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2016年10月 2日 / 旅の紹介 第22回 東京-向島・千住へ 鈴木其一と江戸琳派を探す旅

金屏風の上で、妖しいほどに咲き乱れる草花。
アメリカ、メトロポリタン美術館からの「朝顔図屏風」里帰りを機に、注目が集まる江戸琳派の絵師・鈴木其一(きいつ)の足跡を探して、東京・向島〜足立〜千住を訪ねました。

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向島百花園の萩。秋の七草のひとつ。草花は、江戸琳派の中心的な画題。

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数多くの代表作が海外で所蔵されていることなどから、鈴木其一の全貌に触れられる機会はこれまでありませんでした。

プロフィールも謎めいています。たとえば出生についても、近江出身の紫染職人の家庭という説と、武士出身という説と二通り。
「やっと新しい事実がわかりはじめた」と語る研究者が多いことからも、其一は、まさに今よみがえろうとしている絵師なのです。
まずは、生涯の師であった江戸琳派の祖・酒井抱一ゆかりの地から旅を始めることにしました。

向島百花園(東京、向島)

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六義園など大名が造った庭園と比べると、ずっとコンパクトな園内。だからこそ、くつろいだ雰囲気がある。

その前に、「江戸琳派って、何?」というところから。

「琳派」の「琳」は、元禄時代の絵師、尾形光琳に由来します。
つまり、ごく簡単に言えば光琳的なスタイルで表現する芸術家やその作品のこと。
分かりやすい特徴として、金銀を多用した装飾的な表現や、絵具を垂らして描く「たらし込み」という技法などが挙げられます。
琳派がユニークなのは、血縁や親戚関係に基づく派閥ではなく、先人である芸術家に共感した芸術家が個人的に影響を受けることでつながり、継承されてきた点です。
光琳とその弟である乾山の仕事を、彼らの死後100年の時を超えて深くリスペクトしたのが、其一の師・酒井抱一でした。
抱一は、京都で生まれた華麗な「琳派」をよみがえらせ、季節の移ろいなどに着目した「江戸琳派」という新たなスタイルに発展させたのです。
抱一が開園から深く関わった庭園・向島百花園を訪ねました。

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名物、萩のトンネル。写真提供=向島百花園

「萩まつり」開催中のその日、江戸時代からの名物である萩の花が、園内の至るところを白とピンクに彩っていました。

向島百花園は、骨とう商だった佐原鞠塢(さはらきくう)によって1804年に開かれました。
江戸の都市化が一段と進んだ幕末、隅田川の向こう岸である向島は、行楽地として注目を集めるようになります。
鞠塢は、庭園づくりにおいて名プロデューサーぶりを発揮し、「万葉集」や中国の「詩経」などの古典に登場する植物を植えるとともに、抱一ら文人と呼ばれる知識人や芸術家をアドバイザーに、新しい趣向の庭を造っていきます。武家の庭園のような巨石と大木による庭園とは異なる、江戸の文人たちの趣味が反映された、草花を売りとする庭園です。
ちなみに「百花園」の名を付けたのは抱一と言われています。
訪れた日は、萩の他に、藤袴(フジバカマ)、ススキ、女郎花(オミナエシ)など、秋の七草の花々が咲き誇っていました。
花穂をつけた萩の枝が秋風に舞う様子を眺めていると、其一の描く萩の絵を連想しました。
常に師に帯同していたと言われる若き日の其一も、この庭園を訪れたことがあったに違いありません。

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園内にある抱一がデザインした御成座敷は今も句会などに使われている(左)、8月に開催された大輪朝顔の展覧会。写真提供=向島百花園

其一といえば、やっぱり朝顔。

実は、向島百花園は江戸から続く朝顔栽培でも知られています。
変化朝顔と呼ばれる、変わった花形をした朝顔と大輪の朝顔がメイン。毎年8月には、墨田朝顔愛好会の会員による展覧会が開かれます。
ちょうど其一が20代初めの頃、江戸では朝顔のブームが最盛期を迎えていました。
特殊な朝顔の栽培には、さまざまな技術が必要となりますが、「連」と呼ばれる町人のサークルが草の根的に知識を伝えあって、朝顔の栽培は爆発的に広がっていきました。
其一が描いた朝顔というモチーフの背景には、庶民にまで広がった朝顔ブームがあったのです。

