'
日曜美術館サイトにもどる
アートシーンサイトにもどる
2019年2月24日

第87回 広島・倉敷へ 日本で印象派を堪能する旅

番組では、日本で見られる印象派をテーマにいくつもの美術館が紹介されましたが、「出かけよう、日美旅」でも印象派絵画を堪能しに、広島のひろしま美術館と倉敷の大原美術館を巡ってきました。

impressionism_01.jpg
まとまった数の印象派絵画が常設で見られる、ひろしま美術館。第1展示室の入り口正面にはモネの「セーヌ河の朝」が掛かる。

nb0222_1.jpg

箱根のポーラ美術館や山形市の山形美術館など、全国には印象派絵画の充実している美術館がいくつもあります。そして、「なぜ、印象派の絵画がそこでコレクションされたのか」、そこにもひとつひとつの美術館にストーリーがあります。今回の旅ではそのことを改めて肌で感じました。

広島/ひろしま美術館

最初に向かったのは番組にも登場したひろしま美術館。こちらは地元の銀行、広島銀行が創業100周年記念事業として設立。1978年11月3日、文化の日に開館した美術館です。

impressionism_02.jpg
原爆ドームから歩いて10分程度、広島市立中央図書館の隣に位置するひろしま美術館。

まず目に留まるのは美術館の前庭に置かれた石碑です。当美術館の建設を推進した当時の広島銀行頭取・井藤勲雄氏による碑文が刻まれており、そこには「愛とやすらぎのために」と書かれていました。

学芸部長の古谷可由さんに話を伺いました。
「ここは、原爆で甚大な被害を受けた広島の街に、市民のための美術館をつくろうと考えた井藤氏の思いからつくられた美術館です。印象派をコレクションの軸に据えていますが、それは美術の専門家でない市民でも『きれいだ』と感じて癒やされることのできると考えられたことが大きな理由となっています」  

impressionism_03.jpg
元広島銀行頭取・井藤勲雄氏の言葉が刻まれた碑。その横には開館祝いにクロード・ピカソ(ピカソの次男)から贈られたマロニエの木が立つ。

原爆投下の当時、一行員だった井藤氏はかろうじてその惨禍から生き残りましたが、たくさんの同僚を失いました。またその2日後には銀行業務を再開し、復興への日々を混乱の中で歩むことになりました。そうした中で癒やしになったのが美術でした。そして井藤氏が頭取になってから銀行で購入した最初の作品がルノワールの「麦わら帽子の女」でした。この作品も、ひろしま美術館に現在展示されています。当初から市民に公開することを目的として購入したそうです。

impressionism_04.jpg
ひろしま美術館の館内。中央のホールからどの常設展示室にも直行できる設計になっている。

館内は、随所に温かみがある空間です。建物の床や外壁に使われているトラバーチンという大理石の優しい色合い。展示室の天井に開いたスリットから差し込む柔らかな自然光。絵の前には結界がなく、それゆえに距離を感じず、すっと絵の中に入り込むことができます。

impressionism_05.jpg
第1展示室は写実主義から印象派の作品が並ぶ。クールベ、コロー、ブーダン、マネ、モネ、ルノワール、シスレー、ドガ……。

本館入り口がすぐ円形のホールにつながっていて、そこから4つある展示室のどこにもダイレクトに入れるように設計されている点も特徴的です。お気に入りの絵がある場所にすぐ行けるようにとの意図が込められているのだとか。他館に貸し出しされていなければ、基本的にいつも同じ作品が同じ壁の同じ位置に掛けられているそうです。

impressionism_06.jpg
第2展示室は「ポスト印象派と新印象主義」。シニャックから始まる。

印象派に影響を与えた写実主義、バルビゾン派などから、印象派、後期印象派、新印象派、フォービスム、ピカソ、そしてエコール・ド・パリと、系統立って鑑賞することができます。さらに、同じモネでも「印象派・日の出」の頃の作品とジヴェルニーに移ってからの作品があったり、ドガの主要なテーマである「浴槽の女」と「馬」の作品が両方展示されていたりと、要所を押さえたラインナップになっています。作品が時代順に並べられているのに加え、展示室の壁はゆるくカーブしていて、そのおかげで絵画表現の変遷を感じやすい気がしました。

impressionism_07.jpg
第3展示室は「フォービスムとピカソ」。ピカソは青の時代、キュビスム、古典主義など、作風の違う7作品を見ることができる。

本館の展示数は約90点、決して大きな美術館ではありませんが、気に入った絵を落ち着いて見られます。個人的に印象に残ったのはモネの「セーヌ河の朝」でした。学芸員さんいわく「この絵は、いつも第1展示室の入り口正面に掛けてありますが、その辺りから見ると本当に朝焼けの川がそこにあるように見えるんです」とのことです。

impressionism_08.jpg
ゴッホが亡くなる2週間前に描いたとされる1890年の「ドービニーの庭」。

またこの美術館の目玉のひとつに、ゴッホの風景画「ドービニーの庭」があります。日本で見られるゴッホと言えば、安田火災(現・損保ジャパン日本興亜)が1987年に購入して話題になった「ひまわり」がよく知られていますが、こちらは1974年に購入されたもの。ゴッホが亡くなる直前に描いた最晩年の作です。草花の生い茂る初夏の庭園の色が美しい一枚でした。

impressionism_09.jpg
本館の回りには小さな水路が巡らされている。原爆が落ちたとき水を求めた被爆者の方たちへの鎮魂の思いが込められているという。

