日曜美術館サイトにもどる

2016年11月13日 / 旅の紹介 第28回 福島県・磐梯高原へ ダリを訪ねる旅

無意識の混とんを描いた不思議な作品で知られるスペインの芸術家、サルバドール・ダリ。
今回の目的地は、ダリの故郷であるスペイン、カタルーニャ地方……。
ではなく、福島・磐梯高原(ばんだいこうげん)です。世界有数のダリ・コレクションを訪ねました。

dali_01.jpg
福島県耶麻郡北塩原村の諸橋近代美術館。中央は彫刻「宇宙象」。

dari_map.jpg

スペイン南東、カタルーニャ地方のフィゲラスに、1904年に生まれたサルバドール・ダリ。
1989年に生まれ故郷で亡くなるまで、人生の大半をこの町で過ごしました。
同地には、1万点以上のダリ作品を収蔵するダリ劇場美術館があります。
そして、あまり知られていませんが世界でも5本の指に入るダリ・コレクションが日本にあるのです。日本でまとまってダリが見られるその美術館があるのは、福島・会津裏磐梯。

実業家・故諸橋廷蔵氏によるコレクションを母体とし、300点におよぶ絵画、版画、彫刻を収蔵する、諸橋近代美術館です。
紅葉の名所としても名高いエリアにその美術館を訪ねてみました。

諸橋近代美術館

dali_0203.jpg
左/JR猪苗代駅からはバスで30分弱。 右/バスの窓からの眺め。裏磐梯エリアは標高約800メートル。

dali_04.jpg
バス通りに突然現われる諸橋近代美術館。外観はドイツに実在する中世の馬小屋をイメージしたという。

西には桧原湖、東には秋元湖と紅葉の名所中津川渓谷など、景勝地の中心にある諸橋近代美術館は、周りの自然も含めてゆっくり楽しむのがベストです。

とはいえ、週末トラベラーの私は、早朝に東京駅から東北新幹線に乗って約1時間半、JR郡山駅からJR磐越西線に乗り換え30分、猪苗代駅からバスでさらに30分弱揺られて美術館前にあるバス停までたどり着きました。
木立の向こうの小川、そして大きな池を前景に諸橋近代美術館はそびえ立っています。

dali_05.jpg
諸橋近代美術館展示スペース。外光が入る室内には彫刻が立ち並ぶ。彫刻の収蔵数はダリ劇場美術館(スペイン)に継ぐ規模を誇る。

橋を渡り美術館に入ると、常設のスペースでまず目にするのが彫刻作品の数々。

ニューヨーク市立近代美術館にある「記憶の固執」(ダリの代表作である絵画)などに描かれた「柔らかい時計」。クモのような細長い脚をした「宇宙象」など、ダリの絵画作品に登場する独特のモチーフが立体になっているのが目を引きます。
美術館の前にある池に反射した外光が室内に降り注ぎ、まるで、ダリが描いた無意識の世界に迷い込んだかのようです。

常設展示室の突き当りの壁面には、通常は幅4メートル近い「テトゥアンの大会戦」(1962年)がかかっているそうですが、この日はダリの版画を元に織られたタペストリーが飾られていました。
「テトゥアンの大会戦」を含む、大作3点は、現在国立新美術館で開催中の「ダリ展」(12月12日まで)に貸し出し中なのです。

dali_0607.jpg
左/企画展示室入り口。 右/ダリ十代の頃の作品。大きな影響を与えた母と妹を描いた作品。

dali_08.jpg
「やわらかい時計」が描かれた版画シリーズ「シュルレアリス24のテーマ」(左の2点)とグワッシュ「蝶のいる時の塔」(右端)

“美術館の顔”的な作品3点は不在でしたが、企画展示室では「かたくてやわらかいダリの世界 ヤワカタな自我」という特別展を見ることができました。
だらりと垂れ下がる時計、そそり立つサイの角など、生涯にわたって奇妙とも言える執着を持ち続けた「やわらかいもの」と「かたいもの」のモチーフから、ダリ自身のパーソナリティーを読み解くという趣旨です。

卵の中身のように繊細な一面を持つダリ。そして、ダリの不安や欲望を理解し、硬い殻のようにダリを守った女性たち――。
柔らかさと硬さの出発点を、母親や妹、妻・ガラなど周囲の女性との関係性によって明らかにしたセクションでは、17歳のときに他界した母フェリーパをその死の前年に描いた少年時代の油彩も見ることができました。

dali_0910.jpg
左/ダリがデザインした「女優メイ・ウェストの唇形ソファ」。 右/ダリが崇拝した「かたいもの」、サイの角をモチーフとする彫刻「ナポレオンのデスマスク」。

