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2018年10月21日 / 旅の紹介 第77回 京都へ 刀にゆかりの地を訪ねる旅

“山城鍛冶”を総括し、国宝刀剣19件が出品される「特別展 京のかたな」が京都国立博物館で開催中です(〜11/25)。かつて名だたる刀鍛冶が多く住み、また時の権力者が名刀を所持したことからも、京都は刀剣文化の中心でした。その面影をたどる旅に出かけます。

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北野天満宮が所蔵する太刀「鬼切丸(別名 髭切)」。鎌倉時代の刀。

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平安時代後期、武家勢力が台頭するようになって以降に、日本固有の鍛冶製法でつくられるようになった刀を日本刀と呼びます。刀工たちは政治・文化の中心であった山城国(現在の京都)や大和国(現在の奈良)に集結、その後、備前(岡山)や相州(神奈川)、美濃(岐阜)などに広まっていきました。しかし京都は、平安から江戸まで、各時代で刀の主な産地として名をはせてきました。 
一方で、名刀は織田信長や豊臣秀吉、徳川家など、ときの武将や天下人のもとを渡り歩いてきました。その意味でも刀にゆかりのあるスポットが京都には多くあります。

上京区・北野天満宮

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10月6日より刀剣展が開催中の北野天満宮・宝物殿。

菅原道真公を祀る北野天満宮には、実は宝刀が数多く納められています。その数、およそ100振り。菅原道真公は学問だけでなく武芸にも秀で、武士たちからも崇敬を受けてきました。そうした中で多くの刀剣が奉納されてきたのです。
その中のひとつが「鬼切丸(別名 髭切(ひげきり))」。伝説を多く持ち、またさまざまな人の手を経てきていますが、もとは源氏の家に代々受け継がれてきた刀で、つくられたのは鎌倉時代。最初「髭切」と呼ばれていました。罪人を切ったところ、髭までがすっぱり切れたという由来が紹介されていました。

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「鬼切丸」(重要文化財)。 ※10月16日から28日の間は「京のかたな」展に貸し出されます。

その後「鬼切丸」と名前を変えた理由には諸説ありますが、一説では源頼光配下の将・渡辺綱(わたなべのつな)がこの刀を所持していた折、京都の一条戻り橋で鬼に捕まり、空を飛んで連れ去られようとしたときに、刀で鬼の手を切り、ことなきを得たという。そこから付いたそうです。 

ちなみに落ちた場所が北野天満宮だったために、天神様のご加護のおかげと渡辺綱は石灯籠を寄進しました。その石灯籠は今も天満宮の境内に残っています。
「鬼切丸」と名前を変えた刀はその後も幾多の伝説をつくりながら、最終的に明治になって北野天満宮へと奉納されることになり、今は神宝として大切に納められています。 

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展示されている刀のディテールを見ようと単眼鏡を持ってご覧になる方も。

実際のところ、伝説で語られる「髭切」と「鬼切丸」が同一の刀かどうか明らかでないようですが、とは言え名刀であることは違いありません。刃文※はうっすらとしていますが、美しいカーブを描く刀が光を綺麗に受け止めて輝いているさまに息を飲みます。天満宮の方によると、持つとかなりずっしりと重いそうです。

※刃文(はもん)……刃先の白い部分の模様。焼入れによってできる。

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豊臣秀頼が1607(慶長12年)に奉納した刀「信濃守國広」。重要文化財。

今回は40振り程度が展示されていますが、「鬼切丸」以外の刀もそれぞれに個性があり見応え十分。秀吉の三男・秀頼が右大臣を辞した年に奉納した刀「信濃守國広」や、加賀藩前田家より奉納された数々の刀などがありました。前田家は先祖が菅原道真公であるとの信仰に基づいて、50年に一度、一振りの太刀を北野天満宮に奉納していたそうです。

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前田家が奉納した刀群。 

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「脇差 銘猫丸」。言い伝えによれば道真公が壁に立てかけていたところ走ってきた猫があたり、一瞬で胴体が真っ二つに切れたところから名付けられたとか。

