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2018年11月11日 / 旅の紹介 第79回 オランダ・デルフトへ フェルメールを巡礼する旅

17世紀オランダの黄金時代に繁栄を築いた古都・デルフト。ヨハネス・フェルメール(1632-1675)は一生のほとんどをこの街で過ごしました。フェルメールの人生を感じに、オランダ南西部の街・デルフトへ旅します。

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ザウドコルク運河の南岸より旧市街を望む。フェルメールの「デルフトの眺望」はこの辺りから描いたものと考えられる。

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多くの人々を魅了してきたフェルメールの絵。その芸術は彼が生きた時代のオランダと密接に結びついています。 

フェルメールが画家として活動を開始した17世紀中期のオランダは、東方貿易を独占するようになり、好景気に沸いていました。そして運河の町デルフトはオランダ東インド会社(1602年設立)の主要な輸出入拠点として栄えていました。市民の中から新たな富裕層が生まれ、美術品収集をする人々も増えていきました。

フェルメールはそうした状況下にあって、パトロンに恵まれていました。また、海路を経て持ち込まれた貴重な鉱石ラピスラズリを原料とする高価な絵の具・ウルトラマリンブルーを惜しげなく使って、絵を描くこともできていました。

しかし1672年、第3次英蘭戦争が起こり国内経済は次第に下降。これと連動してフェルメールの絵は売れなくなり没落。失意のうちに43歳でこの世を去ります。残された家族も立ち行かず自己破産。フェルメールの作品は長い間、世の中から忘れられていくことになっていきました。

「デルフトの眺望」が描かれた場所へ

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オランダの人々にとって船は身近。自家用の船で運河を渡る人も少なくない。

フェルメールの人生と17世紀のオランダを頭に置きながらまず向かったのは、デルフト駅を出て南に少し歩いたところにあるザウドコルク運河。現在デン・ハーグのマウリッツハイス美術館にあるフェルメールの風景画「デルフトの眺望」は、この運河の南岸から北向きに、デルフト旧市街を描いたと言われています。

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ザウドコルク運河のすぐ北には、オランダ東インド会社の倉庫だった場所が。

驚くのは、描いたとされる辺りから現在見える風景と、17世紀にフェルメールの絵に描かれたそれとが非常によく似ていることです。絵に出てくるのと同じような高さの建物が前景に、そしてその後ろに教会の尖塔が絵とそっくりの感じでのぞいています。また水面には、やはり絵と同じように何隻もの船が停泊していました。3世紀以上の時が経過しているのに、地形も建物もそれほど変わっていないのです。

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オランダ東インド会社デルフト支社だった建物が今も残る。

そこから対岸に渡り、デルフトの旧市街に向かって歩き出すとすぐオランダ東インド会社の倉庫だった建物と、その隣りのオランダ東インド会社デルフト支社の建物が目に飛び込んできました。「VOC」と書かれたエンブレムがその証です。17世紀オランダ黄金時代の残り香を嗅いだ気分でした。

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VOCと書かれた、オランダ東インド会社のエンブレム。

旧教会(Oude Kerk)

旧市街へ向かって運河沿いに歩くとほどなく旧教会が見えてきます。デルフトには旧教会と新教会、2つの大きな教会があり、旧教会にフェルメールが眠っています。

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旧教会に向かう途中、運河沿いで見かけた昔の富豪の家。

旧教会の中に入るとまず気づくのは、壁や天井に華美な装飾がまったくないことです。オランダは1648年にスペインの支配から自由になり独立国家となった際、キリスト教のプロテスタント化が進みました。プロテスタントの特徴として、偶像の崇拝を否定する傾向があります。そのせいで教会内部も聖像や宗教画などはなく、また華美な装飾も排され、非常にシンプルなのです。

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運河の向こうにそびえる旧教会。地盤沈下のためかなり傾いており、「オランダの斜塔」とも言われる。

17世紀のオランダ絵画においては風俗画が増えたこと、また描いている生活の様子が華美でなく、もの静かな感じであるのも、基本的には当時のプロテスタント的な志向と結びついていたと思われます。ただフェルメールについて言えば、プロテスタントの家に生まれたけれども、結婚を機に妻の実家がカトリックであったことから改宗したと推定されています。

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旧教会内部。装飾がほとんどない。

教会に入るときにもらえる地図により、フェルメールはじめこの教会に眠っているいろんな人のお墓の場所を知ることができます。フェルメールのお墓だけ大きくつくられていますが、よく読むとそれは2007年につくられた新しい墓石。その他に、古い小さな墓石もあるのですが、それも1975年の300回目の命日につくったのだそう。亡くなった当初は、墓石すらなかったとのことです。

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ひとつだけ大きいフェルメールの墓石。ただしこれは2007年につくられたもの。

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墓石が集合したエリア。フェルメールの古い墓石もこの中にある。 

新教会(Nieuwe Kerk)

旧教会から歩いて5分ほどの距離に、もうひとつの巨大な教会、新教会が立っています。「デルフトの眺望」に描かれている教会はこちらで、建設開始は1381年ですが、完成したのは実に3世紀後の1655年とされています。「デルフトの眺望」が描かれたのは1659-60年と言われているので、まさに完成直後だったことになります。

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旧教会と新教会がセットになった観覧チケットを買うと、マルクト広場付近のカフェで無料のコーヒーが飲める。オランダのカフェにはたいていアップルタルトが置いてある。

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旧市街地の中心、マルクト広場。正面奥に見えるのが17世紀に建てられた市庁舎。広場を挟んで対面に新教会が建っている。