執拗に描かれる、ぐにゃぐにゃした肉体などの「やわらかい」モチーフと、ロブスターなどの「かたい」モチーフ。
しかし、ダリがパトロンのために、ハリウッド女優メイ・ウェストの唇をモチーフにデザインした「女優メイ・ウェストの唇形ソファ」のように、一見柔らかそうなのに、実際は驚くほど硬いものもあるのが、ダリならではの仕掛けです。
このソファ、来館者が座り心地を体験することができますが、柔らかそうなので勢いよく座ってちょっと痛い思いをする人もいるそうです。
幼少期からの抑圧や偏愛と結びついたさまざまなモチーフの数々をたどっていくと、ダリが探求した意識の奥底の、くめども尽きぬ広がりが浮かび上がってきます。

dali_11.jpg
美術館の前には磐梯山がそびえる。

1999年に開館した諸橋近代美術館は、2011年の東日本大震災では、震度5近くの揺れを記録しました。

しかし、収蔵作品へのダメージはほとんどなかったそうです。
実は、2004年の中越地震の際にも、新潟に近い裏磐梯は震度4以上の揺れに見舞われています。
そのとき、安定性が高いとは言えないダリ彫刻について対策の必要性を痛感した諸橋英二館長は、新潟のもっとも震度が大きかった地域の美術館を訪ね、有効な地震対策を独自に調査したそうです。
その結果、立体作品は“サラシで巻いて柱にくくりつける”という昔ながらの方法で保管してあった作品が最もダメージが少なかった、というデータを得て、休館中はすべての彫刻をサラシで巻いて固定するようになりました。
その対策が功を奏し、冬季休館中に起こった東日本大震災を切り抜けることができたと語ります。

五色沼

dali_1213.jpg
美術館を出て5分ほど歩くと、五色沼へ向かう探索路への入り口にたどり着く。

美術館の目前には日本百名山のひとつ、“会津富士”とも呼ばれる磐梯山が広がります。せっかくここまで来たのですから、裏磐梯エリアの美しい自然も堪能しましょう。

紅葉と美しい水面の色で名高い景勝地、湖沼群、五色沼(ごしきぬま)に向かう五色沼自然探索路の入り口は、美術館から歩いてすぐです。

活火山である磐梯山は古来より噴火を繰り返してきましたが、1888年の大噴火で流れ出た溶岩が谷を埋め、桧原湖をはじめとする湖沼ができたのです。
五色沼と呼ばれる美しい湖沼群も、この噴火で誕生しました。
水深や水に含まれる物質の違いで、沼はそれぞれ異なった色彩を見せるので、この名で呼ばれています。

dali_1415.jpg
左/五色沼最大の毘沙門沼。ボート遊びも楽しめる。 右/一帯は国立公園の特別保護地区に指定されている。

dali_16.jpg
湖沼群の中でも特に水面のグラデーションが美しい青沼。毘沙門沼から5つ目。

それぞれ異なった表情の沼は6つあります。

紅葉を映す水面は、ご覧の通り息をのむほどの美しさで、片道約3.6キロの探索路も気が付くとあっという間です。
道は比較的平たんなので、降雪がない時期なら歩きやすい靴以外に特に装備は必要ありません。ただし、標高が高いために気温が変わりやすいので、防寒対策には十分気を付けてください。

さて、諸橋近代美術館をメインとして裏磐梯で紅葉を楽しみたい方には、今年はすでにギリギリのタイミングであることをお知らせしなくてはなりません。
裏磐梯エリアは12月に入ると深い雪に覆われ、紅葉の名所からスキーリゾートへと姿を変えます。
12月から3月まで諸橋近代美術館は冬季休館に入るため、今年訪れるとしたら11月いっぱいが最後のチャンスです!
しかし、楽しみを来年まで取っておいて、4月の休館明けに訪れるのも素敵なプランです。
磐梯山が残雪をまとい山桜が咲き乱れる春もまた、おすすめのシーズンだと地元の方は口を揃えます。
その時には、3点のダリ大作も、諸橋近代美術館に帰ってきています。

裏磐梯エリア、猪苗代駅周辺

dali_1718.jpg
磐梯山噴火記念館。地学模型、当時の報道、美術作品など磐梯山噴火に関連するさまざまな資料を展示。

もう一歩足を伸ばす場合のおすすめスポットを紹介します。

諸橋近代美術館から徒歩15分くらいの場所にある磐梯山噴火記念館。
明治期の噴火について、多角的に解説した展示を見ることができます。
地学的な解説以外にも、噴火直後に撮影に入り、日本の報道カメラマンの先駆けとなった岩田善平の写真原版や、噴火を報じた井上探景の錦絵など、文化史的な資料も充実しています。

dali_1920.jpg
左/「はじまりの美術館」。明治期の酒蔵を改修した建物。 右/齋藤陽道の写真によるインスタレーション。

JR猪苗代駅付近には、少し歩きますが2014年に開館した小さな美術館「はじまりの美術館」があります。

郡山市の社会福祉法人が運営するこの美術館は、さまざまな障がいのある方が作り出した作品と、現代美術の作家の作品をボーダレスに、テーマに沿って紹介する企画展を行っています。訪れた日には、「オソレイズム」と題した、さまざまな“オソレ”に焦点を当てた企画展が開催されていました。
展示と共に注目なのが、築130年の酒蔵をリノベーションした建物です。建築当時のままの十八間(約33メートル)の梁と改修時に加えられた木のレンガの床。この地域の木工の伝統を感じることができる空間です。

ダリの想像力と自然の豊かさに驚嘆させられる裏磐梯エリア、ぜひ訪れてみてください。

交通

・諸橋近代美術館
福島県耶麻郡北塩原村大字桧原字剣ヶ峯1093-23
(12月1日~3月31日は冬季閉館)
JR猪苗代駅より磐梯東都バス(五色沼・磐梯高原行き)約25分

・磐梯山噴火記念館
福島県耶麻郡北塩原村桧原剣ケ峯1093-36
JR猪苗代駅より磐梯東都バス(磐梯高原行き)約30分

・はじまりの美術館
福島県耶麻郡猪苗代町新町4873
JR猪苗代駅より徒歩約25分