'
日曜美術館サイトにもどる
アートシーンサイトにもどる
2016年11月20日

第29回 兵庫県香美町へ 円山応挙を訪ねる旅

円山応挙とその門下の弟子たちの作品が一堂に会している、兵庫県美方郡香美町(みかたぐん・かみちょう)にある大乗寺、通称“応挙寺”。日本海にのぞむ香美町へ、応挙を訪ねました。

oukyo01.jpg
円山応挙が手がけた大乗寺の部屋。13の部屋で応挙始め円山派の作品がふすま絵をかざる。

oukyo_map.jpg

応挙とその門下の直弟子12名、計13名の絵師が作品で合作しているお寺はここを置いてありません。このお寺の客殿(来客のための建物)全体が円山派のふすま絵で彩られています。また大乗寺にある作品のうち165点は国の重要文化財にも指定されています。

もともと大乗寺は、1250年以上の歴史を持つ、高野山真言宗の古刹。
東大寺の大仏造立に献身した行基によって745(天平17)年に開山されました。
そして江戸時代の中期、まだ有名になる前の円山応挙が、大乗寺の当時の住職・密蔵上人に援助を受けていたと伝えられています。密蔵上人の後継者・密英上人が建物の再建にあたって、京都へ赴き応挙にふすま絵を依頼。恩返しのつもりもあり、応挙はこの一大プロジェクトを引き受けたそうです。

応挙にとっては晩年の制作にあたり、1787年(天明7年)から、1795年(寛政7年)までかけて完成させています。ふすま絵の最後の1点「孔雀図襖」を仕上げた3か月後、応挙は63歳で亡くなりました。

大乗寺

oukyo02.jpg
見事な山門が印象的な真言宗大乗寺。

大乗寺客殿には念持仏である十一面観音菩薩が安置されている仏間を含む1階の11室と、2階の2室の計13室があり、そのすべてに応挙一門のふすま絵が描かれています。

こちらのお寺ではガイドが一緒に回って作品の説明をしてくださいます。まず通されたのは仏間の正面に位置する「孔雀の間」。
「これらのふすま絵は廊下から見るのではなく、ぜひそれぞれの部屋へお上がりになってご覧ください」

孔雀の間

oukyo03.jpg
「孔雀の間」。松の木と孔雀(くじゃく)がほぼ原寸大で描かれており、本当にそこに孔雀がいるような感覚を覚える。

美術館では上から照明を当てて作品を鑑賞するのが一般的ですが、本来障壁画は障子を通した柔らかい光の中で、体験するものだとのことです。パチン。わざわざ蛍光灯を消して解説してくださいました。

「ふすまを背中にして座ってそこにいると、絵の背景が金ぱくであることで自分の周りがうっすらと明るくなり、また絵柄が背景から浮かび上がってくるように感じられるはず。もともと金ぱくは豪華さを演出するためというより、絵が3Dで描かれているように感じさせるための装置でもあるのです」

絵の中の孔雀と松の枝は、現実の風景ともつながっています。孔雀の間に接する廊下の障子を開けると、そこには本物のお庭が広がっていました。「日本画というのは、五感で体験しつつ想像力で足していくもの。そうすると虚と実の空間がつながるのです」 

oukyo04.jpg
「孔雀の間」の前の障子を開けると、庭が現れる。

郭子儀の間

oukyo05.jpg
長寿で子孫にも恵まれたという歴史上の人物「郭子儀」。応挙が好んで描いたモチーフだったとか。

障壁画がある13室のうち、円山応挙が手がけたのは「孔雀の間」「郭子儀の間」「山水の間」の3室。ということで次に、孔雀の間のお隣りの「郭子儀の間」へ。老人と子どもたちが描かれていますが、老人は郭子儀(かくしぎ)という、唐の時代の中国の武将・政治家だった人物。子や孫に恵まれたとされているので、その周りには孫たちが何人も描かれています。 

実は大乗寺の障壁画は、「立体曼荼羅(まんだら)」を構成しているとのことで、十一面観音を中心に4つの方角には「持国天」「広目天」「増長天」「多聞天」に相当する守護神が描かれているのだそうです。
持国天は生産経済を、増長天は政治を、広目天は芸術・文化を、多聞天は生命・医薬をそれぞれつかさどるとされています。この「郭子儀の間」は政治をテーマに描かれている。すなわちこの部屋が四方守護のうちの増長天の意味合いを持つ部屋なのです。

「農業の間」には持国天、「山水の間」に広目天、「仙人の間」に多聞天が託されて、十一面観音の四方を四天王がガードすることになります。また「孔雀の間」にもしかけがあります。孔雀とは仏教の世界では阿弥陀如来の台座であるので、四天王以外に阿弥陀様もここには存在していることを暗示しているわけです。

山水の間

oukyo06.jpg
「山水の間」。描かれていない金ぱくの部分には、水がたたえられているように感じられる。

「孔雀の間」「郭子儀の間」と続いて、その次の「山水の間」も応挙の作です。

山水の間は一段高くなっている上段の間がベストポジションで、そこから見ると、天橋立や琵琶湖や近江富士(三上山)などが広がる眺望の感じを一番よく味わえるようになっているのだとか。上段の間は現在囲いの内側で座ることはできませんが、それでなくても大パノラマが広がる景色は体感できます。

oukyo07.jpg
絵だけで完結しているのではなく、まさに部屋全体で空間体験ができる。

また、上段の間の後ろの違い棚とその横の床の間は、共に床に近いあたりに集中して崖の絵が描かれています。それは床も絵画空間の一部として取り込んでいるからなのだとか。よく見ると、違い棚の絵のすぐ下の床は鏡面のように絵を映しており、そこは水面を表しています。一方、床の間の方には畳が敷いてありますが、そこでは畳の目が海の波に見立てられているのだそうです。

