| |
 |
| |
 |
| |
 |
| |
 |
| |
 |
|
|
| |
 |
| |
 |
| |
〜災害発生から復興まで
さらにくわしく知るには…… |
 |
| |
|
|
|
|
| |
台風による雨には、らせん状に台風を取り囲む降雨帯による雨、地形性の雨、前線による雨などがあります。
●降雨帯による雨
台風の中心からおよそ600kmの範囲内で降雨帯や目の壁の付近で強く降る雨で、台風自身の雨です。最大風速が強まると、それだけ台風域内の上昇気流が強まり、その結果、雨が強く降ります。
●地形性の雨
台風の中心に吹き込む南寄りの暖湿な気流が、日本列島の山地を上昇するときに、山の風上側で降る雨です。風速が強いほど、また南斜面の山地の傾きが急なほど強い雨が降ります。
●前線による雨
台風から運ばれてくる暖かな湿った空気が、日本付近に停滞している前線を活発にさせて降る強い雨です。前線が山地に沿って走るときは、上記2つの効果が重なるので大雨となることがあります。
また、台風が遠くあっても、暖湿空気が運ばれて大雨となることがあるので油断できません。
●実例 その1
1998年(平成10年)8月26日、父島付近にある台風4号から暖湿な空気が、本州上に停滞していた前線に運ばれ、前線を活発にさせました。
このため、26日深夜から27日朝にかけて、栃木県那須町付近で雷を伴った集中豪雨が降りました。那須町では27日午前2時までの1時間に90ミリ、隣りの福島県西郷村では27日午前5時までの1時間に110ミリも降りました。那須町では27日の日雨量が607ミリと、これまでの記録を大きく更新しました。
前線と台風の動きが遅く、気圧配置がほとんど変わらなかったので、8月末ごろまで大雨が続き、その範囲も伊豆半島から関東・東北地方に広がりました(図10)。
総雨量分布図を見ると、特に箱根山、那須岳、男体山、八溝山、谷川岳の山地で雨量が多くなっています。台風からの南寄りの暖湿流が、伊豆半島や関東地方に流れ込み、山にぶつかって上昇気流をおこし、積乱雲を発生させて大雨を降らせました。那須町の1,255ミリは、同町の1年間の降水量の3分の2に相当します(図11)。
8月31日には、台風は東進して日本列島から遠ざかったので大雨はほぼ終息しました。被害は、栃木・福島県境の土砂災害、河川の氾濫をはじめ、24都道府県で死者・行方不明者が25人、建物の全半壊486棟、床上・床下浸水が13,927棟、山・がけ崩れ935ケ所に達しました。
気象衛星「ひまわり」の写真で、右下に見えるのは小笠原諸島付近の台風4号の雲の渦巻です。
紀伊半島の沖合いから伊豆半島にかけて、野菜のにんじん(人参)のような形をした珍しい雲が見えます。
この雲は、白く輝いているところから見ると雲頂高度の高い積乱雲です。この積乱雲群は、北東にのびて伊豆半島から、関東地方、東北地方南部に広がり、この雲の下で大雨が降りました。
この特異な雲を「にんじん状の雲」または「テーパリング・クラウド(先のとがった雲の意)と呼び、このような雲の近くでは、ほとんどの場合、大雨が降ります。
●実例
その2
2005年(平成17年)9月6日、台風14号は九州西岸に沿って北上し、午後2時すぎ長崎県諫早市付近に上陸しました。台風はその後、山陰沖に抜け、日本海を北東に進み北海道に向かいました(図12)。山陰沖に達するまで比較的ゆっくりと北上したため、九州・四国・中国地方では長時間にわたって暴風・大雨・高波が続きました。9月3日から8日までの総雨量は(図12)、9月の月間平均雨量の2倍を超え、宮崎県南郷町神門(ミカド)では1,321ミリに達しました。この原因は、台風の勢力が強く発達した雨雲を伴っていたこと、台風の南東の暖湿空気が九州山地や四国山地の南東斜面にぶつかって上昇したこと、台風がゆっくりした速度で進んだため、激しい雨が長く続いたことなどがあげられます。被害は土砂崩れによる家屋倒壊などによる死者・行方不明者29人、負傷者179人、大雨による床上浸水7,626棟、床下浸水13,534棟、交通機関の運転中止や電力・水道などのライフラインの停止など各方面に影響を与えました。

|
|
|