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2017年10月 1日 / 旅の紹介 第52回 現代の東京で『錦絵』と出会う旅

番組では、江戸中期に活躍した浮世絵師・鈴木春信(すずきはるのぶ)を紹介しました。
わずかな色しかなかった浮世絵版画から、錦のように色鮮やかな錦絵(にしきえ)が生まれた時の花形絵師が春信。現代の東京でその美に触れる旅に出かけました。

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江戸末期の安政期から続く浮世絵の摺(す)りの工房「高橋工房」。ギャラリーを併設する。

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浮世絵と聞くと、まずその鮮やかな色彩が思い浮かぶかもしれません。
しかし、浮世絵は最初からカラフルだったわけではありませんでした。
1765年頃、武士や裕福な商人の間で大流行していた絵暦(えごよみ・月の大小の区別を記したカレンダー)交換会のために、鈴木春信は多色摺(ず)りの豪華な絵暦を制作しました。
この絵暦に目をつけた版元たちが、多色摺りの豪華な浮世絵、「錦絵」として売り出したのです。

東京国立博物館・本館

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東京国立博物館本館(日本ギャラリー)では、浮世絵の名品を常に見ることができる。

江戸時代、地方から来た人は錦絵を「江戸絵」(えどえ)とも呼びました。
にもかかわらず、現代の東京でその名品を見ようと思い立っても、常に鑑賞できる場所はそう多くありません。
理由のひとつに、浮世絵の繊細さがあります。
光を浴びると色があせやすい天然染料などが使われているため、美術館では照明の明るさを抑えて展示しますが、それでも油絵のように長期にわたる展示は不可能だからです。

東京国立博物館本館2階には、縄文から江戸時代までの日本美術を紹介する「日本美術の流れ」という展示があります。錦絵を含む浮世絵を、展示替えを行いつつ公開している貴重なスポットです。展示品の母体となっているのは、約8000点の松方コレクション。戦前には国内の三大浮世絵コレクションに挙げられたものです。
まずは、東京国立博物館本館を目指しました。

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本館2階第10室「浮世絵と衣装―江戸」の展示。

錦絵を含む浮世絵が見られるのは本館2階で展示されているコレクション展「日本美術の流れ」の最後の部屋(第10室)です。
展示の最初は、浮世絵誕生の立役者である17世紀の菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の作品。
しかし、作品に描かれた吉原の遊郭の様子は、まだ墨一色で摺られています。
その後、墨で摺られた上に紅や黄色などの淡い色を筆で塗った「紅絵」(べにえ)が登場し、鈴木春信が活躍した時期を境に、色鮮やかな錦絵が広まっていったことが展示から見て取れます。
残念ながら訪れた日には春信の作品は展示されていませんでしたが、10月3日からは、春信の錦絵「弾琴美人」も登場するそうです(10月29日まで)。

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鈴木春信「弾琴美人」 写真提供・東京国立博物館(展示:10月3日~29日)

太田記念美術館

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明治通りと表参道の交差点のすぐ裏にある太田記念美術館。外国からの旅行客にも人気が高い。

次に訪れたのは賑やかな表参道。
その一本裏手に入ったところに、太田記念美術館があります、個人の浮世絵コレクションとしては世界でも有数と言われる、実業家・太田清藏(5代目)が収集した12000点の作品を有する浮世絵専門の美術館です。

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太田記念美術館。1階展示室。展示室中央に設えられた石庭に座って作品を眺めることができる。

訪れた日には、幕末から明治初期に活躍した浮世絵師・月岡芳年(つきおかよしとし)の浮世絵「月百姿」全100点が一挙に展示されていました。
月にまつわる物語の数々が、最晩年の芳年のさえわたった筆でドラマチックに描かれています。微妙な色彩のグラデーション「ぼかし」や、紙に凹凸をつける「空摺り」(からずり)など、明治期の彫師(ほりし)や摺師(すりし)の高度な技巧にもうならされます。

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月岡芳年「月百姿 玉兎 孫悟空」。勇壮な作品が多い連作ですが、ユーモラスなものも。

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2階展示室。太田記念美術館主幹学芸員の渡邉晃さん。

太田記念美術館のコレクションの特徴とは、江戸初期から明治時代まで、浮世絵の歴史全体にわたる幅広い作品をバランスよく収集している点です。
主幹学芸員の渡邉晃さんに、錦絵を含む浮世絵を鑑賞するポイントをうかがってみました。
「彫師や摺師ら、職人さんの手を経て作られるので、その技術のすごさをぜひ美術館で体験していただけたら。また、例えば『土佐派』『狩野派』というような他の日本美術のジャンルには、それぞれ特有のテーマがありますが、浮世絵にはその時代の世相のあらゆることが描かれてきました。現代人にもつながりが感じられる部分が多いと思うので、気軽に見てほしいですね」

