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2019年1月27日 / 旅の紹介 第85回 瀬戸・名古屋へ 北川民次を巡る旅

1921年から15年にわたりメキシコに暮らした画家・北川民次(1894 -1989)は、帰国後愛知県の瀬戸市を気に入り、この町に長く暮らしました。民次を感じに、瀬戸と名古屋に出かけました。

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名鉄瀬戸線「新瀬戸駅」から徒歩7分、丘の上に建つ瀬戸市立図書館を彩る北川民次の壁画。

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北川民次が瀬戸の町に暮らすようになったきっかけは妻の実家があったためで、メキシコから帰国してまもない1937年に半年暮らし、それから1943年に東京から疎開して再び瀬戸へ。この町を気に入った民次は、戦後も瀬戸に留まりました。

丘の傾斜地に沿って工場や住居が建つ風景がメキシコ時代暮らしたタスコの町のそれと似ていたこと。メキシコのタスコが銀鉱山で働く労働者たちの町だったのに似て、瀬戸も陶土を採掘する鉱山の労働者や焼き物づくりの陶工が泥まみれになって働く町で、人の気質的にも共通するものを感じ、愛着を覚えたようです。

「ぼくは、これまでに知ったどこの街よりも瀬戸の働く人たちが好きだった。彼等は一日じゅう、泥まみれになって働く〜(中略)〜彼等は清らかだった。心が清浄だった」(北川民次「ぼくの愛する瀬戸」『栄養と料理34巻1号』1967年)。そして民次は瀬戸の人や町をモチーフに絵を描いていきました。

窯神神社へ

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全国でも瀬戸でしか見られないという窯垣(かまがき)の上に建つ陶磁器関係の作業場。

名鉄瀬戸線「尾張瀬戸」駅で降りて、まずは窯神神社(かまがみじんじゃ)に向かって坂を上りました。窯神神社は瀬戸における磁器の祖・加藤民吉をまつる神社です。駅前は整備されて雰囲気が変わりましたが、窯神神社へ向かう坂道に一歩足を踏み入れれば昔の町の面影が残っており、北川民次の絵に描かれた町の風景とイメージを重ね合わせることができます。

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坂を上がっていくにつれ、瀬戸が丘陵の町であることを体感する。

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曲がりくねった細い路地に屋根が並ぶ。

陶磁器関係の工場を何軒も見かけました。作業場の屋根が続くさまも、どこか北川民次の描いた瀬戸の風景のようです。坂を登っていくと、瀬戸が丘の町だということがよくわかります。

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傾斜地に家々が並ぶ様子。風景的にもメキシコのタスコと共通する点があるのではと思わせられる。

そして坂を上った先の丘の上が窯神神社です。社殿が登り窯のようなかたちをしています。

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窯神神社の鳥居。窯神神社は瀬戸の町の中でも高台にある。

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登り窯のような形をした窯神神社の社殿。

また裏手に回ると、そこから陶土を採掘する鉱山が見えます。鉱山は瀬戸市内にいくつかありますが、その風景を見ることができる場所は、現在ではここくらいではないでしょうか。

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窯神神社がある丘から陶土を採掘する鉱山の風景が見える。

「民次の絵に描かれた頃の瀬戸は窯業の最盛期であり、町中に煙突がたくさん建ち、空は煙でモクモク、川は粘土が流され真っ白。だがそれがこの町の活力の証でもあり、瀬戸の川が白いのは儲かっている証拠と言われました。民次が描いた瀬戸の風景でも空がグレーなものはこうした時代状況と関係していると言われています」
そのように、瀬戸市美術館学芸員の方からお聞きしました。

旧北川民次アトリエ

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北川民次のアトリエ。春と秋、年間2回公開。今回は取材のため、特別に開けていただいた。

窯神神社からもう少し歩くと北川民次のアトリエと住居だった2棟の建物が保存されている場所に着きます。1968年に瀬戸市の隣り、尾張旭市に自宅を移すまでの25年間にわたって住み、制作をしていました。その後この家には民次の版画の刷り師であった浅川幸男氏が夫婦で暮らしていました。

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北川民次のアトリエ跡。今でもこの場所が実際に使われているのではないかという雰囲気が漂う。

民次の支援者が1974年に敷地を購入、その購入者から1992年に土地の寄付が瀬戸市にありました。民次の死後、1994年には「北川民次のアトリエを守る会」が支援者の間で発足、アトリエの手入れと、春秋年2回の一般公開をその方たちが行ってきました。しかし会の主要メンバーが高齢化、主だった方々は亡くなってしまい、2018年からは瀬戸市が管理を担当しています。

