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2018年7月22日 / 旅の紹介 第72回 長野へ 縄文の息吹を感じる旅

縄文文化が最も華やかに開花したと言われる縄文時代中期。実は、この時代の遺跡が最も多く発見されているのは長野県、中でも八ヶ岳西南麓に集中します。“縄文銀座”と言われるこのエリアを訪ねました。

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長野県にある茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館。「縄文のビーナス」(左)と「仮面の女神」(右)の2件の国宝を収蔵する。

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今から約1万3000年前に始まって、およそ1万年続いたとされる縄文時代。中でも、縄文時代中期(今から5000年~4000年前)には「縄文のビーナス」(国宝)をはじめとした土偶が数多くつくられ、火焔(かえん)型土器などダイナミックな立体装飾が発達しました。
縄文時代の中で最も人口が増加し、発見されている遺跡の数が多い時代でもあります。
縄文時代中期の文化が繁栄した“縄文銀座”のど真ん中、長野県諏訪郡富士見町と茅野市の2つの考古館を訪ねました。

井戸尻考古館

まず向かったのは、JR中央本線の信濃境駅から徒歩約15分の井戸尻(いどじり)考古館です。

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井戸尻考古館。地元の農家の方や高校生など、発掘に携わった人々が立ち上げた井戸尻遺跡保存会が前身となっている。

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貴重な史料が密集する展示室。

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カエルと人間が組み合わさったような装飾がどこかミステリアスな半人半蛙文有孔鍔付土器(重要文化財)(右手前)。

狩猟採集民というイメージが強い縄文人ですが、実はクリや豆などの栽培を行っていたことが近年わかってきました。
井戸尻考古館は、もう一歩踏み込み、石器がどんな用途に使われていたかなどに注目し、縄文人を山岳地帯の焼畑農耕民ととらえ、その検証を行ってきました。
さらに、同じ生活文化を共有する民族に伝わる神話に注目し、土器に描かれた図像の意味と背景を読みとく研究も続けてきました。

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人面深鉢。縄文人にとって土器イコール女神の身体と考えられていたという。

例えば、アーモンド形の独特の目をした人面が付けられた深鉢。
この土器を、小松隆史館長は焼畑農耕起源の神話――殺された女神の身体から作物がもたらされる神話との関連で読みときます。
日本神話には、スサノオに切られた死体から作物を誕生させるオオゲツヒメが登場しますが、この神話も環太平洋地域に広がる神話と同じタイプと考えられるそうです。
土器イコール女神と考えれば、そこで煮た食物は、女神の身体からもたらされたことに等しく、この系統の土器がほとんど故意に破壊された状態で発見されることとの関連も説明できると語ります。
この深鉢は、単なる器ではなく、収穫への感謝と再生への祈りが込められた存在ということになります。

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坂上遺跡出土の土偶(重要文化財)。尖石縄文考古館収蔵の国宝「縄文のビーナス」と「仮面の女神」の中間の時代の作と考えられている。

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水煙渦巻文深鉢(左)。1970年代に官製ハガキの切手部分のデザインにそのビジュアルが採用されていた。

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井戸尻考古館前。井戸尻遺跡が発掘されたあたりから水車小屋と山々を眺める。晴天だと甲斐駒ヶ岳から富士山が一望できる。

茅野市尖石縄文考古館

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茅野市尖石縄文考古館。周囲は尖石遺跡を含む史跡公園。

縄文人が生み出した美と謎めいた世界観に圧倒されつつ、次の目的地、茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館へと向かいました。信濃境駅から約15分の茅野駅を経て、蓼科高原方面にバスで約20分揺られてたどり着きます。

茅野市尖石縄文考古館は、1995年に縄文時代の出土品として初の国宝指定を受けた「縄文のビーナス」と2014年に新たに国宝になった「仮面の女神」の2件の土偶を含む2000件を収蔵しています。地元で小学校の教員を務めながら研究を続けた考古学者・宮坂英弌(ふさかず)によって戦前から発掘されてきた尖石遺跡の一角で、1979年に開館しました。

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逆三角形の仮面をつけたような顔をした土偶「仮面の女神」(国宝)。縄文時代後期。(手前右)

2件の国宝土偶が展示されているのは第2室です。
土偶のほとんどは墓から発見されることが多く、何らかの理由で壊され破片は散逸しているのが普通でした。壊された形跡がない「縄文のビーナス」や、ほぼ完存した状態で発掘された「仮面の女神」は、むしろ例外なのです。

「仮面の女神」は「縄文のビーナス」より1000年ほど後の縄文時代後期に制作されたと言われています。同じ茅野市内で発見された土偶ですが、「縄文のビーナス」の様式が廃れた後、南東北(現在の福島あたり)で生まれた新傾向が関東を経由して伝わり「仮面の女神」が誕生したと言われています。“縄文銀座”は縄文文化の結節点でもあったのです。

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土偶「仮面の女神」とともに出土した鉢形土器。うち8点は「仮面の女神」の附(つけたり)国宝として付属的に国宝に選ばれた。

「仮面の女神」のすぐ横のケースに、同時に発掘された鉢形土器の8点が展示されています。神にささげられる食物を盛り、儀式を行い、この器に盛られた食べ物を人々も口にするという「神と人がともに食事をする器」という説もあるそうです。