広島平和記念公園

広島に来たからにはと、ひろしま美術館から歩いてすぐの広島平和記念公園を散策しました。原爆ドームや広島平和記念資料館を見学すると心がしめつけられるような苦しさを覚えます。しかし、だからこそ先程見た印象派の生き生きとした美に救われているような気がしました。

impressionism_10.jpg
原爆ドームはもともとヤン・レツルというチェコ人の建築家によって広島県物産陳列館として設計された。

なお、原爆ドームは、原爆が投下されてその記憶を留めるモニュメントとなりましたが、それ以前は広島県物産陳列館、後には広島県産業奨励館という名前で親しまれていました。他で見たことのないようなモダンな洋風建築として話題を集め、西洋美術展なども開催されたとのことです。

impressionism_11.jpg
広島平和記念公園の全体計画は、建築家・丹下健三が担当した。慰霊碑の延長線上に原爆ドームが見えるように設計されている。

広島平和記念資料館ならびに広島平和記念公園は、建築家・丹下健三がプランをつくったことで知られていますが、「戦後の日本建築はここから始まった」とも言われています。さらに、平和記念公園を取り囲む元安川と本川(旧太田川)にはイサム・ノグチによる平和大橋・西平和大橋が掛かっています。広島を訪ねるとき「原爆と平和」は忘れてはなりませんが、ひろしま美術館のコレクションや平和記念公園の建築群など一流の芸術に出会えるということも広島の大きな魅力と言えます。

impressionism_12.jpg
広島平和記念資料館。戦後を代表するモダニズム建築として知られる。現在本館が改修中だが、東館は展示を見ることができる。

impressionism_13.jpg
広島平和記念資料館のすぐ近く、元安川に掛かる平和大橋はイサム・ノグチの手による。反対側の本川に掛かる西平和大橋も同様で、一対になっている。

impressionism_14.jpg
番組でも登場した路面電車。原爆投下時に街を走っていた650系の電車は、現在もメンテナンスされながら、朝のラッシュ時に走っているのを見かけることができる。室内の床や窓枠は木製。

倉敷/大原美術館

nb0220_map2.jpg

さてお隣、岡山県の大原美術館にも印象派の充実したコレクションがあります。実はひろしま美術館の創設に尽力した井藤勲雄氏と、大原美術館の創設者・大原孫三郎の長男、大原總一郎氏とは旧制高等学校時代の同級生。1930年、日本で最初の西洋美術館として開館した大原美術館を井藤氏は訪れ、感銘を受けたと言います。「本物の西洋絵画を見に行くなら大原美術館」という認識が当時からあったということです。

impressionism_15.jpg
大原美術館は倉敷市の美観地区にある。運河とその回りの蔵は、かつて物資の集積地として栄えたこの街の歴史を示す。

もともとは大原孫三郎の支援を受けてヨーロッパ留学していた洋画家・児島虎次郎が日本の人々にも洋画を見る機会ができるようにと、作品収集を強く孫三郎に進言したことがコレクションのきっかけと言われています。

impressionism_16.jpg
大原美術館。1930年に開館、西洋絵画を見られる美術館として国内でもいち早い存在だった。

もっとも、美術館の学芸員さんによれば、最初、孫三郎自身にはその意識は特になかったようです。ただ倉敷紡績や倉敷絹織(現・クラレ)などの社長を務める一方、病院建設や孤児院への支援など社会奉仕の意識も強く、美術も社会にとって意義のあることと確信したがゆえに作品収集をバックアップ、美術館の建設にも力を注ぐようになったとのことです。

impressionism_17.jpg
大原美術館で見られる印象派絵画から。ゴーギャン「かぐわしき大地」、モネ「睡蓮」「積みわら」。

児島虎次郎がモネやピサロ、ゴーギャンなどを集めたのはヨーロッパにおける「その時代の優れた美」だったからでした。大原美術館は今も同じ精神に基づき、現代作家の作品収集を続けています。またその他にも日本近代絵画や、濱田庄司や富本憲吉などの民芸、古代エジプトの美術など、総合的に美に触れられる美術館です。倉敷の人々は何世代もこうした美術に慣れ親しんでいて、幼い時に美術館に来た人が美術の先生になって、また生徒を連れてきたりしているケースも珍しくないとのことです。

impressionism_18.jpg
地域で長い歴史を持つ大原美術館。小学生や未就学児を対象とした美術プログラムも充実している。

ひろしま美術館の創設者・井藤勲雄氏にしても、大原美術館の大原孫三郎氏にしても、熟考した上で美術にお金を投じることを決断したようです。そのおかげで今日私たちも美を享受できているのだと痛感しました。みなさんもぜひ先人がプレゼントしてくれた、素晴らしい印象派絵画のコレクションを楽しみに、旅に出かけてみてください。

impressionism_19.jpg
陶芸家・濱田庄司の作品群。大原美術館は、西洋近代絵画のみならず、民芸運動ゆかりの作家の作品やオリエント古美術など幅広いコレクションを堪能できる。

インフォメーション

◎ひろしま美術館
広島県広島市中区基町3-2
開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始 
※現在、特別展「シャルル=フランソワ・ドービニー展」が開催中で(~ 3月24日まで)、会期中は無休となっています。金曜日は午後7時まで開館しています。
アクセス 路面電車「紙屋町東」または「紙屋町西」下車徒歩5分

◎大原美術館
岡山県倉敷市中央1-1-15
開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(ただし祝日の場合、7月下旬~8月、10月は無休)/12月28日~31日※1月1日は本館のみ開館
アクセス JR山陽本線倉敷駅より徒歩約15分

展覧会情報

◎3月23日より、ポーラ美術館(神奈川)にて「ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画『印象派、記憶への旅』展」が開催されます。同展は8月10日より、ひろしま美術館に巡回します。