元最高裁判事2人に聞いた 結婚後の名字の制度どうなる?

元最高裁判事2人に聞いた 結婚後の名字の制度どうなる?
「あなたの母親の旧姓は?」

パスワードを忘れたときの「秘密の質問」で見かけるこのフレーズ。結婚した夫婦の94%以上が夫の名字を選ぶ日本ならではの質問です。

夫婦は同じ名字にするという制度をめぐっては、「家族の一体感を保つために必要だ」という声がある一方、「夫婦で不平等になっていて、別姓も選べるようにすべきだ」と主張する人たちが、繰り返し裁判を起こしてきました。

何十年も議論されてきたこの問題。なぜ解決しないのか。
今回、最高裁判所が初めて判決を出した時の裁判官2人に話を聞くことができました。2人の憲法判断をひもとくとともに、未来に向けての提言を聞きました。
(社会部記者 佐伯麻里)

夫婦の名字 憲法との関わりは

ことし(2024年)3月、事実婚のカップル5組と夫婦1組が国に賠償を求めて裁判を起こしました。結婚後の名字をめぐる3度目の集団訴訟と言われています。

問題としている規定の1つが、民法の条文です。

民法750条
「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」

夫婦どちらかの名字を選べることになっていますが、実際は夫の名字を選択した夫婦の割合が94.7%に上っています。(厚生労働省のおととしの調査)
原告たちは、「女性ばかり仕事や生活上の不利益が生まれ、憲法が保障する『婚姻の自由』や『両性の本質的平等』に違反している」などと主張しています。
裁判を起こした原告
「自分の氏名は自分そのものなので結婚によって変えたくないという気持ちは自然なものだと思います。みんなが幸せに結婚できるために、選択的夫婦別姓制度は必要だと考えています」

30年続く議論

名字の規定をめぐる議論は、およそ30年前にさかのぼります。
政府は、夫婦で別の名字を選べる制度の導入を2度にわたって検討しましたが、「国民の意見が分かれている」として、いずれも法案の提出には至りませんでした。

そうした状況を受けて集団訴訟が繰り返し起こされ、最高裁の大法廷はこれまでに2回、「憲法に違反しない」という合憲の判断を示しました。

世論は年代で傾向分かれる

NHKは、4月初めに憲法に関する世論調査を行いました。
NHK世論調査
期間:2024年4月5日~7日
対象:全国の18歳以上 3,129人
方法:電話法(固定・携帯RDD)
回答数(率):1,534人(49.0%)
別の名字を選べる「選択的夫婦別姓」について尋ねたところ、「賛成」が62%、「反対」が27%でした。

さらに年代別で詳しくみると、18歳から60代までのそれぞれの年代では、いずれも「賛成」が70%台で「反対」を大きく上回りました。

一方、70歳以上は「賛成」が48%、「反対」が40%となり、60代と70代を境に傾向が分かれました。
「賛成」と答えた人に理由を聞いたところ、「選択肢が多いほうがいいから」が56%、「名字が変わると、仕事や生活で支障がある人もいると思うから」が18%、「女性が名字を変えるケースが多く、不平等だから」が12%、「自分の名字に愛着がある人もいると思うから」が10%でした。

一方、「反対」と答えた人に理由を聞いたところ、「別の名字にすると、家族の絆や一体感が弱まるから」が36%、「別の名字にすると、子どもに好ましくない影響を与えるから」が26%、「別の名字にすると、まわりの人が混乱するから」が18%、「旧姓のまま使える機会が増えているから」が12%でした。

合憲支持の元判事 “夫の姓95%は慣習”

なぜ問題が解決せず、議論が続くのか。

夫婦は同じ名字にするという制度について、最高裁が初めて合憲判決を出したときの裁判官に話を聞くことができました。当時、合憲を支持した山本庸幸さんです。
記者
「なぜ司法でここまで長い間議論されても解決しないんでしょうか」

山本元判事
「家族の姓はどうあるべきかという問題なので、それだけ問題が根深いということではないでしょうか。議論が熟していないし、およそ95%が夫の姓を選択するというのは慣習の問題です」
女性の社会進出にともない、パスポートに旧姓を表示できるようになるなど、さまざまな場で旧姓の使用が広がっています。