美術館で応挙を見るのももちろん楽しいですが、ここは建物の空間全体でひとつの美術体験となっているのがだいご味と言えます。

孔雀の間が障子を開けると実際の庭とつながるように、山水の間は障子を開けた方角は北、つまりその先は日本海。日本海に注がれるまでの渓流が描かれているように見て取れるのだとか。他にもこうした空間構成の妙がいくつも隠れているそうです。
大乗寺客殿を一通り体験すると、応挙がただ写実的な表現に優れた画家というのでなく、空間を見せるすべにもいかに長けていたかが実感できます。

呉春や長沢芦雪など円山派の部屋

oukyo08.jpg
応挙の高弟・長沢芦雪が手がけた「猿の間」。独自の伸びやかな線が魅力。

応挙が手がけた部屋は以上の3室ですが、それ以外の門人たちの部屋もそれぞれに個性がよく表れており、それもまた楽しみのひとつです。

「農業の間」と「禿山の間」は呉春作。呉春はもともと与謝蕪村の弟子でしたが、その後は作風がまったく対象的な応挙と接近し、写実へと傾いていきます。ここ大乗寺にある呉春の2室のうち「禿山の間」の方が早い時期の制作ですが、どことなく蕪村の影響を残しているように見えます。一方、もっと後に描いた「農業の間」は、応挙に作風が近づいているように思われます。

応挙の高弟の中でもよく知られる長沢芦雪は、写実的な中にも奔放さがある印象ですが、大乗寺の「猿の間」は実に芦雪らしい作品。遊び心すら感じるお猿さんたちの豊かな表情をぜひご覧いただきたいです。

応挙の肖像

oukyo09.jpg
還暦の応挙を描いた肖像画。

oukyo10.jpg
大乗寺の山門をくぐると、応挙の銅像が出迎えてくれる。

寺全体に空間演出をしかけた応挙ですが、作品制作当時ここに来たことはなかったと言われています。応挙は基本的にすべての絵を京都のアトリエで完成させて、弟子に寺まで運ばせたようです。実際、応挙は旅嫌いで知られ、終生ほとんど京都から出なかったとか。

「言うなれば大乗寺は外の世界とつながった小宇宙のような空間ですが、普通の絵師だったら、現地に足を運んで実際の土地の様子をロケハンしないとできないようなことを、応挙さんは来なくても、自分の頭の中で完全に設計できていたんじゃないか。そこがすごいと思いますね」

大乗寺の門前

oukyo11.jpg
銘酒「香住鶴」の昔の酒蔵。大乗寺の近所にある。

大乗寺の門前には古い町並みが残っています。街道沿いに小川が流れ、漆くい壁に虫籠窓(むしこまど。虫籠のように縦に格子状に開口部を設けた窓)の町家なども。

その中には、全国的に知られる日本酒の銘柄「香住鶴」の昔の酒蔵もあります。現在は別の場所でお酒をつくっているのでこちらは酒蔵としては使われていませんが、建物は保存され店として使われています。

山陰海岸国立公園

oukyo12.jpg
香住海岸沿いの「岡見公園」から眺めた日本海の様子。

大乗寺客殿の「山水の間」は日本海とつながっているとのこと、実際に日本海を見ようと海岸ドライブしてみました。京都丹後から鳥取までの日本海沿岸は山陰海岸国立公園ですが、中でも香住海岸は名勝に指定されています。香住海岸にある「岡見公園」からは、応挙の山水の間に描かれた景勝地にも劣らぬ見事な景色が眺められます。

また香住海岸から車で10分ほど東に行った今子浦海水浴場のすぐ脇にある「かえる島」の辺りも一見の価値ありです。素晴らしい岩場の景色の中に、かえるの形そっくりの岩があるんです。

今子浦ビーチの名物岩「かえる島」。もともと航海に出た男たちが無事香住に帰ることをこの岩に祈願したのが始まりで、手元に「かえる」よう祈れば願いが叶うとされています。

松葉ガニ

oukyo14.jpg
この時期、香美町ではカニが店頭にずらりと並ぶ。手前が松葉ガニ。左奥に見える赤いのが香住ガニ。

そしてこれを忘れてはいけません。この季節に日本海側を旅する楽しみといえば、やはりカニ。11月6日は毎年日本海のズワイガニのオスの漁解禁日。福井だったら越前ガニ、石川なら加能ガニとか香箱ガニ、兵庫・鳥取では松葉ガニ、それぞれ地域にちなんだ名前がついていますが、みな同じズワイガニです。漁期は3月20日まで。このシーズン、週末になると、この辺りの宿はなかなか取りづらいのでご注意を。

しかしまた、紅葉とカニを楽しみがてら、“応挙寺”を訪れる良いタイミングだとも言えます。山が赤黄に色づく秋、日本海側で応挙三昧&カニ三昧というのは、いかがでしょうか?

oukyo15.jpg
旅の楽しみの一つは何と言ってもその地域の季節の味わい。松葉ガニの陶板焼き、絶品!

住所/交通情報

・大乗寺
兵庫県美方郡香美町香住区森 860
午前9:00から午後4:00(受付午後3:40迄)
内拝料:大人/800円 子供/500円(小学生)

・岡見公園(香住海岸)
兵庫県香美町香住区一日市

・かえる島
兵庫県美方郡香美町香住区境 今子浦ファミリーパーク内