足立区立郷土博物館

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左/東渕江庭園に面した足立区立郷土博物館。右/千住の青物市場「やっちゃ場」の再現展示。写真提供=足立区立郷土博物館

今回の旅を始める前に、謎が多い其一にもう一歩近づけるスポットについて、琳派の研究者である武蔵野美術大学教授・玉蟲敏子(たまむしさとこ)さんに伺っていました。

玉蟲さんいわく、近年、其一をはじめ江戸琳派に関する新発見が相次ぐ千住は、見逃せない重要なエリアであるとのこと。
千住における数々の発見に関わり、その成果を企画展で発表してきた足立区立郷土博物館を訪ねました。

といっても、足立区立郷土博物館は千住から荒川を渡った亀有の近くにあるのですが、とにかく、江戸琳派において、ここのところ千住が、足立区立郷土博物館がアツいのです。
何しろ、昨年の初夏に、千住の文人の和歌が添えられた摺物(すりもの、江戸時代に配りものとして作られた木版画)の「源仲国図摺物」が発見され、その4か月後には其一の最初期の作品で、抱一の賛(俳句)が入った千住ゆかりの「正月飾り物図」が発見されるなど、其一の未発見の作品が次々と発表されているのです。
  
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左/参考・酒井抱一俳賛、鈴木其一他「正月飾り物図」(個人蔵)。
右/鈴木其一「源仲国図摺物」(個人蔵)。 写真提供=足立区立郷土博物館

それらの新発見から、新たな其一像が見えてきたのでしょうか? 
学芸員の多田文夫さんに質問をぶつけてみました。
「其一の手紙を見たことがありますか? とにかく筆が固くて、貴族的で優雅な抱一と違っていて、絶対に上司にしたくない感じ?(笑)。ところが、最近発見された作品を見ると、意外と交友範囲がボーダーレスに広かったことが分かりました」

「正月飾り物図」で、其一が合作しているのは千住の青物問屋の坂川屋鯉隠(さかがわやりいん)。自らも俳句や絵を手掛けたこの人物と、其一との親交はこれまで知られていませんでした。

「鯉隠みたいな富裕な商人は、スポンサー的に絵師に絵を描かせて待っているだけではなくて、自分も絵師と一緒に俳句を詠み、絵を描き、楽しんでしまう。サークルの先生みたいな関係でしょうかね」

このような「サークル」的な文化が花開いた背景として、近郊から集まる青物(野菜)を集積し、江戸の中心地で売りさばく千住の青果市場の興隆は見逃せない要素だと言われます。
「やっちゃ場」と呼ばれた青物市場について、この博物館の資料や再現展示を見て予備知識をつけて、次なる目的地として、荒川にかかる千住新橋から隅田川にかかる千住大橋まで、旧日光街道沿いを歩いてみました。

旧日光街道(千住)

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千住新橋の緑地公園。荒川を望む。

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左/江戸時代の紙すき問屋「松屋」だった横山家。 右/その向かいにある250年続く吉田絵馬屋。

常磐線の北千住駅の西に平行して、旧日光街道が走っています。

千住新橋のたもとの遊歩道から旧日光街道に進むと、江戸時代の商家など歴史を感じさせる建物が多く残る「宿場町通り」に入ります。
さらに南に下っていくと、より生活感にあふれた繁華街に姿を変え、名前も「ほんちょう商店街」に変わります。

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左/ほんちょう商店街。この先で、1815年に千住酒合戦が行われた。
右/酒合戦から200年にあたる昨年11月、千住仲組協議会が酒合戦を再現したイベント(写真提供=千住仲組協議会)。

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参考・千住酒合戦の様子が描かれた作品はいくつか知られているが、これは谷文一「闘飲図巻」(足立区立郷土博物館所蔵)。※図版は作品の一部分