※国宝土偶2点は、「縄文―1万年の美の鼓動」展に展示のためレプリカが展示されています。その後12月8日まで、パリ日本文化会館で開催の「ジャポニスム2018 縄文」に展示されます(附国宝の鉢形土器は実物を展示)。

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粘土を重ね付けした立体装飾は縄文時代中期の特徴。右側の土器の口縁部は、とぐろを巻く蛇を思わせる。

八ヶ岳山麓の縄文文化を紹介する展示室に足を踏み入れると、まず目を引くのが縄文時代中期土器の立体装飾です。さまざまな蛇の様子がかたどられていることに気が付きます。

「毒があるマムシもいるし、血清もない時代なのでかまれたら終わり、という危険なパワー。そのパワーにあやかりたい、という思いがあったのか。あるいは脱皮する蛇に再生や生まれ変わりを重ねていたのか。他には、春を告げる季節的な意味もあるかもしれません。もしくは、食料を食べにくるネズミを捕食してくれるありがたい存在など、さまざまなことを複合的に考えて表わしているのでしょう」(学芸員・山科哲さん)

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エレガントな胴のラインで人気が高い深鉢。縄文時代前期。「古い時代だから稚拙ということはなく、テクニックやセンスの輝きを感じていただけると思います」と山科さん。

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土器の質感を体感してほしいと、ガラスケースなしで展示しているコーナー。

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土偶たちの破片。動物のような顔、宇宙人のような顔……。

2件の国宝土偶の存在感は圧倒的です。しかし、小さな土偶たちも不思議な魅力を持っています。
現在では、儀式のために作られたと考えられている土偶ですが、中には焼けていない粘土が付着しているものもあり、子どもの玩具としても使用された形跡を感じると山科さんは語ります。
また、実際の土器を小さなサイズで見立てた“ミニチュア土器”もありました。儀礼行為に使われたと考えられていますが、まだ研究は進んでいません。ただ、明らかに作りがあまいものも混ざっていることから、山科さんは“ごっこ遊び”にも使われたと考えているとのこと。
飢餓と隣り合わせに暮らす縄文の生活においても、子どもたちは遊びながら生きることを学んだのかもしれない、と考えるとますます縄文の世界への親しみがわきます。

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茅野市尖石縄文考古館の北側には与助尾根遺跡が広がる。竪穴住居の復元住居が点在。

茅野市尖石縄文考古館の目の前に広がる与助尾根遺跡からは40戸の竪穴住居が発掘されました。うち6棟が、建築家・堀口捨己が設計した図面をもとに復元されています。

諏訪大社上社

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諏訪大社4社の中で最初に鎮座したと言われる上社前宮。

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諏訪大社上社前宮御本殿の四方にまつられた諏訪のシンボル、御柱。前を流れるのは「水眼」として知られる名水。

尖石縄文考古館からJR茅野駅に戻ると、駅の反対側に諏訪大社上社前宮と本宮があります。せっかくなので、訪れてみてはいかがでしょうか。
下諏訪にある諏訪大社下社と上社あわせて4宮の中で、最初にこの地に鎮座したと言われるのが諏訪大社上社前宮です。豊かな森と水に囲まれ、古代の面影が強く感じられる場所です。

神長官守矢史料館ほか

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茅野市出身の建築史家/建築家・藤森照信による茶室「高過庵」(2004年、奥)と竪穴式茶室「低過庵」(2017年、手前)。

諏訪大社上社前宮から10分少々歩くと、不思議な建築群に出会うことができます。
茅野市出身の建築史家/建築家・藤森照信が手掛けた神長官守矢(じんちょうかんもりや)史料館と3軒の茶室です。「低過庵」は茅野市主催の「アートプロジェクト2017縄文」において、地元の職人とワークショップ参加者の協力で建てられました。
竪穴住居を思わせますが、銅葺きの屋根は未来的で、ファンタジーの世界に迷い込んだようです。(※茶室は外から見ることができますが内部の見学はできません。)

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神長官守矢史料館。諏訪神社において神長官を明治初期まで務めてきた守矢家に伝わった1618点の古文書を収蔵。建築家・藤森照信のデビュー作となった建物。

長野県の八ヶ岳西南麓は縄文時代の貴重な資料に出会うことができる場所。“縄文銀座”への旅、ぜひお楽しみください!

インフォメーション

◎井戸尻考古館
長野県諏訪郡富士見町境7053
開館時間 午前9時~午後5時
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
アクセス JR中央線「信濃境」駅下車徒歩15分

◎茅野市尖石縄文考古館
長野県茅野市豊平4732-132
開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
アクセス JR中央線「茅野」駅下車、メルヘン街道バス「尖石縄文考古館」すぐ

◎諏訪大社上社前宮
長野県茅野市宮川2030
アクセス JR中央線「茅野駅」下車徒歩25分

◎神長官守矢史料館
長野県茅野市宮川389-1
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
アクセス JR中央線「茅野駅」下車徒歩40分

展覧会情報

◎東京国立博物館では「縄文―1万年の美の鼓動」が開催中です。9月2日まで。