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薙刀もありました。「巴形薙刀(ともえがたなぎなた)」。美しい刀身。

なお近年の刀剣への人気の高まりに合わせて宝物殿の一般公開も増えていますが、催しがあるとき以外、常に開いているわけではないので事前に神社に確認のうえでご訪問ください。

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天満宮の中門を入ってすぐ右にある「渡辺綱の燈籠」。「鬼切丸」関連のスポットとしてこちらも合わせてどうぞ。

中京区・本能寺

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境内にある信長の廟(びょう)。遺体が見つからなかったこともあり、廟所には信長が所持した太刀が納められているという。

次に訪れたのは「本能寺刀剣展2018秋」が開催中の本能寺。言うまでもなく「本能寺の変」の舞台、織田信長の亡くなった場所として知られています。信長は本能寺を上洛中の宿所としてよく使っていたそうで、信長が所持した名刀がいくつもあったことが知られています。現在、重要文化財に指定されている「義元左文字」も本能寺の変まで所持していたことがわかっていますし、鎌倉時代の刀工・粟田口吉光による「薬研藤四郎」も信長が所有していました。現在「薬研藤四郎」は行方不明で、本能寺の変で焼け落ちたとも言われています。

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「本能寺刀剣展2018秋」が開催中。12月23日まで。

なお「義元左文字」は明暦の大火で焼身になりましたが、再度焼入れを施して現在は京都市北区の建勲(たけいさお)神社に所蔵されています。

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本能寺「刀剣展2018秋」展示風景。

本能寺の方によれば「それ以外に本能寺が所蔵していた刀剣もありましたが戦時中の金属供出で持っていかれたり、戦後GHQに接収されたりして、現在はほとんど残っていない」とのこと。この展覧会で出品されている中で本能寺所蔵の刀は3振りのみ。中には、信長や森蘭丸が所持したと伝わる刀があります。それ以外には粟田口派吉光や来派國光の刀などが出品されています。

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刀をどこから見るのがおすすめか、ガイドがあるのがありがたい。

この企画展で特に興味深いのは、「この場所に立って刀をご覧ください」「ここから刃文を見よう」のように、おすすめの鑑賞位置を教えてくれるマークが付いている点です。さらに、刀をつくる工程をわかりやすく説明したパネルや映像なども充実。刀剣初心者にとっては、知りたいけれどなかなか聞けない基本的なことがわかる、ありがたい展示になっています。

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3階の資料展示室にて。焼入れされる前の刀。刀側には薄く粘土が塗られ、棟(※)側には厚く塗られているのがわかる。
※棟(むね)……刃とは反対側の部分。峰とも言う。

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原材料となる砂鉄と、それを製錬してつくった玉鋼(たまはがね)。玉鋼を刀鍛冶が鍛錬して不純物をたたき出し、純良な鉄の刀に仕上げていく。

東山区・粟田神社

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粟田神社は高台にあり、境内から見下ろす京都の景色が気持ち良い。

三条通りへ向かい、そのまま鴨川を渡り東へ行ったところにある粟田(あわた)神社。その住所は東山区粟田口鍛冶町1。京都には時代ごとに、三条、五条、綾小路などあちこちに刀鍛冶の拠点がありましたが、粟田口も平安、さらには鎌倉時代に刀工が多く住んでいたとされています。粟田口にある粟田神社の末社に鍛冶神社があり、刀工・粟田口吉光や三条宗近が祀られています。

粟田神社の宮司さんにお尋ねしたところ、現在、刀工はこの町には残っていないとのことでした。調べたところでは、京都府全体を見ても現在は亀岡市におひとり刀工がいらっしゃるのみのようです。

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粟田神社の敷地内にある鍛冶神社。

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粟田口にある合槌稲荷神社。平安時代の刀匠・三条宗近がこちらの稲荷明神のきつねの助けを借りて、名刀「小狐丸」を作り上げたという言い伝えが残っている。

