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2016年5月15日 / 旅の紹介 第6回 イタリア・ボローニャへ モランディを訪ねる旅

日常の中にあるありふれた瓶や壺を描きながら、えも言われぬ豊かな絵画空間をそこに創り出す――
イタリアの画家、ジョルジョ・モランディは20世紀の絵画史に大きな足跡を残しました。

今回の「出かけよう、日美旅」は、モランディが73年の生涯の大半を過ごしたイタリア北部の街ボローニャを訪ねます。

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ボローニャ市内、中心からやや離れた、旧市街の面影が残る一角にひっそりとたたずむモランディのかつての住まい。

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ボローニャはミラノ・ベネチア・フィレンツェのちょうど中央くらいに位置します。空港はありますが、日本から現在直行便は出ていないので、ミラノ、ベネチア、フィレンツェ、ローマまで飛行機、そこから高速鉄道(フレッチャ・ロッサ)で行くのがおすすめです。

モランディの家

大旅行や大恋愛など、劇的なエピソードはモランディの人生に記録されていません。
ボローニャで生まれ育ち、生涯独身で、小さなアパートメントに母と3人の妹たちと暮らしました。
寝室兼用の小さなアトリエで日々制作に没頭していたそうです。

いわば「モランディの世界すべてがそこにあった」といっても過言ではない、街外れのアトリエをまずは訪ねてみることにしました。

美術館「カーザ・ディ・ジョルジョ・モランディ」(モランディの家)として2009年より一般公開されています。

ボローニャの中心マッジョーレ広場から南東に、フォンダッツァ通りを目指します。
歩くこと20分。右手に見えてくるフォンダッツァ通りは、旧市街の面影が残る、薄暗いアーケードです。

ボローニャ中央駅から向かう場合、バスを利用してフォンダッツァ通り付近にアクセスすることも可能です。乗車時間は約8分。そこから徒歩約4分で到着します。

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(左)建物入り口。(中)美術館はアパートメントの中に。インターフォンのチャイムも一般の住居に混じる。(右)エントランス。

アパートメントが立ち並ぶこの通りには、バルや商店がまばらにあるものの、住民らしき人以外はほとんど見られず、とても静かなことに驚かされました。

カーザ・モランディには、場所を示す目立った目印もありません。モランディの作品のように、ひっそりとそこにありました。

他のフロアでは、画家が暮らしていたときと変わらず、現在も住民たちが日常を営んでいるので、エントランスをくぐるときの気分は、美術館というよりも友達の家を訪ねる感じです。

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寝室兼アトリエ。身長190センチ近い長身の画家にはあまりにも小さそうなベッドや椅子。

階段を上り2階の玄関を入ると、室内は間仕切りのない大きなワンルームに改装されていて、手紙や写真などの資料展示スペースになっていました。

その奥の方に、モランディのアトリエが保存されており、ガラス越しに見学が可能です。

家具らしい家具は、堅そうなベッドと粗末な椅子ぐらい。
対照的に、作品に欠かせない瓶や缶、壺などの静物たちがあちこちから顔をのぞかせています。

「私のお気に入りのモデルたち」――モランディが静物たちを指した言葉です。それらの配置を動かしてさまざまな構図を試みたときの鉛筆の印が、テーブル全体がグレーに見えるくらいにびっしりと残っています。

訪れた日、正面の大きな窓は閉まっていました。
ここから見下ろした中庭の緑と向かいの建物という景色は、「フォンダッツァ通りの中庭」(1954年)など、モランディの絵画の中で繰り返し登場しているので開いているところが見てみたかったです。


CASA DI GIORGIO MORANDI
住所:Via Fondazza,36, 40125 Bologna

ボローニャ美術アカデミー

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(左)美術アカデミーの版画工房。(右)1994年、妹のマリア・テレーザさんにより寄贈された、と書かれている。

ボローニャにはもうひとつ、重要なモランディゆかりの場所があります。

40歳のときから26年間、版画講座の教授を務めたボローニャ美術アカデミーです。
モランディ自身、このアカデミーの卒業生でした。
本来、卒業生や関係者しか校内の見学はできませんが、モランディを日本の美術ファンに紹介するために、特別に見せていただきました。

アカデミーの版画工房をのぞくと、モランディの名が刻まれた銅版画プレス機が。小型で古めかしいそのプレス機は、現在も現役で使用されています。

モランディは、油彩以外に、銅版画の作品も数多く制作。版画でも国際展で多くの賞を受賞しました。モランディの全版画作品を目録にした「モランディ版画カタログレゾネ」も出版されています。

自宅の壁にはレンブラントのエッチングを飾って銅版画技法を研究していたそうです。


ACCADEMIA DI BELLE ARTI BOLOGNA
住所:Via delle Belle Arti, 54, 40126 Bologna

モランディ美術館

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(左)モランディ美術館 (右)「モランディ美術館」はボローニャ近代美術館の2階。

この街に残された最も大きなモランディの足跡といえば、何よりその作品に出会えることでしょう。

ボローニャ中央駅から歩いて10分の、モランディ美術館に向かいます。
この美術館は、ボローニャ近代美術館(MAMbo)の中にあります。

実は、本来の場所は、ボローニャの中心であるマッジョーレ広場に面した市庁舎の3階なのですが、現在建物は改修中。MAMbo内にあるモランディ美術館は、2012年からの仮スペースなのです。一時的な移転先とはいえ、MAMbo全体の半分近いスペースでモランディ作品を見ることができます。