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民次のポートレートの前に置かれた酒瓶。中味が入っている。

アトリエに入って感じるのは守る会の皆さんの、民次に対する愛情です。民次がメキシコで児童画教育に果たした功績についての丁寧な説明パネルが貼られ、作品のコピーが貼られている横には新聞の切り抜きが添えられ、アトリエに置かれた北川民次のポートレートの前には、中味が入っているテキーラの瓶が置かれていました。部屋の片隅には守る会の皆さんが定期発行していた会報誌『バッタ』の山が置かれていました。

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「北川民次のアトリエを守る会」会報誌『バッタ』。

『バッタ』2016年11月号外号にはこのように書かれていました。
「我々の世代が守るべきは、アトリエそのものではないはず。民次が愛した人が生きているという『瀬戸』の町の躍動感あふれる風景だろう。その意味で民次の描いた絵から学ぶものは大きい。アトリエは、そうした民次の絵を見ながら酒を酌み交わし、瀬戸の正体について、そして未来について語り合う。そんな語らいの場として動態的に、機能させることが、使われるようにしていくことが、守るべきことだと」
なお会長さんが2017年に亡くなってからは、定期的に発行されていた会報は休止中だそうです。

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瀬戸にあった酒造会社とコラボレーションして、北川民次が絵付けをした瓶。

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以前は、敷地内の草刈りなども守る会の方たちによって定期的に行われていた。

瀬戸市美術館

今年、瀬戸市美術館では北川民次没後30年を記念して6月に全館を使った民次展が予定されています。もっとも、瀬戸市美術館が収蔵する民次作品をただ展示するのではないと言います。民次が暮らし地域の人とも交流した地元だからこそ、民次作品を持っている方が瀬戸には多いのではと推測、市の広報誌「広報せと」や地元の新聞で呼びかけたところ1か月余りという短い期間で100点以上の作品の応募がありました。また、作品とともに貴重な思い出話が聞けるのではないかと、美術館ではこれから連絡があった方たちひとりひとりにインタビューをさせてもらう予定とのことです。

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瀬戸市美術館。屋外には北川民次の娘婿でもある地元の彫刻家・加藤昭男氏の作品が飾られている。

すでに何人かの方には話を聞いたとのことですが、「お店に常連で来られていてお金を忘れたときに、飲み代の代わりに民次さんが色紙にササッと描いて渡されたんです(笑)」という方や、子どもが生まれたときにお祝いに母子像の絵を贈ってもらった、など興味深い話がいくつも聞けているそうです。

「とは言え、生前の民次さんを知る世代では亡くなっている人が多いし、話せる方たちも高齢です。そしてその下の世代は北川民次さんと瀬戸の関係のことを知らない人がほとんど。今回の展覧会によって若い世代に気づいていただければと思っています」

瀬戸蔵に移設された壁画

尾張瀬戸駅から5分の場所にある、やきもののミュージアムを備えた観光施設・瀬戸蔵。ここにあった瀬戸市民会館は2002年に取り壊され、その壁を飾っていた民次の陶板モザイク壁画はいったん撤去された後、瀬戸蔵の外壁に移設・保存されました。ガラスケースに収められ、かつての趣きとは異なりますが、「陶土の山と採掘夫」「ロクロ場風景」「登り窯」という3枚の陶板壁画は、瀬戸の人々のアイデンティティーをよく表しているように感じます。

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かつての瀬戸市民会館を彩った北川民次の壁画が現在は瀬戸蔵の外壁に移設・保存されている。 

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やきもののミュージアムなどが入る拠点施設、瀬戸蔵。目の前に川が流れる。かつては川の水が粘土で白く濁っていたという。

瀬戸市立図書館の壁画

瀬戸市内で北川民次の壁画が見られる場所として、他に瀬戸市立図書館があります。民次が手がけた最後の壁画の仕事で1970年の作。妄想におびえていた人々が本を読んで知恵を得て勝利するという話が描かれています。この図書館のシンボルともいえる存在で、市民から半世紀に渡り親しまれています。

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瀬戸市立図書館の壁画は外壁に2つ、室内に1つ。こちらは「知識の勝利」。

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エントランスを入ったすぐの壁画。瀬戸市立図書館の2階・参考室の中には北川民次の書籍を集めたコーナーがある。

