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2018年5月13日 / 旅の紹介 第67回 井上安治 浅草〜日本橋・文明開化を感じる旅

明治時代前期に活躍した絵師・井上安治(1864〜1889年)。安治が木版画を通じて描き出したのは、西洋から入ってきた文明によって大きく変化しつつあった街の景観でした。安治の絵を手がかりに、文明開化の頃の東京を感じる旅をしてみました。  

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浅草の中心にかかる「吾妻橋」。東京スカイツリーとアサヒビール本社ビルが目の前にそびえ立ち、どことなく未来的にも映る現在の景観。 

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写真がまだ一般に浸透する以前の明治初期。文明開化により人々の暮らしが変わっていった様子を現代に伝えてくれる資料という点でも、当時の風景木版画は貴重です。明治13年から22年まで絵師として活躍した井上安治の東京名所絵のシリーズで描かれた場所の中から、今回は浅草〜日本橋のスポットを選び、絵と照らし合わせながらツアーをしてみました。

【浅草】吾妻橋

降り立ったのは浅草。浅草寺は1400年近い歴史があると言われ、その周りは古くより門前町とし栄えてきました。江戸・明治期には一層の栄華を誇り、まさしく東京の中心的な繁華街でした。

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人でひしめく浅草寺の仲見世。明治期にもすごいにぎわいだったことが井上安治の描いた浅草の風景画からうかがい知れる。

そして街の中心にかかる吾妻橋。橋ごしに見える東京スカイツリーやアサヒビールの建物とセットで、浅草観光の人気の撮影スポットですが、井上安治が描いた頃も、吾妻橋は話題を集めた新名所でした。

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東京真画名所図解 吾妻橋 井上安治 1887-1889年 木版画 画像提供=ガスミュージアム 

これが、井上安治が描いた吾妻橋。1887年に鉄橋としてリニューアルされた、まさにできたてホヤホヤの新名所をタイムリーに絵にした一枚です。隅田川にかかった最初の鉄橋で、ひと目見ようと人々がひしめき合っているさまがわかります。現代人の私たちに置き換えれば、ちょうど東京スカイツリーができたときの行列のようなものでしょうか。

【蔵前】浅草御蔵跡

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吾妻橋交差点の北側すぐ、隅田公園自転車駐輪場内ほかでレンタサイクルができる。 

浅草駅前から江戸通りを南下して蔵前方面へ。今回の旅には自転車がオススメです。台東区は公営のレンタサイクルが充実しており、隅田公園自転車駐輪場などで手軽に自転車を借りることができます。

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蔵前橋のたもとにある浅草御蔵跡の碑。

駒形橋、厩橋(うまやばし)と、隅田川にかかる橋を順に横目に見ながら、その次の蔵前橋のたもとへ。ここには浅草御蔵(おくら)跡の碑があります。浅草御蔵とは江戸時代、幕府が管理する全国からの年貢米や買上げ米を収めておく蔵があった場所。周りに店も人も集積し、明治になっても商業地として変わらぬ繁栄が続きました(現在の「蔵前」という地名はここから来ています)。井上安治の絵の師匠・小林清親が描いた木版画「浅草蔵前夏夜」からも、当時の活気が伝わってきます。

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小林清親「浅草蔵前夏夜」 1881年 木版画 画像提供=ガスミュージアム

現在の蔵前はと言えば、数年前から古いビルをリノベーションした店や宿泊施設などが若い人たちを中心につくられ、新しい文化が生まれる場所として注目を集めています。

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現在の蔵前は、古い建物を再生して店にする若い人たちの動きで活気がある。

【浅草橋】柳橋花街跡と【両国】百本杭 

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浅草橋雨中之景 井上安治 1881年 木版画 画像提供=ガスミュージアム

さらに江戸通りを下り、総武線の線路をくぐり、柳橋1丁目・2丁目へ。この辺りは江戸中期から花街として発展。明治に入っても神田川沿いに舟宿が並び、料亭や芸者衆も多く、隆盛を誇りました。今はほとんどなくなってしまいましたが、よく探すと面影を見つけることができます。おいなりさんの門柱に目をやると、そこに「柳橋芸姑組合」「柳橋料亭組合」と、ひときわ大きな文字で彫られていました。

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柳橋にあるおいなりさん。門柱に「柳橋芸姑組合」「柳橋料亭組合」と大きく書かれている。

総武線の線路は隅田川を横切って続いていますが、対岸のたもとの辺りが、小林清親や井上安治の名所絵に描かれている百本杭(ひゃっぽんぐい)があった場所です。

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東京真画名所図解 両国百本杭之景 井上安治 1881-1889年 画像提供=ガスミュージアム

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総武線鉄橋下の隅田川の湾曲した部分に沿って、護岸のための杭「百本杭」があった。安治の版画のアングルとだいたい同じと思われる場所から撮影してみた。向こうに見えるのは両国橋。

百本杭は数々の浮世絵に登場しており、広重の「名所江戸百景 両国橋大川ばた」などでも確認できます。また歌舞伎では、かなわぬ恋のふたりが身を投げる場所として百本杭が登場します。

【兜町】鎧橋と海運橋

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鎧橋。橋を渡ったすぐ向こうに東京証券取引所の建物が見える。

百本杭の跡を見るために両国側に渡りましたが、次の新大橋で戻って南下、日本橋方面へ。浜町、水天宮を通り過ぎ、たどり着いたのは日本橋川にかかる鎧橋(よろいばし)。

天井は首都高速に遮られています。橋の向こうは日本橋兜町で、東京証券取引所が見えています。なぜ井上安治はこの場所を名所絵の中で描いたのでしょう。

兜町を歩いていて、こんな地図を見つけました。「兜町歴史地図」。またそのすぐ横には「銀行発祥の地」と書かれたパネルが。この場所にはかつて日本で最初の近代的な銀行、第一国立銀行が建っていました。1873年に建てられた建築は日本のお城のような風貌でありつつ、石造でベランダが付いた“擬洋風建築”として話題を集め、東京の新名所となり、浮世絵にもたびたび描かれたのです。井上安治の浮世絵「鎧橋夜」もよく見ると、独特の容姿をした第一国立銀行のシルエットが描かれているのがわかります。