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合槌稲荷神社。

伏見区・藤森神社

最後に訪れたのは伏見区・藤森(ふじのもり)神社。平安時代の刀工・国永がつくった「鶴丸」は北条貞時、信長、さらに仙台の伊達家の手を経た後、明治天皇に献上され、現在は宮内庁で管理されています。2009年、東京国立博物館で開催された展覧会に出品されたことはあるものの、めったに実物を鑑賞できる機会はありません。ただ、一時藤森神社にあったという伝来があり(宮司さんによれば「当社の資料ではわからない。藤森神社の春の神事『武者行列』の中で使われていたのかもしれません」とのこと)、今年1月、「鶴丸」の写しが奉納されました。

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伏見・藤森神社の宝物館。

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藤森神社に奉納された太刀「鶴丸」の写し。現代の刀匠・藤安将平さんの作。

この写しを手がけた福島県の刀匠・藤安将平さんによる公開鍛錬奉納会がちょうど行われていました。1300度に熱した玉鋼を叩いて鍛える「折り返し鍛錬」をじかに見られる貴重な機会。刀匠が小鎚(こづち)を、お弟子さんが大鎚を手に打っていきます。トン・テン・カン! 小気味よい三拍子のリズムと共に鎚が鋼に当たって心地よい高音が響いていました。

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ふいごを使って炉の温度を上げる刀匠。

奉納会が終わった後、刀匠と話をさせていただきました。「国に登録されているだけでも、国内には300万本の日本刀があります。ただ一方で刀に興味のない日本人が増えています。たとえばお父さんから譲り受けた刀があっても『処分したいのですが』という相談をよく受けます。もちろん手入れもしないといけませんが、大切に守りたい文化。少しでも関心を持ってもらおうと、こういう催しを行っています」

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たたいて鍛えることで炭素量が調整され、非鉄介在物を均等にする効果があるとのこと。 

同じ日の午後には、実際の刀を持たせてもらいながら鑑賞の仕方・手入れの仕方を教わることのできる勉強会も開催されていました。
刀匠はこうも語ってくれました。「ここまで刀を美しくしたのは世界中でも日本人だけ。それは刀に対しての思いが違うから。人間以上の存在として見ていたからここまで高められたのだと思います」

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ある程度たたいたら、切れ目を入れて折り返して鍛接をする。これを何度か繰り返す。

「特別展 京のかたな」をきっかけに、刀に興味を持ってあちこち訪れてみてはいかがでしょう。勉強会も全国で行われているそうです。

インフォメーション

◎北野天満宮
京都市上京区馬喰町北野天満宮社務所
開門時間 4〜9月=午前5時〜午後6時/10〜3月=午前5時30分〜午後5時30分
アクセス 市バス50・55・101・102・203系統「北野天満宮前」下車すぐ
※宝物殿の開館は12月2日まで。以降の開館日は、縁日(毎月25日)、1月1日、4月10日~5月30日、観梅・紅葉シーズン。開館時間 午前9時~午後16時 

◎法華宗大本山 本能寺
京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
拝観時間 午前6時〜午後5時
アクセス 市バス4・5・17系統など「河原町三条」下車すぐ、地下鉄東西線「市役所前」駅下車すぐ
※大賓殿宝物館は開館時間 午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分) 

◎粟田神社
京都市東山区粟田口鍛冶町1
拝観時間 午前6時〜午後5時
アクセス 市バス5・46・100系統など「神宮道」下車徒歩5分、地下鉄東西線「東山」駅・「蹴上」駅下車それぞれ徒歩7分 

◎藤森神社
京都市伏見区深草鳥居崎町609
拝観時間 午前9時〜午後5時
アクセス 京阪「墨染」駅下車徒歩7分、JR「藤森」駅下車徒歩5分 

展覧会情報

◎京都国立博物館では「特別展 京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ」が開催中。11月25日まで。

◎北野天満宮宝物殿では「宝刀展XIII」が開催中です。12月2日まで。

◎本能寺大賓殿宝物館では「本能寺刀剣展2018秋」が開催中です。12月23日まで。