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2018年9月 2日 / 旅の紹介 第75回 新潟へ 大地の芸術祭2018を回る旅

越後妻有(えちごつまり、新潟県十日町市と津南町)を舞台に、2000年から3年に1度開催されている「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。
アートを媒介として、この地域ならではの魅力を世界に発信することを理念とし、進化を続けています。広大なエリアに展示された作品のうち、番組で紹介しなかったものを中心に巡ってみました。

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清津峡渓谷トンネルに誕生した新たな名所。マ・ヤンソン/MADアーキテクツによる「ライトケーブ」。

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東京23区が収まる広大なエリアに、総378点もの作品が点在する大地の芸術祭(うち206点は過去に制作された作品)。
「人間は自然に内包される」という芸術祭のスローガンの通り、作品の展示は町中から里山、森の中にまで広がっています。
6つの地域のうち、今回は十日町と中里のエリアを車で回りました。
まずは、十日町の中心市街地にある越後妻有里山現代美術館[キナーレ]を目指しました。

十日町、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]

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越後妻有里山現代美術館[キナーレ]外観。

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キナーレ中庭に池を設けて展開するレアンドロ・エルリッヒの「Palimpsest: 空の池」。2階窓からの眺め。

大地の芸術祭のメイン会場のひとつで、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]。
足を踏み入れると、まず目を奪われるのは、アルゼンチン出身の作家・レアンドロ・エルリッヒによる「Palimpsest:空の池」です。中庭部分に広がる浅いプール状の空間に設けられたこの作品からは、絶えず子どもたちの歓声が響いていました。2階の窓の「ある地点」から全体を眺めてみると、実際の建物とプールの底に描かれた建物、水面に反映した建物が謎めいた絵画のような像を結びます。

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特別企画展「2018年の方丈記私記」より、中国出身のシャン・ヤンによる「TRANSFIGURATION HOUSE」。廃棄された家具と地元の盆栽アーティストの作品によって構成。

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「方丈」で古材利用を考える。伊東豊雄建築設計事務所「十日町 ひと夏の設計事務所」。

キナーレ1階に戻ります。池の周りの回廊状の空間では、特別企画展として「2018年の方丈記私記」が開催されていました。社会体制が変化し災害が頻発した乱世に、鴨長明が四畳半(方丈)から世を見つめたことにならい、アーティストたちが自らの「方丈」を提示する、という趣旨です。
作品としての小空間を鑑賞するだけでなく、その中で売られる地元産の野菜や菓子店とコラボレーションしたスイーツを求めたり、とお祭りのような楽しさも体験できます。
古材を前に黙々と作業をする人がいる方丈に目が留まりました。
伊東豊雄建築設計事務所「十日町 ひと夏の設計事務所」です。所員の杉山由香さんはこの空間で、古材から新たなものを生み出すプロジェクトを行っています。この日は、板状の古材を、元の持ち主のリクエストに応えてコーヒーのサイフォン立てに仕立て直すアイデアを練っていました。
大切に保存されてきた古材がこの方丈でリメイクされ十日町の町中に置かれることで、新たな人々の行き来が生まれることが杉山さんのねらいのひとつだそうです。

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越後妻有各地のお米の解説と試食からなるユニークな作品、「ザ おこめショー」。レクチャーする作者のEAT&ART TAROさん。

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この日は十日町市の4地区で生産されたお米を試食した。ショーの最後には参加者が好みのお米で握られたおにぎりを選ぶ。

ご飯が炊きあがる何ともおいしそうな香りが充満する会場の一角にたどり着きました。
「食」をテーマにプロジェクト的な作品を発表してきたEAT&ART TAROさんの作品「ザ おこめショー」です。
炊きたてのご飯を実際に試食し、お米についてのレクチャーを聞く、という体験型の作品です。
この日試食したのは十日町市内4地区で生産されたコシヒカリですが、同じ銘柄のご飯でも、よく見れば粒の形はさまざま、口に含めば香りやかすかな歯ごたえの違いも感じられました。試食の後のレクチャーで、川の近くや棚田など、育った場所がお米に個性として反映されることを知りました。
さすが米どころのご飯、と舌鼓を打ちつつ、食と大地の関係について考えさせられました。

