第40回 井浦新"にっぽん"美の旅3 鬼・天狗〜異形を訪ねる旅
日曜美術館で司会を務める井浦新が日本の美を巡り歩く、「“にっぽん”美の旅」。
今回はかねてより彼が関心を持っていた「異形」をテーマに、青森、福岡、山形を旅しました。
鬼・天狗(てんぐ)といった異形と出会う中から見えてきたものとは……?
青森で出会った“鬼”。青森県弘前市の八幡宮(石川)にて。
(以下、井浦新に行ったインタビューより再構成)
鬼や天狗にひかれるわけ
僕の父が考古学や民俗学をすごく好きで、子どもの頃から縄文・弥生の遺跡や天狗、鬼……、一緒に旅をしてそうしたものを見に行っていました。
だから僕の美術への興味というのも民俗学や考古学から派生したものです。
中でも奇想や異端のものに興味があります。
高尾山薬王院 飛飯縄堂の中の飯縄大権現。東京都八王子市。
今も旅に出かけると、行く先々で鬼や天狗の伝承と出会うことが多い。
意図してそういうところに行くときもありますが、自分が気になる場所に行ってみるとそこでも出会ってしまった、ということが少なくありません。
また自分の原点を振り返ると、出身地は東京都日野市で、霊山・高尾山が近い。
昔からよく登りに行っていたのですが、そこで必ず天狗に会っていたので、そういう意味でも昔から天狗は自分にとって身近な存在でした(※1)。
日野にも「飛び飯縄(いづな)伝承」という、天狗にまつわる言い伝えがあるんです。天狗の神様が日野から飛んで高尾山に行った、もしくは高尾山から飛んできたという伝承です。
(※1) 霊山・高尾山には薬王院というお寺があり、その本尊・飯縄大権現はカラス天狗の姿をしている。
高尾山薬王院 飛飯縄堂。
鬼は、それこそ昔話などを通じて誰もが子どもの頃から知っている存在ですが、その当時から、鬼って悪さをするのもいるけれども、一方で優しい鬼もいたり、ユーモアのある鬼もいるのが面白いなと思っていました。
また、旅をするうち、鬼は地域によっても少しずつ違っていることがわかってきました。
“異形”の美に出会う旅へ。
鬼も天狗も、なぜそれらは生まれてきたのか。
知れば知るほどそこに興味が湧くようになっていったのです。
青森・津軽で「鬼っこ」と出会う
たとえば京都など、都に近い地域だと中央の政治権力側から見て都合の悪い、邪魔な存在が追いやられて鬼や天狗になったと伝説化していることが少なくありません。例えば以前僕が大河ドラマ「平清盛」で演じた崇徳上皇も、政治から排除されたあかつきに怨念が募り天狗のようになって……と言い伝えられていましたね。
1月28日に行われた青森県弘前市・鬼神社(きじんじゃ)「しめ縄奉納裸参り」の様子。地元の人たちからは「おにじんじゃ」と呼ばれ、親しまれてきた。
けれども都から離れた、中央権力といったものから遠い場所であってもやはり鬼はいます。そっちの鬼は何なんだろうと。
この度、青森県弘前市〜五所川原市の神社各所を巡り歩き、「鬼っこ」という独自の鬼の文化に出会いました。
この辺りの神社の鳥居には鬼の彫像が付いていることが多く、それを鬼っこと呼ぶのですが、村の人たちを悪霊や病から守っているのだそうです。
鬼神社(きじんじゃ)「しめ縄奉納裸参り」より。男衆は冷水で身を清めます。
訪れたのは1月、雪の降る季節でした。
岩木山や岩木川に囲まれ、厳しい自然の中、昔は自然災害で命を落とす可能性と常に隣り合わせだった土地。
そんな中、守ってくれる力強い存在として鬼っこは生まれてきました。
月夜見神社の鬼っこ。青森県弘前市。
また、この地域の鬼を生んだもう一つの背景には「異邦人」の存在があったようです。
弘前市には鬼沢という地区があるのですが、その名が付くより前の時代、山に入った人々が自分たちと身なりも言葉も違う人たちに遭遇した。どうも大陸から来た人たちが当時いたらしい。
そしてその人たちから水路をつくる技術を教わって稲作ができるようになり、食べ物がつくれるようになった。文字通り「生きていく」ことができるようになった。
技術や知恵を授けてくれた異邦人への敬意の念を込めて「鬼」と呼んだのではないでしょうか。
だからここでは都市部に見られたような、怖がったり蔑んだりする対象としての鬼ではなく、むしろ親しまれ共存しあっていく存在としての鬼がいたのです。
立野神社の鬼っこ。青森県五所川原市。
福岡・求菩提山 天狗を探して修験の山へ
鬼はどちらかと言えば人との距離が近い、民間信仰の中から生まれている場合が多いようですが、対照的に、天狗は人が住む外界からはかけ離れたところにいる。すなわち山の奥深く。修験道の世界です。
福岡・求菩提山をゆく井浦新。
今回、僕も福岡の修験の地・求菩提山(くぼてさん)を登ったのですが、行ったのは2月。雪の中、厳しい寒さのために顔は険しくこわばり眉間には力が入ってグッと歯を食いしばり……、まさに異形のような顔つきになっていくのを感じました。
こういう中に身を置いて修行をすると、自然とそういう形相になるのでしょう。