ほんちょう商店街の端、東京藝術大学千住キャンバスのある辺りは、其一との親交が判明した坂川屋鯉隠が、酒井抱一や谷文晁ら文人を招いて「千住酒合戦」という大規模な酒宴を開いたとされる場所です。

男性では千住宿の松勘が9升1合、女性では千住宿菊屋のおすみが2升5合を飲み干したなどの豪快な記録が残っていることもあって、酒量を競う大会のように伝えられることが多いですが、絵師を招いて宴の様子を絵巻に描いてもらい、翌年に展覧会を開催するのが目的だったと言われています。
ちなみに、昨年は酒合戦から200年にあたり、再現イベントがほんちょう商店街の中で行われ大いに盛り上がりました。

青物問屋を営む鯉隠は、絵師たちとの交流で風流を楽しんでいただけではありませんでした。
絵師たちは料亭などにも出入りし料理の最新トレンドを知っている貴重な存在。
つまり、これから売れる野菜についての貴重な情報源でもあったのです。
絵師との交流の背景には、商人らしいしたたかな思惑もありました。

ところで、粋人として知られた抱一はお酒が飲めない、いわゆる「下戸」だったことが分かっています。しかし、其一の方は、かなりの酒好きだったとのこと。ちょっと意外な気がしませんか?

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千住仲町氷川神社。其一の弟子、村越其栄の息子、向栄は、この近くで家塾(寺子屋)を経営していた。

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左/其栄による「夏秋草図屏風」。画題と構図に其一を感じさせる。(千住河原町稲荷神社所蔵)。
右/千住大橋近くの千住河原町稲荷神社。其栄のこの屏風は、足立区立郷土博物館での千住・足立ゆかりの絵師の企画展で公開されてきた。

ほんちょう商店街から脇道を東に入ると、弁天像をまつる、千住仲町氷川神社があります。

この神社のはす向かいに、其一の弟子である村越其栄とその息子・村越向栄が暮らしていたことがわかっています。
近年の、其一に関する大きな発見が、其一の弟子たちによる作品です。
足立区立郷土博物館の「千住の琳派」に関する展覧会で紹介された、其栄による「夏秋草図屏風」の、鮮やかな群青で描かれた朝顔と、舞うような秋草――。
ドラマチックな構図は、其一の世界を感じさせます。

これまで、抱一が江戸で再興した江戸琳派は、其一以降、次第に振るわなくなったと考えられてきました。
しかし、大正期まで息子の向栄によって伝えられていたのです。
其一こそが、江戸琳派から、近代の日本画へのミッシング・リンクなのかもしれません。
千住の町を、其一を探して歩いてみませんか?

住所/交通情報

・向島百花園 東京都墨田区東向島3/東武スカイツリーライン「東向島」下車徒歩約8分、京成電鉄押上線「京成曳舟」下車徒歩約13分
江戸琳派スタイルな四季の花が楽しめる。

・足立区立郷土博物館 東京都足立区大谷田5-20-1/JR亀有駅北口より東武バス約7分下車徒歩1分、JR・東京メトロ千代田線綾瀬駅西口より東武バス約14分下車徒歩4分。
千住ゆかりの琳派の絵師の企画展や千住市場にまつわる常設展に注目。

・千住・旧日光街道(現在の宿場町通り~ほんちょう商店街)/常磐線・東京メトロ千代田線北千住駅より徒歩3分。
宿場町の面影が残る建物や、青物市場が育んだ文化が魅力。

・旧紙すき問屋横山家 東京都足立区千住4-28-1/常磐線北千住駅から徒歩10分

・吉田絵馬屋 東京都足立区千住4-15-8/常磐線北千住駅から徒歩10分

・千住仲町氷川神社 東京都足立区千住仲町48-2/常磐線北千住駅から徒歩10分、東京メトロ千代田線北千住駅から徒歩5分

・千住河原町稲荷神社 東京都足立区千住河原町10-13/常磐線北千住駅から徒歩14分、東京メトロ千代田線北千住駅から徒歩9分