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常設展示作品も必見。クワクボリョウタ「LOST #6」。暗闇に展開する影の移ろいに注目。

ここまで企画展と今回の芸術祭に合わせて制作された新作を紹介しましたが、キナーレを訪れたら常設展示作品もお忘れなく。
中でもクワクボリョウタの「LOST #6」は、十日町の人々の営みを題材にしたこの美術館ならではの作品です。
壁に投影された移ろう影は、床に置かれた十日町の織布業や農業に使われてきた道具を、レールの上を移動する光源が照らすことによって生まれています。
車窓から風景を眺めているような不思議な感覚を覚えました。

十日町市内各地の展示

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JR飯山線の魚沼中条駅真横に線路に並行して設置された、まったく同じ二つの大きな岩。現代美術家チーム・目【め】による「Repetitive Objects」。

キナーレを後にし、近隣に点在している作品を訪ねてみました。
最初に向かったのは、魚沼中条駅です。単線のJR飯山線の小さな駅舎の脇に、大きな岩が二つ。
一見、何の変哲もない風景ですが、二つの岩がそっくり同じ形をしているという、現実には起こりえない状況に気が付くと、のどかな風景は全く異なるものに見えてきます。

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鎌倉時代末期にさかのぼる歴史を持つ高龗(たかおがみ/こうりゅう)神社にも作品が展示された。

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高龗神社の参拝殿に展示されたのは、チリ出身のエマ・マリグによる「アトラスの哀歌」。

雨乞いの神社として信仰を集めてきた高龗(たかおがみ/こうりゅう)神社の参拝殿には、チリ出身のエマ・マリグによる「アトラスの哀歌」が展示されていました。
ガーゼや紙などの繊細な素材で作られた地球儀が、暗闇の中でゆっくりと回り続けています。
若き日に、政変による亡命を余儀なくされた作者は、このはかなげな地球儀を通して、亡命者たちの海を越える長い旅路を表現したそうです。
周囲に落ちる影を眺めていると、あてどない海原が連想されました。

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中国の作家、シュー・ビンの作品が展示された旧公民館。1階は、木造建築の保存に貢献した田中文男の蔵書を収蔵した妻有田中文男文庫。

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中国出身のシュー・ビンによる「裏側の物語」。富士図の裏側に回れば、あっと驚く種明かしが。

大地の芸術祭では、アジアを中心とした海外アーティストの出品が目立ちます。
旧上新田公民館の展示室に対角線状にそびえる障壁画。中国出身のシュー・ビンによる「裏側の物語」です。
水墨画のような画面の裏側に回ってみると、あっと驚きます。線やぼかしは、貼り付けられた植物の断片や和紙などの影によって巧みに作り出されていたのです。
シュー・ビンが世界の美術館で発表してきた水墨画のシリーズに、伝雪舟「富士三保清見寺図」を思わせるこのイメージも加わりました。

十日町の里山へ、鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館

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2005年に廃校になった旧真田小学校に設けられた鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館。

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体育館をそのまま利用した展示室。かつての小学校のにぎわいが「空間絵本」として表現された。

街中から里山へと向かいましょう。十日町市街地から南に車を走らせます。
山を越え、走ること約30分。鉢という集落にある、鉢&田島征三の絵本と木の実の美術館にたどり着きました。
廃校となった旧真田小学校の校舎を利用して、絵本作家の田島征三さんが2009年に開館した美術館です。
体育館や教室はかつて小学校だった時代ほぼそのまま。壁にはかつての在校生たちの絵や標語が残ります。
子どもたちの気配をあえて強く残しつつ、田島さんはおびただしい数の流木や木の実などを集めて作ったオブジェの数々を設置し、「空間絵本」として新たな命を吹き込みました。
遊び心に溢れたオブジェの数々を眺め、空間に描かれた絵本の物語性を楽しみました。

