日曜美術館サイトにもどる

2018年4月 8日 / 旅の紹介 第65回 フランス・ペイルルバードへ ルドン発見の旅

1840年、フランスに生まれたオディロン・ルドン(〜1916年)は、生後すぐにボルドーの郊外リストラック=メドック村のペイルルバードという場所に里子に出されました。幼少期を過ごしたこの地がルドンの創作の源泉となったと言われています。

redon_01.jpg
一路ペイルルバードへ。ボルドーから車で30分も走るとあたり一面ブドウ畑の風景。

nb406_map3_a.jpg

ルドン作品の原風景を訪ねる

ルドンの父親が経営していたワイン農園があった場所に、ルドンが里子に出されたのは生後2日目のこと。一説には癲癇(てんかん)の療養のためだったとも言われていますが、親元からひとり離れ、幼少期を過ごす日々はルドンに暗い影を落としたようです。ただ同時に本人の回想によれば、ペイルルバードの“空”や“雲”が彼の心を捉え、飽くことなく眺めていたといいます。結局ルドンは11歳までこの地で暮らした後、ボルドーに戻りましたが、その後もたびたび訪れ、さらに父親が土地を売却することを決めた際には抵抗し、資金援助を募ったり訴訟を起こしたりもしました。文字どおりルドンにとってのふるさとであり、原風景となった場所。「ペイルルバードの小径」「メドックの秋」など、直接的にその場所を描いた作品も何点もあります。

シャトー・ペイルルバード

ボルドー市内から車で北西に小一時間。ペイルルバードは、ボルドーワインの産地として有名なメドック地区にあります。メドックの中にはマルゴー、ポイヤックなどいくつも村がありますが、そのうちのひとつ、リストラック=メドック村の一部がペイルルバードです。もっとも、今回の旅にあたりボルドーの観光局に問い合わせましたが、地元の人でもペイルルバードという名を知っている人は多くはありませんでした。

redon_02.jpg
ロスチャイルド家が管理するワイン農園「シャトー・ペイルルバード」。

かつてルドンの父親が持っていたワイン農園の跡には現在シャトー・ペイルルバードがあります。ロスチャイルド家がメドック地区で管理するいくつかのシャトーのひとつで(※シャトーとはワイン農園のこと)、一般公開はされていません。ただ、マルゴーやポイヤックのシャトーは敷地が塀で囲われ立派なお屋敷が建っているところが少なくないのですが、ここは門が目印としてあるのみで、あとはブドウ畑がひたすら広がっています。

redon_03.jpg
門のあたりからの眺め。ずっと同じ風景が続いている。

リストラック=メドック村では他のシャトーも素朴な感じで、村全体もシャトーと雑木林以外ほとんど何もない田舎という感じでした。小さな村で、車だとあっという間に通過してしまいます。地域の雰囲気をひとことで表すなら、おだやかそのものです。

redon_04.jpg
刻々と雲のかたちが変わっていく。

しかし何もさえぎるものがないだけに空、雲の存在感がダイレクトに伝わってきます。海洋性気候のため、雲の量がすごく、しかも刻々とそのかたちを変えていきます。晴れと喜んでいたのもつかの間、いきなりうす暗くなってにわか雨が降ったり、かと思えば急に光が差したり。日が差したときの緑がきらきら光るさまや、遠くの建物がフワッと浮かび上がるように見える感じが、ルドンの絵画が持つ色彩感をほうふつとさせました。 

redon_05.jpg
青い空を雲が覆い、野原に木が立つ。少し寂しげな風情もどことなくルドンっぽい。

地元のレストランでランチ

redon_06.jpg
リストラック=メドック村のお隣り、アルサン村(Arcins)で見つけたレストラン。

車で近くのレストランに入り昼食を取りました。場所はリストラック=メドックに隣接したアルサン村でしたが、リストラック=メドック村も含めてこの辺りはお店がほとんどありません。近所のおじいちゃんおばあちゃんが食べに来ており、のどかそのもの。メニューも伝統的な土地の料理で、うさぎのリエット、子羊の煮込み、ポタージュなど。食後のコーヒーにはボルドーの郷土菓子カヌレも付き、ワインも込みで驚くほどお値打ちでした。

redon_07.jpg
うさぎのリエット。テリーヌ。もちろんボルドーワインも。

redon_08.jpg
ボルドーと言えば、カヌレ。

せっかくなのでシャトー・ペイルルバードのワインが飲んでみたかったのですが、残念ながら置いてありませんでした。翌日ボルドー市内のお店などでも探してみたのですが、結局今回の旅では見つからずじまい。ラベルにはルドンが暮らしたペイルルバードの農園と屋敷の様子を思い起こさせる絵が描かれているとのことです。

redon_09.jpg
リストラック=メドック村近くの別のシャトー。全体的にのどか。

redon_10.jpg
シャトー・ペイルルバードのすぐ近くで「Rue Odilon Redon(ルドン通り)」という看板を発見。周りの人にも聞いたが由来はわからず。

ポイヤックとマルゴー

メドック地区全体で見るとシャトーは星の数ほどもあると言われていますが、マルゴー、ポイヤック、リストラック=メドックなど産地が細かく分かれていて、さらに場所によってできるワインの質が違うため格付けが毎年され、値段もそれぞれに違っています。全般的にマルゴー、ポイヤックなどと比べるとリストラック=メドックのワインの値段はひとまわり安いようです。ルドンの父親は最終的に経営が芳しくなく農園を手放し売却したわけですが、産地が違えばまた結果も違ったのだろうか……などと想像してしまいました。

