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2017年10月15日 / 旅の紹介 第54回 伊豆へ 慶派の仏像に出会う旅

今回の「出かけよう日美旅」では、慶派の仏像を求めて伊豆に旅します。慶派とは、運慶の父・康慶に始まり、鎌倉時代の仏像様式を確立した仏師の系統です。

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伊豆の国市の「願成就院」にて。運慶による仏像が並ぶ大御堂(おおみどう)の様子。※番組内の映像より

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慶派の活動の拠点は、もともと奈良でした。運慶の父・康慶のよく知られる代表作も興福寺南円堂の仏像群です。しかし、運慶は一人前の仏師となった時期が鎌倉幕府の始まりと重なったこともあり、東国の武士から求められるようになり、結果、関東方面でも優れた仏像を多く残すこととなりました。 

願成就院(がんじょうじゅいん)の運慶仏

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伊豆の国市「願成就院」。ここでの仕事が実績となり、運慶は関東方面からの依頼が増えていった。

東国における運慶の仕事の最初の場所、それが静岡・伊豆の国市にある「願成就院(がんじょうじゅいん)」です。願成就院は、鎌倉幕府初代執権・北条時政(源頼朝の妻・政子の父)が建てた寺です。

現在開催中の「運慶」展に出品されている毘沙門天立像が印象に残った方も多いかと思いますが、その所蔵元でもあります。願成就院が所蔵する運慶の仏像は5体。現在東京に“出張中”の毘沙門天以外の4体は展覧会の期間中もお寺で拝観することができます。今回の運慶展は史上最大規模でその彫刻が一堂に会するとして話題になっていますが、それを見た後でもわざわざ電車に乗って見に行く甲斐がある、見事な仏像群です。阿弥陀如来坐像、不動明王、矜羯羅童子(こんがらどうじ)、制吒迦童子(せいたかどうじ)。運慶ファンなら見逃せません!

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不動明王・矜羯羅童子・制吒迦童子三尊立像。

また、願成就院で仏像をつくったとき運慶は30代であったとも言われていますが、なぜこの場所で運慶の若き日の仕事がなされたのか、その歴史物語に思いを巡らすのも楽しいでしょう。

願成就院にある運慶仏の像内からは木札が見つかっており、そこには「檀越時政 勾当運慶」(檀越とは施主の意味。勾当とは実務に当たる人の意味)また「文治二年五月三日」から作業が始まったことが記されています。

文治二年とは1186年。そして源氏が平家を滅ぼした「壇ノ浦の戦い」があったのが1185年4月25日。その後、頼朝の命のもと北条時政が京都守護の任に着いたのが1185年11月、任務完了して離京したのが1186年3月。その2か月後の1186年5月3日に願成就院で仏像づくりがはじまっています。ご住職によると「時政の在京時に運慶とのつながりができ、京を離れる時にそのまま連れてきたのかもしれませんね」とのことでした。

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阿弥陀如来坐像。たくましく力強く、重量感に満ちている。

北条の里を散策 

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現在の願成就院のすぐ脇に広がる空き地は、もと願成就院の南塔が建っていた場所。 

敷地内には北条時政の墓もあります。しかし、推測するに鎌倉幕府の初代執権となった時政の作りし寺ですから、もともとはもっと巨大な寺院だったのではないのでしょうか?

ご住職から教えてもらいました。「実は、山門のすぐ横の空き地もかつて願成就院の一部で南塔が建っていたことが発掘調査の結果わかっています。また、願成就院のすぐ北、今民家が並ぶ一帯には巨大な池があったそうです。本尊が浄土信仰の象徴である阿弥陀如来であり、お堂の前には見事な浄土様式の庭園が広がる、大伽藍のお寺であったのだろうと考えられています」

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願成就院の近隣にある光照寺。この辺りに源頼朝・政子夫妻が暮らした邸宅があったのではないかと言われている。

北条氏というのは鎌倉時代よりも昔から、この近辺を治めていた地方の豪族だったそうです。もともと流刑者・頼朝の監視役のひとりであった時政が頼朝を支える立場に傾いていくきっかけ、それは頼朝と政子の恋愛そして婚姻にありました。願成就院から北へ100メートル程歩いたところにある光照寺の辺りは、かつて北条時政が頼朝・政子夫妻に与えた住まいのあった場所ではないかと言われています。 

その他にも周辺には、北条氏関連の史跡がたくさんあります。願成就院でもらえる歴史めぐりマップを手に歩きながら、かつての姿を想像してみるのも旅の楽しみでしょう。

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願成就院から光照寺へと向かう細道。三島大社から下田まで続く鎌倉時代の「下田街道」の跡。

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鎌倉時代の北条氏の邸宅跡地にして、室町時代には足利政知が別邸を建てたとされる「伝堀越御所跡」。

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「伝堀越御所跡」からは富士山が見える。

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「伝堀越御所跡」の向かい、一般の民家が並ぶ一角に「北条政子産湯の井戸」がある。

北條寺(ほうじょうじ)

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「北條寺」。時政の息子で鎌倉幕府2代執権・義時ゆかりの寺。

願成就院から車で5分程度の「北條寺」、こちらも北条氏ゆかりの寺で慶派の作と伝えられる阿弥陀如来坐像があります。事前にお願いしておけば、ご住職立ち会いのもと仏像を拝観することが可能です。(お寺の業務が忙しいときはお断りされる場合もあります。予約の際はご配慮ください。)

