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2018年7月 8日 / 旅の紹介 第71回 愛知へ 名古屋城本丸御殿と尾張の城を巡る

1615年、徳川家康の命により名古屋城内に建てられた本丸御殿。1945年の名古屋大空襲で天守と共に焼失してしまいましたが、名古屋市は2009年から復元に着手。この6月に工事が完成し一般公開が始まりました。今回の日美旅では名古屋城を起点にして、徳川家の遺愛品が展示されている徳川美術館や、尾張の城などを巡ります。

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名古屋城と本丸御殿は国宝に指定されていたが、1945年の空襲によって焼失。天守は戦後1959年に再建された。本丸御殿の復元は2009年に着手された。

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名古屋城本丸御殿

城郭建築として国宝第1号に認定されたのが名古屋城だったことをご存知でしょうか? 徳川家康が九男義直の城として建てさせたとされ、1945年に戦災で焼失するまで日本最大の天守でした。

1612年に天守、1615年に本丸御殿が完成。さらにその約20年後にあたる1634年には、将軍が上洛(じょうらく)する際の御殿である上洛殿が本丸御殿を増築するかたちでつくられました。

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このたび復元が完成した本丸御殿。一般公開が6月から始まっている。

本丸御殿の復元は2009年に開始されました。これまで段階的に復元され順次一般公開がされていたのですが、このたび最も壮麗と言われた上洛殿の区画が完成し、大きな話題となっています。

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本丸御殿とは回廊でつながっているが、奥に進み上洛殿に足を踏み入れた瞬間、雰囲気が変わるのを体感できる。

「最初に本丸御殿が築かれたのは大坂の陣の時期です。一方、上洛殿はそれから20年後、泰平の世を迎えたのちに三代将軍家光の上洛に合わせてつくられました。もともとの本丸御殿と上洛殿とは建物としてはひとつながりになっていますが、上洛殿へ通じる敷居をまたいだ瞬間に時代を飛び越えた気分になれるというか、世の中がどう変わったかということが空間にも現れているので、その辺りを感じていただけたらと思います」(名古屋市観光文化交流局 名古屋城総合事務所 岩田悠佑さん)

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上洛殿一之間。豪華絢爛(けんらん)な欄間は富山県の井波彫刻師が復元を手がけた。

もともとの本丸御殿が藩主の政務を行う場所として建てられたのに対し、上洛殿は将軍のための御殿としてつくられたためことさらぜいたくなつくりになっているのですが、それだけでなく「戦乱のない世になったからこその文化的洗練が上洛殿にはよく表れている」そうです。

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三之間の「雪中梅竹鳥図」。狩野探幽作と伝えられる上洛殿のふすま絵が復元模写されている。

たとえば上洛殿のふすま絵を手がけたのは狩野探幽を中心とした狩野派の絵師たちと言われていますが、その中でも三之間にある「雪中梅竹鳥図(せっちゅうばいちくちょうず)」は余白を美しく見せる表現が見事です。探幽のこうした表現が出てきて以後、日本の絵画表現はより洗練されていったという見方もあります。

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復元された透かし彫りの欄間。青い鳥は尾長鳥。

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飾り金具の復元は名古屋や京都の仏具職人が担当した。

上洛殿内の工芸を眺めていると、いかに全国から職人の技の粋がこの地に集結され、最高の饗宴(きょうえん)の舞台となったかがわかります。今回の復元では、精緻な透かし彫りが目を引く欄間の木彫は富山県の井波彫刻師が彫りを手がけ、塗りを京都の職人が手がけました。きっと、築城当時にも優れた職人が全国各地から参加したことでしょう。さまざまな人々がいろんな土地から呼び寄せられ、名古屋という都市がいちどきに活気づいたことが想像されました。

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湯殿書院。将軍のバスルームでサウナのような蒸し風呂式。写真中央に見える小部屋の中に入って蒸気を浴びる仕組み。

本丸御殿では、美術品や建物の造りから「部屋の格」を体感することもできます。たとえばふすま絵なども絵の主題で格の違いが表されていると言います。天井の造作にも違いがあります。上洛殿一之間・二之間の天井は黒漆塗金具付格天井。格天井(ごうてんじょう)と呼ばれる格子状の天井はそれだけでも格式高いものですが、更に黒漆、金具、天井画が加えられより高級であることがわかります。

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上洛殿二之間天井は黒塗りの格天井で金具と天井画もほどこされている。

一方、増築以前の本丸御殿では、格天井であっても豪華な造作は施されていなかったり、客が待たされる玄関の間では格天井より格式的には下の竿縁(さおぶち)天井が使われていたりします。

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表書院上段之間は折上小組格天井(おりあげこぐみごうてんじょう)。白木で塗りは施されていない。

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来客の待合場所である玄関と表書院に向かう廊下部分の天井は竿縁(さおぶち)天井。

そういえば、建材としては本丸御殿全体を通じて木曽ひのきが使われていました。木曽は尾張藩の一部であり、尾張徳川家にとって林業は重要な産業でした。建築当初、総ひのきであったことに納得。この度の復元でも、節のない高級材の木曽ひのきが9割以上使われているとのこと。尾張徳川家の御殿を象徴しているようでした。

徳川美術館

戦乱の世が終わった後の時代ゆえの文化的な洗練。それは名古屋城本丸御殿に続いて訪れた徳川美術館でも体感できました。

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徳川美術館内、名古屋城二之丸御殿表書院の再現。展示されているのはすべて尾張徳川家に伝わった大名道具。

