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2016年4月24日 / 旅の紹介 第3回 フランス・グレー村へ 黒田清輝を探す旅

裸体画論争を引き起こすなど、西洋絵画を日本に根づかせるために奮闘し続け、明治の日本美術界を牽引した洋画家・黒田清輝。
彼の画家としての出発点はフランスにありました。

今回の「出かけよう、日美旅」は、黒田清輝の絵画の出発点となった、パリ近郊の村・グレーを旅します。

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黒田清輝が1890〜1892年にかけて住んだパリ近郊・グレー村の10月の風景。作品「落葉」を思い起こさせます。

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黒田清輝は1884年、パリに留学します。法律を学びに行ったのですが、1887年、絵画の道に進むことを決意します。その翌年、パリから南へ60キロ行ったところにあるグレーという村を初めて訪れ、以来たびたび出かけるようになります。その後、村に移住。グレーの四季や、人々の素朴な暮らしを描きました。初期の代表作のほとんどは、この村で描かれたものです。

ロワン川

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(左)浅井 忠の名作「グレーの洗濯場」に出てくる洗濯場が今も残っています。(右)コローも描いた石橋の景色。

村の正式な名前はグレー=シュル=ロワン(Grez-sur-Loing)。ロワン川の支流が村の中心を流れており、夏にはカヌーなど、水遊びをする人々で賑わいます。黒田も舟遊びをした記録が残っており、また「舟」という油彩も描いています。秋、冬になると途端に人影はまばらになり、しんとした静寂が辺りを包み込みます。

またグレー村には黒田以外にもイギリス、アメリカ、北欧など、いろいろな国の画家が好んで滞在したとされています。黒田の約10年後に訪れた浅井 忠もそのひとり。浅井が滞在中に描いた作品に「グレーの洗濯場」(1901年)がありますが、これは村に昔からある、川沿いの洗濯小屋を写生したもの。100年以上が経ちますが今も洗濯場の風景が変わることなく残っています(さすがに現在は使われてはいないようです)。

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(左)古い城趾。黒田の作品「風景(グレー)」にも出てきます。(右)こんな感じで黒田も絵を描いたのでしょうか。

川沿いには水辺を写生するのにぴったりの広場があり、その背後には廃墟と化した城がそびえています。この城趾は黒田の油彩「風景(グレー)」にも出てきますが、やはり当時の佇まいから変わっていません。また広場には林檎の木が生えていて、その緑色がとてもきれいです。黒田の手記にも「春は空が晴れて、麦の芽が一面に出た野原の青い中に、林檎の美しい花が咲いているのも好い・・・(略)」(黒田清輝「グレーの自炊物語」より)とあり、世紀を隔てて同じものを見ている気持ちになれます。

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(左)オテル・シュヴィヨンの中庭。戸建て式のアトリエ棟があります。(右)壁にはここを訪れた人の絵が飾られています。

オテル・シュヴィヨン 

初期作品の中でもっとも知られている一枚といえば「読書」でしょう。1891年にパリのサロンに出品し黒田清輝が初めて入選した作品でもあります。モデルは グレー時代、黒田がたびたび描いた女性、マリア・ビョー(当時の黒田の恋人だったと言われています)。建物の室内の様子をバックに描かれていますが、黒田の盟友であり画家の久米桂一郎の記録によれば、「オテル・シュヴィヨン」というホテルの2階の部屋で描かれたそうです。

このオテル・シュヴィヨン、現在もグレーにあって、スウェーデンの文化財団が管理しています。事前許可を得ている人以外は入ることはできませんが、黒田がこの村を訪れた頃のように、今も画家や音楽家、文筆家などが長期滞在して制作しているそうです。宿泊の部屋が並ぶ母屋の他に、中庭に面してアトリエとして使える小屋なども設置されています。

このホテルの片隅に、今でもうつむきながら読書をするマリアさんが佇んでいるような気がしてきます。

グレーの人々の暮らし

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(左)「ロニョン」と呼ばれる、仔牛の腎臓を使った郷土料理。(右)静まり返っているグレーの街中。

黒田はミレーを好み、この画家が描くつつましやかな田舎の人々の営みに共感したとされています。現在のグレーは、自然の美しさに加えて、人々の穏やかな暮らしもまた昔ながらのようです。人口は約1400人で (2013年調査)、村にはレストランが1軒だけ。その向かいはやはり村で1軒のパン屋。その他郵便局、美容院、雑貨店が1軒ずつ。グレーにある店はそれですべてだそうです。またオテル・シュヴィヨンを除くと、宿もありません。オテル・シュヴィヨンには誰もが泊まれるわけではありませんから、つまり基本的にはグレーには宿泊施設がないということです。だからこそこの環境が保たれていると言えると思いますが、便利な環境に慣れていると、ちょっと(笑)