せっかくなので、リストラック=メドック村から東へ車を走らせ、ポイヤック村に立ち寄りました。

redon_11.jpg
ポイヤック村へ。道の向こうに、ボルドーの5大シャトーのひとつシャトー・ラトゥールの塔が見える(写真中央右あたり)

redon_12.jpg
ポイヤック村のシャトー。威風堂々とした外観。

redon_13.jpg
ポイヤック村の観光局にあるワイン売り場。

その後、ジロンド川沿いをボルドー市内に戻るかたちで南下していき、マルゴー村に着きました。ポイヤック村やマルゴー村はリストラック=メドック村に比べると街っぽさがあり、飲食店なども何軒かあります。ボルドーワインのシャトー巡りツアーなどでも目的地になりやすいメジャーな場所で、観光局も設置されています。
ちなみにボルドーでは、シャトー巡りのバスツアーが毎日行われています。有名シャトーは何週間か前から予約しておく必要がありますが、格別こだわりがなければ当日いきなりでも、どこかしらで見学とテイスティングをさせてもらうことができます。

redon_14.jpg
マルゴーにあるシャトー。イギリス風の屋敷。

redon_15.jpg
マルゴーのシャトー。こちらも立派な門構え。

メドックはどこもかしこもブドウ畑が広がっていますが、その合間合間に雑木林があり、また並木道もたくさん見かけます。並木道を横目にみながら、ルドンの「ペイルルバードのポプラ」を思い出しました。

redon_16.jpg
メドックで並木道を見かけると、ルドンの「ペイルルバードのポプラ」を思い出す。

ボルドー市内へ

車でボルドー市内に戻ってくると、見事に好対照。こちらは都市です。ボルドーの街中は近年フランス国内でも住みやすい街として人気が増していますが、数十年前まではボルドーと言うと、重厚感のある建物が多く、やや威圧感があるイメージでした。冬などは雨が多いこともあり、やや暗い感じの印象を持っている方も少なくないと思います。

ルドンの作品は初期が黒一色で、その後カラフルな色彩があふれる作風へ移行したことについて、もちろんいろんな背景や状況があったでしょうが、色がいきなり現れたのではなく、もともとルドンの中に内包されていたように、ペイルルバードを旅した中で感じました。と同時に、重厚で少し暗い感じのするボルドーの街と、素朴でどこまでも大きな空が広がっている田舎のペイルルバード、ふたつの街の与える気分のコントラストも、黒から色彩への移行とどこか関係しているように感じました。

redon_17.jpg
ボルドー市内に戻ってきた。右に見えるのは街の中心にある劇場「グランドテアトル」。 

植物園

想像に過ぎませんが、田舎のペイルルバードから都市のボルドーに戻ってきたルドンにとって、植物園は癒やしの場所だったのではないでしょうか(もちろん植物学者アルマン・クラヴォーとの出会いは大きかったと思いますが)。まだ春先なので植物園の草花は小さかったですが、これから夏に向かって葉が生い茂り、花がたくさん咲いていくことでしょう。

redon_18.jpg
植物園はボルドー公園の奥にある。ルドンが生きた時代、彼に大きな影響を与えた植物学者がここで働いていた。 

ボルドー美術館

ボルドー美術館にも立ち寄りました。街の中心にあり市庁舎を真ん中に、その両翼が美術館になっています。比較的こじんまりとした美術館で展示室は10室ほど、1階のみの展示でした。

redon_19.jpg
ボルドー美術館。

redon_20.jpg
展示室の一角にルドンのコーナーが。現在はルドンの肖像画と、「翼のある男」の1点が展示。

ボルドー美術館はたくさんルドン作品を所蔵しているのですが、このときは2点の展示がされているのみでした。ただ、ルドンに大きな影響を与えた版画家ロドルフ・ブレスダンの代表作「善きサマリア人」が掛けられていました。さらにはルドン同様にブレスダンから影響を受けたという現代の銅版画家フィリップ・モーリッツの展覧会も開催中でした。ルドンとはまた作風が違いつつ、モノクロームの中に表現された独自の幻想世界がやはり魅力的でした。

redon_21.jpg
ロドルフ・ブレスダン(右端)と、フィリップ・モーリッツの作品が一緒に展示されている。

今回はボルドー郊外のペイルルバードまで足を伸ばした旅でしたが、この地を訪れたおかげで感じられたルドンが確かにありました。ワインのシャトーめぐりと合わせて、ペイルルバードへルドンを探しに行く旅、お楽しみください。

今回の出かけよう日美旅は、フランス在住の庭園文化研究家・遠藤浩子さんと造花工芸作家の岡田歩さんにご協力いただきました。ありがとうございました。

redon_22.jpg
帰りのTGVで、ジロンド川を渡るときの車窓から。雨が降っているとこんな色合い。

インフォメーション

◎ボルドー美術館(Musée des Beaux-Arts de Bordeaux)
20 Cours d'Albret, 33000 Bordeaux
開館 午前11時〜午後6時 火曜定休 

◎植物園(Jardin botanique de Bordeaux)
Espl. Linné, 33100 Bordeaux
夏期:午前8時-午後8時 冬期:午前8時-午後6時

◎シャトーめぐりについてはボルドーの観光局にお尋ねください。

展覧会情報

現在、東京・丸の内の三菱一号館美術館で「ルドンー秘密の花園」が開催中です。こちらもぜひご覧ください。(5月20日まで)