日曜美術館サイトにもどる

2018年12月 2日 / 旅の紹介 第82回 ノルウェー・オスロへ ムンクと北欧の風土を感じる旅

「私の芸術は自己告白だ」と手記でも語っているように、作家自身の内面を映し出しているとされるムンクの絵画。同時にその芸術は彼が生まれ育った土地とも密接につながっています。ノルウェーに行き北欧の風土を感じながら、ムンクの絵に思いをはせます。

munch_01.jpg
今回の日美旅はオスロ在住の方に協力をいただいた。その方から送られてきた、12月のオスロの空の写真。「どちらかと言えば春や夏に見る機会が多いですが、冬でもこんな空はあります」。

nb1128_1.jpg

エドヴァルド・ムンク(1863 - 1944)はノルウェー生まれ。育った場所は現在のオスロ近郊です。26歳でフランス留学したのを皮切りに、パリやベルリンなどヨーロッパ各地を遍歴。しかし彼の絵はノルウェーの風土と深く関係しています。  

取材した11月半ばの日の出は8時半頃、日の入りは午後3時半頃。これから更に日は短くなり、12月半ばがピークで一日の日照時間は6時間を切ります。さらに、春夏に比べ、冬は晴れるのがまれでずっと曇っている印象です。

エーケベルグの丘

オスロ中央駅からトラムに乗って10分程度のところにある「エーケベルグの丘」。丘からの眺めが、ムンクの「叫び」に出てくる景色と似ているということでたくさんの人が訪れています。

日本に住んでいると建物が高いせいもあってあまり空を意識しないですが、こちらは建物も全体的に低く、空が大きい。空気もとても澄んでいます。また時間帯や季節による空の変化が激しく、ムンクの作品では赤かったり紫がかったりした空がよく登場しますが、オスロの町では実際にそんな空に遭遇することがあります。

「叫び」が生まれたエピソードについてムンクは手記で語っています。

〜二人の友人と道を歩いていた。
太陽が沈み、空が血のように赤くなった。
物憂い気分に襲われた。
群青色のフィヨルドの上に、
血のような、炎の舌のような雲がかかっていた。

友は歩み去ったが、私はひとり恐怖におののいた。
そして聞いた 
大きな 果てしない自然の叫びを〜

実際、丘の上からはオスロの町と海が見渡せます。この丘から見る空とオスロ・フィヨルドが、燃えるような赤に染まるさまを思い浮かべてみてください。

munch_02.jpg
エーケベルグの丘からの眺め。1点目の写真のように空が真っ赤になることも。

エーケベルグは公園にもなっているのですが、その案内地図の眺望ポイントを表す箇所には、ムンクの「叫び」を模したアイコンが付いています。「叫び」を描いた場所という意味ではないですが、確かに景色がきれいに開けている場所です。また視界のちょうど中心には、2020年にオープンする予定で現在建設が進められている新ムンク美術館の建物が見えます。

munch_03.jpg
エーケベルグ公園の案内板に描かれた、ムンクの「叫び」を模したアイコン。「眺望ポイント」の文字が。  

munch_04.jpg
ムンクアイコンのスポットからの眺め。真正面に現在建設中の新ムンク美術館が見える。

なお、エーケベルグは地元の人々にとっては、日常的にジョギングしたり犬の散歩をしたりする場所です。

munch_05.jpg
ジョギングしている人を見かけた。

2013年には現代アートの彫刻庭園ともなり、丘の上にはダミアン・ハースト、ルイーズ・ブルジョワ、ジェニー・ホルツァーなど、世界的に著名な現代アーティストたちの彫刻が30体以上もあります。