十日町、黒滝へ

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作品を見るために、里山から森へ続く道をひたすら歩く。

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森の中で出会う、さまざまな高さの椅子。カメルーン出身の作家、バルトロメイ・トグオの「Welcome」。

どうしても見たい作品があったので、絵本と木の実の美術館からさらに15分ほど車を走らせました。
カメルーンとフランスで活動するバルトロメイ・トグオの「Welcome」です。
鑑賞するには少し覚悟がいる作品です。中手という集落で車を降りてから、作品が設置されている場所にたどり着くまで、さらに片道20分の道のりを歩かなくてはなりません。
杉林を過ぎ、棚田を横に眺めながら歩くと、やや急な下り坂を経て道は森の中へと続いていきます。
森の中の道沿いに現れる頼りなげな椅子に導かれるように進むと、やがて椅子たちが大量に集まっているポイントに出くわし、最終的に、黒滝と呼ばれる小さな滝が眺められる場所にたどり着きます。
作品には、社会に翻弄され、移動を余儀なくされる亡命者や難民たちへのまなざしが反映されていると言われますが、詩的な美しさにも溢れています。
作品がはらむさまざまな意味について、歩きながらゆっくりと考えてみる。
上り坂が苦しい帰り道も、大切な時間に思えてきました。

朝から十日町市内の作品を見て回りましたが、この黒滝での鑑賞を終えた時点で夕方になってしまいました。今日はここまでとし、十日町市内の宿に戻りました。

中里、清津峡渓谷トンネル

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清津川を眼下に臨む清津峡渓谷トンネル入り口。清津峡は岩体がなす景観から、日本三大渓谷のひとつに数えられている。

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トンネルを進み、3か所の見晴所を経てたどり着くパノラマステーションに設けられた、マ・ヤンソン/MADアーキテクツによる「ライトケーブ」。

翌朝、十日市の南に位置する中里のエリアを目指しました。
信濃川をはじめとする河川によって築かれたダイナミックな地形が中里地区の特徴です。
十日町中心地から車を走らせること約30分。山間に宿が立ち並ぶ温泉街の奥に、清津峡渓谷トンネルの入り口があります。
1996年に造られた観光用トンネルを、中国出身の建築家であるマ・ヤンソン/MAD アーキテクツがリニューアルしました。
ひんやりと涼しいトンネルを750メートル歩きます。見晴らし所を何度か通り抜け、最後にたどり着くのが、パノラマステーションと名付けられた絶景ポイントです。
床一面を潤す湧水と、ステンレスの壁面に、渓谷の景色が円形に映りこみ、得も言われぬ美しさです。
未来都市からの眺めを思わせつつも、外の風景を内部に取り込む東洋的な空間意識も感じました。

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エントランス施設にある、マ・ヤンソン/MADアーキテクツによる「ペリスコープ」。天井に潜望鏡のように映り込む風景を眺めながら足湯を体験できる。

新作だけで170点を超える大地の芸術祭。
広大なエリアに点在する作品には長い距離を超えて会いに行く必要があります。
冬場には3メートルの豪雪に見舞われるこの地域、多くの展示会場に廃校や使われなくなった公共施設が使われていること自体、過疎化の深刻さを物語っています。
しかし、作品を巡りながら、便利さとは対極にある価値観について度々考えさせられました。
ぜひ、越後妻有の町や里山、そして森の中に、作品を訪ねてください。

展覧会情報

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018
9月17日まで
会場:越後妻有里山現代美術館[キナーレ]ほか
開場時間:午前9時~午後7時(芸術祭会期中)

住所/アクセス

※今回紹介した作品に関連する施設のみ

◎越後妻有里山現代美術館[キナーレ]
十日町市本町6-1-71-2

◎魚沼中条駅
十日町市中条甲旭町

◎高龗神社
十日町市中条乙2581

◎妻有田中文男文庫
十日町市下条1-307(旧上新田公民館)

◎絵本と木の実の美術館
十日町市真田甲2310-1(旧真田小学校)

◎清津峡渓谷トンネル
十日町市小出