山本さんは、そうした現状では憲法違反というほど切実な問題とは言えないといいます。
山本元判事
「パスポートや運転免許証などを変えなければならないのは面倒ですが、『結婚して姓が変わりました』と言えばいいだけの話で、どうしても耐えられないという程度の問題ではないですね。対応策はいくらでもあるわけです。ちょっとの不合理さや不便さを理由に、違憲判断はできないと思います」

“制度論と憲法論は異なる”

山本さんは、社会にとってどちらの制度がよいかという議論と、憲法違反かどうかの議論は異なると指摘します。
山本元判事
「違憲というのはもう耐え難い状況で、違憲判断するしかないというときに発動すべきで、今の規定があるから結婚できないというものでもないでしょう。憲法で保障される婚姻の自由や両性の本質的平等を阻害していると思うことはできません」

違憲主張の元判事 “実態見れば女性に不利”

15人いる最高裁の裁判官の中には、合憲の判断に異を唱える人もいました。山本さんとともに審理に参加した、元判事の櫻井龍子さんです。
櫻井さんは、当時いた女性判事、3人全員の連名で「婚姻の自由や両性の本質的平等を保障する憲法に違反する」という多数意見とは異なる見解を示しました。
櫻井元判事
「確かに表面上はどちらかの姓を名乗ればいいことになっていますが、社会状況や慣習の中で女性が夫の姓を名乗り、いろいろな不利益を被っています。こうした実態や現実、結果に立脚すると、明らかに女性に不利な状況をもたらしているので、夫婦同姓を求める規定は差別的です」
櫻井さんは旧姓の「藤井龍子」として旧労働省で女性局長を務めるなど実績を積み上げましたが、その後、最高裁の判事に就任すると旧姓の使用が認められず、過去の評価を認識してもらえない経験をしました。※現在は裁判官も旧姓使用が可能。
櫻井元判事
「最高裁判事になった時、『どこの馬の骨か分からない』と言われ、経歴や実績が切れた悲哀を味わいました。旧姓使用はダブルスタンダードみたいなもので、相手が認めるか認めないかで決まる不安定なものです。今も海外などでは、旧姓を使っても身分証明が非常に難しいなど、不便どころか大変な問題が生じることもあります」

“制度あるかぎり差別意識は潜在的に残る”

櫻井さんは、夫婦は同じ名字にするという制度があるかぎり、男女の差別意識は潜在的に残り続けるといいます。
櫻井元判事
「95%前後が夫の姓を名乗る構図は、夫が主で妻が従、夫が外で働き妻は中で家事をやるという役割分担意識を再生産し、強める方向になっています。最高裁が真っ正面から違憲判断を出すことを期待します」

司法より先に議論すべきは…

合憲か違憲かで分かれた山本さんと櫻井さん。

一方、長く続くこの問題の解決の糸口について聞くと、2人は口をそろえて「国会での議論の重要性」を強調しました。
実は最高裁の大法廷はこれまで2回の合憲判断の中で、「制度のあり方は国会で論じられるべきだ」として、国会に議論を促しました。しかし国会では、今でも具体的な制度の議論は進んでいないのが現状です。
山本元判事
「選択的夫婦別姓制度は基本的な家族の価値観に関わり、戸籍など影響する範囲もあまりにも広いテーマです。こういう問題は、そもそも論の『家族とは』という哲学から始まって、主権者の意向を体現する国会で十分議論して、その過程で決定されるべきものではないかと思います」
櫻井元判事
「家族の形や国民の意見が多様化するなか、最高裁が2回にわたって『国会で議論すべきだ』と言っているにもかかわらず動かないとしたら、今度の判決では、国会の怠慢という意味で違憲判断をする結論もありうると思います。最高裁の判決が出る前に、国会でぜひ議論していただきたい」

取材後記

私たちが生まれた時からそれぞれ付いている名字。

あまりにも当たり前にあるがゆえに、どうあるべきかということを正面から考えるのは難しいことですが、2人の元最高裁判事へのインタビューを通して、社会全体にかかわる大事な問題だと思いました。

どのような司法判断が示されるのか、国会での議論は進むのか、今後も取材を続けたいと思います。

(5月3日「おはよう日本」で放送予定)
社会部記者
佐伯 麻里
2016年入局
富山局を経て社会部
検察担当を経て2023年8月から裁判取材を担当