徳川美術館はもともと尾張徳川家の別邸があった敷地に建っています。尾張徳川家に伝わる大名道具が毎月内容を変えながら展示されていますが、収蔵されている道具の点数は1万件あまり。国内で一番、大名道具が充実している場所です。

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二之丸御殿内にあった能舞台の再現。御殿内に能舞台がつくられるのは珍しくなかったという。

館内には、名古屋城内にあった二之丸御殿の室内が部分的に再現されています。名古屋城の二の丸御殿は、天守や本丸御殿と違い明治期に取り壊されてしまったので、その全容を伺い知ることはかないませんが、こちらでその雰囲気を知ることができます。

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徳川家の嫁入り道具。まき絵が美しい。

武具、刀剣、茶道具、能装束……、道具の種類は多岐にわたっています。上洛殿で体感したように、ここでも道具のひとつひとつから使う人の身分や格といったものが伝わってきます。たとえば嫁入り道具では総梨地に豪華な漆塗りとまき絵が施されていました。総梨地を使って良いのは徳川家一門と決まっていたそうです。

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刀剣に付属する装飾具の「小柄」(こづか)(下)と「笄」(こうがい)(上)。細かなところにも文化の洗練が感じられる。

なお徳川美術館といえば、国宝「源氏物語絵巻」を収蔵していることでも有名。通常展示されているのは複製で、本物は毎年1度、1週間程度の短い期間だけ展覧されます。今年は特別展が企画されており、11月3日から12月16日まで1か月以上も、いつもより多くの場面が観覧できるとのことです。

清洲城跡

せっかく尾張に来たのなら、足を伸ばして周辺の城へも出かけたい。東海道本線に乗って、名古屋駅から岐阜方面に2つめの清洲駅で下車し、清洲城跡へ向かいました。 

名古屋城ができるまで尾張の中心都市は清須でした。歴史を遡れば清洲城は織田信長が天下取りに本格的に動き始めたときの居城であり、信長の死後は織田から豊臣へと城主が移り変わり、関ヶ原の戦いの後は家康の四男・松平忠吉が城主に、さらにその後を継いで家康の九男・徳川義直が城主となりました。義直が入城した頃、城下の人口は6万人ほどにも及んでいたと言います。

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清洲城を模した現在の天守の展望台から。南側には名古屋城が肉眼でも見える。

ところが1610年、家康が名古屋城の築城を指示したことで、清洲からは農民以外、家臣・町民・社寺などが一斉に引っ越しました。「清須越(きよすごし)」と呼ばれましたが、清須は一気に都市としての性格を失い、対照的に名古屋は一躍経済と文化の中心になりました。清須越がなかったら、現在名古屋が県庁所在地で230万の人口を持つ政令指定都市となることはなかったかもしれません。
「思いがけない 名古屋ができて 花の清洲も野となろう」清須越に際して詠まれた歌です。まさに栄枯盛衰というほかありません。しかし、清須が日本史上で非常に重要な場所であったことは間違いありません。

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清須市に現在建つのは1989年に清洲町制100周年を記念してつくられた模擬天守。建設当時の図面などは残っておらずあくまでイメージとしての再現。

犬山城

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現存最古の天守と言われる犬山城は1537年の建造。2階から上の唐破風やまわり縁などは江戸時代になってからの増築と言われている。

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天守の最上階からの眺望。眼下に木曽川が流れる。

名古屋城は城郭建築における国宝第1号でしたが、空襲により失われてしまいました。現在、国宝に指定されている天守は5つで、そのひとつが犬山城です。最初は織田の居城で、その後小牧・長久手の戦いの折は秀吉の本陣になり、江戸時代になって家康の側近であった成瀬正成が城主となりました。この人は名古屋城の城主・徳川義直の御付家老、すなわち補佐役です。
犬山城も明治の廃城令に伴い取り壊しの危機に遭いましたが運良く免れ、1891年には濃尾地震で半壊するも市民などからの寄付で修復されるなどさまざまな変遷を経て今があります。

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木曽川対岸から見た犬山城。江戸時代には儒学者荻生徂徠がその景観美を、中国長江流域の丘上にある白帝城になぞらえた。

城郭などの文化財が現代まで引き継がれ私たちが体験できるのがいかに希少なことであるのかを、今回の旅では痛感しました。名古屋城本丸御殿、その復元に至る労に最大限の敬意を。
名古屋城から始まる尾張の旅、ぜひご堪能ください。

インフォメーション

◎名古屋城 本丸御殿
愛知県名古屋市中区本丸1-1
開園時間 午前9時~午後5時30分(本丸御殿への入場は午後5時まで)
※2018年8月31日まで開園時間を午後5時30分まで延長しています。
(通常は午前9時~午後4時30分/本丸御殿への入場は午後4時まで)
※年間を通して一般公開(12/29〜1/1を除く)
アクセス 名城線「市役所」下車徒歩5分/市バス「名古屋城正門前」下車すぐ/なごや観光ルートバス「メーグル」「名古屋城」下車すぐ

◎徳川美術館
愛知県名古屋市東区徳川町1017
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
アクセス JR中央線「大曽根」駅下車徒歩10分/市バスまたは名鉄バス「徳川園新出来」下車徒歩3分/なごや観光ルートバス「メーグル」「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」下車すぐ

◎清洲城
愛知県清須市朝日城屋敷1-1
開館時間 午前9時〜午後4時30分
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
アクセス 名鉄名古屋本線「新清洲」駅下車徒歩15分/JR東海道本線「清洲」駅下車徒歩15分

◎国宝 犬山城
愛知県犬山市犬山北古券65-2
開館時間 午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日 12月29日〜31日
アクセス 名鉄犬山線「犬山」駅下車徒歩20分