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2016年12月 4日

第31回 伊豆高原へ 谷川晃一を感じる旅

画家・谷川晃一は1988年に夫婦で伊豆高原に移り住み、現在もこの地で制作を続けています。また自らが発起人となって始めた「伊豆高原アートフェスティバル」も今年で24回目を数えました。
今回は、そんな谷川さんの暮らす伊豆高原を訪ねました。

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伊豆高原で一番高い場所「大室山(おおむろやま)」。その頂上から街を見下ろす。

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谷川さんは1960年代、前衛芸術の第一線で活動していました。先鋭的な作家たちの発表の場だった「読売アンデパンダン展」に25歳で出品。ハイレッドセンター、ネオダダの運動にも参加しました。70年代には、「アールポップ」と呼ばれる、ポップだけれど都会的なクールさをたたえた作風に転じました。そして1988年、同じく画家で妻の宮迫千鶴さんと、それまで暮らした東京を離れ伊豆高原に転居。谷川さんは雄大でのびやかな自然の中で、 “森の精霊”の存在を感じさせるような絵画を明るい色彩で多く制作するようになっていきます。

大室山(おおむろやま)

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大室山は、知られざる“富士山の絶景地”でもある。

ちょうど、神奈川県立近代美術館 葉山では「陽光礼賛 谷川晃一・宮迫千鶴展」が行われています。展覧会に際してのインタビューで谷川さんは語っていました。

「海があって木々があり、鳥や昆虫や小動物が結構いる。そういう環境を忘れないでほしい。感性というものは、そういうところから……。都会的なものもいいけれど、“大自然”“小自然”というものもいい。ハイキングをしたりして、こういう絵も見てほしい」

実際に自然に触れてみようと、伊豆高原へ向かいました。そしてまず「大室山」に登ることにしました。

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歩いて登れない山、大室山。このようにリフトで登っていく。

「伊豆高原にはじめて来たとき、一番最初に目に飛び込んできたのが、おかしなかたちをした休火山の大室山だ。目に見えるかぎり山肌に一本の木もないので、山のかたちがちょうど頭髪のない人のアタマのようにくっきりと見える。だから私だけでなく初めて見る人はたいてい『わあー』と声をあげたり、『変わった山ですねー』と言う。」(伊豆高原アートフェスティバルの仲間たち・著『半島暮らし』より 谷川さんの文章)

確かに、ちょっと面白いかたちをした山です。
実はこの山は、そのきれいなアタマ、もとい、斜面を登山道で荒らさないようにとの配慮から、徒歩での登山は禁止されていてリフトで登るようになっています。いざ山頂へ!

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噴火口。春になると一面鮮やかな緑色に染まるという。

「この大室山はいまでは私の暮らしの中で、なくてはならない風景になった。この山に流れる時間は私の短い人生を遥かに凌駕する宇宙の時間だ」(『半島暮らし』より)

確かに、山でたたずんでいると、何とも言えない悠久の時に抱かれている気になります。

ちなみに、美術評論やエッセイなどたくさんの文章を書くことでも知られている谷川さん。「大室山で見たUFO」というエッセイがあります。みんなで大室山に行ったときのこと。火山口の周りを歩いていると、誰かが「あ、あれってUFOじゃない?」と指をさし、誰ひとり疑わなかった、という内容です。

なんだかちょっとニンマリしてしまうお話ですが、確かにここでなら、そんなことが起きても受け入れてしまうかも……!?

谷川さんの作品にこの山の名前を冠した「大室山脈」(2009年)があります。絵ものびやかな空気感に満ちていて、絵の中にUFOが飛んでいてもおかしくないような、そんな想像をしてしまいました。というか、谷川さんの絵に登場する生き物たち、ちょっと宇宙人っぽいですよね。

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噴火口の縁を歩く人々。

一碧湖(いっぺきこ)

次に、大室山から車で北へ20分程度の「一碧湖」に行ってみました。
ここは火山の火口に水がたまってできた湖で、その美しい湖面は「伊豆の瞳」と形容されています。

「アニミズムの画家、精霊の画家」とも呼ばれる谷川さん。自宅前の雑木林を愛し、そこに息づくたくさんのいのちを感じながら制作しておられますが、こちらの一碧湖もそうした生命の息吹を肌で感じられる場所です。

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一碧湖。火山の火口だった場所が湖になっている。

まず、とても静かです。
静かな湖面に、周囲の森が絵のように映りこんでいました。
突然、鋭いさえずりとともに、目の覚めるような鮮やかな青が視界を横切りました。
カワセミでした。写真に撮る間もなく、カワセミは湖面すれすれを、青い鉄砲玉のように飛んで行きました。

「木々があり、鳥や昆虫や小動物が結構いる。そういう環境を忘れないでほしい。感性というものは、そういうところから……。」

もう一度、谷川さんの言葉が思い出されました。
静寂によって、精神が森の奥深くへと誘われるようです。
気持ちを集中して眺めていると、水の中、木の表面……そこここからインスピレーションが呼び起こされるような気になりました。

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木の幹の表面。

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水に映る樹木。

たくさんの水鳥がいる一碧湖。珍しいトンボがいたりする昆虫の宝庫でもあるとのことです。
1周4キロ。1時間程度で湖畔をぐるりと散歩することができます。

「伊豆高原アートフェスティバル」の会場を歩く

ところで、一碧湖から南下して大室山へとつながり、そこからさらに伊豆高原駅までへと続く道の辺りは、谷川晃一さんが実行委員長を務めるアートイベント「伊豆高原アートフェスティバル」(毎年5月に開催)に参加するお店や工房が並ぶ一帯です。その数は2016年には85スポットに上ったそうです。(2016年開催時のデータより)

