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2017年2月26日 / 旅の紹介 第38回 イタリア・ヴェネツィアへ ティツィアーノを訪ねる旅

番組でもご紹介したとおり、ティツィアーノはヨーロッパ中の王侯貴族から高い人気を博し、絵の注文が絶えなかったと言われています。
イタリア・ルネサンスの時代、フィレンツェでミケランジェロやラファエロが活躍する一方で、彼らと肩を並べる存在としてヴェネツィアではティツィアーノがその名をとどろかせていました。

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ヴェネツィア・アカデミア美術館。ティツィアーノが1534-38年頃に描いたとされる「聖母の神殿奉献」。最初からこの空間のために描かれた作品だけに、素晴らしい鑑賞体験ができる。

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フィレンツェでは壁に直接描くフレスコ画が多く描かれましたが、海に囲まれ湿気の多いヴェネツィアでは、キャンバスに描く油絵が北方から伝わると一気に主流になりました。

また精密な素描と正確な遠近法を得意としたフィレンツェのルネサンス美術に対し、ヴェネツィア派のそれは豊かな色彩表現や人の輪郭に光が溶け込むような柔和な表現を特徴としていました。そしてその代表格がティツィアーノです。

1. サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂

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サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂。ヴェネツィアの聖堂には珍しくレンガ造り。

まず、やってきたのは有名な祭壇画「聖母被昇天」が飾られているサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂。ヴェネツィアではサン・マルコ寺院と並んで大きな教会です。正面から入って一番奥の祭壇に、周りの窓から差し込む柔らかな光の中、聖母マリアが天に昇っていくさまを描いた「聖母被昇天」があります。遠くから見ても存在感を放っています。マリアが宙に浮いていて、天に向かって昇っていくような、本当にそんな見え方をする絵画です。

ティツィアーノと聞いて思い浮かべるイメージどおりの、均整が取れ色彩が美しい初期の名作。その完成度の高さに相対して、改めてこれが20代の作であることに感服します。

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光に祝福されるようにして、ティツィアーノの「聖母被昇天」が聖堂の中央に祭られている。

2. カ・ドーロ(フランケッティ美術館)

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カナル・グランデ沿いにある建物の中でもひときわ美しい「カ・ドーロ」。飾り模様の付いた柱が目を引きます。

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館内に展示されている、ティツィアーノのフレスコ画。

ヴェネツィアを流れる逆S字の大運河カナル・グランデを「トラゲット」(ゴンドラ型の乗り合い舟)に乗って対岸へ渡ります。目指すはカ・ドーロ。この建物は現在フランケッティ美術館の名で公開されていて、ルネサンス美術のコレクションを見ることができます。その中には貴重なティツィアーノのフレスコ画もあります。もともとは16世紀にドイツ人商館として建てられた「フォンダコ・デイ・テデスキ」という建物の外壁を飾っていたフレスコ画でしたが、時代と共に剥離が進み、全部が消えてしまう前に取り外されてこの美術館で保管されているのです。

3. ジェズイーティ教会/4. サン・サルヴァドール教会

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ジェズイーティ教会で見られる「聖ラウレンティスの殉教」では、聖人の火あぶり刑の場面が臨場感たっぷりに描かれている。

次は、ティツィアーノの後期の作品が見られる場所へ移動しましょう。カ・ドーロから北に向かって歩いて10分かからないくらいのジェズイーティ教会では「聖ラウレンティスの殉教」が、またそこから南へ15分ほど歩いたサン・サルヴァドール教会では「受胎告知」が見られます。「聖ラウンレンティスの殉教」は60歳頃、「受胎告知」は60代後半から70歳頃の作品と言われています。先程の「聖母被昇天」と比較すると、打って変わってタッチも色も荒々しく、これがティツィアーノ?と作風の違いに驚くでしょう。しかしまた非常に劇的、ドキッとするほどの臨場感に思わず引き込まれるはずです。

なお、ジェズイーティからサン・サルヴァドールへと歩いて行く途中、リアルト橋の横を通れば、ティツィアーノのフレスコ画が外壁を飾っていた歴史建造物「フォンダコ・デイ・テデスキ」の中ものぞくことができます。今も現役の建物。ながらく中央郵便局として使われていましたが、最近改装されてデパートになっています。

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ティツィアーノの作品の中でも人気の高い「受胎告知」があるのがサン・サルヴァドール教会。

5. ドゥカーレ宮殿

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ガイドブックにも必ず載っている「ドゥカーレ宮殿」は、ヴェネツィアが共和国だった時代に政治の中心だった場所。今で言う国会議事堂や裁判所、官邸などの機能がここに集中していた。

こちらの建物はヴェネツィアに観光で訪れたことのある人なら間違いなく目にしているでしょう。ただ、この中にティツィアーノがあると知っていて見たことのある人はそう多くはないかもしれません。ドゥカーレ宮殿にある「信仰と聖マルコの前に跪くアントニオ・グリマーニ総督」は当時のヴェネツィア総督からの依頼でティツィアーノが描いた絵です。

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当時のヴェネツィア共和国の総督からの依頼で描かれた「信仰と聖マルコの前に跪くアントニオ・グリマーニ総督」。十字架が描かれているそのすぐ右に、手を上げている総督の姿が描かれている。

また、ティツィアーノではありませんが、ドゥカーレでぜひ見ておきたい一枚として、ティントレットの「天国」があります。油彩画としては世界最大級の大きさ。ティントレットはティツィアーノの門下の出です。 