新教会には現在のオランダ王国のもとになったネーデルラント連邦共和国の初代君主オラニエ公ウィレム1世の墓があります。ウィレム1世はスペインとの緊張関係が続く中、デルフトで暗殺され、この教会に埋葬されました。オランダ王室の祖が眠るこの場所には、歴代のオランダの王室メンバーもまつられています。 

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旧教会よりも大きく迫力がある。やはり内装はシンプル。

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旧教会も新教会も、天井は木造。 

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オランダ王国の祖・オラニエ公ウィレム1世の墓がある。

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75mの旧教会に対し新教会の高さは108m。実はオランダにある塔の中で2番目に高い。上まで上れて、デルフトの町が一望できる。

フェルメール・センター

マルクト広場から一本入った運河沿いに、フェルメール・センターもあります。かつてフェルメールが親方画家として所属し、理事も2度務めたギルド「聖ルカ組合」の建物を改装してつくられています。

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「聖ルカ組合」の建物が現在フェルメール・センターになっている。

実を言うとフェルメール・センターには本物のフェルメールの絵は1点もなく、あるのはパネルと資料展示だけなのですが、それでいてなかなか興味深く勉強になる施設です。フェルメールの絵に使われた素材や手法などについても詳しく知れます。

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フェルメールの絵に多く使われているウルトラマリンブルーの絵の具の原料である鉱石ラピスラズリ。

フェルメールの絵にはいろいろな意味が隠されていることを教えるコーナーが面白く、たとえば3階には「hidden love messages of his works(フェルメールの作品に隠された愛のメッセージ)」という展示があります。真珠、かんきつ系の果物、楽器、ワインなど、フェルメールの絵の中に描かれているアイテムに、実は恋愛的な意味があると解説されていました。パネルのタイトルも「ロマンティックな恋」とか「秘められた恋」などユニーク。実は絵の中にいろんなメッセージが込められているということを、フェルメール・センターは教えてくれます。

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3階「フェルメールの作品に隠された愛のメッセージ」のコーナー。

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絵の中に描かれたモチーフひとつひとつに意味があることが、謎解きのようにわかって楽しい。

フェルメールの家があった場所

フェルメール・センターと同じ並びで、2軒隣りにあるアンティークショップの場所は、フェルメールの生家跡だと言われています(※観光施設ではありません)。この場所でフェルメールの父親が「空飛ぶキツネ亭」という名の宿兼パブを経営していたとか(フェルメールの父親の姓が「フォス」で、英語でいうところの「フォックス」の意味だったことからこの名前がついたようです)。

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フェルメールの生家であった宿屋「空飛ぶキツネ亭」があったとされる場所。

また同じくフェルメール・センターの目と鼻の先、現在は土産物屋が入っている建物に、「フェルメールが生まれた場所」というプレートが残っていますが、こちらはフェルメールが9歳のときに引っ越して住んだ場所です。結婚後も最初は夫婦でこちらに住んだようですが、その後は、裕福な資産家で援助をしてくれていた義母の家に同居、亡くなるまで暮らしたようです。そこもマルクト広場の近所だったようですが、「パピスト・コーナー」と呼ばれた、カトリックの人たちだけが住む地区でした。なおこの屋敷は現存していません。

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左に見える建物はフェルメールが9歳から住んだ家の跡地。右奥にフェルメール・センターが見える。

デルフト焼やハーリング

街なかでは土地の名産の陶器、デルフト焼をたくさん見かけました。デルフト焼はもともとはオランダがアジア貿易を独占したときに中国磁器や日本の伊万里焼を仕入れていたことに端を発し、影響を受けて生まれた焼物です。ここからも17世紀のオランダが、オランダ東インド会社を中心とする海運業によって、世界を席巻していたことが伺い知れます。

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デルフト焼。陶器だが磁器のような風合い。青絵付けが特徴的。

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下手前、量が少なくなっているのがハーリング(塩漬けしたニシン)。

地域の食では「ハーリング」と呼ばれる塩漬けにした生のニシンや、「キベリング」というタラを揚げたフライが有名、訪れたときも街行く人々がおやつ代わりに食べていました。やはり、海から入ってくるものがオランダという国の特徴をつくっていると感じました。

今回は17世紀のオランダ黄金時代とフェルメールの人生を重ね合わせながら、デルフトの街を旅しました。デルフトはデン・ハーグやロッテルダムから電車で近いので、デルフトを巡った後で、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館で作品を見るという組み合わせもできます。フェルメールを巡礼する旅、ぜひどうぞ。

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タルタルソースと共に食べるキベリング(タラの揚げもの)。

なお今回の日美旅は、オランダ・アムステルダム在住のインテリアデザイナー、高石陽子さんにご協力いただきました。

アクセス

◎フェルメール・センター(Vermeer Centrum Delft)
Voldersgracht 21, 2611 EV Delft
開館時間 午前10時〜午後5時(12/24・31は午前10時〜午後4時、12/26・1/1は午後0時〜午後5時)
休館日 12/25

◎旧教会(Oude Kerk)
Heilige Geestkerkhof 25, 2611 HP Delft
開門時間 2〜3月:午前10時〜午後5時 4〜10月:午前9時〜午後6時 11〜1月:午前11時〜午後4時(土曜は午前10時〜午後5時)

◎新教会(Nieuwe Kerk)
Markt 80, 2611 GW Delft
開門時間 2〜3月:午前10時〜午後5時 4〜10月:午前9時〜午後6時 11〜1月:午前11時〜午後4時(土曜は午前10時〜午後5時)

展覧会情報

◎東京・上野の森美術館では「フェルメール展」が開催中です。2019年2月3日まで。
2019年2月16日から5月12日まで、大阪市立美術館に巡回します。