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2016年5月に開催された「第24回伊豆高原アートフェスティバル」の模様。 写真提供=伊豆高原アートフェスティバル事務局

伊豆高原アートフェスティバルの始まりは谷川晃一・宮迫千鶴夫妻が1988年、東京から移ってきた頃の出来事に遡ります。ふたりは、野鳥や幾多の昆虫が生息する伊豆高原の自然環境の豊かさに感動しました。ところが、折しもバブル経済真っ盛り。この辺りも開発にさらされ、ゴルフ場建設のための造成工事が進められていました。

乱開発を何とか止めたい。けれど、谷川さんたちが始めた反対運動には多くの賛同者は得られませんでした。その後バブル経済がはじけて開発は途中でストップすることになりましたが、このときの教訓を踏まえ、谷川さんと宮迫さんは「地域の環境保全のためには反対運動を呼びかけるより、環境保護運動とリンクしたアートフェスティバルという形で、みんなで楽しみながら関係をつくっていくことが大事だ」と考え、始めたのだそうです。

そうしてスタートした手作りのアートフェスティバルが、毎年続いて今や24回。5月になると毎年、プロアマ問わずたくさんの参加者でにぎわって、地域の文化としてすっかり根づいている、というわけなのです。

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左/「布の樹」 右/城ヶ崎文化資料館。いずれも伊豆高原アートフェスティバルの会場となっているギャラリーだが、普段も地元のアマチュア作家などが展示をして、作品を見たり交流したりすることができる。(左図版提供=伊豆高原アートフェスティバル事務局)

アートフェスティバルについて、谷川さんにコメントをいただきました。「これは商業的なイベントではありませんし、極端に言えば、外からお客さんを頑張ってたくさん連れてこようということにも躍起じゃありません。ただ、アマチュアの人にも積極的に門戸を開いています。また、地元のお互い同士が訪ね合う、というだけでもこのイベントの意味があるんじゃないか、という話をいつもしています」

この一帯、大室山から降りてくる道の、伊豆高原駅に近い辺りは桜並木通りになっており、春先は特に気持ちがいいそうです。また一本脇に入った噴水通りには谷川さんの版画が掛けてあるタイ料理屋さんなどもあります。

城ヶ崎海岸/富戸港

さて、伊豆高原駅の辺りまで降りてきたらそのまま海岸へ。
伊豆高原の海としては、城ヶ崎海岸が有名です。

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壮観な城ヶ崎海岸の崖。

城ヶ崎海岸といえば、吊り橋から海が見られる「門脇吊橋」がよく知られていますが、谷川さんがお気に入りなのは「城ヶ崎灯台」で、よくお客さんを案内するのだそうです。灯台の、シンボル的な形がお好きなのでしょうか。そう言えば、谷川さんは雑貨好きで、いろいろな国の雑貨がアトリエに所狭しと並んでいるのですが、その中に民芸品っぽい灯台の雑貨もお持ちです。

海岸にマスコット的に立つ灯台を見ながら、谷川さんの絵に描かれた動物や生き物らしき造形は、どこかフォークアートに通ずる部分もあるようだなと、ふっとそんなことを思いました。

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門脇吊橋。眺めはすばらしいが高さ23mでスリル満点。

門脇吊橋や灯台からもう少し北に行ったところに、こじんまりとした漁港「富戸港(ふとこう)」があります。ここも谷川さんが好きな場所で、よく散歩に行くそうです。放送で登場したのもこの場所です。

2008年、谷川さんは最愛の妻・宮迫千鶴さんを病でなくした後、「しばらくは、宮迫が好きだった船ばかり描く日が続いた」と言います。どんな思いで船を描いていたのでしょうか。

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富戸港。 写真提供:伊豆高原アートフェスティバル事務局

山、森、湖、海。都会からひととき離れて、こうして伊豆高原を散策していると、とても気持ちがのびのびとしてくるのを感じます。谷川晃一の絵画もまた、とても明るく、伸びやかな魅力に溢れています。
そして、陽光。

「東京など都会に出かけて戻ってくるとよくわかります。熱海から電車が伊豆半島に入ると海と山並みが明るく輝いていることにすぐ気がつきます。〜(中略)〜この地に入ると『いのちが輝いている』という実感があります。6年前に亡くなった妻の宮迫千鶴も最後までここで暮らせてよかったと語っていました。彼女も明るい絵を描き続けていました」
(谷川晃一・著『これっていいね 雑貨主義』中のエッセイより)

※編集部注/2014年に発行された本著の中で、宮迫さんの亡くなった年は6年前と記述されていますが、現在は2016年につき8年前になります。

あなたも、陽光礼賛という言葉にふさわしい、明るくおおらかな土地・伊豆高原を旅してみませんか。

住所・交通案内

伊豆高原大室山 
静岡県伊東市富戸1317-5
※リフト営業時間 9:00~16:15

一碧湖
静岡県伊東市吉田815-360

城ヶ崎海岸/城ヶ崎海岸門脇吊り橋/城ヶ崎海岸門脇燈台
静岡県伊東市富戸

富戸港
静岡県伊東市 富戸987-2

展覧会情報

神奈川県立近代美術館 葉山では、
「—陽光礼賛— 谷川晃一・宮迫千鶴展」が開催中です。
2016年10月22日~2017年1月15日
神奈川県三浦郡葉山町一色 2208-1
電話:046-875-2800(代表)