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2017年5月28日 / 旅の紹介 第44回 ベルギー・アントワープへ ブリューゲルを感じる旅

16世紀、活躍をした画家・ピーテル・ブリューゲル1世(通称・ブリューゲル)。その代表作「バベルの塔」(ボイスマンス美術館蔵)が20年ぶりに来日中です。
ブリューゲルが画家としての時間の大半を過ごしたベルギー・アントワープの街を歩きます。 

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展望台からアントワープの街を眺める。右手奥に見えるのが、スヘルデ川。

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ピーテル・ブリューゲル1世は生まれた年が正確にわかっていませんが、絵を学ぶために郷里からアントワープに出てきました。名声を得た後に1563年にブリュッセルに移り住みましたが、それまでアントワープに20年近く暮らしたことがわかっています。

この頃アントワープはかつてない繁栄期を迎え、ヨーロッパ随一の都市に成長していました。スヘルデ川という、アントワープに接して流れる運河が外国商船の主要ルートとなった関係で、香辛料をはじめとする貿易で潤い急成長を遂げたからです。

これに伴い街の開発が急激に進み、巨大な建物が続々完成。外国からはどんどん人が移ってきて人口も急増。また文化も発展し、印刷業なども好調でした。 

ブリューゲルは最初、版画家としてスタートしたと言われますが、こうした活況のもと版画商から多くの注文を受け、また富裕な事業者がパトロンになってくれた模様です。

「バベルの塔」に描かれた風景は、人類史上最大の建設現場の様子といった見方もできますが、おそらくブリューゲル自身、アントワープに暮らして、どんどん規模が大きくなっていく開発現場を目の当たりにしていろんなことを思ったのは想像に難くありません。

河岸のミュージアム(Museum aan de Stroom / MAS)

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2011年にできたアントワ―プの新ランドマーク。「Museum aan de Stroom」。

まずはアントワープの街をふかん的に眺めてみようと、この街の新名所であり展望スポットとして人気の「Museum aan de Stroom」へ。

2011年にできたアントワープの港と都市の歴史を学べるミュージアムです。屋上は入場料が要らないこともあって、多くの市民や観光客が街を眺めに訪れています。 

展望スペースに上るとスヘルデ川沿いに市街地が続いていることがよくわかります。川に沿って荷降ろしのクレーンとふ頭に並ぶ倉庫が見えました。

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今もスヘルデ川沿いにクレーンや倉庫が見える。

もっとも、MAS がつくられた背景にはアントワープ港が市の北部へと移り、この辺りのウォーターフロントがかつてのような賑わいを失ってしまったという昨今の事情があるようです。いわば再開発の要。現在この周りは工事ラッシュ。しゃれた飲食店や集合住宅などが増えつつあります。 

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らせんの構造といい、水辺に立つ威容といい、どことなくバベルの塔を連想させる!?

このミュージアムの設計を手掛けたのはオランダの建築会社ですが、らせん状のステップで上階にあがっていくつくり、外観は赤茶色……、どことなく「バベルの塔」を思い起こさせませんか? 水辺に建っている様子も似ていたので、何となく絵を意識したアングルで写真を撮ってみました。

旧市街/市庁舎とアントワープ大聖堂

MASの屋上から眺める街のパノラマでもひときわ目立つのがアントワープ大聖堂のせん塔ですが、その辺り一帯が旧市街。すなわちブリューゲルの時代に街の中心だったところです。

市庁舎や大聖堂は、児童文学『フランダースの犬』に出てくる舞台として思い出す人もいるかもしれません。大聖堂は主人公の少年ネロがルーベンスの絵の前で亡くなる、ラストシーンの舞台となった場所。そしてクライマックスの直前に、夢をかけてのぞんだ絵画コンクールで落選する場面がありますが、その会場が市庁舎です。聖堂も市庁舎も、それだけ街を代表する場所ということです。 

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市庁舎の内部は、20名以上の団体予約でないと入ることはできないが、外観だけでも見応えがある。

これら旧市街中心部の建物は16世紀アントワープの都市開発の象徴でもありました。大聖堂は1521年の完成、市庁舎の落成は1564年。

特に市庁舎はそれまでのゴシック建築様式でなく、ルネッサンス様式を大幅に取り入れてつくられており、「新時代」という感銘を人々に強く与えたのではないかと思われます。  

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市庁舎のお隣りにある「ギルドハウス」。こちらはゴシック様式の建物群。

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「アントワープ大聖堂」。教会内には『フランダースの犬』にも登場したルーベンスの作品が飾られている。

プランタン・モレトゥス印刷博物館

1549年創業で、当時ヨーロッパ随一の印刷会社として名をはせたクリストフ・プランタンの印刷所兼邸宅を用いたミュージアム、それがプランタン・モレトゥス印刷博物館です。

クリストフ・プランタンはフランス人ですが、当時国際都市として名をはせたアントワープには外国人が多く移住してきていました(ベルギーは今も人種のるつぼと言われますが、そのルーツに港湾都市としての繁栄の歴史があります)。そしてプランタンはアントワープで印刷王になったのでした。富裕なプランタンはブリューゲルのパトロンでもあったようです。

館内にピーテル・ブリューゲル1世の作品はありませんでしたが、その息子でやはり画家のヤン・ブリューゲル1世やルーベンスの作品が掛かっていました。

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こちらの印刷博物館では、世界最古のプレス機なども見られる。