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名古屋市美術館

瀬戸を巡った後は名古屋へ。名古屋市美術館には20世紀メキシコ絵画のコレクションが充実した常設展示室があります。1920年代以降、革命の中のメキシコで起こった絵画を牽引した画家たちの作品が並んでいますが、リベラ、オロスコ、シケイロス、タマヨなど、いずれも民次がメキシコにいた当時親交があった人々です。版画なども含んで民次の作品が約200点、メキシコ近現代美術のコレクションが約500点。年に数回、展示内容が変わるとのことです。

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メキシコ・ルネサンスのコレクションが常設で見られる名古屋市美術館。実は名古屋とメキシコシティは姉妹都市。 

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正面はディエゴ・リベラの作品。もともとアメリカの新労働者学校にあった壁画の一部。右2点は北川民次の作品。

名古屋市内にある壁画

名古屋の中心市街でも北川民次が手がけた壁画を見ることができます。1つは名古屋で生まれた食品メーカー「カゴメ」の名古屋本社ビルの1階、エントランスを入ったところにある「TOMATO」。もう1点は新栄、名古屋CBC(中日放送)会館の外壁部分に設置された「平和と芸術」です。

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名古屋・栄、大津通沿いにあるカゴメ名古屋本社ビルの1階エントランスを入ったところにある壁画。1962年作。

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CBC会館の壁画「平和と芸術」。1959年作。

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壁画の下部には、北川民次が好んだバッタのモチーフが描かれている。

瀬戸で見たアトリエも壁画も、それから名古屋市にある壁画も、どれもが建物の老朽化などに絡んで今後地域から消えていくかもしれません。地域の大事な文化財が残るかどうかは、それらを引き継ぎ、伝える人々がいるかどうかにかかっています。民次の壁画やアトリエが、また来たときに変わらずあってくれることを願いつつ、今回の旅を終わりとします。

インフォメーション

◎窯神神社
愛知県瀬戸市窯神町112
アクセス 尾張瀬戸駅下車徒歩8分 

◎旧北川民次アトリエ
瀬戸市安戸町23
※普段は閉鎖、春と秋に数日限定公開。公開予定日などは瀬戸市美術館へお尋ねください。

◎瀬戸市美術館
愛知県瀬戸市西茨町113-3(瀬戸市文化センター内)
開館 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月1回程度の臨時休館、年末年始(12/28〜1/4) 詳しくはお問い合わせください
アクセス 名鉄瀬戸線「尾張瀬戸」下車、徒歩13分

◎瀬戸蔵
愛知県瀬戸市蔵所町1-1
開館 午前8時30分〜午後9時30分 
定休日 月1回程度の臨時休館、年末年始(12/28〜1/4) 詳しくはお問い合わせください
アクセス 「尾張瀬戸」駅下車、東へ5分
※館内にある「瀬戸蔵ミュージアム」は、午前9時~午後6時(入館は午後5時30分まで)

◎瀬戸市立図書館
愛知県瀬戸市東松山町1-2
開館 4月から9月:午前9時〜午後7時 10月から3月:午前9時〜午後6時
休館 毎月第4水曜日(除 祝日) 12月28日〜1月4日 特別整理休館(年10日以内/2019年は2月19日~2月28日)
アクセス 愛知環状鉄道「瀬戸市」駅、名鉄瀬戸線「新瀬戸」駅ともに下車、徒歩約7分

◎名古屋市美術館
名古屋市中区栄2-17-25(芸術と科学の杜・白川公園内)
開館 午前9時30分~午後5時、祝日を除く金曜日は午後8時まで(いずれも入場は閉館の30分前まで)
休館 月曜(祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、12月29日~1月3日、臨時休館あり
アクセス 地下鉄東山線・鶴舞線「伏見」下車、5番出口から南へ徒歩8分
地下鉄鶴舞線「大須観音」下車、2番出口から北へ徒歩7分
地下鉄名城線「矢場町」下車、4番出口から西へ徒歩10分

◎カゴメ名古屋本社ビル1階の壁画
愛知県名古屋市中区錦3-14-15
一般の方でも鑑賞可(平日の午前9時~午後4時頃)。ただ、事務所ビルの為、土日祝日やビル休館日(年末年始など)は鑑賞不可。
※団体の場合は、事前に1階ビル管理室まで申し出ください

◎CBC会館 壁画
愛知県名古屋市中区新栄1-2-8