munch_06.jpg
イギリスの彫刻家トニー・クラッグの作品。

munch_07.jpg
丘の頂上は広い原っぱ。撮影したのは午前11時半過ぎだが、太陽が低い。

訪問時は午前11時半を過ぎた頃でしたが、まだ朝日という感じでした。太陽は低い場所に位置していました。

エーケベルグへはトラムのほかバスでも来られますが、いずれもオスロ中央駅から行き来するかたちです。オスロ中央駅の正面からまっすぐに伸びている道路はオスロのメインストリート、ムンクもよく絵に描いている「カール・ヨハン通り」です。通り沿いには国会議事堂、国立劇場、大学などが並び、突き当りにはノルウェー王宮が見えます。
ムンクは若かりし頃ハンス・イェーゲル率いる芸術文化の革新グループにも参加していましたが、彼らの根城だったのが「グランカフェ」。実は今も営業中で、このカフェが入っている「グラン・ホテル」も、カール・ヨハン通りにあります。

munch_08.jpg
カール・ヨハン通り。奥にはノルウェー王宮が見える。ムンクの「カール・ヨハン通りの春日」でも、奥に王宮が見えている。

オスロ大学アウラ講堂

カール・ヨハン通りには、オスロ大学の講堂もあります。その内部にはムンクが1911年から数年がかりで手がけた巨大な壁画が設置されています。講堂の三方が11の壁画で彩られ、その全体長は220メートル。正面を飾る「太陽」という作品だけでも、縦4.5×横7.8メートルもあります。

munch_09.jpg
カール・ヨハン通りにあるオスロ大学のアウラ講堂。この中にムンクの壁画がある。

今回は見ることはできませんでした。というのも一般公開日が限られていて、3、4、5、6、9、10、11、12月の第1土曜日の午前12時-午後3時の時間だけとなっているためです。

munch_10.jpg
アウラ講堂の一般公開日が記された看板。

なぜムンクは、正面の壁画を太陽にしたのでしょう。ムンクはこの壁画をつくるにあたり、「本質的にノルウェー的でありながら同時に普遍的でもあるような」表現を望んだと言われています。オスロの人々は太陽のありがたみを非常に強く感じています。彼らにとって太陽はまさに生命の象徴というべき存在です。冬、何週間ぶりかに晴れて太陽が拝めると、ノルウェー人はこぞって外に出かけます。

munch_11.jpg
こちらは冬の朝10時くらいに撮った写真。ノルウェーで冬にこんな風に晴れるのは珍しい。

オスロ市庁舎

オスロ大学から海の方向に数分歩くとオスロ市庁舎に着きます。町のシンボルであり、ノーベル平和賞の授与式が行われる場所としても有名です。

munch_12.jpg
オスロ市庁舎1階大ホール。毎年12月にノーベル平和賞の授与式が行われる場所として知られている。

1925年に建設が開始されたこの市庁舎、大ホールの壁画をムンクが手がけるという話もあったようですが、最終的には地元の他の画家たちが手がけることとなりました。ただムンクの支援者であったアートコレクターが市庁舎に彼の絵がないことを残念がり、所有していた「人生」という絵を寄贈。現在、市庁舎の2階にはこの絵が掛けられた「ムンクの間」があります。

munch_13.jpg
「ムンクの間」。1910年の作品「人生」が掛けられている。

普段は入り口にロープが掛かっていて、中をのぞいてみることはできるものの入ることはできません。しかし市民の婚儀のために使う部屋とされているので、申し込めばムンクの絵の前で結婚のセレモニーができます。

munch_14.jpg
市庁舎は背中側が海に面している。窓からオスロのフィヨルドが見られる。

なお、この「人生」という作品はもともとドイツのドレスデン美術館で所蔵されていましたが、ヒトラーが「退廃芸術」のらく印を押して没収。流れ流れてノルウェーのコレクターの手に渡り、市庁舎に寄贈されることになったというわけです。

munch_15.jpg
オスロ市庁舎を海側から見たところ。

市庁舎は背面が海側で、オスロ・フィヨルドに面しています。取材した日は夕焼けが綺麗でした。

munch_16.jpg
11月半ばの午後4時頃はもうかなり暗い。

munch_17.jpg
こちらは8月、夜9時頃に撮ったオスロ・フィヨルドの写真 。6〜8月は日没が夜10時頃と遅い。

オースゴールストランへ

ムンクが夏の制作拠点としていた、オスロから100km離れた南西の海辺の町・オースゴールストランにも行ってみました。ムンクはこの地にサマーハウスを購入。ドイツやフランスで活動しつつも、夏になると避暑地のオースゴールストランに滞在し制作するという習慣を続けていました。