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慶派の仏と伝えられる阿弥陀如来坐像。

北條寺は北条時政の次男にして鎌倉幕府二代執権、北条義時の菩提寺。義時が亡くなった際、息子の泰時がこの寺に建てたお墓が、今もお堂の脇の小山の頂きにあります。

義時夫妻の墓がある小山からは、源頼朝が流刑の地として20年のときを過ごした「蛭ヶ小島(ひるがこじま)」の辺りも眺められます。さらにその向こうの山の上には源氏再興ののろしとなった山木兼隆襲撃の舞台が碑として残っています。車か自転車の方はそちらまで足を伸ばしても良いかもしれません。

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義時夫妻の墓。

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義時の墓がある場所からは、「蛭ヶ小島」のあった辺りに向かって景色が開けている。

かんなみ仏の里美術館

韮山から伊豆箱根鉄道で三島に戻り、さらにJRでその隣りの「函南(かんなみ)」駅へ移動。駅からタクシーで「かんなみ仏の里美術館」へ。ここでは慶派の仏師・実慶の仏像を観覧することができます。

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函南(かんなみ)町にある「かんなみ仏の里美術館」。「奈良国立博物館なら仏像館」なども手掛けた栗生明氏が設計。

実慶は運慶と同時期の慶派一門の仏師であるという記録が残っていますが、長らくその作例が見つからず幻の仏師とも言われてきました。しかし昭和59年、伊豆修禅寺の本尊が実慶作であると判明。この調査の折、函南町桑原区の当時の区長が「うちの区にも素晴らしい仏像があるので見て欲しい」と桑原薬師堂に安置されていた24体の仏像を紹介したところ、そのうちの阿弥陀三尊像が実慶の作と判明しました。現在、実慶作とわかっているのは修善寺の本尊と、かんなみ仏の里美術館にある阿弥陀三尊像の3体、計4体しかありません。

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実慶作の阿弥陀如来像と脇侍。(※現在は脇侍の一体と蓮華座が修復中で見られません)

感動的なのは、この実慶の仏像が、桑原の里人たちによって守られてきたことです。平成20年に函南町に寄付される以前は長源寺というお寺の境内の一部を借り、桑原の有志が自分たちで「桑原薬師堂」というお堂を立てて、その中に安置し大事に拝んでいたと言います。

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十二神将像のうち鎌倉初期につくられた「丑」の神将像(写真中央)も慶派の彫刻と考えられている。

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桑原の人たちが守ってきた仏像には、平安時代の薬師如来像もある。

もともと阿弥陀三尊像は、桑原にその昔あった墳墓堂のものではないかということです。鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、石橋山の戦いで戦死した長男・宗時の菩提を弔うために北条時政が桑原郷を訪れたとの記述がありますが、立派なお堂だったと伝えられており、その御本尊は時政が命じてつくらせたのではないかとの説があります。
しかし時代とともに廃寺となり、また別のお寺にまつられ、そのお寺もなくなり……というう余曲折があり、最終的に桑原の人々によって守られてきた。そして町に寄付され、現在のかんなみ仏の里美術館ができたという経緯です。

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武士好みの実直な作風だが、どこか慈悲的な優しさも醸し出ている。

実慶の阿弥陀如来は、迫力満点の運慶ともまた違う、力強さの中に上品さや柔らかさがある仏像です。また展示室では、同じく桑原の人々が守ってきた平安時代の薬師如来や、十二神将像なども観賞できます。なお、十二神将像のうち、「丑」の像は鎌倉初期で慶派の作品ではないかとのこと。リアルで迫力のある形相にドキッとさせられます。 

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かんなみ仏の里美術館から歩いてすぐの場所にある「桑原薬師堂」。

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現在は堂内にずしが残るのみだが、桑原の人々が大切にしてきたことが感じられる。

伊豆には他にも伊豆山郷土資料館(熱海市)や上原美術館(下田市 ※現在休館中。11/3にリニューアルオープン予定)など慶派の仏像が見られるスポットがあります。また伊豆修善寺の本尊は毎年11/1からの10日間だけ一般公開されます。修善寺あたりで温泉宿に泊まりながらゆっくり巡るのも良いかもしれません。
頼朝や北条家ゆかりの場所の散策も交えつつ、伊豆で慶派の仏像を巡る旅、いかがですか? 

展覧会情報

◎東京・上野/東京国立博物館平成館にて「運慶」展が開催中。11月26日まで。 

◎神奈川・横浜/金沢文庫で平成30年1月13日〜3月11日 運慶展開催予定。

インフォメーション 

◎願成就院
静岡県伊豆の国市寺家83-1 拝観:午前10時~午後4時(火・水を除く 祝日は開館)
伊豆箱根鉄道「韮山」駅、「伊豆長岡」駅 徒歩15分。
シャトルバス、レンタサイクル又は観光案内所をご利用の方は、「伊豆長岡」駅で下車。

◎北條寺
静岡県伊豆の国市南江間862-1 ※仏像の拝観は事前連絡が必要です。
伊豆箱根鉄道「韮山駅」から約2.1km。寺院前に「北条寺」バス停あり、ただし1日1本なので、注意が必要。

◎かんなみ仏の里美術館
静岡県田方郡函南町桑原89番地の1 開館:午前10時~午後4時半
JR東海道本線「函南駅」より車で約5分。