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2017年1月22日 / 旅の紹介 第35回 スペイン・グラナダへ 戸嶋靖昌を探す旅

画家、戸嶋靖昌がスペイン南部アンダルシア州のグラナダに移り住んだのは1976年の冬、42歳のときでした。
2000年に帰国するまで26年、ずっとこの街に暮らしました。帰国した後も亡くなる前年まで毎年訪れており、まさに戸嶋にとっての「帰るべき場所」でした。

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かつて戸嶋がアトリエを兼ねて住んだ家の窓からの眺め(現在は別の方が住まわれているが特別に撮影させてもらった)。グラナダ大聖堂がよく見える。

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(※今回の日美旅は、スペインロケに行った番組ディレクターから聞いた現地の情報をもとに再構成しています)

戸嶋靖昌が初めてスペインの地を踏んだのは1974年のことです。 

若いときからベラスケス、エル・グレコなどスペイン美術にひかれ、また武蔵野美術大学彫刻科の助手時代に知った美術書『スペイン彫刻の黄金時代』で見たキリストの磔刑(たっけい)像に強い感銘を受けた戸嶋は、いつかスペインに行きたいと考えるようになり、40歳のときに渡欧。

まずマドリッド、そしてセビーリャ地方のアスナルカサルという街を経て、グラナダのアルバイシン地区を気に入って暮らすようになりました。

グラナダと言えば、キリスト教徒が15世紀に国を制圧する以前、8〜14世紀までイスラム王朝が統治していた地域。イスラム王朝時代の面影を残す世界遺産「アルハンブラ宮殿」が有名です。戸嶋が暮らしたアルバイシンは、アルハンブラ宮殿がある丘の、向かいの丘の上にある街です。

グラナダの中でも特に古い地区であるアルバイシンは、迷路のように入り組んだ石畳の細い坂道に沿って白壁の民家が並び、どこかモロッコを連想させる風情を持っています。 

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アルバイシン地区。戸嶋が暮らしていた辺りの坂道。

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うっかり横道に入ったりすれば、たちまち迷子になること間違い無し。

街の広場の辺りは開けていてお店も少なくありませんが、奥へと入った、戸嶋が暮らしていた辺りまで足を踏み入れると、住民でもない限り、すぐに迷子になると言っても過言ではありません。うっかり横道に入ってしまったりしたら、もはやどちらが北か南かもわからず、迎えに来てもらおうと思っても説明できない。そんな場所です。

戸嶋が暮らした当時はずいぶん治安も悪かったと聞くものの、現在のアルバイシンは旅行客も普通に訪れる場所です。ただ奥まった路地を個人や女性だけで行くのはおすすめはできません。また、スリ・置き引きには注意が必要でしょう。

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アルバイシンに多い造りの民家。戸嶋が暮らしたのもこのような家だった。 

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楽器の練習をする学生と出会った。街中にマンドリンの音が響く。

しかしこの辺りは古い家が多いこともあってか、家賃的にも借りやすく、昔から芸術家や美術大学の学生が多く暮らしています。

戸嶋が借りていた家は現在、建築家の方が暮らしており、特別に部屋に入れてもらいましたが、きれいに室内がリフォームされていました。戸嶋が暮らしていた頃は、「掃除ができない人」と周りから言われ、家の中は、何百というキャンバスを始めモノだらけ。今の小ぎれいな室内とは対照的だったようです。

バル・エル・ベインティドス

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戸嶋が毎週のように通い、友人と語らった居酒屋。

番組の中でも登場しましたが、戸嶋を語る上で外すことのできないのが近隣の居酒屋です。その中でも「バル・エル・ベインティドス(Taberna 22)」は、もっとも戸嶋の入り浸っていた場所。

サン・グレゴリオ教会を中心とする「サン・グレゴリオ広場」はこの地域のひとつの目印ですが、そのすぐ横にあります。

戸嶋はここで、まだ熟成していない、若い地ワインをちびちび飲みながら友達と話すのが好きだったとか。

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戸嶋が好んで飲んだ、若い地ワイン。結構甘い。

戸嶋の肖像画のモチーフとなったのは、こういったバルなど、アルバイシンの街中で偶然に出会った人が少なくなかったようです。たとえば、番組でも紹介した作品「アルバイシンの男〜ミゲールの像〜」のミゲール、幾度となく描かれましたが、バルに入り浸り酒が大好きだが定職もなく、いつも人に酒をもらっているような人物でした。 

けれども戸嶋はミゲールを「何も持っていないが故にすべてを持っている。エレガントだ」と周囲に語っていたそうです。

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同じくアルバイシンにある「Bar Aixa(バー・アイシャ)」。ここも戸嶋のお気に入りだった。

サン・グレゴリオ広場(サン・グレゴリオ教会)

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サン・グレゴリオ教会。ここで戸嶋は老女「ベルタ」に出会った。

また、やはり戸嶋が好んでよく描いた人物、老女ベルタと出会ったのは「サン・グレゴリオ教会」。教会のさい銭をくすねていたところに出くわしたのがきっかけと言いますが、実はこの老女は、グラナダの著名な思想家アンヘル・ガニベットのめいで、裕福だったが没落して貧困の淵に沈んだという歴史を持っていました。 