munch_18.jpg
オスロ中央駅から電車でテンスベルという町まで行き、そこからバスに乗り換え、オースゴールストランへ向かう。片道1時間強。 

今もムンクの家だった建物は保存されており、5〜9月であれば室内の見学ができる日もあるもようです。今回訪れたのは11月、オフシーズンだけあって人気がほとんどありませんでした。

munch_19.jpg
オースゴールストランの海岸。ムンクの作品を想起させる。

散歩しながらオースゴールストランの風景を眺めていると、ムンクの代表作が次々脳裏に浮かび上がってきます。木々の間から眺める浜辺は「夏の夜の夢(声)」や「月光」を、ごつごつした石が積まれた岸は「夏の夜・渚のインゲル」を、うねうねと曲がった海岸線は「メランコリー」を想起させてくれました。

munch_20.jpg
ムンクはオースゴールストランの海岸線をこよなく愛した。

munch_21.jpg
ムンクの家は今も保存されている。夏季には中を見学することが可能。 

munch_22.jpg
オースゴールストランでは、ムンクが絵のモチーフとした場所にそのことを示すプレートが貼ってある。

「桟橋の少女たち」のモデルになったと言われる桟橋も残っていました。

munch_23.jpg
「桟橋の少女たち」のモチーフになったとされる桟橋。

munch_24.jpg
一軒だけ営業していたオースゴールストランのカフェで注文した小エビのオープンサンド。

短い時間の滞在でしたが、ムンクの絵の世界を想い浮かべ、満喫することができました。心残りがあるとすれば、「生命のダンス」や「夏の夜」など、何点ものムンク作品に登場する、海に写った月が道のようになる光景が見たかったということでしょうか。北欧には「モンガータ」という言葉があります。日本語に訳すと「月の道」。ムンクの絵に描かれているあの光景は実際に見られるのです。ノルウェーは空気が澄んでいるので、とても月が綺麗に見えます。

munch_25.jpg
そのまま日が暮れて夜になったら、この場所から「モンガータ」が見えるだろうか。

もちろん、日が長い春夏に訪れると気持ち良いですが、日の短くなりつつあるこの季節だからこそ感じられたものもありました。オスロ、そしてオースゴールストラン。ノルウェーの風土を肌で感じながらムンクを味わう旅、いかがですか。

今回の日美旅は、オスロ在住のコーディネーター、山岸早李(やまぎし さり)さんにご協力いただきました。

アクセス

◎エーケベルグの丘(Ekebergparken)
Kongsveien 23, 0193 Oslo

◎オスロ大学アウラ講堂(Universitetets Aula)
Karl Johans gate 47, 0162 Oslo
※2018年は3、4、5、6、9、10、11、12月に一度の公開日(土曜)午前12時〜午後3時、またはコンサート等のイベント開催時に限り見学可能

◎オスロ市庁舎(Oslo Rådhuset)
Rådhusplassen 1, 0037 Oslo
開館時間 午前9時〜午後4時
休館日 不定

◎ムンク サマーハウス(Munchs Hus)
Edvard Munchs gt. 25, Åsgårdstrand.
開館日/開館時間 5月・9月:土曜・日曜の午前11時〜午後4時(平日休館) 6〜8月:火曜〜日曜の午前11時〜午後5時(月曜休館) ※10月〜4月は休館

※オスロからオースゴールストラン(Åsgårdstrand)へは、
・オスロ駅より電車(NSB)でテンスベル駅(Tønsberg)へ。テンスベルよりバス。約1時間30分。
・または、オスロ駅より電車(NSB)でモス駅(Moss)へ。モスよりフェリーでホーテン(Horten)に渡り、ホーテンよりタクシー。約1時間30分。

展覧会情報

◎東京都美術館では「ムンク展―共鳴する魂の叫び」が開催中です。2019年1月20日まで。