下車徒歩約20分

◎妙心寺
京都府京都市右京区花園妙心寺町1
拝観時間 境内自由、法堂・大庫裏は20分間隔で案内(詳細は門衛・拝観受付にお問い合わせください)
市バス10、26系統「妙心寺北門前」下車徒歩2分(北門まで)
市バス91、93系統、京都バス62、63、65、66、67系統「妙心寺前」下車徒歩4分(南門まで)
JR「花園」駅下車徒歩5分(南門まで)

◎広沢池(ひろさわのいけ)
京都府京都市右京区嵯峨広沢町
市バス10系統「山越」下車徒歩約5分