戸嶋はそのことを知らず直感で惹かれたということですが、目の前に見えているものよりも、その人の中の歴史を感じ取ったということでしょうか。「ベルタには文明がある」と語り、ひかれたということです。  

タジェール・デ・アルテ

バル・エル・ベインティドスから歩いて数分のところにある文化施設「タジェール・デル・アルテ」。音楽、美術、文学、哲学など、さまざまな分野の芸術家たちが集まりイベントを行ったり交流をする場になっています。1992年に始まる施設ですが、その創立には戸嶋が深く関わっています。この界わいの芸術家たちの間でも愛され、慕われた戸嶋。この場所で展示も行っています。また、戸嶋が日本で亡くなったとき、その知らせを聞いたアルバイシンの親しい友人たちが、彼をしのぶイベントをタジェール・デ・アルテで開催したとのことです。 

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タジェール・デ・アルテ。中ではさまざまな作家の展覧会が行われている。

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ステージもあり、ライブや上映会なども開催。

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バル・エル・ベインティドスから徒歩数分の場所にある。

グラナダ大聖堂

冒頭の写真に見るように戸嶋の家の窓からはグラナダ大聖堂がよく見え、またその景色は戸嶋の絵の中にもたびたび登場しています。全身全霊で人の魂と向き合うようにして絵画制作していた戸嶋にとって、グラナダ大聖堂は癒やしの場だったようです。中世バロック音楽が好きだった戸嶋はここでパイプオルガンの演奏を聞くのが好きでした。 

サン・ニコラス広場/アルハンブラ宮殿

アルバイシンはアルハンブラ宮殿のある丘の向かいの丘にあると冒頭に書いたとおりですが、丘の頂上にあるサン・ニコラス広場はアルハンブラ宮殿を一望できると観光客に人気のスポットです。

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サン・ニコラス広場からはアルハンブラ宮殿が一望。

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こちらもアルバイシンから眺めたアルハンブラ。

もっとも、戸嶋はこれだけ長くグラナダに暮らしていて、家の窓からはアルハンブラの宮殿もきれいに見えていたそうですが、そのスケッチなどはほとんど残していません。繊細で美しい装飾で知られるアルハンブラ宮殿ですが、そこは自らの題材ではないと、アルバイシンで生身の人間の魂と向き合うことに心血を注ぎました。

番外編 日本で戸嶋靖昌を感じる「戸嶋靖昌記念館」

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千代田区麹町・バイオテック社の社屋内にある「戸嶋靖昌記念館」。電話予約すれば観覧可能。

かくのごとし、グラナダを第二の故郷として生きた戸嶋ですが、妻を亡くしてからは日本とグラナダを行き来するようになりました。日本に居るときは東京都稲城市にある自宅以外に、親交の深かった実業家・執行草舟氏が戸嶋のために自社の中に設けた、東京都港区虎ノ門のアトリエで制作をして過ごしました。

現在、アトリエはありませんが、執行氏が代表取締役の千代田区麹町・バイオテック社屋内にある「戸嶋靖昌記念館」で戸嶋作品を見ることができます。ミゲール、ベルタ、クリスティーヌなど、グラナダで戸嶋が描き続けた人々や、あるいは日本での友・執行氏の肖像などが並んでいます。どれもキャンバスから魂が抜け出て、そこに居るかのごとき迫力です。

またこちらの記念館のスタッフの皆さんは、生前の戸嶋靖昌とじかに接し、魅了されたときの思い出をも語ってくださることでしょう。

スペインには「ドゥエンデ」という言葉があり、「神秘的でいわく言いがたい魅力・魔力」を意味するそうです。まずはこの記念館で戸嶋の作品から発せられるドゥエンデを肌で感じ、その後、グラナダへと旅されてはいかがでしょうか。

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戸嶋が死の2年前、70歳で約40年ぶりに制作した彫刻も見られる。執行草舟氏の肖像。

住所/交通情報

[スペイン/グラナダ]

バル・エル・ベインティドス(Taberna 22)
Plaza San Gregorio, 29, 18010 Granada

サン・グレゴリオ広場(Plaza San Gregorio) 
Plaza San Gregorio, 18010 Granada,

タジェール・デ・アルテ(Taller de Arte Vimaambi)
Cuesta de San Gregorio, 30, 18010 Granada

グラナダ大聖堂(Catedral de Granada)
Calle Real de la Alhambra, s/n, 18009 Granada

サンニコラス広場(Plaza de San Nicolás)
Plaza de San Nicolás, 18010 Granada

アルハンブラ宮殿(Alhambra)
Calle Real de la Alhambra, s/n, 18009 Granada

[日本/千代田区麹町]

戸嶋靖昌記念館
東京都千代田区麹町1-10 バイオテック社内
03-3511-8162(要予約)
休館日:日曜・祝日
開館時間:午前11時~午後6時
※事前にお電話にて予約ください。