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葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州江尻」 写真提供・太田記念美術館

「月岡芳年 月百姿」展は9月24日で終了。
現在は「葛飾北斎 冨嶽三十六景 奇想のカラクリ」展が開催中されています(10月29日まで)。北斎の「冨嶽三十六景」全46点を一挙に見ることができるチャンスです。

高橋工房

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文京区水道にある高橋工房。ギャラリーと工房(非公開)がある。

絵師だけでなく、彫師、摺師の技巧があって実現する浮世絵の美。
実は、都内数カ所にわずかに残る浮世絵の工房で、江戸の技術が大切に継承されています。
地下鉄の江戸川橋駅に降り、神田川を渡り小規模な印刷所が点在する道を進むと、見落としそうな細い路地にたどり着きます。
その奥にある、幕末・安政期創業の高橋工房もその一つです。

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高橋工房六代目・高橋由貴子さん。

併設のギャラリーには、高橋工房で復刻した広重や北斎の名作とともに、若手イラストレーターによる新作の浮世絵が掛け軸に仕立てられ飾られていました。
浮世絵の名作の復刻だけではなく、高橋工房では、浮世絵木版の技術を用いた新作も手掛けてきました。過去には、彫刻家・舟越桂やデザイナー・浅葉克己の木版画も制作しました。
彫師、摺師の手で作られる浮世絵。しかし、時流を読み、新たな作品の企画を担当する「版元」(はんもと)の存在が、その誕生には不可欠です。
「おまえさんは版元としてこの世界に残れ」という五代目の父親の言葉に従い、高橋由貴子さんは版元の道に進み、職人たちをまとめてきました。
物心がつく頃から仕事の流れは自然に頭に入っていましたが、職人たちとのやり取りに要求される彫りや摺り、表具などの知識をひととおり叩き込まれたと語ります。

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高橋工房で復刻した、北斎の「冨嶽三十六景」(右)と広重の「名所江戸百景」(左)。

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2階にある摺師の仕事場。特別に見学させてもらった。

職人たちの協同組合の理事も務める高橋さんが、もうひとつ力を入れている活動が若手職人の育成です。
他の工芸ジャンルと同様、浮世絵の世界も職人が高齢化し、技を受け継ぐ次世代が不足しています。
職人の育成にはとにかく時間がかかります。修業に5年から7年、さらに親方の元で、現代のインターンに相当する年季奉公に2年間。そこでようやくスタート地点に立てるかどうか、という厳しい世界です。
それでも、数名の若手職人が年季を開けて独り立ちしはじめました。若い職人たちの熱意と、近年の日本的な文化への関心の高まりに、高橋さんは手ごたえを感じています。
帰り際に、2階にある摺りの工房を特別に見せてもらいました(通常は非公開です)。
この日、摺師の方は出張中。
六畳間に置かれた摺りに使う台の周りには、絵具やバレンなどが無駄なく配置されていました。このコンパクトな空間で、錦のように複雑な色調の浮世絵を摺り上げる――職人の技に脱帽しました。

印刷博物館

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印刷博物館外観。印刷の歴史を紹介する総合展示を地下1階で見ることができる。

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左/印刷博物館総合展示。右/錦絵工房の模型。 写真提供・印刷博物館

高橋工房から5分ほど歩くと、世界の印刷技術を古代から現代まで紹介する印刷博物館があります。
浮世絵が制作される工程や江戸時代の錦絵工房の原寸大模型などを見ることができます。
春信が錦絵として生まれ変わらせた色鮮やかな浮世絵は、のちに庶民の間に広がっていきました。
展示を見学して、そのカラフルかつ繊細な色彩を支えた手技の奥深さをあらためて感じました。

江戸の人々を魅了した錦絵の色彩――。継承されるその美と技を訪ねる旅にぜひ出かけてみてください。

インフォメーション

◎東京国立博物館
東京都台東区上野公園13-9
JR上野駅公園口より徒歩10分
開館時間 9:30~17:00(金・土は~21:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜(祝・休日の場合は開館、翌平日休館)

◎太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
JR原宿駅表参道口より徒歩5分
東京メトロ千代田線/副都心線明治神宮前駅5番出口徒歩3分
開館時間 10:30~17:30 ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜(祝・休日の場合は開館、翌平日休館)
「葛飾北斎 冨嶽三十六景 奇想のカラクリ」展は10月29日まで。

◎高橋工房
東京都文京区水道2-4-19
東京メトロ有楽町線江戸川橋駅4番出口徒歩6分
営業時間 11:00~18:00
休業日 土曜・祝日

◎印刷博物館
東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル
東京メトロ有楽町線江戸川橋駅4番出口徒歩8分
開館時間 10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜(祝・休日の場合は開館、翌平日休館)