つまり異形とは、厳しい自然の中を「生き抜く」真剣な表情なのではないか。
なぜ天狗があのようないかつい形相なのか、それを肌で感じた気がしました。
高住神社の天狗面。
求菩提資料館の八天狗像。
こころの故郷、山形・白鷹町にも異形がいた
今回の旅の最後に訪れたのは山形県の白鷹町です。
ここは僕の祖父の故郷であり、幼い頃から大好きで通った、こころのふるさとでもあります。
しかし、修験道が根づいている町だということはこれまでまったく知りませんでした。
山形県白鷹町の風景。
これまで何度かお参りに行ったことのあった白鷹町・深山(みやま)のお堂に秘仏が守られていると知ったときには本当にびっくりしました。
地元の方たちですら普段見られる機会はないらしい。
ですから今回見せていただけたのは本当に特別なことです。
お堂の中が開いて、まさに異形というべきその造形を見たときには、息を飲み、言葉を失いました。
雪の中、深山のお堂に向かう。
実は前回の「円空への旅」のときにも山形へと旅し、修験道の霊山・湯殿山の御沢駆け(※2)をしましたが、そのときの御沢駆けと密接に結びついた「御沢仏」という神仏が白鷹町にあることもまた、今回新たに知りました。
(※2)湯殿山の沢登りをしながら湯殿山神社本宮の御神体へと向かう参拝修行。修験者と一緒でないと行くべきではない。
白鷹町では御沢仏にも対面した。
修験道の世界は女人禁制。また足腰の悪いお年寄りや子どもたちなども参拝するのは難しい。それでも湯殿山信仰をしたいという人たちのためにつくられたのが「御沢仏」だといいます。
霊山・湯殿山と白鷹町は離れていますが、山駆けをした修験者たちが山伝いに歩いてたどり着く場所が白鷹町だったので、ここにそうした神仏が残されているのだそうです。
御沢駆けの最中に出会う、岩、水、山肌など、自然物に修験者たちはそれぞれ真言を唱えながら登っていく。自然物を仏に見立てて物体化させたのが御沢仏なんです。そしてそれらの姿がまた一体一体素晴らしく異形の姿をしていました。
異形が自分に問いかけるもの
天狗に変身する井浦新。求菩提山にて。
改めて異形とは何か、自分なりに答えを考えました。
以前、円空を巡る旅で、円空仏とは厳しい自然の中で生きる人々にとって心の支えとなる、素朴で身近に優しく寄り添ってくれる「野の花」のような存在と述べました。
「鬼」や「天狗」といった異形も、厳しい自然と人との関係の中から生まれてきたものという点では共通している気がします。
ただし、円空のように「ほほえみ」で包み込むというのとはまた違う。
こちらは、真剣に生きることについて厳格に「問いただす」、そんな存在ではないでしょうか。
天狗に対しては、「父性」すら感じます。
こちらをグッとにらんでくるその形相は、怖いというよりむしろ、父親が子どもに「ちゃんとしろ!」とあえて厳しく接してくれているときの、そんな顔なのではないかと思えたのです。
高尾山薬王院の緑の色のカラス天狗。
今回訪れたときはどこも雪が降っていて本当に厳しい寒さでした。
山に入っているときの僕も、朝から雪かきをする町の人も、自然と体に力が入って、眉間には強いしわが寄っていました。
その顔つきはどこか異形に通じている。でも、悪いことじゃない。
本当に一生懸命生きている人の顔というものが異形に近いというのなら、
それは異形というものが、生きることへの真剣さそのものを表していると言えるのではないでしょうか。
異形とは、異形の美とは、今の豊かな現代に生きている私たちへ、「本当に真剣に生きているのか」と自問自答させてくれるもの。だからこそ、自分はそこにひかれ、求めてしまうのではないだろうか。
そんな風に感じた今回の旅でした。
これからも旅は続く。
情報
番組で井浦新が訪れたのは以下の場所です。
●青森/
鬼沢地区 鬼神社 青森県弘前市鬼沢字菖蒲沢151
*以下は鬼っこを見て回った神社です。
八幡宮(石川) 青森県弘前市石川寺山62
白山姫神社 青森県弘前市鳥井野宮本4
八幡宮(撫牛子) 青森県弘前市撫牛子1-3-1
熊野宮 五所川原市金木町喜良市字千刈73
立野神社 五所川原市金木町喜良市字桔梗野40
月夜見神社 弘前市中崎字野脇70
八幡宮(鶴田町) 弘前市鶴田町胡桃舘字池田20
闇龗(くらおかみ)神社 五所川原市神山字鶉野34-1
●福岡/高住神社 福岡県田川郡添田町英彦山27 *天狗面を見せていただきました。
●福岡/求菩提山 福岡県豊前市求菩提
●福岡/求菩提資料館 福岡県豊前市鳥井畑247 入館無料 開館9:30~16:30(入館は16:00まで)月曜休館
●山形 *御沢仏の観覧にご興味のある方は以下の情報を参考にしてください。
御沢仏は4/22(土)午後1時30分~を一斉開帳日とし、4/14(金)までに電話での事前申し込みが必要となります。
お問い合わせ・申し込み/白鷹町教育委員会 TEL0238-85-6146(受付:平日の8:30~17:15)
拝観料:300円
4/23以降の観覧については、教育委員会へお問い合わせください。