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東京真画名所図解 鎧橋夜 井上安治 1881-1889年 木版画 画像提供=ガスミュージアム

ちなみに、「銀行発祥の地」のパネルが貼ってあった第一国立銀行跡地は現在、みずほ銀行兜町支店になっています。実はみずほ銀行の前身は第一銀行と言い、国立銀行であった第一国立銀行が民営化されてできた銀行なのです。
 

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みずほ銀行兜町支店の外壁に、兜町歴史地図と銀行発祥の地についてのパネルが貼ってある。

みずほ銀行兜町支店の目の前に「首都高日本橋兜町駐車場」がありますが、ここも井上安治の名所絵に登場するスポットの跡です。今は想像もつきませんが、高速道路が建てられている土地はもともと楓川という川で、そこに海運橋という橋がかかっていたそうです。鎧橋の絵と同様、橋の向こうに第一国立銀行の擬洋風建築のシルエットがみえる作品を安治は描いています。楓川は1965年に埋め立てられました。

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この辺りが「海運橋」跡。道路の脇には、かつての海運橋の親柱が記念碑となって残されている。

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東京証券取引所の向かいにある「日証館」は第一国立銀行設立の中心人物となった実業家・渋沢栄一の邸宅跡。その邸宅も井上安治の名所絵に登場する。

江戸橋と日本橋

海運橋跡を抜けて進むとすぐ昭和通りに出て、日本橋川に江戸橋がかかっているのが見えます。安治は江戸橋も描いています。そして、そこから中央通りに進むと、江戸時代より五街道の起点として栄えた「日本橋」です。ここもまた名所絵のモチーフとして登場しています。

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東京真画名所図解 日本橋夜景 井上安治 1882-1889年 木版画 画像提供=ガスミュージアム

安治が描いた日本橋の景色がこちら。そして現在の日本橋はと言うと、橋の上に首都高速道路が覆いかぶさるという独特の景観です。

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現在の日本橋。橋の上に高速道路が走る。

1964年の東京オリンピックに合わせてつくられたのが首都高速都心環状線道路であり、現在の日本橋は、昭和期の東京の都市開発がつくった風景と言えます。2017年7月、国土交通省と東京都、首都高速は日本橋周辺区間の首都高の地下化に向けた検討を進めていくと発表しました。果たしてこれからの東京の名所の景色はどのようになっていくのでしょうか。過去から現代までの東京の景観を体感する旅を通じて、最終的には未来に思いをはせました。 

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日本橋のたもとにある船着き場。ここから東京湾クルーズに出かけることができる。

小平市/ガスミュージアム 

さて、ここまで明治初期の東京の街の風景を井上安治の名所浮世絵とともに振り返ってきましたが、記事中に登場した安治の名所絵、よく見ると何枚もの作品で共通のモチーフが描きこまれていたのにお気づきでしょうか。それはガス灯です。

明治時代の文明開化のひとつが、ガスによる街のあかりでした。日本で最初のガス灯がともったのが横浜で明治5年。明治7年になると東京でも銀座通りを中心にガス灯が整備されました。大正に入って街灯は電気が中心になり、ガスは主に熱源としての用途に変わっていくことになりましたが、明治時代、街のあかりと言えばガス灯だったのです。そしてそのことと小林清親が確立した、光と影の趣きを効果的に表した「光線画」のスタイルとは無関係ではありませんでした。

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東京ガスが運営する「ガスミュージアム」(小平市)。庭には明治5年に横浜で設置されたガス灯の実物が移築され、今もガス灯として点灯されている。

「明治になり、ガス灯が登場して、夜の景色が積極的に描けるようになったのではないでしょうか」(ガスミュージアム 館長・千葉和宏さん)

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ちょうど井上安治の版画「吾妻橋新築之図」が展示されていた。(7月1日まで開催の「明治赤絵」展の展示より)

小林清親と比べても井上安治の絵には夜を描いたものが多い。そこにはガス灯という文明開化が大きく関係していました。小平市にある「ガスミュージアムがす資料館」を訪れると、ガスが人々の暮らしの風景をどう変えてきたか、肌で感じることができます。また明治期の人々の暮らしの考証にもなるという理由から、明治の浮世絵が400点近く収蔵・展示されています。いつも井上安治の版画が展示されているわけではないですが、年3回の企画展の中で安治や小林清親が見られる機会も少なくありません。ぜひ足を運んでみてください。

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ガスミュージアムには、小林清親が描いた「東京名所図 第一回内国勧業博覧会瓦斯館之図」に登場する花ガス(※)のレプリカがあり、点灯実演も見られる。 

※花ガス……今で言うネオン的な存在。明治時代は宣伝用の看板に多く使われていた。

インフォメーション

◎浅草御蔵跡碑
東京都台東区蔵前2-1

◎ガスミュージアム がす資料館
東京都小平市大沼町4-31-25
開館時間 午前10時〜午後5時
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)
アクセス 西武新宿線「花小金井」駅・JR中央線「武蔵小金井」駅・西武池袋線「東久留米」駅の各駅からバス、「ガスミュージアム入口」下車、徒歩3分

展覧会情報

◎小平市「ガスミュージアム がす資料館」ガス灯館2階「ギャラリー」で「赤い衝撃『明治赤絵』展」が開催中です。7月1日(日)まで。