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15世紀からの書物が並んでいる。

現存する世界最古のプレス機や木製の活字、古い書物や古地図などがあります。古いアントワープの地図を見ると、改めてスヘルデ川と当時の市街地との関係がよく見て取れました。

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16世紀のアントワープは印刷業で世界の先端を行く都市であったことが体感できる。

マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館

マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館は名前の通り、故フリッツ・マイヤー・ファン・デン・ベルグ氏が収集した14〜16世紀のコレクションを展示している美術館。その目玉がピーテル・ブリューゲル1世の「悪女フリート」です。

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左がマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館のパンフレット、表紙は「悪女フリート」。右はルーベンス・ハウスのパンフレット。2館共通チケットがある。

ところが残念なことに「悪女フリート」は現在修復中! 戻ってくるのは2019年です。ピーテル・ブリューゲル1世の作品で今見られるのは、「12の諺(ことわざ)」の1点のみ。とは言えこちらもなかなか見応えはあります。

「12の諺」はもともと12枚の小さな絵のプレートですが、それらをセットで額装して展示しています。ヨーロッパでは昔から、壁に絵皿を飾るインテリアのスタイルがありますが、そうしたものとしてつくられたのかもしれません。

ブリューゲルはこの作品を描いた翌1559年に「ネーデルラントの諺」という作品を発表しています。また「悪女フリート」にしてもこの地方のことわざを題材にした絵です。どうやらこの時代は、人間の愚かな所業をやゆし、戒める目的でことわざが流行した模様です。

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マイヤー・ファン・デン・ベルグは19世紀後半の裕福な貴族。その邸宅だった建物を美術館として使用している。

15程ある展示室の5番目の部屋が「ブリューゲル・ルーム」で、「12の諺」以外には、息子のピーテル・ブリューゲル2世やヤン・ブリューゲル1世の作品が並んでいました。

ルーベンス・ハウス

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ルーベンス・ハウスの入り口。マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館に2ユーロ足すだけで共通チケットになるので、ぜひ。

マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館からすぐのルーベンス・ハウスとの共通チケットがあったので、そちらにも立ち寄ることにしました。

言うまでもなくルーベンスもアントワープを拠点に活躍した画家ですが、彼はピーテル・ブリューゲル1世が亡くなった8年後の生まれで、ひと世代下。ピーテル・ブリューゲル1世の息子のヤン・ブリューゲル1世と親しい友人で、一緒に制作もした仲と言われています。

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館内の様子。ルーベンスハウスは多くの人でにぎわっていた。

こちらはルーベンスのアトリエ兼邸宅だった建物を利用した美術館ですが、作品という以上にお屋敷としての素晴らしさに見入っている人も多数。

ルーベンスとは思えない4枚の作品を見つけて係員に尋ねたら、ヤン・ブリューゲルが季節ごとのネーデルラントの人々の暮らしの様子を描いた絵でした。お父さんのピーテルも農民の生活を描いた暦絵をたくさん描きましたが、よく似ています。

なおフランダース地方では今日でもこうした絵暦的なカードが日常的に売られて親しまれています。この頃から変わらぬ伝統なのですね。

アントワープの旅を振り返って

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(左)港町だけに、シーフードがうまい! (右)旧市街の様子。

アントワープといえばムール貝などのシーフード、そしてビール。これらを楽しみながら一日の旅を振り返ります。

空前の好景気から生じた開発ラッシュの中、16世紀のアントワープの人々はさらなる高みを目指すように次々大きな建物をつくっていったことでしょう。その一方で、農民たちは暦と共に変わらぬ営みを続け、巷では貪欲を戒めるようなことわざが流行しました。 

来日中の「バベルの塔」では、音さえ聞こえてきそうなくらい活気に満ちた工事現場と港の商船が前景に描かれ、穏やかな農村のたたずまいが遠景に描かれています。

果たしてブリューゲルの描きたかったメッセージとはどのようなものだったのか? 今回の旅を通じて、改めてそこへの興味が増しました。

みなさんも、アントワープを巡ってブリューゲルに思いをはせる旅、いかがですか。

 

※今回の日美旅は、オランダ・アムステルダム在住のインテリアデザイナー、高石陽子さんにご協力いただきました。

住所

各スポットの間は徒歩10〜15分で回れます。アントワープ中央駅から最も遠いMASでも、徒歩で30分かかりません。

◎MAS (Museum aan de Stroom)
Hanzestedenplaats 1, 2000 Antwerpen

◎アントワープ市庁舎 (Stadhuis van Antwerpen)
Grote Markt 1, 2000 Antwerpen

◎プランタン・モレトゥス印刷博物館(Museum Plantin-Moretus)
Vrijdagmarkt 22, 2000 Antwerpen

◎マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館 (Museum Mayer van den Bergh)
Lange Gasthuisstraat 19, 2000 Antwerpen

◎ルーベンスの家(Rubenshuis)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen

展覧会情報

現在、「ボイスマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』16世紀ネーデルラントの至宝 –ボスを超えて–」が開催中です。

東京会場
開催中〜2017年7月2日まで 会場/東京都美術館(東京)

大阪会場
2017年7月18日〜10月15日 会場/国立国際美術館(大阪)