訪れた日は、銅版画が展示されていました。原版などもあわせてゆっくりと鑑賞できました。


MUSEO MORANDI
住所:Via Don Giovanni Minzoni, 14,40100 Bologna

ボローニャの街

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(左)ボローニャの旧市場通り。(中)トルテリーニなど、パスタを売る店先。(右)内陸部のボローニャは肉料理が名物です。

アトリエに引きこもってひたすら仕事に没頭する――モランディの作家像からは禁欲的な生活をイメージしますが、必ずしもそうではなかったようです。

かつてモランディの助手だったジャネット・アブラモヴィッチは、「毎日2回、彼は町の中心街へ散歩に出かけたが、そこには最もすばらしい商店などがあった。彼は最高のコーヒーと、例えばチョウザメのような若干の新鮮な魚類、またその他のごちそうを買い求めるのである。モランディは決して禁欲主義者ではなかった。全てのボローニャっ子と同じで、よく食べ、おいしいワインを飲むのが大好きであった」という回想を著書『ジョルジョ・モランディ 静謐の画家と激動の時代』に記しています。

フィレンツェやベネチアに比べるといまいち観光地として知名度が高くないボローニャですが、実は美食の街としても有名です。

名物料理はたくさんありますが、特に有名なのがひき肉をつめたパスタをスープに入れて食べる「トルテリーニ」。生粋のボローニャ人だったモランディもよく食べた一品だったことでしょう。

グリッツァーナ・カーザ・ムゼオ・ジョルジョ・モランディ

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(左)1985年に市の名前が「グリッツァーナ・モランディ」に改称されました。(右)アペニン山の起伏に富んだ風景。

モランディゆかりの場所といえば、どうしてもここは外せない・・・!

ということでボローニャから南西に車を70分走らせ、「グリッツァーナ」に向かいました。

1956年に美術アカデミーを退職したモランディは、ようやく制作だけに専念する生活に入ります。翌年のサンパウロ・ビエンナーレで絵画大賞を受賞するなど、国際的名声も高まりを見せます。

それまで専用のアトリエをもたずに仕事を続けてきたモランディでしたが、ボローニャのアトリエの窓からの眺望を妨げる建物ができたこともあり、1959年、若い頃から家族で避暑に訪れ風景を描いてきたグリッツァーナに、家を建てることを決意したのです。

この家が現在は市に寄贈され、グリッツァーナ・カーザ・ムゼオ・ジョルジョ・モランディ(モランディの家美術館)として公開されています。

こちらは家全体を見学することができますが、要予約なので注意が必要です。

予約のためには、グリッツァーナ市のホームページ(イタリア語のみ)にアクセスし、掲載されたアドレスに見学希望のメールを送ります。見学希望日が担当者の都合と合わない場合があるので、時間的余裕をもって予約することをおすすめします。

イタリアを縦に走るアペニン山脈の麓に位置するグリッツァーナに近づくにつれて標高が上がり、山々の連なりが視界に入ってきます。

高地ならではの涼しい気候を求め、現在でもボローニャからたくさんの避暑客が訪れ、バカンスの季節は人口が倍になると地元の方が教えてくれました。

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(左)グリッツァーナに59年に建てられたモランディ邸。4つの窓とバルコニーのみのシンプルな造りは画家自身の希望による。(右)自身の家が建つまでモランディが逗留することもあった、モランディ邸の向かいにあるヴェゲッティ家。

グリッツァーナのモランディ邸は、指定された時間に現地に集合し、地元のボランティアに鍵を開けてもらい、ガイドのもとツアーをする、というシステムです。

アトリエ部分以外は整備されてしまったフォンダッツァ通りのアパートメントにくらべると、モランディと妹たちの生活感がより強く伝わってくる空間です。

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(左)書斎。「タゴール詩集」など、愛読書が並ぶ。(右)キッチンの棚。

キッチンの棚からは使いかけの小麦粉の紙袋や調味料がのぞいています。

遺族の意向で手つかずになっているこの空間を見て、イタリア人の見学者たちには半世紀ほど前にタイムスリップしたかのような不思議な気分になるそうです。

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(左)(右)水差しや缶などのおなじみのモチーフたち。フォンダッツァ通りで見るのと違う。

1階には書斎と妹のうちのひとりの部屋とキッチン。モランディの念願のアトリエは、2階に造られました。

街中にあるフォンダッツァ通りのアトリエに比べると窓からは圧倒的な光が降り注ぎ、開放的です。
モランディ晩年の、白の中に静物たちが溶けていくような世界の秘密を、この部屋で見つけたような気がしました。


CASA MUSEO GIORGIO MORANDI
住所:Loc. Campiaro - 40030 Grizzana Morandi


今回の取材は、ボローニャ在住の修復家・彫刻家の森本康之さんにご協力いただきました。

森本さんは18歳のときに留学し、ボローニャ美術アカデミー、彫刻科を卒業。現在は彫刻を作りながら、ボローニャの文化財修復会社で装飾彫刻の修復をされています。