モレ=シュル=ロワンとバルビゾン村

そんなグレーへは行くにはパリから車で1時間半くらいかかります。フランスの国鉄を使って行けないこともないのですが、最寄り駅Bourron-Marlotte-Grez(駅名)からグレーの村の中心まで2〜3キロ歩くことを覚悟しないとなりません。電車はパリ市内のリヨン駅から出発、2時間に1本程度です。

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(左)シスレーが描いた風景画と見比べたくなります。(右)シスレーが住んだ家。

もっとも鉄道を使った移動には別の楽しみもあります。途中の駅「Moret-Veneux-les Sablons」で降りると、そこはモレ=シュル=ロワン。ここは印象派の画家アルフレッド・シスレーが制作の拠点にした町です。モレに寄ってシスレーの風景画に描かれた場所をめぐるのも良いでしょう。グレーより遥かに多くお店もあります。
なお、シスレーの風景画にも川や石橋がよく出てきますが、それもまたロワン川です。つまりこの川をずっと上るとグレー村に着くのです。モレとグレーをつなぐカヌー・ツアーなどもあるそうですよ。

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(左)バルビゾンにある、ミレー美術館。(右)バルビゾン村近くの墓地にあるルソーとミレーの墓。

グレー周辺情報をもうひとつ。グレー村があるのは、フォンテーヌブローの森の南端。そしてフォンテーヌブローと言えば思い浮かぶのはバルビゾン派です。もともと黒田清輝がグレーに行き着いたきっかけはミレーにあったと書きましたが、そのミレーや、コロー、テオドール・ルソーなどバルビゾン派と呼ばれた人々が暮らしたのがバルビゾン村でした。ただ、グレーが昔と変わらない佇まいを維持しているのに対して、バルビゾンはやや観光地の趣きが強くなっています。

四季

春を描いた「摘草」、夏の光がまぶしい「白き着物を着せる西洋婦人」、秋の樹木のさまを巧みに表した「落葉」、冬を描いた「残雪」・・・と、黒田は季節折々のグレーの魅力を描いています。黒田がグレーに暮らしてまで絵を描きたいと思った動機は、この村の季節毎の魅力にあったのではないでしょうか。事実、黒田は著書「グレーの自炊物語」の中で言っています。「グレーの四季は四季共に好いので、何時の時候が一番好いかと云われると、一寸返事に困るのだね(後略)」。

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(左)グレーの村の一角に、黒田清輝通りがあります。(右)記念の石板が掛かっています。(この通りに黒田が暮らした、ということではないそうです)

今回のグレー旅は、2015年の夏・秋・冬に、計6回、グレーを訪れた鹿児島県立甲南高等学校の美術教諭、上原直哉先生から話を聞いて構成しました。上原さんによれば、「実際にグレーに行き、空気、音、匂いに包まれていると、本当に黒田清輝が感じたのと同じものを自分も感じている気持ちになれます。黒田が滞在して描いた頃と今とでは100年以上の時間が経過していますが、今自分が見ている景色は黒田が見たそれとそんなに違わないのではないでしょうか」

上原さんいわく「できれば、一年を通して続けて見たい場所」。黒田清輝も同じように思ったからこそ、グレーに留まったのでしょうか。

なお、グレー村のある道が2001年「黒田清輝通り」と名づけられ、道沿いの壁にはその名を記したプレートと記念の石板が掲げられています。この通りの誕生にあたって尽力されたのがモアンヌ前田恵美子さん。40年以上パリに住んでいらっしゃる日本人女性で、この方も鹿児島のご出身。黒田清輝と同郷です。

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(左)上原直哉さんとモアンヌ前田恵美子さん。真ん中はグレーに住む名物おばあちゃん・ジュヌビエーヴさん。(右)グレーに旅すると、自然にスケッチがしたくなります。

モアンヌさんは黒田の出身地・鹿児島とグレーをつなぐ架け橋的な存在となっており、そのおかげでもう十数年もの間、鹿児島からグレーに美術留学で訪れる人がいます。その方たちは特別にオテル・シュヴィヨンに泊まって滞在制作することができるそうです。
現在、オテル・シュヴィヨンやグレー村の役場の壁には、鹿児島から訪れた人々が描いたグレーの風景や人々の絵がたくさん飾られているとのことです。

あなたも、黒田の魂が今も宿るグレー村に赴いてスケッチなど、いかがでしょうか?

(取材・写真協力=鹿児島県立甲南高等学校美術教諭・上原直哉さん)

交通

●グレー=シュル=ロワンへの交通機関での行き方/パリ・リヨン駅発 SNFC(フランス国鉄)のR線/Montargis行で「Bourron-Marlotte-Grez」下車 徒歩約50分 
●モレ=シュル=ロワンへの交通機関での行き方/パリ・リヨン駅発 SNFCのR線/Montargis行で「Moret-Veneux-les Sablons」下車 徒歩 約15分 (パリからグレー村に行く途中の駅です)
●バルビゾン村への交通機関での行き方/パリ・リヨン駅発  SNFCで「Gare de FONTAINEBLEAU AVON」下車 タクシーかバスを利用