  

6. サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂

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よくヴェネツィアの絵葉書などでも見かけるドーム(写真の真ん中あたり)が、「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」。

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サルーテ聖堂では「聖霊降臨」など数点のティツィアーノ作品を見ることができる。

湾に突き出た三角形の建物と その横のドームのビジュアル。ヴェネツィアのガイドブックなどで見たことがあるかもしれません。三角形の建物は以前「海の税関」だった場所で、今は安藤忠雄さんが修復・設計を手掛けたことで話題になった現代美術館「プンタ・デッラ・ドガーナ」になっています。そしてドームが「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」。この中にもティツィアーノが数点あります。

ドゥカーレからヴァポレット(水上バス)でアカデミア美術館に直行することもできますが、その手前で降りてサルーテを見て、それから歩いてアカデミア美術館という順序でも良いかもしれません。ヴェネツィアは運河にかかった橋を渡りながら、歩いてどこへでも行ける街です。

7. アカデミア美術館

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(左)アカデミア美術館外観。(右)この建物はもともと「スクオラ」と呼ばれる地域の組合の会館だった建物で、ティツィアーノもその当時に建物に絵を描いた。

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アカデミア美術館で見られるティツィアーノの目玉作品「ピエタ」(右)。

ここは、冒頭のフラーリ大聖堂と並んで絶対外して欲しくないスポットです。何より、「ピエタ」を見ていただきたい。ティツィアーノ最後の作品。誰からの依頼でもなく、自らの墓標代わりとして描いたと言われています。ピエタは言うまでもなくキリストが亡くなった場面を描いた絵ですが、キリストの横にたたずむ聖ヒエロニムスがティツィアーノ本人の自画像であるという説もあります。

ここにあるのは鮮やかな色彩でも端正な構図でも女性的な柔らかさでもなく、むしろ黒い闇のおどろおどろしさと、未完成かと見まがう粗いタッチの作品です。しかし訴えかける力に満ち、“死”を強烈に伝えてくる、見たら忘れられない迫力の一枚です。

それにしても長命で知られたティツィアーノ、没年は80歳前後とも言われていますがその年齢でこのパワフルさ……、脱帽です。  

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「聖母の神殿奉献」(部分)。奥に描かれている山は、ティツィアーノの生まれ故郷ピエーヴェ・ディ・カドーレの山だとも言われる。

アカデミア美術館にはこの他に「聖母の神殿奉献」という作品もあり、こちらは「ピエタ」とは対照的に、若いティツィアーノの絵画の魅力、すなわち端正な仕上げと色の華やかさに満ちています。1534-38年ごろと伝えられているので、ちょうど「ウルビーノのヴィーナス」が描かれたのと同じ頃の作。

また当初からこの場所のために描かれた絵であるというところも見応えになっています。部屋の壁いっぱいに描かれているのですが、向かって右下には描いた当時からドアがあったので、絵柄が途切れないように構図の工夫がされています。一方、左下にもドアがあるのですが、このドアは後世につくられたもの。そのため本来そこにあった絵柄が失われています。

ヴェネツィアの街

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ヴェネツィアの街のあちこちで見かける「バーカロ」(一杯飲み屋)の風景。

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リアルト橋の近くにあるリアルト市場の光景。

ヴェネツィアで見られるティツィアーノ、ちょっと欲張って紹介してしまいました。腰を据えて見ようとしたら3日くらい掛けた方が良いかもしれません。日程に応じて選んでいただければと思いますが、フラーリ聖堂、サン・サルヴァドール教会、アカデミア美術館はお見逃しなく。

そして、イタリアに旅するならやはり食や市場も楽しみですよね。この記事の中でも何度か登場したリアルト橋の近くにはリアルト市場があり、その周辺に庶民的でおいしいお店が多くあります。またヴェネツィアと言えば「バーカロ」です。立ち飲みスタイルの一杯飲み屋ですが、ヴェネツィアっ子たちはコーヒーと同じくらいの気軽さでワインをサッと一杯、水のように飲んでチャオチャオ!と立ち去る――この街おなじみの風景。朝からやっていますからぜひ立ち寄ってみてください。

海の都に花開いたルネサンスの美を、どうぞ堪能してみてください!

なお今回の日美旅は、ヴェネツィアに15年暮らした持丸史恵さんにご協力をいただきました。
(写真提供=持丸史恵、小山寿美子)

住所

1. サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂(Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari)
San Polo, 3072, 30125 Venezia

2. カ・ドーロ(フランケッティ美術館)(Galleria Giorgio Franchetti alla Ca’ D’Oro)
Cannaregio, 3932, 30121 Venezia

3. ジェズイーティ教会(Chiesa di Santa Maria Assunta detta I Gesuiti)
Campo dei Gesuiti, 30131, Venezia

4. サン・サルヴァドール教会(Chiesa di San Salvador)
San Marco, 4835, 30124 Venezia

5. ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)
San Marco, 1, 30124 Venezia

6. サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂(Basilica di Santa Maria della Salute)
Fondamenta Salute, 30123 Venezia

7.アカデミア美術館(Gallerie dell'Accademia)
Campo della Carità, 1050, 30123 Venezia

展覧会情報

「日伊国交樹立150周年記念 ティツィアーノとヴェネツィア派展」東京上野・東京都美術館で開催中。4月2日まで。
東京都台東区上野公園8−36